63.コリナ丘陵-3

翌朝、夜早く眠りについたおかげもあって日が登る前に目が覚めた。焚き火はすでに消えているが、東の空が白んできており僅かな明かりがあったのでものにぶつかることなく動くことができそうだ。


俺は“聴覚識別”スキルを持っているが、あれはあくまで森の中で風の音やモンスターの足音から位置などを把握することができるスキルであって、音を立てるものがなにもないこの小さな洞窟の中では大して役に立たないのだ。ソナーのような便利な能力ではない。


体の上に乗っている大きな鼬を両手で抱え、隣に下ろす。大きさに反してそれほど重くない。


俺が寝袋から抜け出して寝袋を片付けていると、足元に違和感が生じる。視線を向けると、鼬型のモンスターが目を覚まして足に絡みついていた。ひとまず寝袋を丸め終えてテントの中に置いておき、二匹のモンスターを脇に抱えあげる。


じゃれついてくるのは構わないが、テントの中ではしゃがれると片付けができない。


外でまだ眠っている残りの一匹のところに脇に抱えた二匹を下ろす。


「ちょっと待ってろ」


言葉がわかるとは思わなかったが、邪魔されたくなかったのでそう声をかけると、大人しく二匹ともそこに座り込んだ。言葉がわかったか、俺の行動で理解したか、どちらにしろ敏いやつらだ。


テントを畳み、骨組みと布を一括にしてズタ袋に突っ込む。寝袋も丸めて突っ込んだ。毛皮でできているのでそこそこかさばるが、重量は大きくないのでそれほど容量は取っていない。


鍋にはまだ少し昨晩のスープが残っている。もう一度火を入れるのは手間だったので、冷たいまま食べることにする。鍋からそのままスープを飲み、パンも適当にかじって朝食は完了だ。温かいほうが美味しいが、日が登ったのですぐに探索に出たいのだ。


ようやく目を覚ました一匹を含めて三匹の鼬がこちらを見ているので、昨日と同じように干し肉を三つにわけて放ってやる。こいつらもモンスターである以上自分たちで狩りができるだろうが、一晩をともにした誼だ。


鼬が肉を食べている間に、革袋からわずかに水を垂らして鍋と木皿、匙を洗う。野宿をするなら水場の近くにしないと、あっという間に水が尽きる。水場が見つかれば運がいい、程度に考えていたが、見つけないと詰みそうだ。今日はひとまず北を目指すが、水場を見つけたら水の補充をして、場所をメモしておこう。


武器を装備し、マントを羽織って探索の準備を終える。焚き火の後はこのままでいいだろう。すでに火は完全に消えているし、自然の中に残しておけばすぐにもとに戻るだろう。


鼬型のモンスターは、俺が立ち上がると近づいてきた。なつかれているのだろうか。


二匹が足にじゃれついている間に、一匹が俺の背中を登ってくる。鉤爪だろうか、器用なものだ。


「お前たちも一緒に来るのか?」


肩に乗って俺の顔の横から頭を突き出している鼬に尋ねる。


キュウ


と、可愛らしい声で鳴く。足元にいた二匹もいつの間にか登ってきて、それぞれ俺の頭と左肩に乗っている。流石に三匹乗ると重たいかと思ったが、そうでもない。特殊な身体構造をしているのだろうか。俺の身体能力もすでにそこそこ高くなっているのだろう。


「お前ら、危なくなったらどけよ」


俺がそう声をかけると、三匹は声を合わせて


キュウ 


とかわいらしい声で鳴いた。


******


昨夜野宿した場所からすでに3時間ほど北に向かって歩いてきた。このエリアの入り口から離れたからか、それとも森が増えてきたからか、昨日と比べて遥かに多くのモンスターを発見している。


木々の少ない開けた丘では昨日見かけた山羊型モンスターと同じモンスターの群れをいくつも見かけたし、それよりも木々が多いところでは、草食恐竜のようなモンスターや、ダオックスではないがあれと同じように鹿型の草食モンスター、猪型のモンスターも見かけた。小さな鳥や、肩に乗っている鼬型モンスターと同種であろうモンスターも見かけた。


