45.北の森-9:VS巨大猪-1

「おいムウ、この先にダイアウルフがいんのか?」


「ああ。今日は北側のボスエリアの探索もするから早くしろよ」


「楽しめたらな」


俺の注意を意に介さず答えるフォルクに、はあと軽くため息をつく。俺も一緒に楽しめるのなら良いが、今回は不参加を言い渡されているのだ。トビアとフォルクの二人がダイアウルフとの戦闘を未体験であるために、俺が案内役を頼まれたのだ。自分でそれを探索するの自体が楽しいと思うのだが、この二人、特にフォルクはどこに行くにしろ戦闘が最優先の戦闘狂なので、強いモンスターと戦えればそれで良いのだろう。他にもついて来たそうなやつはいたが、農業が忙しいとかで断念していた。また他のやつに案内してもらってほしい。


「早く終わらせるように気をつけるからさ、ムウは採取しながら待っててよ」


「…遊びすぎるのはほどほどにな」


トビアがにこやかにそう言ってくれるのを信じて、二人がダイアウルフの領域へと入っていくのを見送る。


昨日全員に装備が行き渡り、余った分のアイテムも適当に分配したところで、しばらくは各自自由行動をすることになった。なにかしら大きなイベントなり強敵の多いエリアを攻略するなり複数人で協力する必要があれ場合にはメンバーを集めるが、今のところはまだ生産などで体制の整っていないメンバーも居るので、各自で自由行動をして、一緒に行動するならそれはそれで良いということになった。まあもともと腕が立ったり面白そうだったりする奴らの中でも気の合いそうなメンバーが集っただけなので、特に共通の目的があるわけでもない。今後も基本は自由行動になるだろう。


俺は北の森以外のエリアも軽く見て回ってみたいと思っていたが、トビアとフォルクがダイアウルフの話を聞いて戦いたくなったようで、案内役を頼まれた。森でもまだしたいことがあるので承諾し、ついてきたのだ。


俺達はクエストをガロンから受注したが、フォルクとトビアも同様に受注していた。ただし、俺達のときのようにクエストの受注までに時間がかかるわけではなく、行商の邪魔をするモンスターを倒してほしいと話しかけた際に言われただけだった。報酬もゴールドだけであり、おそらく今はライアの持っている剣は一度しか入手できないのだろう。性能的には今回作った武器よりも少しだけ高い性能をしていたようなので、各エリアの浅いところでは役に立つ程度といったところか。


この後の探索の予定を考えながら、木を切ったり鉱石などを採取していく。

周囲のモンスターを避けながら一通り採取を行い、フォルクたちが出てくるであろうタイミングでダイアウルフの縄張りまで戻ってくる。今は、もう前のような圧力を感じない。


俺が戻ると、すでにフォルクとトビアは縄張りの前で待っていた。俺の想像よりも早く終わったようだ。


「早かったな」


「楽しかったからな。すぐ倒してしまったぜ。もうちょい遊んどけばよかったな」


残念そうな言葉を放ちながらもフォルクは満足そうだ。ダイアウルフの行動パターンについては細かくは伝えていなかったが、すべての段階を体験したのだろう。


「俺は楽しかったから満足だね。次にも行かないといけないしさ」


「だな。行くか」


二人が椅子代わりにしていた岩から立ち上がる。まだ昼時には早いので、一旦街から見てまっすぐ北の方向へと戻り、そこから先に探索を進めていくつもりだ。レンがいないので地図をつくれないが、俺達自身が歩く文には自分たちで覚えればいいので特に困ることはない。


しばらくは軽く会話を交わしながらも、森を進む。俺が一番索敵に長けており、俺以外の二人は索敵能力を持っていないので全部俺に任せて気楽なものだ。俺自身もこの森のモンスターの特性は今のところだいたいわかっているので、音だけでなんのモンスターがいるか判別できる。あとはそれを三人で倒していくだけだ。といっても三人ともレベルは高くなっているので、ダンロンベアやダオックスの群れ程度では苦労しない。まだ街からの距離で言えばダイアウルフの縄張りと殆ど変わらない位置を探索しているので、新手のモンスターも特に発見できない。北の森の中ではすでに多数のモンスターを発見しているし、ボスの出現する場所までこのまま新たなモンスターは出てこないかもしれない。


「もうだいぶ進んだよな?そろそろボスエリアが見えてきともおかしくないと思うんだよね」


「他のエリアと違ってここは視界を塞ぐものが大量にあるからな。ただ、おそらく見つけた」


こっちだ、と二人を連れて音のしない方に向かう。少しばかり進むと、ダイアウルフの縄張りのように木が生えていない開けた場所に出る。ただし、こちらはダイアウルフの縄張りと違って木がへし折れているということもなく、平できれいな地面が広がっている。そして木のない部分の中央付近には赤色をした魔法陣が広がっている。円形の上に正六角形が重なったような奇妙な図形だ。


