78.コリナ丘陵-12
コリナ丘陵に入ってすぐのところでジントたちが待っていたので、声をかけて合流する。
「無事に倒せたみたいだね」
「巨大猪はもう強敵じゃないからな。それより、もう少しだけ先に進もう。コリナ丘陵に入れたからどこでキャンプしても良いんだが、まだ脚を止めるには早い。タリアたちももう少し歩けるか?」
俺がそう尋ねると、タリアがマーシャとユーリの方を確認する。
「あとどれくらい?」
「長くても一時間だ」
今の時間は午後2:30。後一時間歩いて、そこからキャンプの用意をすれば十分に休める。
「マーシャ、ユーリ、まだ歩ける?」
「私は大丈夫だよ!」
「わ、私も大丈夫、です」
二人に確認したタリアが俺の方に向き直る。
「大丈夫よ。でもペースは考えてね」
「わかっている」
コリナ丘陵に入れたし、俺には特に急ぐ理由はない。ただ、まだ野営の準備に入るのは早すぎると感じただけだ。
「よし、んじゃあもう少し歩きますか」
「隊列はさっきまでと同じで行く」
「おうよ」
後ろをジント達に任せ、俺は戦闘に立って歩く。こちらのエリアには敵対的でない生物の反応も多く、それらをアーカンなどの凶暴なモンスターと区別して進むルートを決めないといけないのでその分考えることが多くなる。
一方、時々枝の上からこちらを見下ろしている鳥や、小さな兎などの小型モンスターを見ると、こちらに戻ってきたのだという静かな喜びが湧いてくる。やはり、俺がいる場所は街ではなくこっちらしい。
******
敵対的になる可能性のあるモンスターを避け、一時間歩き続けたところで全員に声をかけて脚を止める。
「このあたりでテントを張る。場所を探してくるので待っていてくれ」
「一人で大丈夫か?」
ジントがそう尋ねてくる。生産職のメンバーは体力的にこれ以上歩くのは厳しそうだが、ジントたちはまだ余裕があるので手伝ったほうが良いか聞いてくれているのだろう。
「いや、一人の方が動きやすい」
とはいえ、森においては俺は一人で動いたほうが遥かに早い。
「すぐ戻る」
「はいよ」
他のメンバーから離れて一人周囲の探索をする。メモと同じ地形を見つけたので、以前辿ったのと同じ道をたどることが出来ているのが確認できた。
皆がいるところから少し離れたところで小さな川を見つけた。おそらくこれも、あの湖に向かって流れているのだろう。川のほとり、少し高くなったところに広いスペースを見つけたので、そこを野営地にするのが良いだろう。幸い周囲に危険なモンスターの気配はしない。
それに、ここなら夜の楽しみもある。
皆のところに戻り、テントを張る予定地へと案内する。
「結構開けたところだな」
「ここならモンスターの襲撃もないだろう」
「よし、テントを張ろう。夕食はシャーリーとアキハがしっかりしたものを作ってもいいか?」
マナミがそう尋ねてくる。おそらく疲れ果てた生産職の三人を気にかけてのことだろう。
「特に急ぐ旅でもない。毎日しっかりと休憩を取りながら進めばいい。食料が必要になったら俺が探してこよう」
「ムウくんばかりに任せるわけには行かないが、助かる」
依頼されたのは護衛だけだが、俺は彼女らにこちら側のエリアを楽しんでもらいたい。ただ攻略する対象としてではなく、生きる場所として見てもらいたいのだ。
食事の用意はマナミ達に任せて、俺はタリア達に声をかける。
「テントを張りたいが、動けるか?無理なら俺が張っておくが」
「私は大丈夫だけど…」
タリアがマーシャとユーリの方を見やる。それに気づいたマーシャがこちらを向いて声を上げる。
「も、もう動けないからね!仕事とか無理!」
ユーリはそこまではっきりと言えないようで下をうつむいてしまったが、おそらく同じぐらい疲れているのだろう。
「ということだから、私が手伝うわ。まだ慣れていないから教えてほしいけど」
「わかった。掲示板じゃあこういう話は広まってないのか?」
俺がそう尋ねると、インベントリから三人分のテントを取り出しながらタリアが答える。
「広まってるわよ。最初はみんなテントのことに気づいてすらいなかったけど、ある日掲示板に新しい街の事が上がって、それからギルドで新しい街に行く依頼を受ける人が増え始めたの。一日じゃあ絶対にたどり着けないからって言ってしばらくは転移ポータルとかの移動手段が探されて、でも見つからないで、どうしたら良いかっていうときに掲示板でテントの話が出たのよ。結局速い移動手段は見つからなかったから、今じゃあみんなテントを使うようになってるわ。でも、やっぱりテントを立てるのなんて慣れてない人が多いから苦労しているみたい。テントを買えるお店で教えてくれるらしいけど、時間がかかるから真面目に聞こうとする人は少ないしね」
