62.コリナ丘陵-2

丘を駆けおり声の聞こえた方向へと走る。声が聞こえたのは目の前の少し低い丘の向こう側からだ。


木々がわずかに生えた丘を駆け上がり、頂上から下を見下ろす。丘の反対側は今登ってきた側と比べると大きく生育した木がそこそこ生えており、声の聞こえる丘の麓のあたりは木々の影に隠れていて見えない。


更に丘の反対側がくぼんだ構造になっていることもあって光の当たらない影の部分が多い。今日がさしているのは南南西からであり、太陽があるのが天球の高い位置とはいえ丘の向こう側の大部分は影の中なのだ。


足を滑らせないようにと、丘の向こう側へ足を踏み出そうとした瞬間、狼の遠吠えのように聞こえた声、いや咆哮が響き渡る。一つ向こうの丘の上からは遠吠えのように聞こえたそれは、まぎれもなく巨大なモンスターの咆哮だった。


視界が通るところまで行って近くの岩に隠れ、様子を伺う。


視界の先、丘と丘の間で平らになったところでモンスター同士が睨み合っている。


一方には、体高が1.5メートルほどの小型のモンスターが複数匹で群れをなしており、それと睨み合っているのは体高2メートル、体長5メートルほどの巨大な狼だ。


小型のモンスターの方は、二本足で立ち、羽毛の生えた始祖鳥のような見た目をしている。ただ、図鑑で見るそれらよりも足が長く太く、駝鳥に似ている部分も見て取れる。体毛の色は深い緑をを中心に、赤や青など鮮やかな見た目をしている。また頭部や足は羽毛ではなく鱗に覆われており、これまで出会ってきた鳥型モンスターとは異なった印象を与えてくる。


始祖鳥型のモンスターと対峙しているのは、巨大な狼だ。いや、頭部付近に犬や狼の尖った顔つきという特徴があるから狼と判断しているだけで、胴体や四肢に関してはむしろ虎やライオンなどの猫科の肉食獣が近いかも知れない。


狼の特徴といえば、あの犬科の尖った顔つきと、走ることに適した細く強靭な足に機敏に行動できる細い体つきだ。


だが、今俺の目にしている巨大なモンスターは違う。大地を踏みしめる太く力強い四肢。末端部には鋭い鉤爪がついていて目をひくが、それよりも特徴的なのは足の付根の太さだ。末端部も通常の狼と比較すると全長に対して遥かに巨大であり、あれで殴られればひとたまりもない。


胴体は太く、背中の筋肉が隆起しているのが体毛の上からでも見て取れる。人と違って四足歩行であるとはいえ、背中の筋肉が全身の力を支えていることは間違いない。


全体的に白色が多いものの白と黒、灰色によって構成される体毛はウルフと共通するところがあるが、脚先や脚の付け根ではなぜかそれらが逆向きに生えており、ある種の防寒具を来ているかの用に見える。それらの逆向きに生えた毛は鋭く伸びており、毛というよりは刃、針を連想させる。


通常よりも遥かに太い首に支えられた顔にしてもそうだ。狼特有の、鋭いながら毛皮と体毛に覆われ、柔らかく見える顔つきとは異なり、狼の鋭さ、厳つさを残したまま柔らかさを失ったような印象を与えている。さらにここでも、顔に近い部分の首の毛が逆幹に生えており、首の周りに何か巻いているように見える。


互いに襲いかかることはなく、狼型のモンスターは頭を下げいつでも動ける体制で始祖鳥型のモンスターを睨みつけており、始祖鳥型のモンスターは威嚇するように何度も吠えて、いや、鳴いている。狼などの吠え声というよりはそれは鳥の鳴き声に近いものだった。見た目が始祖鳥であるから当然といえば当然である。始祖鳥であるがゆえにその声は可愛らしさとは無縁の、甲高く威圧感のある鳴き声だ。


