49.西の岩場-3

他人にどのように思われても構わない、とはいえ、一応説明はしておく。


「まあ信じないのは自由だと思うが、その程度のことで嘘はつかない」


「兄さんが嘘をそれほどつかないのは知っていますけど、北の森の情報が掲示板に掲載されたのはだいぶ前の話ですし、その頃に相当先まで進んでたとなると、タクさんたちか他のトップギルドの人達ぐらいしか思いつかないですよ」


それほど、というのはいくつか前科があるからだ。カナの上げた人物から察するにβテストの頃に戦闘力で高い評価を受けていた人物が現在は最も有力であり、そうした人物こそ攻略の最前線にいると考えているのだろう。基本的にはそうだろうが、俺達のような例外もいる。特に初日からすぐに動き出した俺たちと違って足を止めていた大半の攻略組では、俺達と同じスピードでの攻略は難しいだろう。


「まあそういうことならそれでいいよ。そのつもりでタクに情報の公開を任せたんだしな」


俺にとっては至極どうでもいいことだ。ただ、その言い方がミカヅキの気に触ったらしい。


「その言い方はどうかと思うわ。嘘なら嘘とちゃんと認めないと。タクさんたちの名前をだしにして威張ろうなんて許せないわ」


「え、っと、ミカヅキさん?」


「カナは黙っていて」


カナがかばってくれようとするが、ミカヅキに遮られる。ミカヅキはタクのファンかなにかだろうか。タクたちが有名だったのは知っているが、これほど周囲から尊敬されているとは思わなかった。


「俺が友人と話したことについてなぜ嘘だと言わなければならない?信じがたいだろうから信じないでいいと言っただけだ」


「どう考えたって嘘じゃないの。あなたみたいなソロプレイヤーが、そんなところまで攻略できているはずがないじゃない。認めないわよ」


「勝手にしろと言っている」


「だから、嘘をついたことを認めなさいと言っているの。それぞれが信じることを信じればいい、なんて屁理屈は通用しないわ」


自分の思うタクたちの姿を美化しすぎるあまり、それよりも先にいると嘘をついた俺のことを許せないのだろう。俺も一言嘘だと嘘をつけばいいだけのことかもしれないが、個々まで言われて黙っていられるほど大人ではない。自分の主張は通させてもらう。


「あの、兄さんもミカヅキさんも落ち着いてください」


「そうだよ!せっかく初めてあったのに喧嘩したらだめだよ!」


「二人は黙っていてください。この人が嘘を認めるまで…」


俺とミカヅキのくだらない言い合いにアヤメとマーヤがオロオロしているのを見かねてカナとルカが口を挟んでくれる。その隙に俺はアイテムインベントリからあるアイテムを取り出し、喋っているミカヅキに軽く投げつけて黙らせる。


「これは…」


「見てみろ」


ミカヅキがアルトの窓を開き、他のメンバーがそれを覗き込むのに合わせて俺は言う。


「今言ってた蟻の素材だ。牙は使ってしまったが、まだ甲殻は多少残ってるんでな。ちなみにこれがうちのメンバーが作ったその素材で作った防具の数値だ」


シンからノートのページをもらい、防具の数値をメモしておいたものを渡す。


初期装備の布服の防御力はシャツとズボンがそれぞれ1ずつであり、腕、脚、頭部は何も装備していない判定になっている。俺の現在の装備であるダイアウルフ装備は、頭部が小さなバンドになっており防御力は5、他の部分は胸当て、腰巻き、腕当て、脚甲のそれぞれの防御力が12である。また簡素な革鎧の下の装備している普通の布製の服も防御力が2あるので、急所になりそうな位置の防御力は14であると言える。


ちなみに、他の革鎧持ちのメンバーが装備しているダンロンベアやダンピア、カロガン、ソアウィーゼル、ダオックスなど各エリアで上位の強さを誇るモンスターの素材で作った防具はだいたい防御力が7から10程度に収まっている。モンスターによって重量などの差から防御力の数値以外に現れる性能差はあるものの、大体の性能はそんな感じだ。


