42.始まりの街ルクシア-12(シリアス)

「ムウ、起きて。ムウ」


ぼんやりとした意識の中で、かすかに俺を呼ぶ声が聞こえる。うっすらと目を開けると、トーヤが覗き込んでいた。


「おはよう」


「…おはよう。外に来て」


「何かあったのか?」


朝食でもなく誰かが呼んでいるでもなく、唐突に外に来てという。何か普通ではないことがあったのだろう。


「…変な、人?」


「…誰かがいるのか。わかった」


横たわっていた状態から体を起こし、外に出る準備をする。準備と言っても装備をかえることはないので、特にすることはないが。街中で戦闘になることはないと思うが、トーヤが、誰かわからない人、と言っている以上普通のプレイヤーでもないのだろう。他のプレイヤーならばそういうはずだ。


プライベートエリアから出ると、教会の中にプレイヤーの姿はなく、入口の外にたくさんの人の背中が見える。人々の目をひくなにかがあるのだ。


「…ついてきて」


「ああ」


トーヤに連れられるままに通りに出て、プレイヤーたちが見ているものを見る。それは、比喩ではなく文字通り透き通り、僅かに発行する体をした幾人もの人間だった。男性、女性、老人、少年。服装も装備している武器も様々だ。共通の意匠すら含まれていない。共通点は、ただ体が透けて向こう側が見えており、わずかに発光しているという二点のみ。そんな人間が一定の間隔を置いてあちこちに立っている。


「なんかのイベントか?」


「まだゲーム自体始まったばっかりじゃない?そんなすぐにはイベントはだしてこないと思うけど。そもそもまだイベントって概念あったの?」


「この世界では死なないとわかったからな。そうであれば何らかの不都合でログアウトできなくなっている可能性も捨てきれん」


「まだそんなこと言ってんのかよ」


こんな状況でこんなことを考えるのも何だが、他のプレイヤーもここに馴染み始めているようだ。


周りのプレイヤーたちが思い思いに話すのを聞きながら、自分でも考える。透き通った体や発光しているということから考えて、現段階でのプレイヤーが用意したとは考えにくい。初期に使用可能なスキルはβテストの頃と変わっていないだろうし、種族特性を読んだ限りでは、どの種族にも該当するような特性はなかった、はずだ。


もちろん俺達ロストモアが“魔力操作”スキルを取得できたように、他の種族のプレイヤーが何かしら特殊なスキルを取得できた可能性もある。だが、まだ俺達と同じレベルに到達しているプレイヤーはいないのではないだろうか。俺達がアイアンアントの群れ相手に稼いだ経験値の量は現段階では異常だ。それに追いついているとは思えない。


「…イベント?」


「運営側がしたことだとは思うが、イベントかどうかはわからない。そもそもこの世界に閉じ込めた上でわざわざゲームをさせるつもりはないだろう」


ゲームをさせるつもりなら別に閉じ込める必要はないはずだ、閉じ込めたからには、なにか目的があるはずだ。わからない。プレイヤーを閉じ込めてメリットはあるのだろうか。普通ならしないはずだ。


『あーあー、よし聞こえているな』


その時、透き通った人間たちが一斉に話し始めた。彼らの口からは一様に同じ声が奇妙な響きを伴って発され、それを聞いたプレイヤーたちは一気に静かになる。


『ここにいるほとんどの人には、はじめまして、だろう。私はこのゲームの発案者だ。名を捨てた身だから名前を名乗るのは控えさせてもらうがね』


少し間をおいて男、そう、声の主は男だ。男は続ける。聞き手を引き込む話し方をする人だ。


『めんどくさい前置きはおいておいて、君たちの状況を説明させてもらうよ。最初は説明するつもりはなかったんだがね。やはり、順序というのは重要だ』


『まず、君たちがこの世界から出ることができない現状だが、これは不具合でもなんでもない。私が望んでしたことだ。私が望んで君たちをこの世界に閉じ込めている』


非難の叫びが上がる、はずなのだろう。普通は。皆、のまれていた。男の堂々引き込む話し方と、あまりにも簡単に言われた現実に。


『そして、外部からの助けも絶対にこない。これは断言しておく。細かい説明は難しいんだが、簡潔に言えば私は異世界の神と契約して、この世界を完全にあちらの世界から切り離されたものにしたんだ』


神?急に話が飛んだ気がする。なぜ神が出てくるのか。俺達は現実と認識しているとはいえ、あくまでこれはゲームの中ではないのか?