「間違いないね、多分これがエリアボスだ」


「魔法陣があるということは、場所を移して戦わされるということか?」


「だろうな。さっさと行くぞ」


ためらうことなくフォルクが足を踏み出すので、俺達もそれについて行き魔法陣の上に立つ。すると、視界が視界がかすれるように白に包まれていき、やがて視界が戻ったときにはおれたちは再び森の中に立っていた。しかも先程までいた場所よりも木々の密集率が高い、深い森の中だ。


「ボスじゃないのかもね。それらしき…」


直後に聞こえてきた声にトビアが言葉を途中で切る。


『フゴオオォァァァ!』


巨大な鳴き声とともに、バカでかい破壊音が次第に迫ってくる。


やがて身構える俺達の前にそれは姿を表した。


「ガアアアアァァァ!」


巨大な猪である。


「散開!トビアはタゲ取りを!」


「わかってるよ!」


猪が突進しようと足を踏ん張るのを見て、それぞれ別の方向に離れる。直後、先程までの破壊音を再現するかのように巨大猪が突進を始める。針金のような剛毛と盛り上がった筋肉に覆われた頭頂高2.5メートル、全長5メートルの塊が、木々をなぎ倒しながら進む。並のタンクでは受け止めるどころかそらすことすらかなわないような勢いだ。


「はっ!」


僅かに横に避けることで突進をかわしたトビアが、側面から胴体を狙って連続で突きを放つ。だが、毛と革の耐久性が相当高いようで、剣が深く突き刺さることはない。


「硬いね、こいつ!」


「見ればわかる。トビア、しばらくタゲ取り優先。俺とフォルクは軽くしかけながら探るぞ」


あの耐久力だとすると、俺の放つ矢も有効打にはなりにくい。鉄蟻の矢で防御力を下げることはできるだろうが、こいつはダイアウルフと違って全身が硬い。その防御力を下げるのは難しい。まずは足を止めるところからか。


「一旦足を…」


「いらねえよ!」


トビアの方を向き直って再び突進を繰り出そうとしている巨大猪の頭上を取るようにフォルクが飛びかかる。その手に握る細剣が、振り下ろされようとした瞬間に巨大な剣に代わる。


「おらあぁ!」


「フギっ!?」


落下の勢いがついた大剣は、巨大猪の首を深く切り裂いた。一撃で巨大猪のHPが5%ほど減る。今の一撃でそれだけしかHPの減らない猪を褒めるべきかトビアの突きでまったく削れなかったHPをそれだけ削ったフォルクを褒めるべきか。


「かってえな!」


フォルクの出した技に驚くのは後だ。今は有効な手段が見つかったのだから最大級に活用する。


「フォルクは今のを狙え!トビアと俺はフォルクから気をそらさせる!」


「おうよ」


「はいはーい。まあ良いところは持ってかれちゃうけど、相性があるからね」


トビアが足を狙って突きを放つ。俺は足に向かって鉄蟻の矢で防御力を下げるのを狙いながらも、巨大猪の顔が見える位置に移動して目や顔に向かって矢を放つ。ダメージを狙っているのもあるが、巨大猪の動きを阻害する意図が大きい。


動きが大きく鈍い巨大猪は攻撃の的だ。重たい大剣を振り回すフォルクも、普段手にしているのは軽い細剣であり、攻撃の瞬間のみ大剣に変化させるので遅さはまったくない。


巨大猪が突進する際には射線上から離れて止まったところを攻撃し、巨大猪が押しつぶすように転がりまわるときは距離をとって対処する。足の構造上転がるのはそれほどうまくはなさそうだが、攻撃パターンの一つであるようだ。


「ふぅ」


放った矢が巨大猪の目に突き刺さり、片方の視界を奪ったことを確認して一息つく。索敵能力を奪うというのはそれだけで巨大だ。特に視界は大体の生物が頼っているので、それを奪ってやれば戦闘能力は大きく下がる。


視力を奪うという行為自体は、毒や麻痺などの状態異常と同じくバッドステータス扱いであるので、時間がたてば特に何をしなくても回復してしまうが、今はフォルクがすごい勢いて巨大猪のHPを削っていってるので、回復されることはないだろう。


ダイアウルフと戦ったときとは違い、巨大猪との戦いは、攻撃を食らうわけには行かないものの、のんびりと続いた。

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