「なるほど。まあそれが普通だろうな。違う、それはそこじゃない、こっちの穴だ」
「こうね。ありがと。ムウくんはなんでテントの立て方なんて知ってるの?」
「俺はもともと大自然の中で生きるのが好きで憧れていただけだ。この世界もゲームじゃなく自然の中で生きることのできる現実だと思っているしな」
「大自然の中で生きる、か。なんかかっこいいね」
「さあな。よし、立てるぞ」
「うん。せーの…」
タリアと息を合わせてテントを立ち上げる。三人分の大きさだけあってやはりそこそこ大きい。
「ありがとね」
「次からは自分たちで頑張ってくれ。二人にも教えておいてくれよ」
「うん、あ、いい匂い」
次からは自分でするようにと頼んだが、すでにタリアの意識は焚き火の方から漂ってくるいい匂いの方へと引き寄せられていたようだ。
「わ、すごい、焚き火じゃない。誰が作ったの?」
「私達だよ!すごいでしょ」
アキハが、どうだ、と言わんばかりの顔をして胸を張っている。張っても平らなのだな。
薪にした木材はちゃんと乾燥しているようだ。それにしっかりと割られている。俺の指摘どおりに、誰かが“木工”スキルを取得したのだろう。薪の組み方も教えたとおりに出来ているし、言うことはない。
「見てムウさん、すごいでしょ!アルが“木工”スキルで薪を作ってくれたんだよ」
「バカ、お前」
アキハが俺の方にも自慢しようとしているのを、アルが慌てて止めている。そうか、アルが取得したのか。以前一緒に旅したときは少し自分勝手なきらいのある少年だと思っていたが、存外パーティーのために行動できる正確だったようだ。
「よく取得したな。魔法使いとしてのお前には何もメリットは無いだろうに」
俺がそう声をかけると、アルは目をそらしながら答える。
「別に、SPが余ってたから取っだだけだ。別にみんなのためじゃない」
「そうか。何にせよ、仲間の役に立っているんだ。それは自信に思え」
「い、言われなくてもわかってる」
いけないな。つい上から目線になってしまう。だが、良くやった、というのも違う気がして、ついそんな言葉になったのだ。
「料理、何してるの?」
「今日は、お肉とオニオのスープだよ!」
「ちょっとだけ、ネフトで見つけたスパイスも使います。できるまでもう少し待っててくださいね」
「楽しみにしてるわ。見てても良い?」
タリアと、アキハ、シャーリー、アルが会話をしながら料理づくりに戻ったので、俺は焚き火の周りに適当にモンスターの皮を敷いていく。丸太や岩など腰掛けるものは用意できないが、地べたに座るのは嫌かもしれないので、一応敷いておいた。
セブンとマナミ、ジントは先程から姿が見えないので、周囲の探索に行ったのだろう。
「二人共焚き火の周りに来たらどうだ?」
未だに焚き火から離れたところで座り込んでいるマーシャとユーリに声をかける。かなり疲労が溜まっているようだ。明日はゆっくりと出発したほうが良いかもしれない
「うー、こっち寒くない?厚着してても肌寒いんだけど」
「少し、寒いです」
「だから焚き火をしてるんだ。火に当たると暖かいぞ」
「ほんと?」
「ああ。休むならこっちで休んでおけ」
マーシャとユーリが焚き火の周りへとやってくる。
「あ、ほんとだ。めっちゃあったかい」
「すごい…」
「こっちだと、本当にこれは必須だな。無いと寒すぎる。俺がこっちに来たばかりの頃はここまでじゃなかったんだがな」
こちらで過ごしている一月の間に、だんだん寒くなっていった覚えがある。もしかすると、コリナ丘陵には冬季があるのかもしれない。
しかし、この時期でこの寒さなら、完全に冬季に突入したときにはどうなるのだろうか。雪がつもるかはわからないが、相当な寒さになりそうだ。
「そう言えば、街の方も少し寒くなってる気がするよ。私はしばらくレーシンにいたからあんまりわからないけど。ユーリちゃんは街にいたよね?」
「は、はい。多分、ちょっとずつだけど寒くなってると思います。最初は半袖でも大丈夫な暖かさでしたけど、今はそれじゃあ寒いですし」
