68.亜人の巣-1

雨の中咲く花を見つけた日からさらに三日たった。この三日間、ダンジョンの北側と南側を探索し、また今後の戦いに備えてすでにかなり性能不足になってきていた《始原の弓》に代わる弓を作った。


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ハンティング・ボウ Atk+27


《飛距離増加(小)》

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使用した木材は、西に探索した先にあった大樹の幹の一部だ。このエリアで発見したいろいろな木材を使ってみたが、その大樹の幹が最も優れた材質をしており、それを使うことにしたのだ。


ハルバリという名のその大樹は、幹の直径が3メートルほどもあり、枝も広範囲に広がっていて様々な生物の住処になっていた。その様子をもう一度細かく観察してみたい。


弓の製作には、ハルバリの幹の木材に加えて巨大猪の牙と腱を使っている。


弓の一種にコンポジットボウ、日本語で言えば複合弓というのがあって、あちらの世界でも昔はそれらを作るのに動物の角や腱を使っていたそうだ。木材を軸として、その上に角や腱を貼り付けることで木材だけでは出せぬ弾力を出し、軽い細い弓でも木材だけの大弓と変わらない威力が出せるのだ。


それを今回俺は、《始原の弓》と変わらぬ大きさで作った。そのため攻撃力も一気に跳ね上がっている。木材だけで作ったときは攻撃力が20ほどだったので、巨大猪の素材を使ったことで確かに性能は上昇したようだ。今後弓を作る上でもこの方法を使うことが増えてくるだろう。ただ、今までモンスターの腱が入手できたのが巨大猪からだけなので、今後同じように腱なんていう素材が入手できるモンスターに出会うかわからない。そのときは植物などで代用できるものがないか考えないといけないだろう。


作りは始原の弓と同じようにシンプルにしたが、弦を張った側から順に木材、牙、木材、腱、木材という多重構造になっているのでその縞模様が見て取れる。せっかくなので持ち手の上下にヒストルの爪を取り付けて装飾にした。弓のバランスが崩れない程度に装飾はつけていきたいが、素体がシンプルなので難しいのだ。


アーカンの爪やヒストルの牙、爪は鏃として使えそうだったが、それほどの数を倒していないのでサンプルとして倉庫にしまっている。


「よし、準備完了だ」


作った干し肉を数日分と、リンオの実をズタ袋に詰め、テントも久しぶりに畳んでズタ袋に詰め込んだ。レンからもらってきてまだほとんど使っていないポーションも腰のマジックバッグに詰まっている。武器も、装備も調整は完璧だ。


俺が無言で岩柱から出ると、いつもどおり三匹がついてくる。ここ数日で完全に俺に懐いているようで、俺が外に出たら常に付いてくるし、言ったこともかなり理解してくれるようになった。言葉を解するあたり知性の高い種なのかもしれない。


今日から数日かけて、発見できたダンジョン《亜人の巣》を探索するつもりだ。ダンジョンという以上最奥にはボスモンスターがいるかも知れないが、今回は極力無茶はしないつもりだ。もともと俺は、森などの特定の条件下でなければ一人で戦えるような戦闘スタイルやスキル構成でもない。


メモと記憶を頼りに《亜人の巣》を目指す。拠点からは6時間ほどの位置にある。今日は探索をする必要は無いので、早足でダンジョンを目指す。


******


いつもより急いだおかげで4時間ほどで着いた。そろそろ俺がこのエリアに来てから時間が経つので、ルクシア北の森を越えた他のプレイヤーと遭遇することもあるかもしれないと思っていたが、そんなことは無かった。普通に探索しながら進めば4日はかかる場所にあるのでたどり着いてない可能性もある。


ダンジョン前に着いてすぐにテントを張り、インベントリから薪を取り出して焚き火の形だけ組んでおく。ダンジョンでの探索をしっかりしたいので、キャンプの設営は先に済ませておきたかったのだ。


