69.亜人の巣-2
休憩を挟んでしばらく探索してみたが、ダンジョンの内部は想定していたよりも複雑で広いようだ。広場から伸びた道はそれぞれ地下に向かっており、途中には明らかに洞窟の見た目には不自然な扉だったり人工物のような広場があった。
別れた道がそれぞれの先で合流するほど複雑な作りではなかったことは不幸中の幸いだろう。これならたとえ道を見失っても、壁沿いに進んでいれば必ず三層の広場にたどり着く。あそこまでたどり着けば外に出るのは簡単だ。
試しに分かれ道の先から下へと下っていってみると、ゴブリンでは無いモンスターがいた。身長は170センチほど、腹は出ているがだらしなく太っているのではなく筋肉質で、腕の筋肉もごつい。手にはゴブリンを一撃で叩き伏せそうな斧と盾を持っていた。
顔には特徴的な豚鼻と口から除く大きな牙があり、この種族はいわゆるオークという豚に似た特徴を持つ亜人型のモンスターだ。防具はゴブリン同様つけていないが、あの武器の攻撃はゴブリンとは比べ物にならないだろう。
このモンスターもゴブリンと同じように特定のエリアを徘徊しているようだ。
ゴブリン共の棍棒や錆びたナイフは価値が無いだろうが、オークの持っている重厚な斧は価値がありそうだ。あれは入手できないのだろうか。ゴブリン共の死体は外のモンスター同様光になって消滅してしまい、その死体から武器を拾うことはできなかったのだ。
ゴブリンよりも遥かに強そうだったので、オークの行動範囲が四層より下であることを確認してから戦闘すること無くその場を離れた。もう少し俺自身のレベルが上がらないとソロで狩るのは厳しいだろう。
その後広場から伸びるそれぞれの分かれ道の様子を探って見たところで午後三時になった。今日は拠点まで戻る必要はないが、ダンジョンから出る必要はあるし無理は禁物ということで探索は午後三時までにしようと決めていたのだ。
それぞれの道の途中にあった扉の先の探索は明日にお預けだ。四層より先もまだ一切探索できていないし、二層にあった二本の分かれ道も探索していない。四層よりも先に進むにはレベルを上げる必要もあるだろうし、やることがいっぱいだ。
三層の崖上の道から細い上り通路を登って二層に上がり、そしてダンジョンの外へ出る。外は朝と同じ曇模様だ。三匹は俺の張ったテントの中で団子になって寝ていた。俺がテントの入口を開けた音で目を覚ましたようだ。
三匹にじゃれつかれながらテントの外に腰を下ろしアイテムの整理をする。このダンジョン前の広場には風も吹き込んでこないようで。外よりは寒く感じない。焚き火を入れるのは夜になってからで十分そうだ。
今日獲得できたアイテムは《ゴブリンの牙》と《魔石の小欠片》だけだ。ダンジョン内にはアイテムを採取できるポイントが無く、ゴブリンたちもこのニ種類のアイテムしか落とさなかったのだ。
ダンジョンが見つかったのだから新しい鉱石の一つぐらい見つかると思っていたが、今のところはそんなことは無いようだ。
ダンジョンの外側、この魔方陣をまたいだ先に広がるエリアには様々なアイテムが存在しているようだし、もしかするとダンジョンの内部は戦闘がメインになっていてアイテムの入手は殆どないのかも知れない。
ひとまずアイテムをズタ袋にしまってテントの中に置き、弓の手入れをする。時間もあるし、スキルを使って修理する前にどれぐらい傷んでいるかを見る。
外見上は傷ついている部分はそれほど見当たらないが、内部では傷や亀裂が生まれているのだろう。スキルと木材を使って修復しておく。西の大樹の枝はそこそこ回収してきたので修理の素材には困らない。ちなみにこの大樹の名前はヒストリと言う。
武器の修理には武器と同じ素材が必要になるので、新しい弓を作ったときにはそのもととなった木材などは複数入手しておく必要がある。ただ、俺は今回ヒストリに加えて巨大猪の牙や腱を使用しているが、修理にそれらが要求されることはなかった。あくまで牙や腱の部分は装飾と判断されいているのだろう。入手方法がかなり限られているので助かる話だ。
武器の手入れが終わった後、夕食にするにはまだ早いので三匹と遊びながらトレーニングをする。βテストの頃はトレーニングによって身体能力は上がっていたが、今もそうなのだろうか。わからないのでトレーニングは時間が空いているときにやる程度にしている。
