75.始まりの街ルクシア-21

翌朝、朝食を宿で済ませて街に出る。プライベートエリアに一度寄ったら、まずはタリアのところへ行こう。何を入手するのにもゴールドがいる。


フレンドコールをかけるとすぐにタリアは出た。


『ムウくん、久しぶり!ずっと連絡してくれなかったけど何してたの?』


「ずっと外に出ていて昨日街に戻ってきたばかりだ。アイテムを売りたいんだが、時間は空いてるか?」


『ずっと、って、前会ってから一月以上経つでしょ。まあそのあたりも聞くから私の店に来てよ。場所はね…』


その後連絡を切って教えられたタリアの店に向かう。街の西の大通りに面した場所にあるらしい。


中央の露店広場を経由して西の大通りへと入る。少し行ったところで左手にタリアの店があった。


シンプルな木の看板には『タリア武具点』の6文字がある。ここだ。


シックな木の扉を開けて中に入る。内装も外見同様に落ち着いた見た目をしており、木でできた棚には様々な武器が並べられている。販売スペースは外から見える店の規模に対して小さいようだ。


店内には二人ほど客がいて武器を眺めている。


棚の間を通り抜けて奥に向かうと、カウンターの奥にタリアが座っていた。カウンターの上や奥に置かれた様々な工具と、ビキニのような胸当てを装備しお腹を出しているタリアの姿は、なぜか妙にマッチしているように思えた。


「あ、ムウくん!久しぶり!」


カウンターへと近づいていくこちらに気づいたタリアが顔を上げる。


「久しぶりだな」


「お茶を出すから奥で話さない?」


「ありがたく頂いておこう」


「オッケー。じゃあちょっとまってね」


そう言うとカウンターから出てきたタリアが、店の客に声をかける。


「ごめんなさい、今日はもう店を閉めるからまた今度にしてもらえる?」


それはいつものことなのか、それを聞くと二人の客は特にごねる事無く出ていった。


「店を閉めるのはいつものことなのか?」


「自分で売る武器には責任を持ちたいし、出来上がった武器を買う人にもちょっとした調整はサービスですることにしてるから、私がいなくなるときは閉めることにしているの。お客さんに広めてもらってるから来る人はだいたいわかってくれてるしね」


「なるほど。生産職としてのこだわりか」


「わかってくれるんだね。攻略組にしては珍しいかも。とりあえず奥に来てくれる?奥が居住区兼仕事場になってるの」


「わかった」


カウンターを抜けて、そこから奥の扉をくぐる。奥にはプライベートエリアにあるアイテムボックスが一つと、様々な金属が入った箱に、作りかけの剣や槍が置いてある作業場があった。その奥に更に一つ扉があり、そこからタリアの居住スペースにつながっているようだ。


居住スペースには簡単な机と棚、水道らしきものがあり、寝室は別室であるようだ。こじんまりとして落ち着ける空間になっている。


「お茶入れるね。そこ座ってて」


そう言ってタリアが棚からコップと茶葉らしき缶を取り出す。


「水道があるんだな」


「あれ、ムウくん知らないの?NPCに家を作ってもらったら電気と水道をつけてもらえるんだよ。仕組みはわからないから私達じゃあ再現できないけど」


「なるほど。掲示板は見てないし自分で家を持つことも無いから知らなかったな」


「今も掲示板見てないの?」


「特に必要ないからな」


「ふーん、ムウくんがどんな風に探索しているか本当に気になるわ。はい、お茶」


タリアが机の上に置いてくれたカップには温かいお茶が入っていた。


「ありがとう」


自分の分のお茶を入れたタリアが正面に座る。


「それで、新しいアイテムを余った分は持ってきてくれるって話だったけど、一月以上音沙汰が無かったわね。私ムウくんが来るの結構楽しみにしてたんだけど」


ジトーッという擬音が付きそうな目線でタリアがこちらを見てくる。ずっと連絡を取らなかったことで何かしら思うところがあったようだ。


言い訳をするのであれば、どちらにしろコリナ丘陵にいて街にいなかったから連絡しても意味が無かったと言えるが、連絡だけでもしておいたほうがいらない気を使わせることはなかったのだろう。


「一月街の外に出て戻ってきてなかったからな。連絡してもどちらにしろ会えなかったから連絡しなかったんだ。心配をかけたのなら済まない」


「待って、ずっと外にいたって、冗談じゃなかったの?


