36.始まりの街ルクシア-8
「ごめーん、来るの遅くなっちゃった」
しばらく露店の裏で待っていると、待ち人が走ってきた。急いで着てくれたようだ。タリアが一時的に店に休業中の札を掲げているため、他に客が来ることもなく、俺はずっと魔力操作を使用して魔力を循環させる練習をしていた。
「まだ10分も立ってないから大丈夫だよ。それじゃあ、さっそく話し始めちゃおっか」
そう言ってタリアが、俺とその知り合いだと言っていたプレイヤーを引き合わせる。長い黒髪で年上感のあるタリアとは逆に、栗色で短い髪をしており、幼い顔をしている。タリアはドワーフだが、こちらの女性はおそらく狐尾族。種族によって髪色に差があるのだろうか。たしか最初に設定もできたとは思うが。
「マーシャ、こっちがそのアイテムを持ってたムウくん。こっちが私の知り合いで皮革職人のマーシャだよ」
「よろしくねー」
「どうも」
互いに軽く挨拶をしてから早速本題にはいる。
「それで、アイテムの鑑定をしてほしいんだよね」
「そうそう。私じゃあ相場はわかっても相場の決まってないアイテムの価値を判断することはできないからね」
タリアはとりあえず来てくれと言ったようで、軽く状況の説明をする。
「なるほど。それじゃあそのアイテムを見せてもらっていい?」
マーシャにそう言われ、俺はダンロンベアとソアウィーゼルの皮を渡す。それを受け取ったマーシャは、しばらくそれを触ってみたり、何かの道具を使ってこすったりしている。おそらく、強度や加工のしやすさを確かめているのだろう。
「なるほど。やっぱりホーンラビットとかウルフの革よりはだいぶ強いね」
そう独り言を言った後に、顔を上げて俺とタリアに査定結果を伝えてくる。
「現段階ならこのアイテムは一切出回ってないし、性能も段違いになるからそのへんを加味してダンロンベアの皮は1枚1500、ソアウィーゼルの皮は400かな。ソアウィーゼルの方はだいぶ小さいからこんな価格だけど、防具の種類によってはダンロンベアの革よりも重宝するかも。あと、本来ならもう少し高く売れると思うんだけど、これは加工前の皮だからその分の加工料も考えてやっぱりそのぐらい」
皮と革。その違いは、単純にモンスターから入手したままのアイテムであるか、それを加工して防具や道具の素材として利用できる状態にしたかだ。皮を革にできるのは、“皮工”スキルか“魔物素材加工”スキルを持ったプレイヤーだけである。大地人の店で金を払って加工する事もできるかもしれないが、おれはそういった店は知らない。
「わかった。そのアイテムはレベル1で加工するのは難しいよな?」
「そうだね。私は今“皮工”スキルを14ぐらいまで上げてるけど、それでギリギリかなって感じ。君も生産をするの?」
「俺は“魔物素材加工”スキルのほうだ。鏃を作るならそのスキルは必須だからな」
軽く背中の弓を指し示す。他にも作るものもあるが、それを自分の手で作る戦闘職というのは珍しいので、目立たないためにも言わないほうがいいだろう。
「あーなるほどね。まあそういうことだったら、そのうち加工できるようにはなると思うよ。今は私が加工しておくってことで」
「それで頼む。後は数なんだが」
そう話ながらインベントリを操作する。街の外で夜を明かすための道具だが、絶対に必要なのはテント、次にお湯を沸かすための鍋と火をつけるための道具だ。といっても、まだ“料理”スキルは取得していないのでお湯を沸かしたところで料理はできないのだか。できることはせいぜい塩と肉を一緒に茹でることぐらいだ。早く“料理”スキルをとらなければ。
それはさておき、テントの方は5500ゴールド、鍋と火をつけるための道具は合わせて1000ゴールドしたはずだ。
「とりあえずこれだけ売りたい」
ダンロンベアの皮を4枚と、ソアウィーゼルの皮を10枚だす。ダオックスの皮を持っていることは完全に忘れていたが、ダンロンベアもソアウィーゼルもまだ数はあるし、ダオックスはあいつらに渡して使ってもらえばいいだろう。今後なにかしらでゴールドを使う事も考えて、一応多めにしている。
「こんなに持ってたの!?」
タリアが驚きの声を上げる。
「ああ、何を驚いているんだ?」
「いや、さっき渡してくれたやつで全部かと思ってたから。これ全部ムウくんが狩ったの?」
「タリア、その話はあとにして」
