76.始まりの街ルクシア-22
翌日、マーシャに呼ばれて彼女の店へとやってきた。昨日は気づかなかったが、彼女の店はタリアの店の隣にあったのだ。
店内に入ると、中の棚には革の防具に加えて様々な服が置いてある。更には壁際にハンガーで服がかけられていたり、マネキンのようなものもある。ファッションとしての服も売っているようだ。
奥に行くと、マーシャではなく一人の男性が立っていた。
「何かお手伝いできることはありますか?」
俺の方に気づくと、男性はペコリと頭を下げた後そう尋ねてくる。彼はここの店員らしい。
「マーシャに用があるんだが、呼んでもらえるか?」
「かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ムウだ」
「かしこまりました。しばらくお待ち下さい」
そう言って男性は店の奥へと入っていった。
待っている間店の中にある服を軽く見て回る。主に置いてあるのは女性用の服のようで、可愛らしい服が多かった。俺は街にいる間も探索するときと全く変わらない格好をしているが、しっかりとした鎧を来ているプレイヤーや重たいローブを纏っているプレイヤーは街でのんびりするときは軽い私服を着たがるのだろう。
確かに、街中で見かける人々の半分ぐらいはあちらの世界と同じような私服を着ていた気がする。割と、街中ではそれが普通なことになっているのかもしれない。
「ムウ様、マーシャさんが奥に来てほしいと言っています」
「わかった。それとどうせまた来ることになるからそんなに丁寧にする必要はないぞ」
「わかりました。マーシャさんのおっしゃっている通りの方ですね。案内します」
丁寧な対応はいらないと言ったことで、慇懃無礼な態度は抜けたが敬語はそのまま変わりないようだ。もともとそういう人物なのだろう。
案内されて奥へと抜けると、タリアの店と同じように奥が作業場になっていた。
「おはようムウ」
「ああ、おはよう。さっきの人は店員か?」
「そうそう、って言っても私と同じ裁縫師だけどね。一人でお店建てるのがしんどかったから仲良かったあの人と一緒に建てたの。βテストのときと違ってNPCを雇えないし、一人だとお店を閉めることが多くなっちゃうからちょうど良かったよ」
「なるほど」
「さ、こっちきて、早速やるよ」
そう言いながらマーシャは昨日俺が渡したジンフィアの皮を取り出す。
指示されるとおりに魔力を通すと、マーシャが皮のあちこちに書き込みや切れ込みを入れていく。
「それは何をしているんだ?」
「魔力を通したときと通してないときの形状変化を調べてるの。魔力を通すたびに劣化するようじゃあ困るでしょ」
「確かにそれは困る」
「そ、だから魔力を通したときに痛むことがないように加工しないといけないの」
その後、20分ほどマーシャに指示されるままにさまざまに曲げたジンフィアの皮に魔力を通した。これは曲げても魔力が通って硬化するかどうかの確認らしい。
「よし。確認は終わったからムウはもう帰っていいよ。今日はありがとね」
「終わったのか。それじゃあ失礼する」
「うん。多分二日あれば完成するから。出来たら連絡するね。あ、後もともと使ってた防具、今すぐ必要ないなら置いていってくれないかな。組み合わせたりしてどれが一番良いか試したいの」
「どうせ大したモンスターは相手にしないし構わない。置いておくぞ」
防具を外して近くの台の上に置いておく。
「ありがと。じゃあ、また完成したら連絡するよ」
「楽しみにしている」
マーシャに別れを告げて表の店舗から外に出る。そこそこに人気な店のようで、店内には数名の客がいた。
店を出た後、今日は特にすることがないので久しぶりに薬師の里に行ってみることにした。ラタナンテと遊ぶ約束をしていたのだ。防具が無くてもルクシア周辺のモンスターには遅れは取らないが、たまには一日のんびりするのもいいだろう。せっかくなので三匹も連れて遊びに行くことにしよう。いつまでも閉じ込めたままというのも可愛そうだ。
*****
ラタナンテと遊んだ二日後、マーシャとタリアに呼ばれてタリアの店へと行った。二人とも依頼していたものが完成したらしく、まとめて渡してくれるようだ。
店につくと、カウンターでタリアとマーシャが何か話し込んでいた。
「いらっしゃ~い。あ、ムウくん来たね」
「女性を待たせるなんてなってないぞ」
「時間通りに来ただけだ」
マーシャのちょっとしたからかいを軽く流す。
「はい、それじゃあこれが鉈ね。3本で4万ゴールドだよ」
そう言いながらタリアがカウンターの上に三本の鉈を並べる。
「わかった」
昨日アイテムを売った後まだほとんど金を使っていないので、ゴールドは潤沢にある。
受け取った鉈のうち二本をインベントリにしまい、もう一本を腰に装備する。今まで作っていたものより大きく重たく、頑丈そうだ。ずしりと腰に伝わる重さが安心感を与えてくる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃあ、後は私のつくった防具だね。さ、早速装備してみて」