三匹が背中を登ってきたり腹の下をくぐったりしているのを感じながら一通りこなす。汗はかかないが筋肉痛は存在しているので、どの程度すればいいかは感覚でわかる。
その後は三匹と遊んでやり、夕食まで時間を潰した。夕食はいつもどおりの簡単なスープにリンオの実を一つ食べる。栄養の概念がこの世界でどれほど存在しているかわからないが、果物や野菜も取っておいたほうが気分的に健康になれる。
ちなみにリンオの実は、リンゴのような見た目に梨のようなリンゴよりみずみずしい食感とみかんの味を持つ果物だった。最初食べたときは見た目と味の組み合わせに驚いたものだ。
食事を終えた後は、川まで歩いていって鍋と皿を洗ってくる。往復10分ほどかかる距離にあるのだが、警戒しながら行けばモンスターも避けられるし問題ない。
片付けが終わった後は、火をわずかに残してテントに潜り込む。三匹も潜り込んでくるのを感じながら眠りについた。明日もダンジョン探索だ。
******
ダンジョン探索二日目。今日は二層の左右の分かれ道を端まで探索した後四層へと来ている。
二層の分かれ道の先はグネグネとした通路になっており、最奥にはいずれも宝箱があった。入手できたのはどちらも《暗視ポーション・初級》というものだった。文字通り暗い中でも視界を確保するポーションだ。ただ、効果時間が5分なので2本で探索するのは厳しい。しばらくはインベントリの奥で眠っておいてもらうことになるだろう。
それに俺自身は“聴覚識別”に加えて、“鷹の目”スキルがレベル30を越えたことで“梟の目”というスキルを獲得したので暗視ポーションは必要ない。
このスキルは“鷹の目”スキルには劣るが遠くを見渡せる視力と暗視能力を与えてくれるスキルだ。このスキルは“鷹の目”スキルを進化させることでしか取得できないので“梟の目”の代わりに“鷹の目”を失うことになるが、探索という目的のためには“梟の目”を取得したほうが良いだろうと思い、昨晩スキルを進化させておいたのだ。
おかげで遠くは以前と比べて見えにくくなったが、それを見越してレベル24のときのロストモアの《身体覚醒》では視力を指定しておいたので、MPを消費すれば以前と同じぐらいの視力を取り戻せるはずだ。
視覚には、探索に利用する聴覚と違って必要なときだけ魔力を通せばいいのでMPの消費も激しくない。むしろ便利になったと言えるだろう。
まだレベルが低いので暗闇の中見通せるのは5メートルほどだが、すぐにレベルは上がるだろう。
探索だが、三層に入ってすぐの暗い細道や、広場から枝分かれした道にあった扉を無視しているのには理由がある。予想程度のもので確信があるわけではないのだが、どうもそれらの先にはモンスターハウスがある気がするのだ。
モンスターハウスとは、モンスターが他の場所と比べて桁違いな数出現する小部屋のことを指す。部屋に入ると扉が閉じて閉じ込められたりと色々あるのだが、仮に扉の向こうがそんな場所だったときに今のレベルでは対処するのが難しい。せめて1体のゴブリンを倒すのにかかる時間が半分以下にならないときついだろう。
そういう予想もあって扉を開いてみるのは一旦やめているのだ。
四層に降りると早速オークを見つけた。
通路は一層二層ほど広くはないが、戦うには十分な広さがある。それに、オークの実力や今の俺の力がどれくらい通用するのか確かめたい。
いつもどおり《身体覚醒》《武器覚醒》に魔力を通し、戦闘の準備をする。そしてこちらに気づいていないオークの頭部に向かって矢を引き絞り、放つ。
一矢目の命中を確認する前に次の矢を番え、矢継ぎ早に放つ。強力な相手に対してはまず、気づかれて攻撃されるまでにどれだけ相手のHPを削れるかが勝負となる。
一矢目があたったオークのHPは5%ほどが削れていた。俺の現在最大火力に鉄蟻の矢を使ってそれだけしか削れなかった。やはりゴブリンと比べても相当にタフだ。
矢に驚いて悲鳴を上げたオークが、今度は俺に気づいて雄叫びを上げる。
グモオォォォォッ
そして、こちらに向かって走り出した。大きな図体の割に突進は速い。
突進の勢いから、武器での攻撃ではなく体当たりを狙っていると判断して寸前までひきつけ、斧を持った腕の側に潜り込むように回避する。
今の一連の動きでHPを1割ほど削ることができた。