キャンプの設営が終わり、装備の最終確認をする。


不備はない。


「よし」


ダンジョンの扉に触れると、以前と同様に頭の中に声が響く。


『ダンジョン《亜人の巣》に挑戦しますか?』


今度は、はい、と答える。すると、ダンジョンの扉が奥に向かって開く。扉の向こうには白い光が広がっている。その光に向かって手を伸ばすと、光の中へと手が入っていった。これをくぐり抜ければダンジョンに入れるということだろう。


入り口の光をくぐり抜けると、ようやくダンジョンの内部らしき景色が見えてきた。後ろを振り返ると、閉じた扉があり、道はそこで終わっている。これに触れれば外に出られるのだろう。


前に向き直し、ダンジョンの様子を観察する。ダンジョンの中は、少し広めの洞窟になっている。横幅は6メートルほど、天井は高さ2.5メートル程の位置にある。


また内部は外からの光は一切さしていないが、岩柱の地下で発見したのと同じ光る鉱石が壁に埋まっていて洞窟の中を照らしているので、外ほどではないが視界は通っている。


岩柱の地下で見つけた鉱石は青に近い色の光を放っていたが、ここの鉱石は白と黄色の合間の暖かな色の光を放っている。


試しに一つ採取しようとしたが、どうやらダンジョンの壁や床、天井は破壊できないようになっているようだ。


三匹はダンジョンの中には着いてきていない。外のモンスターの侵入を阻む仕組みが働いているのだろう。とりあえず探索に集中し直すことにして先に進む。


ダンジョンは一本道で、少しずつ下へと向かっているようだ。300メートルほど進んだところで道が折り返している。


折り返して少し進むと、右手に分かれ道が見つかった。分かれ道の方に少し入ってみるも、少し狭いだけの今までと同じ道が続いているだけだ。ただ、こっちのほうが中央の道より少し光る鉱石が少なく、暗く感じる。中央の道と同じで採取できそうなアイテムは見つからないので今は一旦中央への道へと戻る。


折返し地点から50メートルぐらいのところで、初めてダンジョンの道以外の物を見つけた。モンスターだ。


子供ぐらいの身長で、肌が緑色の人型のモンスターが4体群れになって歩いている。防具は腰に布を巻いているだけで、武器は木の棍棒か、錆びたナイフを持っているだけだ。目は俺ほどには良くないようで、俺のほうが先に気づいたようだ。


ダンジョン内で見つけた初めてのモンスターであるし、このダンジョンの水準を測る必要もあるので先手をうって仕掛ける。


矢を番え、弓を大きく引き絞る。


(《強靭弓》《パワーショット》)


50メートルぐらいの距離なら、的が横向きに走っていても外さない自信がある。


俺の放った矢はモンスターが反応する前に対象に到達し、先頭のモンスターの頭部を撃ち抜いた。その反動で命中したモンスターがひっくり返る。ダメージはそこそこ入ったようだが、一撃ではないようだ。相手は人型なので、ヘッドショットなら一撃で倒せるかもと思ったのだがそれほど甘くはないらしい。


俺に気づいたモンスターが、ひっくり返った一匹を置いてこちらに走ってくる。ひっくり返った一匹もすぐに起き上がってきた。HPの減りは4割ほどだ。


《強靭弓》の効力が残っている間に続けざまに矢を放つ。二体目のモンスターの頭までは狙えたのだが、ナイフや棍棒を掲げて顔を守り始めたので頭を狙うのはやめ、胴体、続いて足に打ち込む。


《強靭弓》だけの状態で頭にあたったときのHPの減りは2割程度、胴体では1割ちょっと、足ではそれ以下のダメージしか出なかった。ただ、矢が足に刺さったモンスターは移動能力が低下するようで、他のニ体よりも遅れだしている。


50メートルの距離から打ち始めたので、近づかれる前にモンスターのHPを削り切るのは余裕だった。動きを確認するために、最初に頭部に矢を当てた一体だけ倒さずに残す。近づいてきたモンスターは歯をむき出して威嚇してくる。


俺がじっとその動きを観察していると、


ギャアッ


と一吠えしたモンスターが俺の方に飛びかかってきた。動きはそれほど速くない。この踏み込みならヒストルの跳びかかりの方が速い。一歩下がって、更に頭を後ろに反らせて棍棒の一撃を避ける。武器を持っている分、リーチがヒストルやアーカンと行った獣の形をしたモンスターとはだいぶ違う。予想以上に伸びてきたので、次は注意しよう。