季節があちらの世界と一致しているなら、今は9月半ばだしそろそろ暑さが薄れる頃だろう。ルクシアはもともとそこまで暑くなかったし、冬に入れば更に冷え込むかもしれない。まあどうせ俺は街に戻らないから関係ないだろうが。
「少なくともここやルクシアには季節があるのかもしれないな」
「えー、現実と同じ?なんか変な感じ」
「全く一緒って言うことは無いと思うぞ。こっちはもともと寒かったから夏なんて存在しないだろうし。まあ針葉樹林が無いから極度の寒さに襲われることは無いと思いたいが」
「なにそれ。針葉樹林ってあれだよね。尖ってる木でしょ?」
「確かに、このあたりは広葉樹林みたいですけど、何か関係あるんですか?」
「あっちの世界だと基本的に暖かい場所には広葉樹林が多く、寒い場所に針葉樹林が多かったんだ。これは単純に木の性質だから、この世界でも同じならこのあたりが寒くなりすぎることは無いと思うんだが。というか、無いと思いたい」
でなければ俺が凍死する可能性が出てくる。岩柱の拠点か、もっと暖かそうな洞窟でもあれば冬ごもりをするのも楽しそうだ。一応、その用意はしておこう
「へー、ムウってそういうの詳しいんだね」
「興味があっただけだ」
「何に興味があったって?」
後ろからジントが話しかけてきた。
「戻ったか」
「おう。近場で食えそうなもんがないかと、後は地形の確認だな。俺たちはこっちにお前ほど慣れてねえし、少しでも歩いておきたくてよ」
「そうか。いい心がけだ」
「うるせ。それで、何の話してたんだよ。俺も混ぜてくれよ」
「季節の話だよ。ジントは、だんだん寒くなってるの気づいた?」
俺の代わりにマーシャが答えると、ジントがそう言えば、と答える。
「確かに寒くなってる気がしてたが、そんなもんじゃねえの?今は秋だろ?そん次は冬だし寒くなるだろ」
「この世界の季節があちらと同じかどうかわからないからな」
「この世界、って、ああ、そう言うことか。そりゃあ考えたことが無かったわ」
「ねー、でも、よく考えるとそうだよね」
「ここが、ゲームの中である以上、ここはここのルールがあるはずです」
「なるほどな。じゃあよ、こういうのもあっちとは違うのか?」
ジント、更に後から来たマナミも含めてしばらくのんびりと会話する。料理をしている4人が何か大騒ぎをしていたが、今日は任せておけばいいだろう。
しばらくして、アキハが声をかけてくる。
「料理できたよ」
「お、待ってました!」
焚き火の側で組んでいた円を解き、夕食を受け取りに向かう。夕食はパンと、アキハたちの作った具沢山のスープ、それに串に挿して焼いた肉だ。かなり豪華である。
「いただきます!」
真っ先にスープと肉、パンを受け取ったタリアが食べ始めている。それを見たみんなが鍋のところに殺到し、我先にと料理を受け取る。俺も皆に遅れて受け取り、焚き火の周りに座って食べ始める。
三匹の分は俺が持っていた皿を出してついでもらった。いつもどおり料理に嬉しそうに食いついている。
スープは熱いぐらいに温かく、更に新しい街で入手したというスパイスのおかげか体の芯からホカホカしてくる。寒い夜にはうってつけだ。
「あったかい…」
隣で静かにスープを飲んでいたユーリがポツリと呟く。
「おかわりもあるからね!早いものがちだよ!」
「アキハちゃん、ゆっくり食べましょう」
「ごめんなさい」
「あははっ」
勢いよく早いもの勝ちを告げたアキハがシャーリーに怒られ、それが笑いを誘う。
パンは量が限られているのでおかわりは無かったが、スープは多めに作っていたらしく皆でおかわりをした。
温かい食事である程度お腹が満たされたところで食事をしながらも会話が始まり、様々なことを話した。
俺も話に加わり、ジントたちからは新しい街について色々聞いたり、隣のユーリとは生産の話をしたりした。最初は怖がられている気がしたが、もともと引っ込み思案な子だったようだ。
生産分野が同じ木工ということで、物を作ることについて盛り上がった。話を聞いてみると主には杖や家具を作っているらしく、弓はほとんど作っていないらしい。ユーリの知っている弓の使い手が一人しかおらず、自分で練習のために作ってはいるものの作る機会自体が非常に少ないようだ。
「ムウさんはどんな弓を作ってるんですか?」
「俺のはそれほど見栄えが良くないぞ」
そう言いながらも、一応テントにおいていた弓を持ってきてユーリに渡す。
「わあ、見てもいいですか?」