確か先程フレンドコールで会話したときにも言ったはずだが、タリアは軽く流していたように思える。


「冗談じゃないぞ。北の森のボスエリアから先のコリナ丘陵に入って、向こう側でずっと探索していた、今日はそのアイテムを買い取ってもらいたいと思って来たんだ。出してもいいか?」


「いいわ」


許可が取れたので机の上にアイテムをどんどん並べていく。モンスターの素材に、特殊な薬草、鉱石、骨。机の上がいっぱいになるほどの量だ。


「待って、多くない?」


「一月の間探索した分だ。重複しないように持って帰ってきたからこれぐらいだが、コリナ丘陵に相当な数残して帰ってきたんだ」


「ちょ、っと、整理しながら一月どんな探索をしてたのか教えてくれない?」


「ああ」


その後、二人でアイテムを骨や皮、爪など系統ごとに分けながら俺が一月でしてきた探索の説明をした。


大雑把に説明しようとしたが、タリアが幾度か質問をしてきたので結局細かく話すことになった。


「なんというか、野生児、なのかな、ムウくんは」


「さあな。今回は情報を掲示板に上げるつもりはないから、後は自分で探ってくれ」


俺がそう言うとタリアは驚いた顔をしてこちらを向く。


「え、上げないの?それだけ探索した情報があったら他のプレイヤーも行きやすくなると思うんだけど。特に新しい街の周辺の攻略が進んだ今ならそっちに流れるプレイヤーも多いだろうし」


「タリアやマーシャを多少案内するぐらいならやってもいいがな。あっち側の探索は自分でやった方が絶対に楽しいと思うから情報の共有はしない。大人数で協力するにしても、一方的に情報を教えられる状況は避けるべきだ」


あちら側の探索は、自分たちでやってこその楽しさとワクワクがある。俺が情報を無闇にばらまくのは違うと思うのだ。


「うー、私もマーシャも店があるしね。できることなら自分で行って少しでも情報を確認したいんだけど…。あ、ちょっとマーシャ呼ぶね」


「ああ」


タリアがマーシャに連絡をとる。マーシャは二つ返事で了承したようだ。


「おまたせ。じゃあさ、せめてどんな場所だったかぐらいは教えてよ。詳しい地形とかあったものは言わなくていいからさ」


「…それぐらいなら。一言で表すと、あちら側には大自然が広がっていたな。生態系があって、モンスターがそれに従って生息していて。むやみやたらと襲いかかってくるルクシア周辺のモンスターのようなのは全くいなかった。後は湖があったり川があったり。本当に大自然の中にいるという感じだった。そこそこの頻度で雨も降ってたな。後は、今日はプライベートエリアに置いてきたんだが、何匹か俺に懐いてついてきた」


「大自然ね。本当に漠然としてるよ。それで、懐いてついてきたっていうのは?」


「文字通りの意味だ。小型のモンスターが三匹、俺に懐いて街までついてきた。向こう側ではずっと一緒に生活してたんだが…」


俺が話している途中でタリアが勢いよく机に手をついて身を乗り出してくる。


「モンスターを街に連れてきたの?テイムしたモンスター?テイムってできたの?まだ見つかってない技術なんだけど」


「どうした急に興奮して」


「だってテイムしたんでしょ?もふもふでしょ?私もモフモフしたいんだけど」


深刻な表情と話の内容が全く噛み合っていない。


「確かにもふもふだが、別にテイムしたわけじゃない。そういうのは他のプレイヤーの方が詳しいんじゃないか?」


βテストの頃にも、攻略や生産よりもモンスターをテイムして愛でるのが趣味のプレイヤーは一定数いたと思うが、そういったプレイヤーはこの世界でも可愛いモンスターを探したりテイムしたりしていないのだろうか。


