58.始まりの街ルクシア-19

確かに基本的に関係の無い他者には興味がないが、それほど交流の長くないタリアにそんな感想を抱かれているとは思わなかった。


「まあ、タク君と話す機会があって、ムウくんのことも少し聞いてね。基本的に他人に興味がないのかと思ったのよ」


タクか。あいつも顔が広いな。βテストの頃からの知り合いなのだろう。


「確かに全く知らない他人とかいわゆる『みんな』っていうのには興味がないが、交流のある人間が困っているなら、できる範囲で手助けぐらいはする」


確かに俺は自分のしたいことを全力でしたいと思っているが、だからといって目の前で困っている知り合いを完全に放っておけるわけでもないのだ。


「そうなんだ。ありがとうね。でも、こればっかりはこっちの話だからね。軽く説明しておくと、プレイヤー間の進度に差が出た結果、後発のプレイヤーが先発のプレイヤーに比べて狩りで利益を得るのが難しくなってしまいそうなのよね。それと一部の生産職のプレイヤーが利益のためにアイテムの買取の値段を引き下げたり売る値段を釣り上げたりしているらしいの。本来それは各プレイヤーの自由のはずなんだけど、集団でそれをされてしまうと戦闘職のプレイヤーは買わざるを得ないし、それで不満が生まれているから、どうにかしないといけない、っってことになってね」


「なるほど、大変だな。そういう値段の吊り上げをしてない生産職と戦闘職が協力すればどうにかできるんじゃないか?」


「今そんな感じで計画をしようとしているんだけど、大きな規模でするなら口約束じゃなくて組織的にしないといけなくなるし、そもそも参加してくれる人を集めるのも大変だしね。まだその準備段階かな」


確かに、それなら俺にできることはないだろう。それほど知り合い関係が広いわけではないしな。むしろ、タクのほうが遥かに役に立ちそうだ。


「わかった、俺にできることはなさそうだ。頑張ってくれ」


俺がそう言うと、タリアは驚いた顔をし、ニコリと笑った。


「ありがとね。ムウくんはむしろ、今日みたいにアイテムをおろしてくれるとありがたいかな。まだまだムウくんと同じぐらい希少なアイテムを持ってきれくれる人はそれほどいないから、適正価格で希少なアイテムを流通させる助けになるの」


「街に戻って来たときにはよることにしよう」


「街に戻ってないの?あ、そう言えばテントとか寝袋が買えるって言ってたわね。それを使ってるの?」


俺達は当然のように使っていたが、どうやらそういうわけではないようだ。タリアはかなりの情報通のようなので、彼女が知らないということは共通認識となるほどには広がっていないのだろう。


俺自身は、街から遠く離れることのできる世界なら町の外で野宿をするのは当然だと思っていたが、既存のゲームで考えればログアウトができるのだし自ら外で泊まるという発想がないのかも知れない。


「そうだな。特殊なスキルがあれば他にも方法があるだろうが、手軽なのはそれだろう」


俺がそういうと、なるほどね、とタリアは何回もうなずいている。


「ムウくんが強いのって、それを使って移動時間を軽減してるからなのかな?」


「レベルアップの効率は良いだろうな。戦闘に慣れていないプレイヤーなら気疲れしてしまうかも知れないが、攻略組ならなんの問題も無いと思うぞ。前線にもセーフティーエリアは存在するしな」


元々は、セーフティーエリアなんておのが存在するかどうかわかっていなかったので、モンスターがあまり来ない場所や木の上に登って寝ることもあるだろうかと思っていたが、今のところはそんなことは無い。それはそれで面白いものだが、セーフティーエリアがあったおかげで街の外で野宿することに慣れることができたとも言えるだろう。


「なるほどね~。まあ、そのあたりの話はいよいよ困ってから広めていけばいいか。他に気づいている人もいるだろうしね」


「任せる」


実のところ、トビアとフォルクが探索している北の森の先の丘陵地帯、後にマップを確認したところコリナ丘陵という地名が判明したのだが、あそこの探索をするにはテントなどの宿泊施設が必須になるのではないだろうか。なにせ北の森の先、ボスエリアまで歩くだけで4時間はかかる距離だ。重装備のプレイヤーなどもいる他のパーティーならもっとかかる。そこまで行って探索を1、2時間して帰ってくるというのは明らかに非効率だ。転移ポータルなどといった長距離を短時間で移動する手段か、もしくは移動そのもののを省くために野宿することが必要になるだろう。