敵対的であろうモンスターでは、昨日見た始祖鳥型のモンスターに加えて、小型の肉食恐竜に似たモンスターの群れも見かけた。始祖鳥型のモンスターは昨日と違って木の上に登っていた。本来の住処はそこなのかもしれない。


丘という構造上、ルクシア北の森と比べて森があちこちで途切れていて、開けた場所が多い。森といえる程の規模の木の集合は稀だ。巨大な岩の露出したエリアも多く、なかなかに多様な地形をしている。


複雑な地形をしており、想像していた丘とは少し違う。想像していたのはすり鉢をひっくり返したようなのがいくつも並んでいる光景だ。だが、今見ている丘陵は、はるかに雄大で、自然だ。


今日の探索で、大きな木の集まりや、巨大な岩の周辺では注意が必要であることがわかった。縄張りがあるのでそれほど多くは存在しないのだろうが、ときどき昨日見た狼型のモンスターと同じぐらいの大きさのモンスターを見かける。


ティラノサウルスのようなモンスターや、巨大な鳥、恐竜のように見えるがファンタジーのワイバーンにも似た特徴を持つモンスターなど色々いた。大体はのんびりと眠っていたり日向ぼっこをしているが、ワイバーンのような大型モンスターは何かを食べていたので、俺はすぐにその場を離れた。


岩のあるエリアを抜けているときに、三匹の鼬が走り出す。


「おい、どこ行くんだ」


そう声をかけるも止まらないので、俺もついていく。


少し行ったところで、三匹が岩の向こう側で立ち止まる。俺も覗き込むと、岩の隙間から水が流れ出していた。その流れは小さな河となって、北西の方向へと向かっている。


「水場か」


こいつらも喉が渇いたんだろう。俺も水を手で組んで飲み、ズタ袋から革袋を取り出して補充する。丘が上下しているので現在地を距離などで完全に把握しているわけではないが、だいたいの場所をメモしておく。


「この流れをたどれば、本流か、湖ぐらいはありそうだな」


一応今日は北に向かってみるつもりだが、軽く流れの先を見に行ってみる。すると、ものの10分ほどでそこそこの規模の河を見つけた。丘と丘の間、標高の低くなっている部分を縫うように流れている。


流れの中には数匹の魚も見える。底が見えており、深さはせいぜい膝のあたりぐらいだろうか。


「今はとりあえず戻るか」


河のこともメモしておいて、小さな流れをさかのぼってもとの場所に戻ることにする。とりあえず目指すのは真北だ。位置関係が把握できなくなると街のあるエリアに戻れなくなる可能性がある。流れの源流や行き着く先にも興味があるが、それはこの場所での生活の基盤が確立できてからにしよう。


「戻るぞ」


河に飛び込んで、首元まで浸かりながら魚を狙っている三匹に声をかける。


キュウン


と返事をした三匹はそれぞれに魚を加えて岸に上がって来た。


「ちょっと早いけど、昼にするか」


三匹がそれぞれに獲物を捕まえたので、俺もズタ袋から干し肉とパンを取り出し、近くの岩に腰を下ろす。


俺がパンを食べ始めたのを見て三匹も魚を食べ始めたが、そのうちに一匹が食べるのをやめて再び河に入っていく。何をするのかと見ていると、魚を一匹とって俺のところに持ってきてくれた。


「くれるのか?」


そう尋ねると、俺の方に魚を突き出してくる。くれると言っているのだろう。


「ありがとう」


礼を言って受け取り、ズタ袋にしまう。マジックバックの中ではアイテムはそれぞれ独立しているので、濡れた魚を入れても周りは濡れないのだ。


俺がズタ袋に入れた魚が消えたのを不思議に思った鼬が、ズタ袋に頭を突っ込んでいる。マジックバッグは、普段はただの膨らみを持った袋であり、プレイヤーが何かを取り出そうとしたときに初めて実体を持つ。そのため、頭を突っ込んでも何も見つからなかったようだ。


「夜になったら焼くからな」


そう言いながら頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。犬や猫のようだ。こうしてみると、非常に可愛らしい。マジックバッグの中でも時間は経過しているが、暑かったりすることはないので夜を早めにすれば腐ることはないだろう。


