43.始まりの街ルクシア-13
発案者を名乗った男の言葉を代弁していた人影が全て消えてしばらくすると、ようやくプレイヤーたちが動き出す。
「現実に戻れるぞ!」
「その前にクリアしないと駄目だけどな」
「それはそれで楽しいじゃない?もともとゲームをしたくてここにいるんだし、戻れる保証があるなら気楽にできるわ」
そんな肯定的な声が聞こえる一方で、否定的な言葉も聞こえる。
「すぐには戻れないのか」
「お母さん…」
「ふざけんなよ!戻せよ!何が頼むだ身勝手すぎるだろ!」
肯定の声と否定の声で言えば八対二ぐらいで肯定の言葉が多く聞こえる。彼の言葉を信じるなら、ここにいても命の危険はない上にクリアしてしまえば一切問題なくあちらの世界に戻れるのだから、クリアまで行ってしまえば良いという人が多いのだろう。
「…ムウ、戻ろ」
「ああ」
俺達のすることは変わらない。だが、すぐにあちらの世界に戻らなければならないわけではないとわかって少し安心した。まだ冒険したりないのだ。
周りがざわついている中を通り抜け、プライベートエリアに戻る。戻って片付けをしていると、しばらくしてライアが呼びに来た。
「飯できたぞ」
「ああ、ありがとう」
「…ありがとう」
昨夜はしっかり寝ていたのもあって、随分と調子がいいようだ。数値的なもので寝不足に対するバッドステータスは存在しないが、現実感を出すために疲労や睡眠といったものを再現しているのだろう。
三人でレンの部屋に向かう。昨日は特に生産するものがない奴らが集まってワイワイする部屋になっていたが、今日は食事をとったりする控室のような状況になっているようだ。裁縫組の二人も食事をとっている。トビアとルクはもう生産に入っているようでいない。ライアはグレン一人で12人分を作るのは大変だから手伝っているのだろう。
「おはよう、ムウ」
「おう」
「おはよーさん」
それぞれに朝の挨拶をかけてくる。
「おはよう」
すでに生産に入っているだろう二人をのぞいて10人全員がここにいる。起きたのは俺が最後だったのだろう。
さすがに10人も入ると狭いようで、レンは調合用の器具を壁際に追いやられながら作業している。“調合”スキル持ちはレンしかいないから、12人が集まっている現段階では一人で全員分のポーションを用意しないといけないため大変そうだ。
「ほいよ。昨日偶然キャベツっぽい野菜を手に入れてな。せっかくなんで作ってみた」
ライアが料理の乗った皿を渡してくれる。受け取ると、キャベツの塊と、その奥に僅かに肉がのぞいている。
「ロールキャベツか?」
「性格にはロールカベトだけどな。まあ味も全く変わらねえし、名前はどうでもいいよ」
この世界ではカベトという名前らしい。どこで取れるのだろうか。野菜がフィールドで取れるというなら今後探索の最中でもおいしい食事が期待できそうだが。
「どこで取れたんだ?」
「いや、俺は大地人の店で買っただけだぜ。露店でも食材は見かけなかったし、現段階じゃあ大地人から買ってやるしかないんじゃねえか?露店で食い物売ってるやつらも大地人からかってるって言ってたぜ」
「そうか」
北の森では食材に関するアイテムは見つからなかったが、他でもやはりそのままか。ある程度進んだ場所では、なんらかの食材を入手可能であることを祈ろう。いつまでも大地人から買うだけというのもあれだし、街から遠く離れたときに食材が確保できないとなかなかに面倒だ。
早速ロールカベトを食べてみる。うん、おいしい。それほど料理に詳しいわけでもないのでどう表現したらいいかわからないが、おいしい。
あわせて出してくれたパンをロールカベトの汁につけて食べる。このパンは大地人の店で購入できるものであり、長い間アイテムインベントリに入れていても劣化しにくいという冒険向けのものだが、いかんせん味はあまり美味しくない上にパサパサしている。ガロンの宿で出していたパンは柔らかくて美味しかった。そのあたりは、少しでも人々を街の外へと冒険に出させるために、冒険を続けることで金を手に入れてそういった食べ物を大地人から購入したり、新しいエリアで食材アイテムを入手したりできるように工夫しているのだろう。