「だから、テイムが出来てないんだよ。誰もその方法を見つけられてないの。βテストの頃あった“調教”スキルも今はなくなってるし」


「そういうことか。別にテイムをしたわけじゃなくて、野営をしていたら三匹が近づいてきたから肉をやったら、その後ついてくるようになっただけだ」


「そうなの?じゃあ特殊な方法じゃないのか…。ちなみにどんな子達?」


タリアが興味津々な様子で更に身を乗り出してくるので、こぼさないようにカップを脇にどけておいてノートを取り出す。


三匹の絵を描いてあるページを見せる。


「いいなあ、私もモフモフしたい」


「連れてこなくてすまなかったな。日中に三匹を連れて歩いていると目立つと思ったんだ。良ければ今からでも連れてくるが」


タリアが相当にもふもふに対して入れ込んでいるようだし、今日は特に急ぐ用事もないのでそう提案してみる。


「うーん、でも外に連れ出すと目立っちゃうし、それで怖い思いさせるのも嫌だし…。そうだ!」


何かを閃いたタリアが満面の笑みをこちらに向ける。


「この後ムウくんのプライベートエリアに行こうよ。そうしたらその子達を外に連れ出さないで遊べるでしょ?」


「まあ、別に構わないが」


すごい熱意だ。何がそこまでタリアを駆り立てるのだろうか。別にプライベートエリアに入れる分には何も困らないので問題ないが。


「よしっ。じゃあ、早く買取するよ。マーシャもすぐに来るから」


そう言ってタリアは俺の持ち帰ってきたアイテムの確認に入る。


「召喚魔法が新しい街で取得できるようになると聞いたが、それを使ってモンスターを呼び出せるんじゃないのか?」


「うーん、それはそうなんだけど、召喚魔法の取得って結構の条件が厳しいらしいんだよね。だから私には厳しいかなって」


「あー、取得条件があるのか」


「そうそう」


そんな話をしながらタリアがアイテムを鑑定しているのを待っていると、すぐにマーシャがやってきたので店の側に応対に出る。


「だいぶ久しぶりだね」


「ああ。しばらく街に戻ってなかったからな」


装備は以前と変わっているが、相変わらず元気な様子だ。


「そっか。それで、買い取ってほしいアイテムはどれ?」


「あ、マーシャ、こっちこっち」


「はいはい」


奥からタリアさんがマーシャに声をかけ、二人で家の中に戻る。


「わーお。またたくさん持ってきたね」


「一月分のアイテムだからな。よろしく頼む」


「ちょっと時間かかるよ」


そう言ってからタリアと並んでアイテムの鑑定を始める。


待っている間暇なので、防具や鉈を作ってもらえるかラルやトビアに連絡してみた。残念ながら皆しばらくルクシアに戻ってくる予定は無いようで、製作は他の人に頼む必要があった。