鉄で作った金属鎧の防御力は12であり、ダイアウルフと同等であることから、ダイアウルフの素材の優秀さがわかる。


ただ、あちらは全身分の生産がダイアウルフの革を大量に揃えることと比べれば容易であり、“重鎧”スキルによる防御力補正でダイアウルフの革鎧より防御力は高くなるので、ダイアウルフの革鎧の方が頑丈というわけではない。


そして金属鎧の面の広い部分や要所要所にアイアンアントの甲殻を使用すると防御力は14まで上昇する。具体的な数値とHPの減り具合の関係は詳しくはわからないが、初期装備でダイアウルフに挑んだ俺達がこれらの防具を装備していたとすると、まともに攻撃を食らっても四分の一程度しか減らなかったのではないだろうか。ダイアウルフがボスクラスであったことを鑑みても、それぐらいはダメージを軽減できたと思う。


「そもそも、タクの掲示板に上げた情報には誰かから聞いた情報であると書いていたんじゃないのか?」


タリアから話を聞いたときにそのようなことを言っていたのをふと思い出す。


「に、兄さん、この数値は本当ですか?」


「うちの皮革職人が作って出した数値だから信頼していい」


大量のアイテムを犠牲にしてスキルレベルを上げて生産をしているだろうから、信頼できる数値だろう。


「こんな性能の防具、見たこと無いよ、有名な人のところでも売ってない…」


「本当なの?」


「アイテムを見たろ」


渡した防具の数値のメモだけでなく、ミカヅキには蟻の甲殻を渡している。それを見てもまだ否定しようとは思わないだろう。


「ええ、そうね…」


「すごいですね。革鎧でこの防御力。これなら私達も装備する価値があるかもしれませんね」


「防御力14か~。すごい魅力的だね」


「うーん、私も全身じゃないけどほしいかも」


もう俺とミカヅキが揉めていたことより、防具の方に気が向いている。


「メモを返してもらえるか」


「あ、はい」


シズクから防御力を書いたメモを返してもらう。これは俺がタリアやタクと情報交換するときに使うものだ。


俺がタクに情報を伝えたということも説明できたし、話すこともないのでサンドイッチを食べてしまう。カナたちは何かを相談している。せっかく誘ってくれたのに結局は空気を悪くしてしまった。


「ごちそうさま」


サンドイッチを食べ終える。カナたちもサンドイッチを食べているのだが、正直な話どのタイミングで席を立てば良いのかわからない。このまま自分の探索に戻ってもいいだのだろうか。


「兄さん」


「なんだ?」


サンドイッチを食べ終えたカナが改まって話しかけてくる。


「先程は疑ってしまってすいませんでした」


「本当にごめんなさい」


ミカヅキも一緒に謝ってくれた。それを話し合っていたのだろうか。間違っていたことはしっかりと謝罪できる、いい子たちである。そんな親のような思考が浮かぶ。


「まあ普通は信じがたいことだからな。事実をみて納得してくれればいい」


俺は勝手にしろと言ったのだから勝手にすればよかっただろう、と言ってしまっては大人気ないだろう。


まだカナが言いたいことがあるようなので、黙って先を促す。


「それで、ですね。みんなで話し合ったんですけど、兄さんたちの戦いを見せてもらいたいんです」


「俺たち、か。俺個人ではなくパーティーとしての戦闘をか?」


俺がカナの言葉の意味を捉えて尋ねると、コクリとうなずく。他の5人も興味があるようだ。


「なんでわざわざ俺たちなんだ?強いパーティーならタクたちに頼めばいいと思うが」


タクとカナは仲がいいし、パーティーとしてもカナたちはかなり実力が高いので拒否されることはないだろう。


「兄さんたちのパーティーがあの掲示板の報告があった段階で蟻を倒してなら、タクさんたちよりもだいぶ強いと思います。だから戦い方を見せてもらって参考にしたいです」


確かに、現状では俺達のほうがタクたちよりも強いだろう。スキルレベル的にも上だろうし、少し傲慢かもしれないが戦闘技術でも負けてはいないと思う。強さだけで言えば俺たちが上なのは確かだ。


しかし、戦ったときに強いというのと参考にすべきであるというのはまた話が違うのだ。

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