「そんじゃ、続き作ってくるぜ」
ライアが部屋を出ていく。
「俺達も続きを作るのである」
「あーあ。集中し直すかよ。戦いてえ」
続いて、ラルが意気揚々と、フォルクはめんどくさそうに出ていく。彼らも革鎧の製作と、盾の持つ部分の製作が残っているはずだ。裁縫組と鍛冶組に比べれば、俺達木工組の作業は相当少なかった。なにせ小さな柄という部品を作るだけなのだ。裁縫組は革の加工をした上でそれを全身に会うように防具を作らなければ行けないし、鍛冶組に至っては武器の刃を作った上で鎧まで作らなければいけないのだ。作業の量が違う。
「鍛冶も裁縫も大変だな」
シンが呑気にそんな事を言う。
「アイテムが増えてきたらお前が一番忙しくなるんじゃないのか」
「俺は作業に時間かからないからな。やらなきゃいけないことは多いけど、その分楽だぞ」
「そうか」
「でも調べたこととか全部メモしなきゃいけないし、それだけでも大変そうだよね」
「それはそんなきつくないけどな。例えばさ、…」
そんな会話をしながら食事を終える。いつまでもダラダラとしていたいが、今後の冒険を充実させるためにはある程度の量の矢は作っておかないといけない。
「さて、俺は矢を作るか」
「…僕は短剣作る」
トーヤと二人で生産に戻ることにして立ち上がる。
「お、俺もついていっていいか?木工してるとこ見てみたいんだけど」
シンは今の所しなければいけないこともなさそうだ。別に連れて行っても問題ないだろう。
「トーヤは良いか?」
「…ん、大丈夫だよ」
俺は見られていても問題ないが、トーヤは気にするかもしれないので一応聞いておく。トーヤも特に問題ないようだ。応えるまでに少し間があったが、彼は割といつもこんな感じなので問題ないだろう。
「良いぞ。見てて面白いものとは思わないがな」
作っている側は楽しいこともあるが、単純に見ていても面白いとは思わない。鍛冶や裁縫の方なら、金属を熱して鍛えたり皮を加工したりと視覚的にもわかりやすく見ていても楽しいのだが。
「ありがとう」
三人で再びトーヤのプライベートエリアに戻る。昨晩作業していた状態からある程度は整理してあるが、まだ木材は出しっぱなしになったままだ。この世界でも削った後の木片などはそのまま残るので、それだけは布袋に入れてアイテムインベントリに押し込んである。その後のゴミの処理だが、そのアイテムに対応する生産スキルを所持していればMPを消費することで消すことができる。
早速矢を作り始める。もう羽が尽きているので後で入手してそれをつけなければいけないが、その直前の部分までは生産しておく。
「矢って結構複雑な構造してるんだな」
興味深そうに矢を作るところを見ていたシンが面白そうにそう言う。
「思っていたよりはな。俺もはじめは驚いた」
見た目は単純に棒の先に石なり鉄なりがついているだけだが、それを固定するためには何かしらの構造が必要なのである。
矢を量産するついでに、鉄の鏃も作る。蟻の牙も数がなくなったのだ。
鉄インゴットを炉で溶かし、小さくした上で整形する。鏃はモンスターを相手することを考えて少し大きめに作った。単純なダメージだけでなく衝撃が必要なのだ。
また、矢の他にも矢筒の原型をいくつか作った。薄く切った木材で筒を作るのだ。その内側と外側にそれぞれ革をはることで矢筒にする。これらは全部予備にするためのものだ。そろそろスキルレベルが育ってきたので、今までしていたように一度矢筒を外してつけ直すという作業はしなくて良くなる。
矢筒まで作ってしまったところで木材がなくなってきたので、矢を作るのはそこまでにして三人で話しながらゆっくりとした。木材のストックはいくらあっても足りないのである。ずっと探索に出たままになる可能性もある以上、木材専用のマジックバックを持っていても良いかもしれない。
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