とはいえ、人型であると言っても体は子供のように小柄で、動きも武器の扱いに手慣れたもののそれではない。適当に棍棒を振り回しているだけだ。それほど多様な動きをするわけではなかったので、近距離で矢を打ち込んでHPを削り切る。


『《ゴブリンの角》×1を入手しました』

『《ゴブリンの角》×1を入手しました』

『《ゴブリンの角》×1を入手しました』

『《魔石の小欠片》×1を入手しました』

『1000ゴールドを入手しました』


ダンジョンでの先頭ではゴールドも入手できるようだ。アルトの窓を確認すると、今のモンスターはゴブリンと言うらしい。確かに、まさに小さく弱いが群れで出現するゴブリンのイメージどおりのモンスターだった。オーソドックスなゴブリンがいるのであれば、ホブゴブリンやコボルト、オークなどと言ったモンスターも出現するのかもしれない。


多分、ダンジョンが多くあるのであればダンジョンによって出現するモンスターの強さに差があるはずだ。ここは入口付近でゴブリンが出てきたので、下まで潜ってもそれほど強いモンスターは出てこないはずだ。往々にして楽観的な予想は外れるものだが、そんな想像は置いておいて先に進むことにする。


ゴブリンが最初いたあたりまでに左への横道が一つあり、更に扉から進んできた直線、仮に第一層と呼称するならばその第一層部分より今いる第二層部分は遥かに短く、70メートルほどで次の折返し地点がやってきた。今度の折返し地点は一層と二層を繋いでいた道と違って、人一人がギリギリ通れる程度の小さな下り坂だ。距離は短く傾斜は小さいので一度降りても戻ってくるのは簡単そうである。


傾斜の先には地面が見えているので、小さなトンネルを潜り抜けてそこに立つ。


そこは、一層と二層の単調な道とは全く別の空間になっていた。


今立っている場所の隣には一本の細い道が前後に続いている。前方には崖に面した細い道が奥の方まで続いており、後方は細いトンネルが奥まで続いているが光る鉱石が無く先が見通せない。かなり奥に僅かに光が見えるので、向こう側には別の空間か通路が広がっているのだろう。


前方の崖下を除くと5メートル下には広場が広がっており、そこから様々な方向に通路が伸びている。だいぶ複雑な構造をしているようだ。


「これはマッピング必須だな」


とりあえず、崖沿いの道の方を進んで降りる場所を探す。道幅は1メートルほど、頭上も低くなっておりかなり狭い。こんなところでモンスターと遭遇したら面倒だ。


崖沿いの道を少し進んだところで、広い道に到着する。その道は斜め下に向かって伸びており、先程の広場から伸びる道の一つにつながっているようだ。


そこを降りて広場の方へと行きたいが、下からモンスターの気配がするので崖沿いの道の方へ戻る。上に向かって歩いてきているし、障害物のないこの場所で隠れるのは困難だ。崖沿いの細い道へ誘導して一体ずつ倒したほうが良いだろう。


足音からして、来ているモンスターは先程と同じくゴブリンだ。数は4。これなら下がりながら射っていれば倒しきれる。問題はゴブリンのほうが小柄なので、この細い道でも問題なく突っ走ってきそうなところと、後ろから嫌な気配がしているところだ。


先頭のゴブリンが顔を出した瞬間に頭部に矢を叩き込む。それから連続して矢を放ち、近づいてくる前にゴブリンのHPを減らす。


《パワーショット》を使っていないとゴブリンの行動を一撃で阻害できる威力がないので、崖沿いの道に入った段階で先頭のゴブリンの足を狙い、群れ全体の進行を遅くする。


2体までは安定して倒せたが、俺に攻撃力がそれほど無いので後ろから別の群れが崖を渡ってくるほうが早かった。完全に前後を挟まれた形だ。このダンジョン、おそらくモンスターが何も無い所から出現しているのだろう。先程あっちには何もいなかったはずだ。