『まあ、理解できないのも無理はない。理解し難いだろうから状況説明だけに留めることにしよう』


『君たちは今、ここにいると同時にあちらにいる。神の力で本物が二つになったんだ。どちらが偽物というわけでもない、本物が二つだ。神というのは本当に面白い』


『そういうわけで、君たちがここに閉じ込められていることに気づくものはいない。それと、予定、というか向こうで大災害でも起きない限り確定なんだが、《The Other World》の第二陣の発売は3ヶ月後だ。つまり、3ヶ月後には新たに5,000人のプレイヤーがこの世界に来ることになる』


そこで一度男は長い間を置いた。長い間のおかげでぼうっとしていた意識がすっきりする。


『重ね重ね言うが、ここまでを理解する必要はない。君たちはログアウトできない、3ヶ月後に第二陣が来る。このことだけ把握してくれればいい。だが、ここからさき、なぜこんなことをしたのかに関しては、納得できなくても理解してもらいたい』


そういうと男は謳うように続ける。声から、奇妙な響きが取れている。


「私はね、子供の頃からいつも異世界を夢見ていたんだ。スチームパンクでもディストピアでもない。剣と魔法とドラゴンが飛び交う世界を」


「暇さえあれば空想にふけっていた」


「だから、絶望した。人類の化学では、異世界には行けない。転生なんかを願って自殺するにしても、存在するかすら怪しい確率だ。そんなものじゃない。私はなんとしても、こんな世界が見たかった」


「だから作ったんだ。この世界を。冒険者たちが旅をし、戦い、未知の景色を切り開く、そんな世界を」


先程まで話すだけで動かなかった透き通った人間たちが、一斉に頭を下げる。


「お願いだ。私はもうそちら側に立つ資格はない。だから、せめて見せてくれ。冒険者たちの旅路を。異世界で生きるということを。私に教えてくれ」


深く頭を下げたまま、彼らは動かない、そして、プレイヤーたちも動かない。いや、動けない。言葉を失っている。


「じゃ、じゃあ、俺達はもう現実には戻れないのか」


一人のプレイヤーがぼそりと、独り言ともつかぬ声で尋ねる。


『私はそこまで身勝手にはなれない。この世界の一旦のゴールを、特定のエリア内に存在する全ダンジョンのクリアに設定してある。誰か一人でも、該当全ダンジョンの全ボスモンスターを倒しきればそこで一応はクリアとみなし、その段階であちらの世界へ帰還する権利を獲得したとみなす。あちらに戻りたい人は、神の力を借りて全ての時間はゲーム開始前に戻し、このゲームが発売されなかった世界へと返す。そう決めている』


「そ、それをすれば帰れるんだな!?」


今度は別のプレイヤーが、悲鳴に近い声で叫ぶ。


『君たちが戻りたいと望むのならば』


そこで、頭を下げていた人間たちが頭を上げる。その答えに、プレイヤーたちがざわめきたつ。


『さて、いつまでも説明していても仕方がない。今後この世界で起きる変化を軽く説明しておこう。といっても、あちら同様に水分が必要になるということと、汗をかくようになったということ、しっかりと疲れるようになったということぐらいだ。筋肉痛とか、汗で雑菌が繁殖することや排泄物などといった細かすぎることは流石に実装できなかったからね』


『ゲームとしてあちらの世界と完全に同じではなく、制限が多いだろうが、楽しんでもらいたい。私が死んでも望んだ世界だ』


『最後に重要な注意事項だが、神と契約した内容のために極稀に特殊な事態が発生し、通常の進行に影響が出る可能性がある。その場合には、私もしくは代理の者がすぐに飛んでいくので、頭の片隅に入れておいてほしい』


『うん、私からの話はこれぐらいだね。この世界では何ができるのか、何がいるのか、誰がいるのか。それは自分たちで見つけていってほしい。それでは、最後に私の好きなこの言葉で閉めさせてもらおう。君たちに、導きの青い星が輝かんことを』


つい今まで話していた気配が消えていく。それと同時に、今まで話していた透き通った人間たちが光に溶けるように消えていった。


俺は、閉じ込める理由がわからないと思った。普通ならメリットはないと。


わからなくて当然だ。普通ではなかった。発案者を名乗る彼は大馬鹿者だ。俺の更に先を行くほどの。


『君たちが戻りたいと望むのならば』

そう言った声に僅かに含まれた寂しさに気づけたのは、俺も彼と同じだったからだ。

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