61.コリナ丘陵-1

「よし、行くか」


いつもより少し長めに寝てからプライベートエリアを出る。いつもの防具と弓に加えてライアに作ってもらったフード付きのマントを纏い、ズタ袋はマントの内側に背負う。戦闘になったときにすぐにマントを外せるように調整をしているが、とりあえずはエリアの探索を目的としているので戦闘はなるべく避けようと考えている。


ボスエリアの先でいきなりモンスターがの数が大幅に増えていたりモンスターが凶暴化していることはまず無いだろうが、その可能性がある以上警戒しておく必要はあるのだ。


朝食用にサンドイッチと焼鳥を数本いつもどおりに購入する。あるきながら食べることにして、門をくぐって街の外に出る。


いつもより一時間半ほど遅くまで寝ていたこともあって、今日は俺の他のプレイヤーもすでに狩りに出始めている。ほとんどのプレイヤーが防具や武器を更新しているところを見ると、他のプレイヤーも順調に進んでいるようだ。だからこそタリアたちも、生産職の側で体制を整えようと努力しているのだろう。


街から続く街道が途絶え、近くを歩いていたプレイヤーがそれぞれに戦闘をするために散っていくのを横目に北へとあるき続ける。


南のサスカー海岸の風景も美しくもう一度見てみたいと思ったが、結局は鮮やかな海と南国の風景よりも穏やかで森の広がるコリナ丘陵を探索してみたいと思い北に来ている。


索敵能力や“気配”スキルを使ってモンスターを避けながら森の奥へと進んでいく。この森には索敵能力の高いモンスターはおらず、装備しているスキルは“跳躍”や“ステップ”、“登山”など移動に特化したスキルであり、更に俺自身が森に慣れているため、他のメンバーと進むよりも遥かに速いスピードでボスエリアまでたどり着いた。


ここまではすでに探索したエリアなので早足で進んできたが、ここから先は探索が目的なのでゆっくりと周りのアイテムや風景に目を向けながら進むつもりだ。


魔法陣をふんでボスエリアに入り、更に先の、一度見ただけで引き返したエリアへ入る。


光が薄れて視界が明らかになってくると。目の前には丘と、そこここに生えた木々が目に入ってくる。コリナ丘陵だ。おそらく目の前の小高い丘の向こうには、更にいくつもの丘と森が広がっているのだろう。


時間はまだ昼食には早い。とりあえず探索をして休憩するのに良さそうな場所を探すことにする。


ひとまず進む方向は北だ。方向感覚スキルが無いので気を抜けば方角がずれてしまうが、目の前の丘や木々の位置関係と距離感をよく把握していれば大きくずれることはない。


目前の丘を越えようとしたところで、丘の中腹あたりで草を喰んでいる10匹ほどの草食獣の群れを見つけた。ヤギのように見えるが体色は黒主体で黒白の縞模様になっており、角は太く短く体表は深い毛に覆われている。


凶暴なモンスターには見えないが見た目で判断するのは危険なので用心しながらそっと近づく。


距離が20メートルに近づいたところで、ひときわ大きな体格と厚い体毛を持つ群れの長らしき一匹が頭を上げてこちらを見る。警戒させないように両手をマントの外に出したままゆっくりと近づくと、群れの長も警戒しながらゆっくりとこちらに歩いてきた。


他の草食獣のうち比較的大きなものは群れの長と俺の方を注視しており、小さな、まだ子供であろう個体は草を喰み続けている。


やがて群れの長が目の前にやってきて立ち止まる。俺もそれに合わせて足を止める。


群れの長は俺の匂いを嗅ぐように顔を近づけてくる。顔は彫りの深い表情の険しいヤギのようだ。耳は頭頂部に横並びになった二本の太く短い角の横に並ぶように縦に向かって生えている。


体を覆っている濃い体毛は顔に置いては他の部分よりも短く目や鼻、口元ははっきりと見える。


しばらく俺の体をマント越しに嗅いだ群れの長は、やがてマントの隙間から頭を突っ込んで一嗅ぎした後、満足したのか顔を上げて群れの方に戻っていく。


俺も長についていって群れに近づいてよいかわからなかったが、群れが離れていかないのでそっと近づいてみた。


群れそのものが逃げていくことはなかったが、大人らしき数匹が子供をかばうような位置に移動している。長には驚異とはみなされなかったが信用されているわけでもないらしい。