一匹が持ってきてくれたのを見て、他の二匹も魚を持ってきてくれる。ありがたく受け取ってズタ袋に入れておいた。焼いたらこいつらにも振る舞ってやろう。


「そろそろ行くぞ」


俺が腰を上げると、また三匹が足元に寄ってくる。登ってこようとするので、両手で捕まえて足元に下ろした。アイテムを拾うときに頭や肩に乗られているとバランスが保てないのだ。


「夜になったらのせてやるから、そんな顔をするな」


甘えるようにこちらを見上げてくるので、そう言って歩き出す。登るのは諦めていないようだが、大人しくついてきた。珍しい人間を見たからか、かなりなついてくれているようだ。


初めに水が湧いているのを見た岩の多くあるエリアに戻り、そこから再び北を目指す。昨日遥か遠くに見えた、切り立った崖らしきものが遠方に見えてきた。崖らしきもの、というよりは岩の柱が立っているような状態だ。どういう経過を経てあんなものが出来上がったのだろうか。


しばらく歩いていると、森で新しいモンスターを見つけた。熊だ。だが、普通の熊ではない。体のあちこちに、結晶のようなものが張り付いている。首の下や四肢、背中の一部などに、毛に半ば埋もれるように生えている。大きさは今日見つけてきた大型モンスターと比べれば遥かに小さく、普通の熊程度の大きさしか無い。中型モンスターとでも呼称しておこう。


蜂の巣に手を突っ込んではちみつをなめている。俺もあの蜂蜜がほしい。とはいえ、今手を出せば絶対に襲われる。次見かけたときには瓶に採取しておこう。


夕方までかかって、ようやくまた水場を見つけることができた。昼間見つけた河に比べれば小さいが、川幅は2メートルはある。深さも1メートルはありそうだ。


河から歩いて1分ぐらいのところに岩場を見つけ、今日はその上でテントを張ることにする。毎日洞窟のような隠れた場所にテントを張れるわけではない。開けた高台で火をたいていれば、警戒したモンスターは近づいてこないはずだ、と思いたい。


実際のところ、どうすればモンスターの襲撃を避けられるのかはわからない。岩の隙間でテントを張っていれば見つかりにくいかも知れないが、火をたいていれば絶対に気づかれるだろうし、今日みたいに高台にテントを張ると、場所はわかりやすいが開けすぎているためにモンスターが警戒して近づいてこないかも知れない。かなりの距離を歩いて大型モンスターはそれほど見つかっていないので、あれに襲われることはないだろう。


岩の隙間に杭をうち、テントを張る。土の上にうつよりは安定しないが、岩の隙間に挟んで引っ張ったときに引っ抱えるようにすれば、地面にうつのとなんら変わりはない。


薪にする枝を近くの木から持ってきて焚き火を組む。今日は魚があるので、スープは作らない。焚き火に火をつけたところで、ズタ袋から今日鼬達からもらった魚を取り出す。


ナイフで腹を開いて内蔵を取り出し、取り出し終えたところで鉄串を魚に突き刺す。それを焚き火の側の地面に突き刺して完成だ。あとは焼けるまで待てばいい。


三匹は俺が火をたいているのを大人しく見ていたが、テントに興味を持ったようで中に入っていった。テントの入口は布がかかっているだけなので、簡単に入っていくことができたようだ。


魚にそこそこ火が通ってきたところで塩を振りかける。できる味付けはそれぐらいだ。魚によっては味付けをしようが関係なくまずいが、気休め程度にはなるだろう。美味しかったらメモしておこう。


「あ、外見スケッチしてない」


メモ用紙を取り出して、覚えている限りの魚の外見を描く。焼き魚にする前に丁寧に描いておけばよかった。探索をメインにするつもりだったので、いろいろな生物をこうして軽く絵を描いて記録しておこうと思っていたのだ。今日は移動を優先したが、明日ちゃんとした拠点になる場所を見つけてからは、見かける生物を記録していきたい。今日見つけた分に関しては、文字で特徴だけをメモしておいた。