ギャウ ギャウ ギャヒャァァ


そう幾度も威嚇するように繰り返していた始祖鳥型のモンスターのうち一匹がしびれを切らしたように狼型のモンスターに飛びかかった。


見た目より脚が強靭なようで、ゆうに狼型のモンスターを越える高さまで飛び上がっている。


始祖鳥型のモンスターは脚の鉤爪で攻撃しようとしているようで、脚を下に突き出し、翼を広げて体勢を制御しながら飛び降りていく。


狼型のモンスターは大きく跳び下がってそれを交わした。仲間の動きか、それとも狼型のモンスターの動きに触発されたか、他の始祖鳥型のモンスターも狼型のモンスターに接近し、攻撃を繰り返す。脚や翼の先にある鉤爪に加えて、尻尾から針のようなものを飛ばしている。狼型モンスターの体表に刺さったそれを見ると、羽を凶器として飛ばしているようだ。


狼型のモンスターは前脚を古い、体を大きく振り回して近づいてくる始祖鳥型のモンスターを振り払っている。


そしてわずかの空隙。始祖鳥型のモンスターの顔への攻撃が止まった瞬間、狼型のモンスターは吠えた。


威嚇などと可愛らしいものではない。それはまるで、音の爆発だ。それを聞いて理解した。目の前のモンスターは狼の見た目をしているが、全くの別物だ。


巨大なモンスターの咆哮で、始祖鳥型モンスターの動きが止まる。そこで巨大なモンスターは再び吠えた。今度は爆発するような咆哮ではなく、天を向いての遠吠え。


すると、巨大なモンスターの体表に異変が起こる。四肢の先端や付け根、胸元に背中、そして首元。逆向きの毛が生えている部分に濃い紫色の何かがいくつも浮かび上がる。大きさも形も不揃いで、それらが積み重なるように、あたかも鎧のようにモンスターの局所を覆う。


短い遠吠えの間に巨大なモンスターは大きく様を変えていた。局所に鎧のように濃紫の結晶を纏った姿の威圧感は先程までの比ではない。


始祖鳥型のモンスターはその変化を恐れていないのか、あるいは興奮していて気づかないのか、先程までと同様に巨大なモンスターに飛びかかる。しかし、今度は巨大なモンスターも守るだけでは済ませなかった。


体を大きく後ろに向けると、その勢いのまま尻尾を振り空中で始祖鳥型のモンスターをはたき落とす。そして再び前を向き直ると、体を捻って右の前脚を大きく振り上げた。


右足が振り上げられた瞬間、淡い水色の光が胸元から右手に向かって走り、右脚の根本、そして先端の順に体表を覆う濃紫の結晶が激しく水色の光を放つ。最終的にその光は脚先端部の結晶と鉤爪に集中し、それを激しく輝かせる。


そして、巨大なモンスターは脚を振り下ろした。


かすかな衝撃が俺のもとまで伝わってくる。だが、それよりもはるかに振り下ろした脚のおろした結果のほうが驚くべきものだった。


脚が振り下ろされた瞬間、鉤爪と濃紫の結晶に集まっていた光が外へと溢れ出したのだ。あの輝きを、俺は知っている。暗く覆われた空から爆音とともに降り注ぐエネルギーの塊、稲妻だ。


溢れ出した稲妻は地面と前脚の接地部分を中心に激しく吹き出す。


始祖鳥型のモンスターは前脚が叩きつけられる前に下がって避けたものの、空中で放電を受けて吹き飛ばされ、転がって痙攣している。しかし、ある程度の耐性があるのかすぐに起き上がった。


巨大なモンスターの胸部分の結晶に再び水色の光が集まり始める。それを見た始祖鳥型のモンスターたちは怯えたように後ずさると踵を返して東の方へと逃げていった。


それを警戒態勢のまま見ていた巨大なモンスターは、やがて警戒を解いて顔を上げる。水色の光は消え、体表を覆っていた濃紫の結晶は消えていく。おそらく体の中にしまったのだ。先程の状態は戦闘形態だろう。


巨大なモンスターも移動を始め、西の方へと去っていた。この場での勝者は巨大なモンスターだったが、戦いのあった場では安心できなかったのだろう。


「すごいな」


ポツリと、感想が口に出る。


そう、すごかったのだ。モンスター同士の戦いというのは。しかも、どちらのモンスターも今まで見たモンスターと比べると遥かに強い。小さな始祖鳥型のモンスターでさえ、一匹ではどうなるかわからないが、二匹いればダンロンベアやダロガンよりは強いだろう。小さな鉤爪による一撃は鋭く速く、強靭そうな巨大なモンスターの毛皮を切り裂いて血を流していたのだ。


