56.西の岩場-6(カナ視点)

《カナ視点》


「兄さん…」


久しぶりに、兄さんが怒ったのを見ました。


「話し合えって言われても、βテストの頃から一緒にやってきたし、仲はいいほうだと思うけど」


「別に気にしなくでいいんじゃない?あんなひどい言い方するなんてさ。良い人かと思ってたのに」


ルカさんは兄さんの言い方にひどく怒っているみたいです。私もひどい言い方だと思いましたが、それ以上に悲しくなりました。せっかく今日は他の皆さんも呼んで一緒に冒険をしていたのに、こんなもめごとになってしまうなんて。なぜあんなに兄さんは怒ってしまったんでしょうか。


「レンさん」


「ん、何?」


兄さんがどこかに言ってしまってすぐに、食事に戻ったレンさんがサンドイッチを咥えたまま振り向く。


「何で兄さんがあんなに怒ったかわかりますか?」


私の質問を聞いたレンさんは呆れた様子で首を振る。


「別に、怒ってないと思うけどね。ただ熱くなっただけで」


「熱く、ですか?」


「そうそう。ムウは、戦いとか連携とか、パーティー内の空気とか、そういうのにとても真剣だからね。君たちのパーティーが見てられなくてあんなことを言ったんだと思うよ。いなくなっちゃったのも、恥ずかしくなっただけだと思うよ」


「そう、なんですね」


思えば、私は兄さんといろいろな話をしていても、兄さんが一つ一つのことにどう考えているかはわかりません。でも、レンさんがそう言うなら私達のパーティーのあり方が、兄さんにとっては許せなくて、あんなことを言ったのかもしれません。兄さんが優しい人だというのは、私が一番知っていますから。


「悪気があってあんなことを言ったわけではないと思うよ。ただ傷つけるために言うなら、ムウはあんなに真剣にならない。君たちも、一度考えてみたらどうかな。俺達も一緒に考えてあげるからさ」


「そんなの、自分で考えればいいじゃん」


「考えた上でわからなかったら助言をする程度でいいさ」


「まあ、それぐらいならいいけど」


シンさんはあまり乗り気では無いみたいですが、カルマさんがなだめてくれました。ラルさんは怖い顔をして目をつむっています。ちょっと話しかけづらいです。


「とりあえず、みんなで話してみてよ。今ムウに言われたことをどう思ったか。わからなくなったら聞いてくれれば、何かしら話すからさ」


レンさんはそう言って背中を


それから、みんなで兄さんから言われたことについて話しました。でも、ルカさんは兄さんの言い方に怒っているままだし、私もみんなも、兄さんが何を言いたかったのかわかりません。


確かに、私達は兄さんが言っているように誰が指示を出すのかは決めてないし、明確に役割分担はしていません。でも、息のあったみんなでβテストのときからやってきました。だから、互いに何をしたいかはわかっているし、声をかけるだけで連携することも出来ます。正式サービスになってからボスモンスターと戦ったことはないですが、βテストの頃はそれでなんとかなっていました。


「だいたいさ、私達が戦ってるのをそんなに見てないのにひどいよね。私達がどれだけ一緒にやってきたかも知らないで」


「でも、話を聞いててしっかりした人だと思ったわ。だから、何か私達が気づいて無いことがあると思うんだけど」


「えー、そう?」


「…それまで、すごく丁寧に話をしてくれていたのに、急に厳しいことを言われました。だから、何かが気に障ったんだと思います」


ルカさんがまた兄さんのことを悪く言っていると、アヤメさんが止めてくれました。私も兄さんが言いたかったことはまだ理解できてません。でも、兄さんが悪く言われているのは嫌だったので助かりました。


「でも、本当にわからないね。そう言えば、一緒に戦ったことはあるけど何が好きかとかどんなことを考えてるかなんて気にしなかったから」


「…あ」


マーヤさんの言葉の、何かがひっかかった。何だろう。何か引っかかった気がするのにわからない。


「…レンさんに、聞いてみましょう」


結局答えを出せないまま、レンさんに話を聞いてみることにしました。そばで待っていたレンさんは近づいてきてくれます。他の三人の方はアイテムを広げてなにかしているようでしょうが、何をしているのでしょうか。


