77.北の森・VS巨大猪
コリナ丘陵へと出発する当日、ジントたちやタリアが人目を避けたいということで早朝に北門に集合することになった。
プライベートエリアの中で目を覚まし寝袋から抜けだす。
昨日マーシャから受け取ったばかりの防寒具を装備する。革鎧の上から装備可能なジャケットだ。
体にピタリと張り付く形をしているので妙にバタつくことが無く、動きも阻害しない。体の正面の右側でいくつかの金具で固定している。ギャンベゾンという中世の防具を参考に動きを阻害しないよう、そして寒さを防ぐように作ったらしい。首元まで覆う構造になっているのがありがたい。
ズボンも厚手のものとなり、またレザーグローブも作ってくれたそうだ。弓を射る際に邪魔にならないように気を使ってくれて、フィンガーレスグローブにしてくれた。そこまでは自分では思いつかなかったのでありがたい。
元気よく飛び起きたナツとフユを連れ、未だに微睡んでいるアキを首の周りにまいて外に出る。
まだ朝早いこともあって人影はまばらだ。そのせいで朝食を食べる場所もないが、パンをかじっておけばいいだろう。
待ち合わせ場所に来るとまだ誰も来ていなかった。まあまだ集合の20分前だ。
三匹を足元で遊ばせておきながら荷物の確認をする。持ってきたのは鍋と着火用魔道具、テント、寝袋、木、食料、水の入った革袋、後は鏃の素材に矢の予備、鉈。必要なものはだいたい持っている。
弓は背中に、矢筒と鉈は腰に背負っている。腰のマジックバッグと背中のズタ袋も以前通りに、マントも装備した。
少し待っていると、始めにジント達、続いてタリアたちがやってきた。ジントたちは以前のオーソドックスな金属鎧や革鎧、ローブの意匠はそのままに、防寒用にアップグレードした防具を装備している。防寒装備を用意したというのは本当だったらしい。
一方タリアたちは、完全に寒さを防ぐための服を着ている。おそらく戦闘をすることは想定されていない、寒さを防ぐだけの服だ。タリアともう一人の生産職のプレイヤーは膝のあたりまであるフード付きのコートを、タリアは見るからにモコモコなパーカーを来ている。首周りにも暖かそうなマフラーを付けている。
コートやパーカーはともかく、マフラーは邪魔になりはしないかと思ったが、そのための俺達だ。
探索に出る装備というよりはあちらの世界の街中でショッピングでもしていそうな装備だが、彼女らは護衛されるだけだし、歩く邪魔にならないような装備であれば問題ないだろう。
「おはよう。出発の前に互いに自己紹介をしておきましょう。私はタリア、鍛冶師よ。今日は護衛をお願いします」
全員が揃ったことを確認したところでタリアが皆に呼びかける。
「私はマーシャ。私も生産職だよ。今日はよろしくね」
「わ、私はユーリです。よろしくおねがいします」
もうひとりの生産職はショートカットの狼牙族の少女のようだ。
タリアはドワーフ、マーシャは狐尾族、ジント、セブンはおそらくヒューマン、シャーリーは猫人族でアルとアキハはエルフとハーフアルブで、マナミは狼牙族。こう考えると、ドラゴニュートとロストモアって少ないのだろうか。
ともあれ、ジントたちも自己紹介を終えたところで俺も自己紹介をする。
「ムウだ。今回は護衛を努める。探索中は生産職の三人は俺の指示に従ってくれ」
「わかったわ。それじゃあ早速行きましょう」
初対面のジントたちもいることでタリアの口調がいつもよりかたい。まあ一緒に旅をしていればそのうち慣れるだろう。
皆を先導して街から出る。
「昼までにはボスエリアに到達できるスピードで行く。速すぎるようだったら言ってくれ」
「わかったわ」
「それじゃあ、三人は俺の後ろについてきてくれ。ジントたちはその後ろから」
「任せとけ」
「…索敵は任せるぞ。後方は任せろ」
ジントとセブンが俺の目線に答えて頷く。
「よし」
護衛開始だ。基本的に戦闘は避ける。目的はタリアたちを岩柱の拠点まで案内することだ。
人気のまばらな中を、俺達は北へと向かって歩き始めた。
******
接近してくる気配のあるモンスターはすべて避け、もっとも短いルートでボスエリアへと向かって歩く。
こちら側からボスエリアを目指すのは久しぶりだが、様々な地形のあるコリナ丘陵と比べると単調な北の森は地点の把握が難しい。距離と方角でどうにかするしか無いだろう。あいにくと、こちら側のマップを持っているのはレンだけだ。
「ムウくん、後どれくらいで着きそう?」
「後1時間半ぐらいだ。割と、距離があるからな」
俺が最速で歩けば4時間で着くが、それは本当に俺一人のときのペースだ。ジントたちですらその速度にはついてこれない。
だから当初は6時間でボスエリアに到達するつもりでいたが、生産職であるタリア達にはそれも厳しかったらしい。ステータスの問題だけでなく、単純に森をあるき慣れていないのだろう。
「一度昼休憩を挟もう」
「助かるわ」
「おう、一休憩だ」
近くのセーフティーエリアにたどり着いたところで休憩を挟むことにした。時間の予定は立てていたが、特に急いでいるわけでもない。
ただ、ルクシア北側のエリアは早々に抜けてしまいたいとも思っていた。こちら側のエリアはコリナ丘陵と比べて非常に単調であり、かつ虫や小動物といった生態系をなす小型生物が一切存在しないので、まるで森が死んでいるようなのだ。
タリアたちは新しい街の方へは行ったことがあるらしいが、それほど探索に慣れていいるわけでもない。だからこそ、生態系と自然の豊富なコリナ丘陵の光景を見てもらいたいのだ。
こちら側にいるのは、見つかればすぐに襲いかかってくるようなモンスターばかり。あちら側の、生態系をなす生命たちとは明らかに異質だ。
「街の外を進むのって、思ってた以上にしんどいわね」
生産職の三人に昼食用のパンを渡した後に俺が木の上に上がって周囲を索敵していると、下からの会話が聞こえてくる。
「ムウもジントたちも、よくこんなスピードで進めるよね。もうヘトヘト」
「まあ、俺達は一応街の外で歩き回んのは慣れてるからな。でも、ムウが本気で歩いたらもっと速えだろうな」
「えー、ほんとに?」
「おう、この先のコリナ丘陵からあいつと一緒に戻ってきたが、結構ペース上げてもすげえ余裕そうな顔で歩いてんだよな。多分今も俺たちに合わせてくれてるだけで、多分ほんとはもっと速い」
「ほんとにムウって何者?」
「…本当の意味で、冒険者なのだろう」
「どういうこと?」
「俺たちは…」
タリア、マーシャ、ジント、セブンの4人が会話している一方で、少し離れたところでは年少組とマナミが休息している。
「ユーリは、脚は大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。まだ、歩けます」
「そうか。しんどかったら言ってくれ。ムウも無茶にスピードを上げるつもりはないはずだ」
「はい…。ヒャッ」
キュウ、キュウン
と三匹の鳴き声がする。おそらくナツかフユが疲れているユーリにちょっかいをかけたのだろう。
「あ、ナツちゃん、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
シャーリーが慌てる声が聞こえる。
「だ、大丈夫、です。この子は、ナツって言うんですか?」
「そ、そうです!とっても、もふもふなんですよ!」
「触っても、大丈夫ですか?噛まない?」
「噛まないですよ。ほら!」
「きゃっ…。はわぁ…。柔らかい…」
ユーリも年少組と打ち解け始めているようだ。もう少し休憩したら、再び進み始めよう。
******
結局生産職のメンバーの体力を考えて、20分ほどしっかり休憩した後、再びボスエリアを目指し始める。
先程までは一人下を向いて歩いていたユーリだが、今は足元を歩いているナツを嬉しそうに見たり、シャーリーやアキハと仲良く話している。
どうやらこの集団に馴染むことが出来たようだ。
予想通り午後2時頃にボスエリアにたどり着いた。
「これがボスエリアの…。他の方角にもあるのかしら」
「あるぞ。ここ同様に発見はそこそこ難しいがな」
タリアの独り言に答えた後、少し離れたところで立っているジントを呼ぶ。
「お前たちは先に抜けていてくれ。俺は三人を連れて巨大猪をやってから行く」
「おう。まあお前一人でも大丈夫だろ。あ、でもこいつらを守んなきゃなんねえのか。大丈夫か?」
「巨大猪ならすぐ削りきれる。問題ない」
以前は突進に苦労し、フォルクの攻撃力とトビアのタゲ取りがなければ倒しきれなかっただろうが、今戦えばそれほど苦労すること無く倒せるだろう。距離を取らなければ突進も防げるはず。