巨大なモンスターに至っては言うまでもない。巨大猪以上のパワーにダイアウルフよりも高い俊敏性、そして最後に見せた雷、電気による攻撃。どれをとっても強い。


このエリアの探索がそれほど進んだわけではないが、あのようなモンスターがまだまだ居るのだろう。まさかいきなり見つけられただけでおしまいというわけではあるまい。


ワクワクするじゃあないか。美しい景色だけではない。未知のモンスター、強敵というのは心踊る。


「ひとまず、探索をしながら今日寝る場所の選定だな」


凶暴なモンスターが複数体確認できた以上、不用意にそのあたりで寝るわけにはいかない。探索もそうだが、安全に夜を越せる場所を探す必要がある。いざと慣れば樹上で寝てもいいが、寝心地もそれほど良くないし、樹上で火をたいて料理するわけにも行かないだろう。


今見た戦いは一旦胸にしまって、探索を続けよう。


戦闘を観察した地点から再び北を目指して進む。こちら側のエリアに来たときにいたあたりでは丘は岩と少数の小さな木々、それと30センチぐらいの草で構成された穏やかなもので、森は丘と丘の間にあったりとピクニックにでもちょうど良さそうな場所だった。だが、丘をいくつも越えていくとその様子が変わってくる。


木々が丘の上の方まで群生しており、また丘全体も岩が露出している部分が増えてきた。足場が悪く、戦闘するのは困難な場所まである。丘全体の形も、独立したすり鉢をひっくり返した形の丘がいくつもあった状態から、尾根のように長く続く丘や、斜めに細長い丘など様々な形を持つ丘が入り混じるように変わり、風景に多様性が出てきた。


ところどころで丘が窪んでいる場所もあり、野宿にどうかと思って調べてみたが、風通しが良すぎたり、近くで先程の始祖鳥型のモンスターや他の好戦的なモンスターが見つかったりとなかなかに良い場所は見つからない。風通しが良すぎる分には、夜に風が吹かないことにかけるか耐えれば済む話ではあるのでメモ帳に記録しておく。モンスターがいる場所は危険なので野宿するのは無理だ。


そうした道中もアイテムの採取は忘れないように気をつける。見たことのない草や茸、石などでアイテム判定があるのものは“発見”スキルが教えてくれるので全て拾っていく。当然それぞれに対応する生産スキルを持っていない俺には鑑定できないが、街に戻ったときにでも見てもらえばいい。石に関しては鉄鉱石の他に、銅鉱石や錫などが拾えたが、鑑定できないアイテムもあった。俺のスキルレベルが足りていないか、そもそも石ではないか、だ。これもいずれわかるだろう。


夕方近くまで北へとあるき続けてようやく良さそうな場所を発見した。周囲の丘より岩が多く、木々が適度生えている丘の中腹あたりに、天然の洞穴があったのだ。洞穴と言っても丘に穴が空いているのではなく、岩が積み重なった隙間がテントを張るのにちょうどよかったのだ。天頂部にも隙間があり、中で火を焚いても煙がこもることはなさそうだ。


下は土の露出した地面になっているので火を焚くのにも都合が良い。


杭をうってテントを張る。俺が持っているテントは売っていた中で一番小さい一人用のテントだが、中は詰めれば二人寝れるぐらいの広さがある。そのため狭い岩の隙間は設置するにはぎりぎりの広さだった。横幅は狭く、奥行きもテントを三つ並べれば埋まってしまう程度の小さな隙間だが、風をしのげてモンスターが周囲にいないというのはそれだけで十分に良い場所だ。


日が暮れる前に薪を集めてきて焚き火を焚く。乾燥した枝は落ちていなかったが、“木工”スキルで乾燥させればすぐに燃えやすい状態になる。


焚き火を組んだ後は別に取ってきた木を二本地面に突き刺し、上に一本棒を渡してそこに鍋を吊るす。水は革袋に持ってきたものをインベントリから取り出して鍋に張る。湯が湧いたところで干し肉と塩を少し投入する。野菜のたぐいは保存が聞かないので持ってこなかった。この世界でも野菜は新鮮なうちに使わないと腐ってしまうらしい。


干し肉が柔らかくほぐれたところで、棒ごと鍋を火から下ろす。簡易的なスープの完成だ。調味料は塩しか使ってないとはいえ、肉の味は汁に染み出している。こんな料理にしては十分においしい。