そうこうしているうちに魚が焼けたので、テントの方に声をかける。


「焼けたぞ、出てこい」


すると、すぐにさんびきがテントから顔を出す。


「お前たちも食べるだろ」


三匹用に炙っておいた干し肉を持ち上げてみせると、三匹が飛び出してきた。干し肉をいつもより大きくちぎってそれぞれの前に置いてやる。


三匹が肉にかじりつくのを尻目に、俺も焼けた魚を手にしてかじりつく。


「ん。うまいな」


油がしっかり乗っていて、かなりうまい。塩味だけでも十分うまい。昔一度だけ食べた鮎の塩焼きがこんな感じだった気がする。鮎と近い特徴を持っているのか。


30センチほどの魚だったが、あっという間に1匹食べてしまった。二匹目を食べたところで、鼬達が物欲しそうにこちらを見ているのに気づく。


「お前らもほしいのか?」


キュウン


と返事が返ってくる。


「しょうがないな」


串から魚を外し、三匹の前に置く。少し物足りないが、俺はパンをかじっておけばいい。


「いつまでも鼬って呼んでるのもなんだし、名前をつけるか」


このままこいつらがついてくるなら、呼び方を考えたほう良いだろう。


「お前はナツ、お前はアキ、お前はフユだ」


一匹一匹の頭を撫でながらそう伝える。言葉が返ってくるかわからないが、音で覚えてくれたらありがたい。


「なんだ?」とでも言いたげなようにナツが頭を上げる。一応三匹の特徴を考えて名前をつけていて、ナツが一番毛が薄く顔つきが鋭い。アキは背中の黒い毛が多い。フユは顔つきが一番丸く、毛が濃くて丸々としている。


こいつらがどこまで付いて来てくれるかわからないが、一緒にいると落ち着く。ペットを買っている人達は、こういう感情を抱いているのだろうか。


せっかくだからこいつらの絵を軽く描いておこう。


「動かないでくれよ」


石の上に腰掛け、メモ帳を取り出す。三匹は食事を終えて毛づくろいをしている。大まかな形をざっとかき、細かい部分を描き込んでいく。毛などの細かい表現は後回しだ。


三匹を描き終えないうちに、ナツが毛づくろいを終えて近づいてきてしまった。


三匹の中ではナツが一番活発で、かまってほしいとよく近づいてくる。アキは暇さえあればすぐ眠っており、昨日一番に寝始めたのもアキだ。フユはおっとりとしているが、なぜか俺の頭や肩の上が好きなようで、俺が立ち止まっているとすぐに登ろうとチャレンジしてくる。


「ちょっと待ってろ」


頭に登ってくるナツを放置して、残りの二匹を描き上げる。こんなこともあろうかと、ナツを一番最初に描いておいたのだ。


「よし、終わりだ」


三匹を描き終え、ズタ袋にメモ帳をしまう。その後は魚を刺していた鉄串を洗いに夜の河まで歩いていった。わずかな月明かりを頼りに歩いていると、夜の河にたどり着く。


「これは…きれいだな」


薄暗い月明かりの下、河の付近では淡く輝く花が咲き誇っていた。河のすぐ近くの岸に生えていた草。昼間にはただの草にしか見えなかったが、今は白く輝く大輪の花を咲かせている。蓄光塗料のような光を吸って吐き出しているのではなく、自ら光を放っているようだ。


そっと手を触れ、花を手折る。手にとっても光は失われないようだ。いつまでもこうして光っているのだろうか。輝いている花を折るのはもったいない気がしたが、いくつか持っておくために花を折り、ズタ袋にしまっておく。


花を見たナツとフユは、はしゃいで遊ぶように幾度も花に飛びかかっている。


花が生えているのはこの一帯だけのようだ。何かこの場所には特徴があるのかも知れない。


探ってみたくはあるが、今は暗いし難しいので場所をメモしておく。拠点にする場所を決めたら、戻ってきて探索してみよう。


「戻るぞ」


ナツとフユに声をかけてテントを張った場所まで戻る。


今日はできる生産もないし、もう寝よう。明日もまた、朝から探索だ。巨大な岩の柱のような構造物ももう目前まで来ている。あそこは障害物や隠れる場所が多そうだし、あそこに拠点を築けるとかなり楽になるのだが。


さて、明日も楽しみだ。

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