南、東、西の先にも同様にボスエリアが存在して、その先に新しいエリアが存在しているとするなら、そういったことがプレイヤーの間に広まるのも時間の問題だ。あるいは、薬師の里のような場所が他のエリアにも存在していればその限りではないが。それは行ってみなければわからない。


「そうね。それじゃあ、また街に戻ってきたらよってね」


「手持ちのアイテムがあればな」


「そうね」


俺の答えにタリアはおかしそうにフフッと笑う。何かおかしなことを言っただろうか。タクが何かを吹き込んでいるのかも知れない。


タリアとマーシャに別れを告げて、街を歩く。まだ昼なのでそれほど街中に人が多いわけではないが、生産職のプレイヤーや一部には戦闘職らしきプレイヤーの集団が見受けられる。戦闘に失敗して戻ってきたらしい少し暗いパーティーや、十分な成果を残して戻ってきたらしき明るいパーティーがいて、千差万別、それぞれの冒険をしているのだと思うと少し心が踊った。


街で料理に必要な鍋と金串、手袋、それにMPを消費して使用する着火道具を購入してから、以前マジック・バッグを購入した武器屋へ向かう。他の店にも置いているかと思ったが、置いていなかったのだ。


「久しぶりだな」


俺がそう声をかけると、店主の老人は顔を上げる。


「…鉈の坊主か。随分と実力をつけたようだな」


「おかげさまでな。今の所、こいつに頼ることはまだそれほど無いがな」


腰に吊るした鞘に収まっている鉈を示しながらそう話す。一人での冒険をほとんどしていないので近距離で戦うことが全く無く、今のところはアイアンアントを弾くときに数回抜いた程度で後は鉈としての本分を全うしているだけだ。


「冒険者の戦い方は人それぞれだが、弓を背負ってるお主がそいつを抜くことは無いほうがええじゃろ」


「まあな。それで、今日はマジッグ・バッグを買いに来たのだが、売っているか?」


俺が尋ねると、店主は店の一角を指差しながらいう。


「ほれ、そこにあるじゃろ。それほど高性能なものは無いが、型は色々揃っておるぞ」


「ありがとう」


そちらに向かってマジッグ・バッグの型や性能を確認する。今持っている型は限界重量が25キロ、アイテムインベントリは限界重量が絵30キロで打ち止めになってしまっている。取得可能なスキルの中にアイテムインベントリ拡大というものがあったが、それを取得すれば運び屋のような行為をすることも可能だろう。ただ、現状の俺の所持できるアイテムは最大55キロだ。木材などを入れていることを考えると、相当に心もとない。必要ないであろうアイテムを破棄しながらアイテムの取得を行っているのだ。


マジック・バッグには、今俺が装備しているような大きめのウエストバッグや、手提げかばんのようなもの、リュックサックのようなものがある。その中から俺は、一つのマジック・バッグを手にとった。


アルトの窓で確認したところ、容量は40キロと大きめのズタ袋だ。大きさは普通のリュックサックと同程度。片手で保持したまま背中に吊るすことが可能だ。


新しいマジック・バッグには、普段は取り出す必要のないアイテムを入れていくつもりだ。矢やポーションのような、戦闘中にすぐ必要になりそうなものは腰のマジック・バッグに入れておき、生産道具や矢の予備、素材などはアイテムインベントリに、残りの雑多なものをズタ袋に入れていくつもりだ。戦闘の際はこの新しいマジック・バッグは一度置いておき、戦闘後に回収するつもりである。


そのため、ロストする可能性を考えれば調理道具などはアイテムインベントリに入れておいたほうが良いのだろうが、そこは雰囲気の問題だ。アイテムインベントリを操作して調理道具などを取り出すよりは、ズタ袋から取り出したほうが冒険らしい気がする。


「これを買いたい」


「1000ゴールドじゃ」


それほど高価ではない。駆け出しでも買えるように価格が抑えられているのだろう。とすると、マジック・バッグは標準装備になっているといったところか。俺の仲間は全員マジック・バッグを何らかの形で保持しているようだったし、カナたちも俺達よりは小型なものだが所持していた。これはβテストの頃にもあったし問題なく広まっているのだ。