マーシャが渡してくれた装備を、胸、脚、腕の順につけていく。以前装備していた防具は純粋な革だけだったので茶色だったが、今回は表面にジンフィアの毛が薄く残っているようで、全体的に白い見た目をしている。上下ほぼ真っ黒の今着ている服には少し色合いがあっていない気がする。
「ぴったりだ。すごく馴染む。前のと遜色ない」
「もともとの防具を使ってるからね。ジンフィアの革がだいぶ薄かったから、もとの防具の上に重ねる感じで作ったの。厚みの調整には苦労したけど、いい感じでしょ?後は、大体は毛は落としちゃうんだけど、こいつの毛は魔力で硬化するみたいだったから残しておいたよ。どう?」
性能面は、軽く魔力を流してみて革を硬化させても動きが阻害されなかったことから心配はしていない。ただ、色合いが今の服にはあまりあっていない気がする。とはいえ、そもそも真っ白な胸当てに合う色合いのシャツなんて思いつかない。
「性能は問題ないが、色合いが少し気になる。これ、もう少し落ち着いた色合いには出来ないのか?」
「えー、真っ白綺麗じゃない。でもそうだね。それだったら中に着るシャツは変えたほうが良いかも。ちょっと待ってね」
マーシャがそう言って売り場の方へ行くのでついていく。
「うーん、これとか良いんじゃない?」
そう言ってマーシャが取り上げたのは灰色の半袖シャツだ。
「これなら色合いも悪くないし」
「街中ならそれで構わないが、今度探索する予定のところがかなり寒いんだ。だからできれば長袖が良い。というか、革鎧と一緒に装備できて温かい服があったら教えてくれないか?」
薄い長袖シャツを革鎧の下に着るというのは想像できるが、よく考えればトレーナーやパーカーを革鎧の下に着るというのは想像できない。寒い場所での装備はどうするのだろうか。
完全に寒冷地用の防寒機能がついた革鎧は想像できるが、それは逆に暖かい場所で使えないので困るのだ。コリナ丘陵の北が本格的に雪の降るような場所だったらその時は本格的な寒冷地用装備を用意するかもしれない。
「温かい服ね。それって別に下に着る服じゃなくても良いんでしょ?」
「寒冷地用の革鎧みたいなのはゴメンだぞ?そんなの常に使えるわけでもないし。後は探索しやすい服であれば。あっちの世界のコートとかパーカーみたいなのは使いやすいかわからないが」
「大丈夫だから。あんたみたいな革鎧の上から装備できる防寒具をちょうどこっちくる前に調べてたの。作る機会無いと思ってたからちょうど良いわ。私に任せなさい」
「お、おう」
マーシャが勢い込んで語り始めたので、大人しく頷いておくことにした。正直俺は防具のことはあまりわからないので彼女に任せておくことにした。
「ついでだから下も暖かいズボン作っておくよ。大丈夫、絶対に動きにくくならないようにするから。任せて。3万ゴールドで作る。いい素材ちゃんと使うし、作るのも急ぐから」
「…わかった。マーシャに任せる」
どんな物をマーシャが想定しているかわからないが、3万ゴールドなら出せるし彼女に任せておこう。わからないことは専門家にまかせておいたほうが良い。
「よし、それじゃあ早速…」
「待ってマーシャ。ムウくんに相談することがあったの忘れたの?」
「あ、そうだっけ。ごめん、テンション上がっちゃって」
「俺に相談か?」
「そうなの」
そこでタリアは一息つき、説明を始める。
「実は、一昨日掲示板でちょっとした話が盛り上がったの。それが、ボスエリアの向こう側の世界にプレイヤーの手で拠点を作るって話だったんだけど」
「ああ」
おそらくジントたちが掲示板を使って協力者を募ろうとしたのだろう。
「そもそも新しい街の方もまだダンジョンとか探索が終わってない状態だから、ボスエリアの向こう側に行ってる人が全くいないのよ。本当にゼロ。少なくとも掲示板で観測する限りでは」
「それで?」
「けど、そこで話していた人のうち一人が、北の森の先のエリアで拠点を作ってる人がいたって言うのよ。しかもその拠点を使う許可はもらったって」
「ふむ」
「ムウくんでしょ」
「まあな。そのプレイヤーの名前はジントかマナミだろ?」
「ええ。マナミさんだったと思うわ」
思っていたとおり、早速掲示板を使って拠点設営の話を始めたのだろう。
「それで、俺が何か関係あるのか?マナミが案内することもできるって言ってたんだろ?」
「そうなんだけど、問題があってね。そっちのエリアが結構危険らしくて、その人達は自分たちだけじゃあ心もとないって言ってるの。でも有力な攻略組はこぞって他の街でダンジョン攻略とかしてるし、人がいなくてね。生産職は結構乗り気なんだけど、護衛がいないと調査すら出来ないし」
そこでタリアは一息つき、俺に頭を下げてくる。
「拠点を建てるためにも、一度そのエリアをちゃんと見ておきたいの。ムウくんが案内してくれない?できればムウくんの拠点まで。報酬は生産職から用意するわ」
「そのエリアは危険なんじゃなかったのか?俺ひとりじゃあ護衛なんか務まらないだろ」