「タリア、三人は俺とパーティーを組んでもらうぞ。ボスは俺が倒すから三人は隠れていてくれ」
「一人で倒せるの?」
タリアが不思議そうにそう尋ねてくる。普通はボスと言えば、パーティーで協力して倒すものなのだ。だが、ここのボスの適正レベルはおそらく相当に低い。
「ああ。問題ない」
「…わかったわ。ムウくんに任せる」
戦えるメンバーがオレ一人のパーティでボスエリアに突入することは心配ではあるが、俺が大丈夫だと言ったのを一応は信用してくれたようだ。
俺は一度ボスである巨大猪を倒しているが、まだ倒していないタリアたちとパーティーを組んで突入した場合にはまた戦うことになるだろうという予想のもとで話を進めている。
仮に俺が巨大猪を倒しているおかげでもう一度倒す必要がない場合にはそのまま向こう側へ抜ければいい。まあそんなことは無いと思うが。
ジントたちが魔法陣の上に立って向こう側に消えていくのを見送って、俺も三人を連れて魔法陣の上にまたがる。
以前と同様に視界が光に包まれてルクシア北の森より少し深い森へとやってきた。
「ここがボスエリア?」
「静かにしろ。すぐ来る」
マーシャがポツリと呟くので静かにするように指示しておく。以前は巨大猪を真正面から倒してしまったので、やつの索敵能力がどのようなものかわからない。声を拾われてマーシャたちがターゲットにされると面倒だ。
以前は気づかなかったが、突如として東の方角に大きな気配が生じ、それがこちらへと突進してくる。巨大猪は最初はこのエリアに存在せず、俺達が入ってきてから出現するようだ。
登場の瞬間も以前と全く同じだった。繁茂している木々をなぎ倒しながら巨大猪が姿を現す。インパクトのある演出だ。
「しゃがんで、静かにしていろ」
俺はそれだけを言いおいて、タリアたちが頷くのを確認せずに巨大猪に向かって突っ走る。
巨大猪がタリアたちの方へ行かないように誘導しながら倒し切る、それだけだ。以前と違って今の俺には機動力がある。
木を駆け上がり、こちらに視線を向けている巨大猪の頭に張り付いて鉈を勢いよく叩き込む。
それを受けた巨大猪が悲鳴を大きな叫びを上げる中、体勢を整えながら矢を2本連続で射ち込んで近くの木の上へと退避する。
初手で目を潰すことが出来た。やはり、こいつの強さはジンフィアに遥かに劣る。少しばかり体力が多いだけの的だ。
目の潰れた巨大猪がこちらに気づくように軽く指笛を吹く。
ピュイ、という音に反応した巨大猪は、怒り心頭な様子で俺のいる方へと突進してきた。
俺は突進の範囲外の木の枝に飛び移ると、背中に木を射掛けながら後を追う。後は木の上を飛び回りながら矢を射続けるだけだ。こいつはでかいので鉈による体勢崩しも通じないし、ひたすら削るのが効率がいい。
結局俺に一度も触れれないまま、巨大猪は5分ほどで倒れた。耐久性も思っていたより遥かに低かった。ジンフィアやアーカンを相手にすることと比べると遥かに楽だ。
「終わったぞ」
俺が3人のもとに行き声をかけると、木々の間にしゃがみこんでいた3人が立ち上がる。
「もう?」
「ああ。見ろ、向こうにつながる魔法陣だ」
「っ、ほんとね」
俺たち4人のすぐ近くにここへ入ったときと同じような魔法陣が光っている。
「ひとまず向こう側に行こう。ジントたちが待っている」
「そうだね。早く行かないと…。ここはなんだか気持ち悪いし」
マーシャがそんな奇妙なことを言う。ここが気持ち悪い、か。そんなことを考えたことがなかった。
「と、とにかく、向こう側に行こうよ」
マーシャが重ねるようにそう言う。何かこの空間にはっきりした違和感を感じているようだ。
3人を連れて魔法陣の上に立ち、向こう側へと抜ける。
再び視界が開けると、眼前に見慣れた丘陵が見えた。なだらかな丘とその中腹に広がる木々。頭上にはわずかに雲のある青空が広がっている。
隣の三人は驚いたようにその風景に見入っている。この風景はルクシア周辺のそれとはかなり違う。見入ってしまうのも理解できる。
少し芝居がかってしまうが、この言葉を言っておくべきだろう。
「ようこそ。コリナ丘陵へ」
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