ズタ袋からパンを一つ取り出してスープに付けながら食べる。


今は戦闘を避けながら探索をしているが、食料の調達も考えると戦闘もしていかなければならない。


しかし、毎日寝床をさがさなければならない都合上、戦闘にそれほど時間をかけれるわけにはいかない。


それに手軽に倒せるモンスターと言えば、ここに来たばかりの頃に見つけた山羊に似たモンスターぐらいだ。始祖鳥型のモンスターや別に発見したライオンに似たモンスターなどの小型モンスターでも、群れをなしているので安易に狩るのは難しい。


「まずは拠点の設置が優先だな」


しばらく考えて今後の方針を決める。明日一日、ひたすら北に進み続ける。そして、明日の夕方、終わらなければ明後日を使って仮拠点の建築に良さそうな場所を探そう。


今日もボスエリアからこのエリアに入る場所からはかなり離れたところまで来たが、まだ探索を丁寧にしながらでも二日もあれば到達可能な距離だ。明日は進むことにのみ注力して、なるべく進んだエリアに仮拠点を作ろう。そしてそこからは、テントを拠点の場所に設置したままそこを中心にして数日探索をし、探索をし終えたら再びテントを持って先に進んで仮拠点を設置する。それを繰り返して探索していこう。


午後8時をまわり完全に日が落ちた中で、焚き火の明かりを頼りに生産活動をする。矢など消費はしていないが、新しく入手した木材の性能を確かめておく必要がある。


試しに木材を使って何かを作ってみたり、それほど弓に適していなそうな木材は薪や角材に加工していく。


そんな作業を一時間ほど続けていると、ふとモンスターの気配がしたので弓を手に矢筒を背負って警戒する。火を恐れてくれるなら入口付近で焚き火をしているので入ってくることはないと思うがどうだろうか。


しかし、予想は外れて数匹のモンスターが岩の隙間へと入ってきた。体調1メートルほどの大きな鼬が三匹。こちらに敵意はないのか、警戒する様子は見せていない。


焚き火の向こう側に腰を下ろして頭を上げ、こちらをじっと見ている。三匹で並んで座っている様子はまるで人形のようだ。


さて、どうしようか。魔法や精神攻撃を使っている気配はない。敵意を向けて来ないので襲ってくるつもりもなさそうだ。そう擬態をしているのかも知れないが、気にしすぎてはどうすることもできない。


試しにズタ袋から干し肉を一つ取り出し、三つに割いて三匹の前に投げる。三匹はそれを見ると、警戒することなくかじりついた。


あっという間にぺろりと平らげると、一匹が眠くなったようで伏せて目を閉じる。残りの二匹は焚き火を回り込んで俺の方へと歩いてきた。


敵意があるかないかど俺は警戒していたが、もしかするとこいつらは人を見たことがないので警戒していないのかも知れない。単純に好奇心でよってきた可能性もある。


試しにそっと手をのばすと、近くまで寄ってきていたモンスターは逃げない。そのまま頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じて頭を擦り付けてくる。


俺が一匹の頭をなでていると、もう一匹が自分も撫でてくれというように近寄ってきて、俺の腹に頭をすりつけてくる。左手を伸ばして撫でてやると、満足したように俺の足の上に乗って座り込む。


体毛は柔らかく、非常にさわり心地が良い。そのまましばらく頭や背中、喉を撫でていると、足に乗ってきた一匹も目を閉じてまどろみ始める。


足に一匹載せたままではあるが、作業が少し残っているので撫でている一匹から手を話して作業をする。


先程まで撫でていた一匹は近くによってきて座り込み、俺が木材をいじっているのをじっと見ている。


作業を終えるまでじっと見ていて、俺がテントに入ってもついてきた。


「一緒に寝るか?」」


そう話しかけると、寝袋の中に潜り込んできた。可愛らしいやつだ。


しばらくすると、先程まで足の上で寝ていて、焚き火の側にそっと置いてきた一匹もテントに入ってきた。合わせて二匹、寝袋の中に潜り込んできたのでかなり窮屈だ。


しかし、動物特有の暖かさもあり、疲れていたこともあって時間的にはまだ早いが気が付かないうちに眠っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る