「そうだね。最初はヒントを出したりしようかと思っていたけど、本当にわからなさそうだし、もうムウが思っていたことを話しちゃおうか」


「まずね、ムウがみんなに言おうとしていたことはそこそこ高度なことだというのはわかっておいてほしい。ほら、彼はあんなに真剣だから、現在の水準なんか関係なく突き詰めようとしてしまうんだ。だから、君たちがそこまでを求めないというならそもそもそんなに悩む必要はない。それに、今後の冒険の中で痛感していくかもしれないし、俺としてはそれまで待っても問題ないと思う。それでも話しを聞きたいというなら話すよ」


そう言われて、私達は顔を見合わせました。兄さんが言っていたのは、高度なことなのでしょうか。互いに話し合うというのが高度なことだとは思えません。


「よくわからないままは嫌だから、よければ聞かせてほしいわ」


ミカヅキさんの言う通りです。たとえ今は必要ないと言われても、これから戦っていくのに大事なことなら聞いておくべきです。それに、高度なことは私達には今はできない、というのも癪ですし。


「わかった。といっても、口にするのは簡単なんだけどね」


そう言って間をおいてから、レンさんは説明してくれました。


「ムウは、話し合え、って言ったよね。それにいろいろな意味が入ってたと思う。例えば、互いが貫きたい戦い方は何なのか、譲れる部分は何なのか、とか。他には、それをふまえた上でどんな戦い方をするか、とか」


「でも、そんなのって、大抵のパーティーが出来てませんか?」


シズクさんがそう尋ねると、レンさんは笑って答えてくれる。


「そうだね、だから、とても高度なこと、って言ったんだよ。確かに、ずっと一緒に戦っているパーティーなら互いが何をしたいかぐらいはわかってるかもしれない。でも、全部じゃないだろうし、それを実際の戦闘でどうするか、っていうのは案外考えれてないんだよね」


そう言って、レンさんは例え話をし始めました。


「例えば、みんなのパーティーが、いきなりダンジョンの中でモンスターの群れと遭遇したとしよう。相手は人形で武器を持ったモンスターが四体と巨大な狼型のモンスターが一体だ。さて、どう戦う?」


「それは厳しすぎませんか?」


「結構厳しいね。でも、それだったらとりあえず私が狼に突っ込むよ!」


「そう、ですね。ルカさんだったら一人で相手できるかもしれませんし。そしてその間に残りの四体をどうにかすると思います。私とマーヤさんが前に出てヘイトを集めて、その間にミカヅキさんとシズクさんが魔法を準備してもらい、アヤメさんの攻撃と合わせて倒しきってもらいます」


それを聞いたレンさんは、満足そうにうなずいています。


「そうだね。じゃあ、例えば人型のモンスターが予想以上に強くて、二人が止めきれずに一体がシズクちゃんとミカヅキちゃんの方に行ってしまったら、どうする?もしくは、二人がやられてしまいそうなときはどうする?もしかしたら、狼が強すぎてルカちゃんでは止めきれないかもしれない。そんなときはどうする?」


「それは…」


そんな状況になったらもう負けは確定しているでしょう。それに、そんなレベルの違う場所には、私達は行きません。いくら強いと褒められてるとは言え、自分たちの実力が足りていないのはわかっています。


「レンさんずるいよね。それって私達の実力が足りないって言いたいんでしょ。そんなの戦い方でもなんでもないもん」


「あ、でも…」


ルカさんはまた文句を言っていますが、ミカヅキさんが何かに気づいたように声を上げました。ミカヅキさんにみんなの注目が集まります。


「あ、えっと、さっきムウさんと話してた魔法使いの立ち位置っていうのが使えるのかな、と思って」


「そうだね。それもありかもしれない。じゃあ、一体が二人をすり抜けて魔法使いの方に向かってしまう状況で、ミカヅキちゃんならどう動く?」


「…それはわかりません」


ミカヅキさんの思いつきにレンさんが質問を投げかけますが、それは流石に無理な話だと私は思います。だって、魔法使いの方にモンスターが抜けていて、それを止められてない時点ですでに詰んでいるんですから。


「まあ、まだ難しいかもしれない。でもムウだったら、多分そのモンスターと自分の間に、ルカさんと戦っている狼が来るように移動するよ。そして今度は狙いをかえて、狼を先に倒そうとすると思う」


「でもそれって、ムウさんが移動が速いからでしょ?私達じゃあ、モンスターのほうが多分はやいわ」


「それもあるね。でもこの戦闘で一人手の空いている人がいないかい?好きなときに攻撃できて好きなときに離脱できる人が」


え?これだけ追い詰められた戦闘で手の空いている人なんていないはず…。好きなときに攻撃できて、好きなときに…。


「多分、私、です」


「そのとおり」


アヤメさんが手を上げると、レンさんが大きくうなずく。


「せっかく武器を持った人が一人余ってるのに、戦ってもらったらどうだい?」


「でも、私は正面からは…」


「攻撃を無理にしないで、時間をかせぐぐらいはできるよね。多分、ムウが言いたかった一つはそう言う話だよ」


どういうことでしょう。アヤメさんが正面で戦うのが兄さんの言いたかったこと?でもそれは…。


「あ」


そう言えば兄さんは役割の話をしていました。ということはレンさんが言いたいのは、


「二つ目の役割を担う、ということですか」


「だいたい正解。正確に言えば、みんながパーティーのために動くってことだね。確かに、アヤメちゃんの戦い方は暗殺タイプだから、なるべく正面に立ちたくないのはわかる。でも、パーティーの危機にはそうも言ってられないんじゃないかな。もしそうできるなら、アヤメちゃんが狼の攻撃をひたすら躱し続けている間に、ルカちゃんも人型モンスターを倒すのに加わるのもいいよね」


「確かに、それならどうにかなるかも」


「でも、それじゃあアヤメさんが…」


「元々厳しい状況だからね。無茶の一つや二つは仕方がない。ここで大事なのは、パーティのために動くということだよ。一人ひとりがそれぞれのやりたいことでパーティーに貢献するんじゃなくて、パーティーのために動くんだ」


パーティーのために、動く。みんなで仲良くやってきましたが、そういう発想はありませんでした。


「そして、ここからはその先の話だ。アヤメちゃんが、狼の気を自分が引いている間にルカさんがカナさんとマーヤさんと一緒に人型モンスターと戦って、そっちを先に倒してもらおうと決意したとしよう。さあ、それをどうやって伝える?」


「声をかけて、じゃだめですか?」


「戦闘中に細かく説明するのは無理じゃないかな。それに、例えこの状況でルカちゃんがわかってくれたとしても、他の状況でわかってくれないこともあるよね。そう言うときはどうする?」


「…」


アヤメさんはうつむいて黙ってしまいました。レンさんは優しく問いかけるように話してくれますが、容赦がありません。わからないことでもズバズバ聞いてきます。


「だから、ムウは指示を出す人を決めておけと言ったんだよ。戦闘中は常にこの人が先を予測した指示を出して他のメンバーはその人に従うっていう人をね。その代わり、指示を出す人は全員ができること、したいこと、出来ないことを判断した上で指示を出せるように訓練しなきゃだめだけどね。そういう点では、俺達の連携もまだまだだよ。ムウが全員のぎりぎりできることを把握してないから、とりあえず大まかな指示を出して、戦闘が進むにつれてどんどん指示を切り替えていくから。まあでも、ムウは決断が早いしだいたい間違えないから今の所困ったことはないけどね」


「そんなことまで…」


「ムウはとことんまで突き詰めようとするからね。ムウのいない俺達だけのパーティーじゃあそこまでは行かないけど、むしろ俺達は各自が勝手に息を合わせる練習はしてるからそれはそれでいいんだよね。みんなと違って互いに頼らないでも大丈夫な戦い方だし」


全員がロストモアで、魔法を使わず武器を使っているレンさんたちなら、私達に必要とされる細かい役割分担のようなものは必要ないでしょう。


でも、そう、私達は一人では戦えません。だから、レンさんが言っているようにみんなで協力していかないといけないのかもしれません。


「はー、ムウさんってそんなに凄いの?」


「あいつは本当に自由だからね。まあうちにはそんなやつが多いんだけど。ムウの場合は鬼気迫るっていうのかな。戦うこととか冒険することに本当に愚直なんだよね」


兄さんのことをわかっているつもりで、私は全くわかっていなかったのかも知れません。いえ、兄さんはそれを知られるのが嫌でβテストの頃の話を全然してくれなかったのかもしれません。