タリアが俺に疑問を投げかけるが、マーシャが厳しい顔つきでそれを止める。
「全部で10000ゴールドだよね。それを使ってムウに防具を作るから、その分の手数料をもらってもいいかしら。今8000ゴールドしか持ってないの」
まだ生産職でもそれほどゴールドは出回っていないか。しかし困った。俺の防具はあいつらに作ってもらうつもりだから別に必要ない。
「いや、防具の生産は他にアテがあるから構わない。枚数を減らして調整してくれ」
俺の提案を聞いて、それでもマーシャは厳しい顔を崩さない。
「どうした?まだなにか問題があるのか?」
「いやー、せっかく珍しいアイテムが目の前にあるのに捨て置けないよね。次手に入るのはだいぶ先になりそうだし。タリア、2000ゴールド貸してくれない?」
「いいわ。でも貸しだからね」
「うん、それでいいから」
タリアがアルトの窓を整理して硬貨を取り出し、マーシャに渡す。
確かに、俺達の誰かが売らない限り次手に入るのは暫く先になるだろう。なにせ、他のプレイヤーは薬師の里の場所も知らないし、テントを買うほどの資金もない。入手できるようになったとしても、しばらくは入手量は少ないままだろう。そういうことを全部考えると、今入手できる数を減らしたくないということだ。
「それじゃあ、これで取引成立だね」
トレード画面を開いてダンロンベアの皮を4枚と、ソアウィーゼルの皮10枚をそのまま乗せる。トレード決定を押して、交換を成立させた。
「ありがとう」
「いやいや、こちらこそありがとう。これを加工して売れば結構利益出ると思うし評判も上がるから助かるよ。また売る気になったら呼んでね」
マーシャからフレンド申請がとんできた。確かに、ゴールドを必要とした場合に生産職の知り合いがいるのはありがたいかもしれない。
「また売る気なれば、な」
そう言ってフレンド登録を許可する。
「じゃあ、わたしは早速これ使って防具とか作るから、じゃあね!」
マーシャがそう言って去っていく。気の早い人だ。だが、新しいものを目の前にして落ち着けないというのは、戦闘職やお俺たち冒険を主とするプレイヤーにも共通することかもしれない。
「ねえムウくん。さっきの話だけど、ほんとにその装備でそのモンスターをたくさん狩ったの?」
「あの程度なら少しぐらいステータスが足りなくても技術でどうにかなるからな」
本当にどうにでもなるのだ。だからβテストのころも退屈だったので。一番強いモンスターでダイアウルフぐらいだった。しかも体力とパワーが高いだけで戦闘力ではおそらくダイアウルフに劣る程度。だからあの頃は面白くなかったのだ。
俺の答えに、少し悩んでタリアは言う。
「そっか…。ねえ、ムウくん。真面目に私と契約しない?私の方からは鏃の生産とかその他にできることなら手を貸すわ。よっぽどのことでなければ。その代わり、アイテムを私のところにおろしてほしいの。全てとは言わないわ。ムウくんが必要なくて破棄したい分だけでもいいから、新しいアイテムや希少なアイテムを流してほしい。買取もしっかり色をつけるから」
タリアの提案をすぐに否定することはせず、考えてみる。俺達は基本的にアイテムを自分たちのレベル上げや、生産に使う。だが、もちろんその際にあまりも出るだろう。それに、収める量などの要求は特にない。俺が回してもいいと思ったときに回せばいいだけだ。
人と関わるのはそれほど嫌いではない。ただ、雰囲気というものが嫌いなだけだ。合わせることを要求する雰囲気が。だから、タリアと契約をしてもデメリットはない。ないならば、いろんなことをしていきたい。それに、外にも繋がりがあったほうが生産などで助かることもある。別にすべてを自分で発見したいわけでもない。友人から話を聞くというのは、それはそれでおもしろいのだ。
「わかった。何か新しいアイテムを見つけたら、自分で使い切ってしまわない限り持ってくる。ただ、俺は鏃も自分で作るから必要ない。生産などで相談したいことができたときに話を聞いてくれ」
「金属の鏃も作っちゃうんだ。戦っても強いのにほんとに生産もするんだね」
「まあな」
「あ、えっと、それじゃあ契約成立ってことで、よろしく」
タリアが握手を求めて手を差し出してくるので、俺も応えて握手をする。
「よろしく頼む」
新しい友人ができた。
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