近接武器の扱いに卓越しているわけではないので、前後から挟まれると非常にきつい。だから俺の取る手段は一つだけだ。


残り2体の方の群れの片割れが飛びかかってくるのに合わせて腰から鉈を引き抜き、棍棒を躱しながら頭に叩き込む。


スキルのレベルも武器の性能も弓に比べて遥かに低く、全く勢いの乗っていない攻撃だったので弓の一撃にも劣るダメージしか与えられなかったが、のこぞらせることができた。


その隙に崖から下に飛び降りる。高さは5メートル。多少のダメージは受けるだろうが、“ジャンプ”スキルもあるし致命傷にはならないだろう。少し高くて肝が冷えたが、飛び出してしまった今となっては落ちるだけだ。


下の広場に着地し、転がって勢いを殺す。ダメージはHPの2割程度、安いものだ。


すぐに上を見上げると、ゴブリン共が上からこちらを見下ろして威嚇している。頭を出しているうちにまとめて撃ち抜いてやったが、倒すには至らなかった。そのまま逃すのも安心できないので、先程見えた上と下をつなぐ通路に先回りして、降りてくる6体になった群れを攻撃する。


上下で一時的に戦闘状態が解除されたし、視覚的にも隔たりができたのでゴブリン共のターゲットが俺から外れることも考えたが、この距離では外れることは無かったようで下へと走って降りてくる。しかし、スペースがあるのであれば俺は十分に戦える。せっかくだから、練習しておきたかった戦い方をやってみることにした。


一番HPの減っている1体を集中して攻撃し、近づかれる前に倒しきる。そして、残り5体が近づいてくるが、今度は距離を取らない。


右手に鉈を構えて、一匹の攻撃を弾く。相手の攻撃の方が重たいが、一方的に押し切られることはなく互いに大勢を崩す。崩れた大勢を無理矢理に戻しながら手の中で鉈を回し、逆手に持ち替える。そのまま空いた右手の指先で矢筒から矢を引き抜き体勢を崩したゴブリンの頭に一射。


その結果を見ないまま次の別のゴブリンの攻撃を躱すように立ち位置を変え、今度は空いた胴体に鉈を叩き込んでから矢を当てる。


距離が空いてゴブリンの攻撃が届かないときには直接矢を放ち、距離が詰まっているときには鉈で隙を作るか直接放てるか判断しながら戦い続ける。


とはいえ、6体に一度に囲まれるのは数が多い。楽しくなってきた。


感覚を研ぎ澄ませ、最も被弾を避けかつ相手にダメージを与えられるように動き続ける。弓をダメージ源としながら、鉈を活用して有利な状況を作る。まだぎこちないが、俺が理想としている戦い方。遠距離でしか戦えない弓の弱点を補った戦い方だ。


近距離射撃の威力もあって、6体のゴブリンも15分ほどで倒しきれた。数が減るごとに戦うのは楽になるが、今の俺が戦うのは6体が限界だろう。7体以上だとダメージを受けすぎてしまう。ポーションを自分で入手できない現状ではダメージを食らいすぎるのは避けたほうが良い。6体のゴブリンを相手にして訓練するのが良いだろう。


ただ、鉈の修理の手段が無いのでそのうち完全に鈍器になってしまいそうだ。別にダメージ源ではないので構わないが、耐久力が下がりすぎた結果砕け散るのだけは勘弁してほしい。生産用の道具にも区分されているので大破はしないと思うが、大破したら一度街に戻るしか無いだろう。


他にモンスターの反応が無いことを確認してから今の戦闘で入手できたアイテムとゴールドを確認し、広場の岩の上に腰を下ろす。ここなら敵が来ても察知から接近まで余裕があるし、逃げるのも簡単だ。ポーションの使用は控えておきたいので、座り込んで休憩することでHPの自動回復を待つ。MPに加えてHPもこうしていればゆるやかにだが回復するので、探索中の休憩というのは有効なのだ。


まだ昼には少し早いしそれほど先には進めていないので、休憩を終えたらもう少しだけ探索してみよう。

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