じっと群れの中で見ているわけにも行かなかったので、角で突かれても避けれる距離から群れの長の背中に手を伸ばす。長はこちらをちらりと見たが、すぐに草を食べ始めた。


長の背中に手を触れると、想像以上に毛が深く指がかなり沈んだ。だからといって柔らかいわけではなく、むしろ毛は硬く強い反発力を持っている。毛の流れと反対向きに撫でようとすると強い引っかかりを覚えた。


サンプルとして毛を一部採取させてもらいたいが、大丈夫だろうか。


いきなりナイフを抜くのは警戒させることに繋がるので、一度長の前に回った後マントをおろし俺の体がよく見える状態にする。


匂いを嗅いでいた先ほどと違い眠たげな目をした長は、俺が静かにナイフを抜くのをじっと見ていた。


ナイフと逆の手に素材採取用のガラス管を持ち、長の背中の毛を一部10センチほど切り取らせてもらう。採取を無事に終えゆっくりとナイフを腰にしまいガラス管をズタ袋に戻す。再びマントを纏う頃には、長は休憩するかのように斜面に腰をおろしていた。見た目だけでなく生態もヤギに近いのかも知れない。


周りでは他の個体も食べるのをやめてゆっくりとしている。あまりに穏やかな風景に俺も一緒に昼寝をしたくなったが、探索初日からのんびりするわけにもいかないので、長の頭を軽くなでた後、背を向けて北へと丘を下る。


また、そのうちのんびりする気分のときに出会えたら一緒に昼寝でもしたいものだ。絵にするのも良いかも知れない。


丘を下った先にはまた丘、そしてその向こうには1haほどの森が広がり、その向こうには更に丘が続いている。先程丘の上から見た限りでは、かなり遠くに他の丘よりも高く、険しい丘がいくつか見えた。丘自体もほんの僅かにだが北に向かって標高が高くなっている気がする。


丘という地形のせいであまり見えないが、遠くには山が広がっているのかも知れない。


森に入ると、ルクシアの北に広がる森とは違って高さや太さがまちまちな木が密度もバラバラに生えている。ルクシア北の森は下生えはあったものの近い太さの木がそこそこ間隔を開けて生えていたのだ。こちらの森のほうがより生命力が高いのだろう。くぐり抜ける側からしたら少し迷惑だが。それも森の楽しさだ。


くぐり抜ける最中にいくつかの木の枝を少しずつ切ってズタ袋にしまう。ここの木材がどんな性質をしているか調べておく必要がある。他に見つかったアイテムは他の場所でも拾える鉄鉱石や薬草などだった。


森の中は丘の部分より気温が低く、ただでさえルクシア周辺より気温の低いこのエリアにおいては肌寒い程度の寒さだった。厚手のマントを持ってきたのは賢い判断だったようだ。


森を抜け丘をいくつか超えたところで遅い昼食を取ることにする。正午はだいぶ過ぎてしまったが、昼食はなるべく高い丘の上から周囲を見渡しながら取りたかったのだ。単純にきれいな光景が見たいというのもあるし、周囲の様子を少しでも探っておくためだ。


丘の上に腰を下ろし、ズタ袋から朝の残りのサンドイッチを取り出す。昼にはまだ探索をしており悠長に食事をとることはないだろうと判断して多めに買っておいたのだ。


丘の上から見下ろしてみると、やはりこの丘と森のこの地形はかなり遠くまで続いているようだ。ただし、今歩いてきた道のりに比べてこの先に広がっている丘は不規則で傾斜が急なところも多くある。さらに遠くには、先程見つけた丘というよりは崖に近い構造をもったものも見える。


そんな風景を見ながら食事を続けていると、右斜め前、北東の方角からかすかな叫び声が聞こえた。狼やライオンのような響く声ではなく、わずかに甲高い声。直後に、狼の遠吠えのように響き渡る声が聞こえる。


俺は好奇心に駆られてサンドイッチを頬張りながらズタ袋を掴んで走り出す。


新しい生物が見れる。しかも今度は好戦的な種かもしれない。そう思うとワクワクが止まらなかった。

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