57.始まりの街ルクシアー18

ルカたちと分かれた後、俺は先に街に戻ることをレンに伝えておいて街に向かった。


『相変わらず優しいね』


「腹がたっただけだ。後は任せた」


『はいはい。後始末は俺だからね。フォルクもそうだけど、君も大概むちゃするよね』


「譲れないものがあるだろ。もう切るぞ」


『うん。じゃあ、またどこかで。どうせまた街から離れるんでしょ?』


「ああ、じゃあな」


レンは俺が戦い方について熱くなったことを、『優しい』という。だが、俺は自分の譲れないことについて怒っただけだ。一人ひとりに戦いに対する考え方ややり方があるのは構わない。俺が全てにおいて正しいわけもない。だが、カナたちは長い間パーティーをくんでいるのだから、パーティーのために動く、というのも考えてほしかった。言ってみれば俺の考え方を押し付けるだけのわがままだ。あまり褒められたものではない。


今日は一度街に戻り、明日からは再び探索に出ることにする。向かう先は西か東か南か。北の先に行ってみても良い。そう言えばフォルクとトビアは戻ってきたのだろうか。食料をそれほど用意してなかったので長期間の滞在は厳しいと思うが。北の先には引かれるが、突出して一箇所の探索を進めすぎるのもどうかと思う。いや、別にバランス良く全体を進める必要はないのだが、北の先に行った場合、俺は戻ってくることがななくなって他の方向の探索ができなくなってしまうという危険性がある。それを考えると他の方向から探索をしたほうが良い気もする。


「やりたいことが多すぎるな」


本当にやりたいことが多すぎる。どこの探索もしたいし、おそらく美しい景色を見たらそのときはそれを絵にしたくなるのだろう。本当に困ったことだ。そして、楽しみなことだ。


「とりあえず当面は北以外の探索をしながら準備を整えるか」


一度街を離れて北や他のエリアの先に向かった場合、おそらく俺は戻ってこないだろう。というか、いちいち街に戻ってきたくはない。そのために、外だけで生活できるような準備を整えるべきだ。最低限“料理”スキルとそれに必要な道具ぐらいは用意しなければいけないし、食料やポーションなどの消耗品も揃えなければいけない。ポーションはレンに頼んでおこうか。後で連絡しておこう。


街に近づくとチラホラとプレイヤーの姿を見かけるようになった。今日探索をしていたあたりは人が少なく遭遇率も低かったのだろうが、街の近くはMMO開始初日のような賑わいを見せている。おそらくカナたちのようにβテストで実力をつけたわけではないプレイヤーは、まだレベルを上げる以前に戦いになれる段階にあるのだろう。いくらスキルの補正によって武器の扱いがうまくなるとは言っても、敵意を向けて襲いかかってくるモンスターを目の前にして戦うというのは、なかなかに難しいものだ。敵意を向けられれば体は重く動かなくなり、足は竦む。それもあってプレイヤー間でも進度には差が出ているのだ。


まだ時間は昼を過ぎてすぐのところなので、周りには多くのプレイヤーが居る。中にはまだ初期の装備を着ていて、手慣れていないのかモンスターに幾度も避けられているプレイヤーも多くいる。今いる辺りは街周辺のウルフや草食獣が出るエリアから少し離れているので、彼らには荷が重いのではないだろうか。


他のプレイヤーがモンスターが出現するたびに奪い合うように戦っているのを横目に、俺はまっすぐ街へ向かう。


街についてまず、以前タリアが露天を開いていた場所に行く。“料理”スキルは自分で習得するつもりであるとは言え食材は買い込まなければならないし、携帯食料のような長持ちする食料が開発されているならそう言った情報もほしいところである。


しかし、露店があった場所に行ってもタリアはおらず、他の人が露店を開いていた。売っているものはタリアと同じで金属系の武器を中心に雑貨屋に近い商売形態のようだ。


適当に探し回っても見つけれる気がしないので、アルトの窓からフレンドリストを開いて連絡を取る。少し間があってからタリアは通話に出た。どうやら何か忙しくしていたようだ。


『もしもしムウくん?どうしたの?』


「前露店があった場所にいなかったらから何処にいるのかと思ってな。売りたいものと知りたい情報があるんだが、今大丈夫か?」


『うん、と。ちょっとまってね。シェスタさん、後どれくらいで終わりそう?』


タリアがおそらく今彼女の近くにいる人に話しかける。だが、フレンドリストによる通話は電話のように一時的に切ったりすることは出来ないので俺の耳元にタリアの声が大きく響き顔をしかめる。暫く誰かと話している様子があって、ようやくこちらに話しかけてきた。