「うーん、その人達も危険な場所で助けられたらしいんだけど、その助けてくれた人のアドバイスに従って街まで戻ってきたら一回も襲われなかったらしいんだよね。だから大丈夫かなと思ったんだけど」
「…少し考えさせてくれ」
はっきり言って、彼女たちを案内しても俺にはほとんどメリットはない。断ったら少し仲が悪くなる可能性があるぐらいだ。それも二人なら気にせず接してくれるだろう。
ただ拠点づくりの話をしたのは俺だし、仲の良いタリアたちの頼みならば乗っても良いかなと思っている自分もいる。心情で言えば早く先のエリアに探索に進みたいのだが、悩ましいところだ。
「報酬は良いものを考えておいてくれ。それと、とりあえず俺がするのは自分の拠点までの案内だけだ。それで良いか?」
「帰りの護衛もお願いできる?」
「もちろんだ。なんなら帰りはジント達に任せてもいいが、多分来ないだろうな」
自分たちだけでは手に余ると言っていたし、帰りは俺が抜けて変わりに生産職がついてくると知ったら来たがらない気がする。
「どうかしら。それは聞いてみないとわからないけど…」
「生産職は何人来る予定なんだ?後はどれくらい戦える?」
「ムウくんが護衛してくれるなら、知り合いの私とマーシャとあと一人生産職で行きたいと思ってるわ。戦闘の方は全員素人よ。私は一応火魔法を使えるけど、戦えるレベルじゃないし」
「私もほとんど戦えないよ。風魔法が使えるぐらい。まさか探索する必要があるとは思ってなかったもん」
そこで少し疑問が湧く。
「そもそも、わざわざ生産職が来る必要は無いんじゃないか?ジントたちもそこそこあっち側のことは説明してただろう」
「説明はしてくれたけど、それは信用の問題になるのよね。拠点を作るとなるとやっぱり10人ぐらいは必要になるし、そうなると不確かな情報じゃあ動けないから、私達と知り合いの中の誰かがちゃんと行って確認してこようという話になったの」
「それはタリアの知り合いの中での話か?」
「そうよ。私と数人の生産職の知り合いの話。でも、自分で言うのも何だけど私はそこそこ有名だから私達が活動を始めたって広まったら、賛同してくれる人もそこそこいると思うわ」
ふむ。三人か。俺一人でも案内はできるが、モンスターに襲われたときは守りきれるか定かではない。護衛する以上は全員無事で返したいが、さて。
「ジントたちにも連絡を取ってみる。少し待ってろ」
「わかったわ」
その場で、ジントにフレンドコールをかける。
少ししてジントは通話に出た。
『おう、ムウか。どうした?』
「今少し話せるか?」
『おう。おい、ちょっと休憩だ。連絡が来た…。それで、なんの用事だ?』
俺はコリナ丘陵への生産職の護衛に関して説明する。
『なるほど。それで俺たちにも来てほしいと』
「いつまでも俺がついているわけにもいかないから、しっかりと探索できるプレイヤーを育てたいって意味もある。三人の生産職に対して俺一人というのも少し不安だ」
『言ってくれるぜ。だがわかった。俺らも参加させてもらう。拠点づくりは俺たちも本望だしな。出発はいつだ?』
「まだ未定だ。少なくとも二日以上後になる。それと、ちゃんと暖かい装備を着てこいよ」
『もちろんだぜ。街に戻ってすぐに用意したぞ。今は別のところで探索してるからインベントリで眠ってるけどな』
「わかった。また決まったら連絡する」
『よし。楽しみに待ってんぞ』
「了解」
通話を切って、タリアたちの方を向き直る。
「ジントたちも参加してくれるらしい。あそこは6人パーティーだ。全部で10人だな」
「ほんとに?ありがとう、本当に助かる。動き出したいのに動けなくて困ってたのよね」
タリアは大きく息を吐きながらそう言う。護衛を俺とジントたちが引き受けたことに安堵したのだろう。
「店はいいのか?」
「別に置いておいても困ることはないし、調査が終わったら戻ってくるしね」
タリアは拠点を作ったら戻ってくる気らしい。拠点というものをどう捉えているのかわからないが、それはわざわざ俺が言う必要は無いだろう。もしかすると、俺が想定しているような生産職の滞在する拠点とは違う形の拠点ができるかもしれない。どのような拠点が出来上がるか楽しみにしていればいい。
「わかった。とりあえず出発は俺の防寒具が出来てからだ。それと、タリアたちも防寒具を用意しておくことをおすすめする。後は…」
と、その他にもテントやマジックバッグなど必要なものを伝えておいた。料理などは俺がどうにかするが、テントや寝袋は自分たちで用意してもらいたい。
「わかった。私達はそれを用意しておけばいいのね」
「テントに寝袋かあ。確か掲示板にのってたね。タリア、二人で寝る?」
「そっちのほうが安そうだけど、ずっと一緒にいるわけじゃないし…。まあ後で買いに行ってから考えよ」
「そうだね。それじゃあ、よろしくね、ムウ」
「防寒具を作ってもらう礼だ。次は気分が乗らなければ手伝わないぞ」
食料など、俺も用意しておくものが色々ある。とりあえず、露店広場や街の店を回ってみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます