55.西の岩場-5(シリアス)

「満足」


「カルマに下がってもらったんだから暴れられて当然だ」


最初の戦闘はカルマが参加したために、すべてのモンスターを彼に集めて他のメンバーは攻撃するだけという策をとった。モンスターがあと三倍ほどいれば、すべてのモンスターをカルマに任せることが出来ず他のメンバーが楽しめただろうが、やはりこのあたりは街に近いのかそれほど厳しいモンスターは出てこなかった。


かわりに、今二連戦したときにはカルマに休んでいてもらって、ダンピアとバサルモンキーをそれぞれシン、レン、ラルに担当してもらって、俺が後方から支援するという形をとった。シンに関しては非常に楽しそうに踊っていたので、それほど支援をしなかったが、ラルとレンは落ち着いたものだったので、先程ミカヅキに話したことを実演するいい機会として射たせてもらった。


「いやー、やっぱこれぐらい激しくないとな」


「シンさん、とても楽しそうですね…」


半ばうっとりとした表情で今の戦闘について話しているシンに、カナが少し引きながらも声をかける。シンもフォルクに負けず劣らず戦闘狂なのだ。


「いやー、まあ動きが遅いところは物足りなかったけど、その分頑丈だったし、一人で戦えたからなぁ。楽しかった」


シンが相手していたダンピアは、北の森にいたダンロンベアの動きを少し遅く、重くして、耐久力があがったぐらいの相手だ。ダンロンベアと戦うほど激しくはならないが、動きの遅い相手がついてこれないように戦うのは、ある種の無双感があって気持ちよかったのだろう。攻撃が重いのでそれを避けながらという緊張感も心地よかったはずだ。


すでにシンや、レン、ラルはカナやマーヤ、ルカに囲まれて戦い方のことを聞かれている。個人としての技量は、彼らは相当に高い。カルマが抜けた戦闘も結局一対一に持ち込んでの各個撃破であり、連携によって勝ったというよりは個々の力で勝ったと言ったほうが正しいだろう。


せっかくなので連携も見せてやりたいが、このモンスターのレベルでは厳しそうである。ボスが相手であったりすればちょうどよかったのだが、今日はそこまでは行けなそうだ。


「ムウさん、さっきの話なんだけど…」


「ああ、少し待ってくれ。昼食のときにゆっくり話そう」


「あ、もうそんな時間か」


近づいてきたミカヅキにそう答えておいて、他のメンバーにも近くのセーフティーエリアで昼食を取ることを伝える。戦闘はそれほど回数をしていないが、あいだの移動がそこそれなりに時間がかかっているのだ。


そばにあったセーフティーエリアにみんなを連れていき、昼食を取る。このエリアのセーフティーエリアはだいたいが岩に囲まれているかすり鉢状になっているので周りから見てわかりやすいのだ。


今日の昼食は、広場で買っておいたサンドイッチだ。サンドイッチばかり食べていて芸が無いが、今の所主食としてプレイヤーが入手できるのがすでに出来たパンだけなのである。パンの材料となる麦などは入手できていないので、それを利用して別のパンを作ったり、麺類を作ったりということが出来ないのだ。


昼までの戦闘やその後の会話である程度打ち解けられたようで、似た武器を扱う同士やパーティー戦で似た役割を担う者同士で色々な話をしているようだ。


シンやレンのところにはルカやシズクが集まり、カルマとラルはカナやマーヤとタンクとしての役割や戦い方について話している。俺自身は特に話せることもないと思っていたが、ミカヅキがアヤメを連れてやってきた。


「ムウさん、さっきの話」


「ああ、そうかその話をするんだったな」


先程昼食のときに話すと言っていたのを忘れていた。


「それで、何を話したいんだ?」


俺は確かに、ミカヅキや他のメンバーがこう戦ったら良いだろうという考えはいくつかある。だが、それを俺が教えてしまうのは違うと思っている。彼女たちの戦い方は彼女たちが自分たちで自分たちにあったものを見出すものだ。そう言う意味では、未知のエリアを探索するのに似ている。戦いとは、それぞれがそれぞれに挑むものなのだ。


だから、自分から説明することはしない。ミカヅキがどう切り出すのか、何を聞きたいのか。それを待つのだ。


「えっと、さっき私達魔法使いとかアヤメみたいな暗殺タイプが何を今日学べるかを聞いたじゃない?それの続きを聞きたいんだけど」


「続きって言ってもな。俺は正解なんて知らないし、俺の考えをたどっても意味ないだろ。自分は、どう思ってるのかまず話してくれないか?」


「…確かに、ムウさんの言ってたとおり遠距離で攻撃できる私達は単純に後ろから撃つだけじゃなくて、立ち位置を調整しながら戦ったほうが良いと思うわ。けど、やっぱりモンスターに近寄られるのは怖いわ。私達が攻撃を受けたらすぐやられちゃうし」


そこはパーティー内で最適解を探しながら幾度も戦ってみるのが一番いいと思うのだが。まあ、せっかくきょうは俺達の戦い方を見せるということで一緒に探索をしているのだから、俺なりの考えを伝えるのもいいだろう。


「わかった。ちょっとアヤメに尋ねたいんだが、あの戦闘スタイルはアヤメの理想にしているものか?」


「…だ、だいたいは」


俺が急に話を振ると、少し驚いた様子だが答えてくれる。多少は打ち解けてくれているようだ。


「自分でまだ足りないと思っているところはなんだ?」


「威力。せっかくみんなが気を引いてくれて私が攻撃しやすくなっているのに、一撃で決めきれないから…」


アヤメはそういうタイプのアタッカーか。純粋に火力特化、とにかく敵に気づかれずに後ろから威力のある攻撃を叩き込む。魔法使いの中でも攻撃を主体とするプレイヤーの物理版だということだ。


たいていのパーティーの構成は、ミカヅキたちのパーティー構成と似ている。前衛となるタンクがいて、アヤメやルカのような武器攻撃職が中衛になり、最後尾にミカヅキやシズクのような魔法使いがいる。この魔法使いに関しては、たいていのパーティーが攻撃を得意とするものと回復などの支援を得意とするものに分けている。


まず、この役割わけというのがおかしなものだと俺は思っている。


「例えば、ミカヅキやアヤメが三体のモンスターを相手に戦っているとする。さて、ここにPKのパーティーが近づいてきた。これに気づくのは誰だ?」


PKとは、プレイヤーキラー、すなわちプレイヤーを殺すことを目的としているプレイヤーをさす。


「私かシズクよね。普通後ろから襲われるものだし」


「…多分シズクさん。ミカヅキさんは気づかない。鈍いから」


「ちょっとアヤメ!」


俺は手を叩いて二人の注目を集める。


「じゃれている場合ではないんだがな。お前たちのパーティーはたしかに戦闘力に関しては強いんだろうが、冒険をするにあたっての欠陥が多すぎる」


「別に、そこまで言わなくたっていいじゃない…」


アヤメもミカヅキに賛同するようにこくこくとうなずいている。馬鹿なのだろうか。


「じゃあ、そうだな。後ろからシンとレンの二人が気配を殺してミカヅキとシズクに近づき、ラルとカルマがルカを囲んだりしたら、どうなるんだろうな」


「どうっ、て」


「まず間違いなくミカヅキとシズクは即死だ。防御の弱い魔法使いなんてアイツラにとってはカカシと変わらないからな。そしていくらルカがこのパーティーの中でも相当に強いと言っても、ラルとカルマの二人を抜けるだろうか。さらに、アヤメは後ろから襲われた段階ですでにそういうプレイヤーがいるということがバレている。ルカと共闘してラルとカルマを倒せたとしても、そうとう時間はかかるだろうな。その間に、後ろで魔法使いを処理したレンとシンが今度はタンクのルカとマーヤを片付ける。実力が拮抗していてもモンスターとあいつらに挟まれればきついだろうな。そうすればどれだけアヤメとルカが頑張っても四対ニだ。まず勝てないだろう」


「そんな…」


「…くっ」


遠慮せずに断言すると、ミカヅキがとアヤメが絶句する。ミカヅキは単純にその光景を想像して、そしてアヤメは確かにそうなってはどうすることも出来ないとわかったからだろう。


「確かに、モンスターと戦っているときに後ろから別のモンスターに襲われても、実力があるから対応できていたんだろうな。三体程度のモンスターなら、ルカやカナマーヤなら一人で支えるだろう。だが、それは相手が弱かったからだろ。自分たちより弱いかせいぜい同じ程度のモンスター相手に安全にレベル上げをしていれば確かに、それでもやっていけただろう。普通ならそれでいいんだろうが、せっかく俺達と一緒に来てるんだし、そのあたりを考え直してみろ」


この際だから、ミカヅキたちのパーティーで気になっていたことを伝え、それを改善できるように伝えておこう。自分たちのスタイルは自分たちで見つけるべきだとはいえ、これはそれ以前の、もっとパーティーで戦う根本にある考え方だ。伝えておいて損はない。


「そう、ね。そういった根本的な所から教えてちょうだい」


「…待ってて」


ミカヅキは俺の言葉を了承して話を聞いてくれるようだが、アヤメが立ち上がって離れていった。と思ったら、他のメンバーを連れて戻ってきた。


「…お願いします」


「そうね、たしかに、これは全員で聞いたほうがいい話ね。さっきの例えからお願い」


「…わかった」


他の四人は急に連れてこられてキョトンとしているが、アヤメとミカヅキは真剣に聞いているようだ。俺も、先程までぱくつきながら話していたサンドイッチを置く。


まずは、先程までミカヅキに魔法使いの立ち位置について話しており、その延長で説明した例について話す。


「それ、は…考えたことがなかったですね」


「うーん、ムウさんたちに襲われたら流石に無理!」


「後ろから攻撃されたらボクも無理だね」


「そんな状況、なったことが無いですよ」


βテストの頃はそれほど強いモンスターもいなかったし、期間も短かったので俺の想定しているほど安定した探索というのが必要なかったのだろう。確かに、西の岩場や北の森でもモンスターとの遭遇頻度から考えてそういった懸念は必要なさそうだ。


だが、それを想定して訓練しておくのもまた必要なことだ。


「まあ、実際にこの世界でそんな状況に陥るかはわからない。俺としてはそうあってほしいところだけどな。だが、それに対策をしておいてもいいだろう?パーティーとしての練度が上がるだけの話だ。デメリットがあるわけではないんだし」


俺の言葉に、皆が少し考える。


「具体的に、例えば兄さんのパーティーではどんなことをしてるんですか?」


「俺達の場合はパーティーは決して固定じゃないからな。だから絶対に誰がどうするというわけではないが、とりあえず決めてることは、誰かしら索敵担当を置くことだな。このメンバーで言えば、一番広く戦闘を見れる俺が担当しているが、俺がいない場合でも冷静なメンバーがそれを担当して、周りに気を払ってる。だいたいするのは、俺と暗殺タイプのやつと片手剣使いだな。近接武器持ちだが、戦闘中は他のメンバーよりも一歩引いて戦闘を見るように心がけてもらってる」


シンやカルマ、フォルクあたりは面倒臭がって俺が提案したときにも決して聞こうとしなかったが、トーヤやカルマ、トビアなど他のメンバーは熱心に聞いてくれたものだ。そこまで丁寧に考えていなかったらしいが、俺の話を聞いて気に入ったらしい。


「あとは、戦闘で常に遊撃できるメンバーを決めておくことだな。人数次第ではそれも出来ないが、四人いるならタンク、タンクの補助、遊撃、アタッカーに分けられる。俺達なら足の速いシンやレンがやることになるな。そうすれば、俺みたいな索敵担当が敵襲を探知し次第指示を出せば、遊撃担当が時間を稼ぎに行き、それに合わせて他のメンバーが動けるし、やばそうだったら挟まれる前に撤退できる」


「確かに…」


「後はそう言う意味で言えば、このあたりでは必要ないだろうがパーティー全体に指示を出す担当も決めておいたほうが良い。もちろん、今まで通りにぶつかって、だめだったら撤退したり負けたりしてやり直す、っていうのもいいが、指揮者が一人いて臨機応変に対応できるように指示を出せば、初見の相手だろうとすぐに負けることはない」


俺がそう説明すると、思い当たることがあったようにカナが声を上げる。


「それは、たしかに思っていたんですよ。でも、一人一人にしたい戦い方があって、それをすべて指示するのも…」


みんな同じように、気まずそうな顔をしている。前に何かあったのだろう。


「あったねー。私とミカヅキちゃん喧嘩しちゃって…」


「ご、ごめんなさい」


強気なミカヅキが珍しく謝っている。そこそこ揉めたということだろう。だが、俺にとってはそんなのはどうでもいいことだ。


「ムウ…」


俺が何か厳しいことを言おうとしているのに気づいたレンが声をかけてくるが、こればかりは言わせてもらう。


パーティーがなんのためにあるのかを勘違いしているのだ。こいつらは。


「一人ひとりがやりたい戦い方を貫きたいならソロでやってろよ。仮にも固定パーティーを組むなら、互いが何をしたいかぐらい相談した上で成り立つ戦い方を考えてみろ。それすらしないでパーティーとしての戦い方だのと。笑わせるな。一度全員で心の底から話し合え。それが出来なかったら解散するんだな」


それだけ言って、俺は席を立つ。頭に来ているのではない。ただ、これだけのことを言って大人しく座ってられるほど俺の心臓はでかくない。単純に厳しいことを言った相手と顔を合わせているのがいたたまれないのを知っているからああして激しくあの場を離れただけだ。

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