20分ほどしてようやく鑑定が終わる。


「うーん、想像してたけど、やっぱり見たこと無いアイテムが多すぎて価格をつけづらいわね」


「私の方は一応性能でつけれるけど、ちょっと違和感があるのがいくつか…。とりあえずこれぐらいかな」


皮系統のアイテムの買取だけで10万ゴールド、タリアが買い取ってくれる他のアイテムの価格は30万ゴールドとなった。


「多いな」


「前よりはお金が出回るようになって物の価値が上がったからね。それに今まで見つかってないアイテムばっかりだし、普通と比べて高くなるのはしょうがないよ」


タリアの方はそのまま取引成立としておいて、マーシャには防具製作の相談をする。


「追加でジンフィアとファシリカの皮を出すから、俺に防具を作ってくれないか?」


「良いよ、どんな感じの防具?」


言葉で説明するのが困難なので、今装備している防具を見せる。


「篭手と胸当てと脚ね。オッケー、じゃあ余った皮は私がもらっていいなら8万ゴールドでやるよ」


「それで頼む。ああ、後、ジンフィアの皮には特殊な性質があってな」


ズタ袋から自分の防具に使うように取っていたジンフィアの皮を取り出す。俺も昨日ふと気づいたばかりの性質だ。


ジンフィアの皮を手に取り、“魔力操作”を使って皮に魔力を流す。すると、なめらかだった毛が逆立ち、毛を含めた皮全体が硬化する。わずかに光っているようにも見える。


「なにこれ、どうやってるの?」


「魔力を流してる。“魔力操作”というスキルを知らないか?」


マーシャだけでなく、買い取ったアイテムの整理をしていたタリアも興味深そうに俺の手元のジンフィアの皮を見ている。


「タリア聞いたことある?」


「私は無いわ」


「私も。どこで教えてもらったの?」


ふたりとも不思議そうに首をかしげている。


「いや、普通にレベルが上がったときに取得可能になった。もしかしたらロストモアだけのスキルなのかもしれない。それはとにかく、こいつは戦ったときにはこんな毛をしていて、アイテムになった後は柔らかくなったから何かあると思ってたんだ。多分本体と同じことをしたらこうなると思う。だからこれを踏まえて防具を作って欲しい」


マーシャは真剣な顔で思案した後、ゆっくりと頷いた。


「わかった、けど、私がそれ出来ないからうまく調整できるかわからないよ?できれば作るときにムウに来てほしいんだけど」


「呼んでくれれば一日以内に行く。街の外には出るかもしれないが、どちらにしろ装備が整うまでまともな探索をするつもりはないからな」


よし、とマーシャがガッツポーズをする。新しい素材にテンションが上っているのだろう。


「じゃあ、早速この後空いてる?」


「この後はちょっとタリアと用事がある。明日でいいか?」


「えー、タリアと?デートでもすんの?」


「別にそういうわけじゃない」


なあ、とタリアの方を向くと激しく頷いていた。


「そ、そうだ、マーシャも来たら?」


「どこに?」


先程話した内容をタリアがマーシャに説明すると、マーシャも興味津津な様子でついてくることになった。


「それじゃあ早速ムウのプライベートエリアに行こう!」


タリア以上に楽しみな様子でマーシャが言う。


「その前に、タリアにも作ってもらいたいものがあるから依頼だけしときたいんだが」


「私に?」


「ああ。木を切るのに使う鉈を作って欲しい。ただモンスターを殴るのにも使うから、頑丈性を最優先である程度攻撃力があるのを頼む」


「鉈、か。今まで使ってたのを見せてくれる?大きさの確認をしておきたいの」


「ああ」


マントの下から今まで使っていた鉈を取り出す。一月の間、モンスターも木材も殴り続けた刃すでにぼろぼろだ。


「うわ、すごいボロボロ…。大きさはこのままでいい?」


「それより5センチ長くて刃を太くしたので三本頼む。グリップの太さはそのままで」


「わかった。けど、私が作ったら種別が武器になるから、こんなぼろぼろになる前に修理してね。じゃないとロストしちゃうから」


ロストというのはアイテムが消滅して、どのような方法をとっても修復不可能になることだ。生産道具はロストしないが、武器になるとロストするのでロストしないように丁寧に扱えと言われているのだ。


「わかった」


「じゃあ出来たら連絡するから、とりあえずムウくんのプライベートエリアに行こっか」


鉈を俺の方に返しながらタリアがそう言う。マーシャはすでに扉の前で出発する準備万端だ。


「そんな楽しみなのか」


「当たり前でしょ!さ、早く早く!」


どうやら、可愛い動物、もふもふは人を狂わせるようだ。

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