『後30分ぐらいしたら終わるから、私の露店があったところで待っててくれない?今は人に任せてるけど、まだそこで露店を開いているから。露店の番をしている子には話を通しておくから』


「わかった。それぐらいなら待っておく。それと、通話中に大声で他の人と話すのはやめてくれ。耳が痛くなるからな」


『…そうね、ごめんなさい。不注意だったわ。それじゃあ、また後で』


「ああ」


少し、声に元気が無いような気がした。まあ忙しくしているのだろうから疲れているのだろう。


早速先程の露店に行って来訪を告げる。


「失礼、タリアからここで待っているように言われたんだが、話は聞いているか?」


俺がそう声をかけると、下を向いていた狐尾族の女性が顔を上げる。


「ああ、ムウでしょ。聞いてるよ」


「なんだ、マーシャだったのか」


露店の番をしていたのはマーシャだったようだ。以前魔物の素材が余っていたら売るという話をしていたが、完全に忘れていた。素材の買取なら彼女に買い取ってもらったほうが良いんじゃないだろうか。


「今日来たのはアイテムの買取なんだが、皮系統の素材はあんたでも買い取ってくれるよな?」


「アイテムを売りに来たの。良いよ、皮系統のアイテムは私の専門だしね。タリアが来るのを待っている間に査定しておくから出してくれる?」


マーシャがこころよく買取を引き受けてくれたのでアイテムを出す。主に出すのは少しばかり残っているダオックス、ダンロンベア、ソアウィーゼルの皮と本日狩ってきたダンピアの皮、そして俺個人ではおそらく使いみちのない巨大猪の皮だ。そもそも巨大猪は、重くて頑丈だったとはいえ強さで言えばダイアウルフとほとんど変わらない。だからダイアウルフの革で作った防具をつけている俺からすれば無用の長物である。


プライベートエリアに戻れば、皆で生産をしたときに残ったアイテムも残っているだろうが、せいぜいがダンロンベアの皮であってダイアウルフの皮は残っていないだろうしわざわざ持ってくるほどのものでもないだろう。


俺からアイテムを受け取ったマーシャは、以前見たことのある素材は置いておいて、巨大猪の皮を丁寧に調べている。軽くラルに聞いた話によると、皮には純粋な硬さだけでなく耐久性や劣化性、加工のしやすさや装備した際にどれぐらい動きを阻害するかといった様々な皮革要素があり、それらを加味した上で皮の価値が決まるそうだ。一度前例が出来市場に出回っている素材ならば価値の判断は簡単だが、そうでない完全に新規なものや希少なものは判断が難しいらしい。


それを待つ間、木材を取り出して矢軸を量産する。木材自体は常にアイテムインベントリにスペースを作ってそこに空きができるたびに新しい木材を取って入れるようにしているので、足りなくなることは無いだろう。


問題は鏃だ。アイアンアントの牙もすでにほとんど使い果たしたし、ウルフ系統の牙では性能が完全に不足している。現状用意できるのは鉄鉱石から作る鉄の鏃だけだ。他のダンピアやバサルモンキー、ダンロンベア等の素材では大きさが合わないのだ。鏃の大きさにするには相当手間がかかるし、削った分が無駄になってしまう。


「そう言えば、ソアウィーゼルの爪はまだ使ってなかったな」


確か、あの頃は“魔物素材加工”スキルを持っておらず、“細工”スキルのレベルも低かったので扱わなかったのだった。そしてその後はアイアンアントの素材が入手できたためにそちらに気を取られてしまい試すのを忘れていたのだ。


後で試して見ることにしよう。それ次第で、今後のために集める鏃のための素材も変わってくる。北の森の先以外を探索するにせよ、北の森の先に行くにせよ、街に戻ってくることが無い以上、最低限必要なものは揃えて行かなければならない。木材や食料は質を選ばなければどのエリアにも肉系統のアイテムをドロップするモンスターがいるので困りはしないだろうが、鏃の素材は常に入手できるとは限らない。