「ありがとう」


「おう、とっとと一人前になって、もう来るでないぞ」


『もう来るでないぞ』。冷たくも取れるその言葉が、駆け出しのための店を開いている老人が言うと激励に聞こえる。不思議なものだ。


店を出てからプライベートエリアに向かい、アイテムを整理する。今持っているポーションと矢を腰のマジック・バッグに入れ、生産道具と矢の素材になる木材その他のアイテムをインベントリに。調理道具や俺が加工することのないアイテムをズタ袋に移した。3つにわけたことでようりょうにもそこそこ余裕ができた。


その後夕方になるまで矢の生産をして過ごす。ソアウィーゼルの牙は矢に使うことは可能だったが、やはり鉄蟻の矢ほどの性能は出なかった。


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風鼬牙の矢 Atk+4 飛距離補正(小)


ソアウィーゼルの牙を鏃に持つ矢。その牙は風を切り、矢をより遠くへと運ぶ

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なんと読めば良いのかわからないが、攻撃力は最初の頃に作った黒曜石の矢と同等。これはソアウィーゼルの牙が小さく鏃が大型化できなかったためだろう。飛距離補正の方は正直役に立たなそうだ。今の所自分の放つ矢の飛距離はそれほど短くはないと思うし、後々武器を新しくすれば更に伸びるだろう。それを考えるとこの矢は今の段階で使うものではない、か。


「とりあえず、ある分だけはつくっておこう」


せっかく持っているのだ。捨ててしまうのは惜しい。


夕方まで矢及び矢軸を作り続け、ひと休憩にプライベートエリアから出る。息抜きというのもあるが、プレイヤーが街に戻ってきて活気づいた露店広場を見てみたいというのもある。


今回は武器をプライベートエリアに置いたまま出てきた。


予想通りこの時間帯になると戦闘職のプレイヤーも街に戻ってきているようだ。暗くなってきてからの移動は避けたいというのが普通の感覚なのだろう。


露店にはタリアのように自分で生産したものに加えて雑多な物を売っているところや、その場で武器の修復を行っているところなど、様々な場所がある。露店の棲み分けができ始めているのか、食事関係の露店とそれ以外の露店のある場所が分かれ始めている。


夕食は軽く露店で取るつもりだったので、串焼きを買ってそれを咥えながら露店を見て回る。


今の所他のプレイヤーから購入する必要があるものはほとんどない。入手しておきたいものとしては、フード付きのマントと食料、できれば燻製肉などの保存食となるものを少しと調味料、ぐらいだろうか。マントの方はラルに先程連絡して頼んだら、それほど時間がかかるものでもないし明日までに作ってくれるとのことだった。今の所寒さや暑さを感じることのない気候をしているが、これから先もそうとは限らない。日差しの強い場所や気温の低い場所を探索するときに風や日差しを避けるためのマントがあると便利だろう。


食料自体は大抵のモンスターから肉が入手できるのでそれを食べればいいだろうが、一応の予備として携帯食料を持っていっておきたい。重量的にはかさばるものでもないので大地人からパンも買っていくつもりだ。調味料に関しては塩と砂糖程度しか売っていないと思うが、あるとないとでは全く違う。何より食材と違って探索先での入手が困難なことが予想される。


ただ、そういったものは全て大地人から入手するものなので、露店で購入するものは無い。


ただ、なんとなくこの雰囲気が好きなのだ。冒険を終えた冒険者達が街に戻ってきて、それぞれに言葉を交わし、拳を打ち合わせて今日を生きる。街に残っていた生産職たちがそれと言葉を交わし、物を買ったり売ったり。そうしてみんなで飯を食って、寝る。こういう世界であれば、平凡な毎日なのだろう。しかし、こういう世界じゃなかったからこそ、喜ばしく思える。


「タクさん、お久しぶりです!」


「おお、カナちゃん。久しぶり。みんなも元気そうだな」


「お久しぶりです」


「おう、うまくやってるか?」


見知った顔もチラホラと見える。何が、とは言わない。だが、思っていたとおり、ここは本当にワクワクする場所だ。

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