弓を前にするとテンションが上がるらしい。にもかかわらず律儀にステータスを見ていいか確認してくれた。
「良いぞ」
「やった」
ユーリがアルトの窓を操作し、ステータスを見る。
「これ、強いですね。すごく、性能が高いです」
「木材だけじゃないからな」
「え?弓に木以外を使ってるんですか?」
「ああ。複合弓って知ってるか?」
ユーリが知らない様子で首をかしげているので、複合弓の概念について軽く説明する。
「弓は基本的に木の弾力で矢を飛ばすものだが、逆に言えば弾力があれば木じゃなくても良いんだ。ファンタジーである機械弓なんていうのはその一種だしな。そして複合弓というのは、その中でも木材に加えて別の何かを使ったものを指す。俺の場合はモンスターの牙と腱だ。この先のエリアにいたオンロンというモンスターの腱と角を使っている」
ここを見てくれ、と弓の側面を指す。
「ここに縞模様ができてるだろ?これが腱と牙だ。これで木材単体よりも大きな攻撃力が出る」
「そんな技術があるんですね。あ、でもそれじゃあ私は作れないのか…」
「俺は“魔物素材加工”スキルを使ってる。ただ、新しい街の方で弓専用の生産スキルもあるらしいし、それを使うのも良いかもしれないな」
「うーん、どっちか取得してみます。やっぱり、弓って面白いですね。もっと使ってくれる人がいたらいっぱい作れるんですけど」
少し残念そうにユーリが言う。確かに、たった一人のために弓をたくさん作るのは材料費の意味でも時間の意味でも難しいのだろう。
それに、こういう脱出できない環境になって、全く新しいものに手を伸ばす余裕のあるプレイヤーがそれほど多くいるとは思えない。それがもともと使うプレイヤーが少なかった弓の人口の少なさに拍車をかけているのだろう。
「自分では使ってみないのか?」
「私は攻、撃力のステータスがそれほど高いわけじゃないから、うまく使えませんよ」
「別に攻撃力が低くても扱えるぞ。短弓、つまり小さい弓を使えば威力は少し下がるが射程は十分に出るしな。それに、生産職のDEXがあれば弓の扱いにもそれほど苦労しないはずだ」
「え、本当ですか?」
「多分。まあ細かく検証したわけじゃないが。自分で使ってみるというのも一興じゃないか?やはり、せっかく作るなら自分で使ってみたいだろう」
俺がそう言うと、ユーリは、うーんうーんと腕を組んでしばらく考え込む。
「よし、私弓の練習してみます!ムウさん、教えてくれますか?」
やがて顔を上げるとそんなことを言った。
「なぜ俺なんだ。他にも弓を使っているプレイヤーがいるんだろう?俺は今回の護衛が終わったらどうせまた一人で旅に出るから無理だ」
急に指名されたので、あわてて否定する。
「じゃ、じゃあ、護衛してる間の夜だけでもお願いします!」
「だから俺にこだわらなくてもいいだろう。お前のところの顧客に教えてもらえばいい」
俺がユーリに弓を教えることを拒否すると、ユーリは悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。なぜそう言う顔をする。
「あー、ムウくんユーリのこといじめたでしょ!」
「うるさいいじめてない」
焚き火の反対側で話していた年長組からタリアが抜け出してこちらにやってきた。別にいじめているわけではないのだ。ただ、本当に疑問なのである。
「教えてやってもいいが、なぜ俺なのか教えてくれ」
俺がそう言うと、嬉しそうな表情でユーリが顔を上げる。
「良いんですか?やった!」
「いや、だから…」
「あ、えっと、ムウさんがいい理由は、弓の作り方も教えてくれそうだし、後はとっても優しいし…、それに…」
「それに?」
「な、なんでも無いです!とにかくそう言うことです」
確かに、俺が教えるならどれぐらいの弓がどれぐらいのプレイヤーに合うかは教えるだろう。最後に何を言おうとしていたかが非常に気になるが、護衛の間だけ教えるぐらいなら構わないだろう。
「わかった。夜に余裕があったら教える。が、今日はもう寝ろ。明日に支障をきたす」
「わかりました」
もともと他のプレイヤーとは関わるつもりがそれほどなかったのに、生産職の護衛なんてしたり、気がつけば人に何かを教える立場になっていたりする。本当に、不思議なものだ。
だが、不思議と嫌な気もしない。とりあえず護衛の間は全力で教えてやろう。
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