「まあ、正直こんなのは自分たちで気づいて初めて改善できるものだと思うよ。仲の良い個人同士が一緒にいるだけじゃ厳しくなって初めて、パーティーとして体系的に戦闘することが必要だとわかる。もちろん、互いのことがなんとなくわかるっていうのは凄いことだけどね」


「レンさんたちはそれをしてるの?」


機嫌の良くなったルカさんがそう尋ねました。先程までは兄さんに怒っていたのに、戦いのこととなると機嫌が良くなるみたいです。


「パーティーのために動くっていうのは意識してるよ。シンなんか一番強いモンスターと一人で戦いけど我慢してるし。それに、ムウの指示には従うようにしてるしね。まあ他のメンバーで無視するやつがいて、そいつがいるときはムウもそれに合わせて作戦を立ててるけど。別に堅苦しくしなくてもいいからね。むしろムウは、それぞれが楽しめるように考えてくれるから、楽しく戦えるしね」


レンさんの言葉からは兄さんを信頼しているということがありありと分かって、とても楽しそうだと思うと同時に、少し嫉妬してしまいます。


「はわー、そんなに細かく考えてるんだね」


「そんな細かい考えが必要になるのは厳しい戦闘のときなのに、そのときにそんなに細かい考えができるなんて、私には難しそうです」


「私も前で戦ってたら無理そうだよ」


レンさんが兄さんの言おうとしていたことを丁寧に教えてくれたとは言え、それをできるかどうかは別の問題です。全員が、そんな細かいことを考えるなんて、とても…。


「全員が考えなくても良いんだよ。指示を出す人が全て考えていれば、後は他の人はそれに従って動けば良いんだからね。俺達だってそんなに考えてないし。ムウがそんなことをやるかどうかは別として、あいつがいてアイツを信用できたら、どんなパーティーでも戦闘のレベルが上がるだろうねえ」


本当に嬉しそうに、楽しそうにレンさんはそう言いました。


「私達だったら誰がするの?」


「その前に、レンさんが教えてくれたとおり色んな場合にどう戦うかを話し合いませんか?それさえ出来れば当面の間は困らないでしょうし」


「でも、それが通用しなくなったときにどうするの?ボクは無理だけど、やっぱり指示を出す役の人を決めたほうが良いんじゃない?」


「…でも、このパーティーだと、できる人がいない」


「今はいませんけど、のちのちできるように今から訓練したほうが良いと思います」


レンさんが細かく説明してくれたおかげで、みんな兄さんが言おうとしていたことを理解して、真剣に話し合ってくれています。


「みんながどうするかは、みんな次第だからね。絶対にムウと同じスタイルでやらなくても良いわけだし。そこはみんなで話し合って決めてね。じゃあ、俺達は先に出るから」


「あ、ありがとうございました!」


「今度、何かお礼するからね!バイバイ、レンさん!」


「ありがとうございました」


レンさんは背中を向けて去っていきました。本当に、優しい人です。シンさんは自分は結局することがなかったじゃないかとレンさんに怒っています。シンさんもカルマさんもラルさんも、今日はわざわざ来てくれて、私達が話し合っている間も待ってくれていました。


周りから、私達のパーティーはどこのギルドにも属していないのに強い強いと言われて、私達は少し、少しだけ自慢気に思っていたのかも知れません。でも、今日レンさんとお兄さんが、そしてみなさんが教えてくれたから、私達ももう一度、真剣に考えることが出来ます。


兄さんには、あとでお礼を言っておきましょう。兄さんのことですから、こっそり照れるかもしれません。


「あー、ずっと話しててもわからない!とりあえず、戦いに行ってみよう!」


「あ、ちょっとルカさん!」


ルカさんが元気いっぱいに走り出して行ってしまいました。でも確かに、ずっと話しているというのも私達らしくないですね。


「そうですね。誰かが指示を出しながら戦ってみながら考えましょう」


「カナちゃんまで…。わかったわ。アヤメちゃんも行きましょう」


「…はい、楽しそう」


今日は兄さんとレンさんにいろいろなことを教えられてしまいました。次会うときは、今度こそみんなで探索ができるように。頑張りましょう。


「カナちゃん行くよー!」


「早く早く!」


ルカさんとマーヤさん呼んでいます。


「はーい!」


私達は、私達なりに。この世界を楽しんで。

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