今後の予定を考えながら矢軸をひたすら作り続けていると、皮の鑑定が終わったマーシャが顔を上げる。


じとー、っという効果音が突きそうな目つきで俺のことを見てくる。


「どうした?」


そう尋ねると、マーシャは呆れたように息をはく。


「ようやくこの前持ってきた皮の値段が落ち着いてきたと思ったら、また新しいもの持ってくるよね」


何だそんなことか。


「それは北の森のエリアボスの素材だ。そのうち出回るだろうが、ボスが連戦できる相手かわからないから割と希少なアイテムになるかもな」


俺がマーシャの鑑定していた皮の正体を説明すると、マーシャは納得した顔をしながらも質問を返してくる。


「エリアボス、ね。それも納得だよね、このテキストなら」


「テキスト?他のアイテムと何か違うのか?」


俺がそう聞き返すと、マーシャは驚いた顔をする。


「このアイテムの説明欄読んでないの?明らかに他のアイテムと書き方が違うよ」


そう言われて俺も手元に残っている分を取り出してアイテムの説明文を確認する。


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巨大猪の皮 レア度:2


聖域の北方を守護する巨大猪の皮。騎士の刃をはねのけ聖域を守り続けたその力は、新たな主を聖域に迎えてもなお衰えることはない

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「確かに、普通じゃないな」


いつもなら、『〇〇の皮』程度の説明しか無い。だが、この書き方はまるで物語の一部のようだ。


「でしょ?何か意味があるのかもね。とりあえず掲示板に上げておくよ」


皮以外の素材に関しても確認すると、たしかに似たような説明があった。


「ああ、それで、買取なんだが」


「ああうん。こいつの皮は一枚2000ゴールドダンロンベアは値下がりして1000、ダンピアは1100、ダオックスは800、バサルモンキーは400、ソアウィーゼルは300だよ」


やはりある程度すすんだところのモンスターもある程度倒せるプレイヤーが増えて素材自体の価格は下がっているようだ。だが、数はそこそこあるので十分だろう。町の外で生活するときに皮を使うとしても、別に強いモンスターの革である必要はない。適当草食獣の皮をいくつかアイテムインベントリに入れておけば十分だろう。


「出しておくから計算は任せる」


そう言ってから売るつもりの分のアイテムを出す。巨大猪の皮は使うつもりは無いので全て出し置いた。


「またいっぱいあるね」


そう言いながらマーシャが価格を計算してくれる。


「うん、全部で17100ゴールドだね。今回はちゃんとお金あるよ」


「そう言えば、ちゃんとタリアに金は返したのか?」


「もちろん」


「じゃあ、それで頼む」


マーシャにアイテムを渡してゴールドを受け取る。必要な素材などは自分で回収して回ろうと思っているので、これだけあればる程度設備も手に入るだろうし、十分だろう。他の爪や牙などのアイテムはまだ残っているが、これらのアイテムはタリアに見せた上で必要なければプライベートエリアのアイテムボックスに放り込んでおけばいい。


その後マーシャと軽く雑談しながら生産をしていると、タリアがやって来た。


「ごめんね待たせて。生産職の方で少し忙しくてね」


少しばかり表情に疲れた様子が伺える。


「今はそれほど急いでいないから問題ない。それより、アイテムの買取をしてほしい。大体がもう出回っているものだろうが」


そう言いながらアイテムインベントリからモンスターの素材を取り出す。西の岩場でもアイテムの採集にそれほど熱心に取り組まなかったのもあって、目新しいアイテムは手に入れられなかった。


「うん、ほとんどのは少ないけど出回ってるよ。この巨大猪の牙ぐらいじゃないかな、目新しいのは。とりあえずこれは私が高めに買い取っておいて相場を判断するから、後は相場で買い取るよ」


そう言ってタリアが提示してきた額は、先程マーシャに皮を買い取ってもらったときよりも多かった。だが、皮が一種類しかないのに対してそれ以外の素材は人種類のモンスターから牙や爪、岩殻など複数種入手できることを考えると、皮よりも数が多いのは当然だろう。


「ありがとう。それにしても疲れているようだが、何かあったのか?」


「まあ、ちょっとね。アイテムの価格で問題が起きたり困ったことが起きていてね」


疲れた様子が気になって俺がそう尋ねると、困ったように笑いながらタリアは答える。


「そうか。俺で手を貸せることなら手を貸そうか?幸い数日は街からそれほど離れるつもりはないしな」


俺がそう尋ねると、タリアが意外そうな顔をする。


「なんだその顔は」


「ムウくんが人を助けようとするなんて…」


「いったいどういう印象を持ってるんだ」


タリアとそれほど話したことは無いし、それほど尖った印象を抱かれているとは思わなかった。

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