俺の方を向き直ったオークが、今度は盾を頭の前に構えながら近づいてくる。突進では避けられると判断しての近接戦だ。盾に一矢射ち込んでみたがしっかりとしたダメージを与えられた様子はないので方針を変える。
まずはゴブリンを相手するときと同じように足の関節部を狙い、移動能力の低下を図る。末端部に攻撃してもダメージは低いが、ダメージを与えるのは盾を剥がしてからだ。
頭と比べれば小さいものの、足でもダメージを与えられている。オークもわずかに歩きづらいようだ。
近づいてきたオークが斧を振りかぶり、斜めに振り下ろす。俺はそれをバックステップで躱しながら矢を放ち続ける。
間合いの把握とその外からの攻撃。それが直線上には長い間合いを持つ弓の特権だ。基本的には遠くから攻撃する弓だが、近づく恐怖に耐えればこういう芸当もできるのだ。その代わり足さばきで相手の攻撃を捌く必要が出てくるので、盾や剣なんかで防御するのとは違う難しさもある。
数回、無茶苦茶な斧による攻撃を回避するとオークの頭の毛が逆立ち激昂したように再び雄叫びを上げる。
その一瞬の隙に、今度は自分から懐へと飛び込む。腰から鉈を抜いて盾を持っている方の腕の指に全力で叩きつけ、さらに重ねて《パワーショット》を叩き込む。
オークが怒り攻撃を考えているこのタイミングで、盾を剥がす。
案の定指先に鉈と矢を受けたオークは悲鳴を上げながら盾を手放し、痛みを振り払うかのように斧を横薙ぎに大きく振るう。
俺はしゃがみこんでそれを回避し、後ろに跳び下がって距離をとる。斧を振り上げたオークの攻撃がぎりぎり当たらない距離感をはりながら、頭部に向かって矢を射続ける。
当たってなるものか。外してたまるものか。
戦闘が始まって7分程して、ようやくオークは倒れた。放った矢の本数は60本ほどだ。
回収できる分は回収したが、怒ったオークに折られた矢も数多くある。
タフネス、高い攻撃力。今の俺にとっては相当な強敵だ。戦闘訓練としては丁度いいが、消費も大きい。ゴブリンとオークを半々として、見かけたら戦いを仕掛けていこう。矢は相当数用意しているので、ある程度の消費は耐えられる。
もう少し探索してみよう。
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もう少し探索してみよう、などと前向きに出発したが、次に遭遇したモンスターを見て引き返してきた。オークが2体。無理である。無視して進むのは追いかけられるだろうからやりたくないし、障害物のほとんどないこのダンジョンでは脇を通り抜けるのすら厳しい。その奥にはいくつもの小部屋が見えるが、そのいくつかからもモンスター気配がした。ここから先は一気に難易度が上がるようだ。
今のレベルでは挑むのは厳しいだろう。他の道でも四層に降りてすぐに同様にオークのペアやオークとゴブリンのパーティーなどを見つけたので進むのは諦めた。ひとまずは引き返して、上層でレベルを上げる必要がある。
レベルを上げるだけなら、別にダンジョンの中である必要はない。近接戦での戦い方も試し初めたことだし、ダンジョンの外でアーカンやヒストル相手に試すのもいいだろう。ひとまず今日はダンジョン内のゴブリンを相手にしてから考えよう。
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夕方近くになって、ダンジョンから外に出る。結局明日以降は外でアーカンやヒストル、やれるならあの熊に似た中型モンスターなどと戦うことにしたので、昨日より遅くまで戦闘を繰り返していた。
ゴブリンは武器を持っているので弓を使うようなやつも出て来るかと思ったが、どうやらここでは出てこないようだ。
「よし、飯にするか」
アイテムの整理と武器の修復を済ませ、いつもどおりの夕食を作る。リンオの実も冷やしておいたらもっと美味しいのだろう。拠点地下の泉は冷たかったので、今度木のかごでも作って沈めておいてみよう。
じゃれ付いてくる三匹と遊びながら焚き火の前で時間を潰し、テントに入る。せっかくのダンジョン、奥まで進めなかったことは悔しいが、やるべきことはわかっている。一つずつ早足で行こう。
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