35.始まりの街ルクシア-7
「世話になった」
「またなラナちゃん」
朝食を食べ終え、荷物を片付けて出発の支度をした。昨晩は宿に戻って四人で軽く宴会のようなことをした。仕事を終えたガロンとラナも飲み物を片手に食事に付き合ってくれた。周りのプレイヤーたちからは、こいつらなんでこんなに楽しそうなんだという目で見られていた気がするが、気にしても仕方がない。
「おう、また来いよ」
「また来てくださいね!」
ラナとガロンに礼を言ってから宿を出る。まあ場合によってはまた戻ってくることになるだろうが、どの宿も一度退出しなければならないようにできている。
宿を出てしばらく歩いて街の広場に向かう。午前10:00をすでに過ぎているため
「さてと、とりあえず集合の時間まで露店回るか?」
「そうだね。昨日は結局回れてないし、それぞれで回っておいて後で集合でいいと思うよ」
「だな。んじゃあ解散てことで」
それぞれに見て回りたいものがあるので一度解散した。露店だけでなく、街の施設なども回ってみたいのでそれほど時間的に余裕があるわけではない。集合は昼過ぎに街の南の方のレストランになっている。かなりの広さがあるようで、12人で入っても大丈夫らしいので食事を取りながら今後の予定について話すことになった。
「とりあえず適当に露店を見て回るか」
装備なども誰かに作ってもらうつもりだが、現状どんなものが出回っているかの確認はしておいたほうがいいだろう。木工の方は鍛冶と違って作れる武器が弓と杖、棍ぐらいであり、後は鉄製の武器の装飾品や柄、鞘ぐらいしかない。しかも鞘や柄は、それを作るためのスキルが別にあって鍛冶スキルを持っている人たちは自分で取得していたりするので、木工を主にしているプレイヤーはそれほど多くないのではないかと思う。
あちこちの露店で取引が行われており、そこそこ活気がある。だが、装備を見る限り戦闘職のプレイヤーはそれほど見受けられないようだ。いるのはだいたい生産職といったところだろう。昨日の夕方は今よりも賑わっていたし、この時間帯は戦闘職のプレイヤーが街の外で探索を行っているために一時的に静かになっているのだろう。
弓と矢筒をアイテムインベントリにしまっているので落ち着かない。今日は探索に出る予定もないししまっておいていいと思ったが、装備を外すとむしろ落ち着かない。次からは周りから見て戦闘職だとわかるためにも装備はしておこう。
露店によっては様々な武器を並べていたり、食べ物を出している。他には、雑多にいろんなものを取り扱っている露店もある。
生産職のプレイヤーは自分の作れるものは限られているものの、探索で忙しい戦闘職からモンスターのアイテムや様々な素材を買い取って、それを後で売ることで利益を得たりすることもできる。雑多なアイテムを置いている露店はそういうことをしている店だろう。誰が仕組んだわけでもなくうまく成り立っているものだ。
途中の露店で見慣れないアイテムがいくつか並んでいるのを見て足を止める。鑑定できないアイテムがいくつもあった。
「やっほ-お兄さん。タリア鍛冶店にようこそ。何かいりよう?生産職の人かな?」
露店の主はドワーフの女性のようだ。店名から言ってタリアという名前だろうか。いろんなアイテムが並んでいるのでわからなかったが、鉄製の武器をいくつも並べていることから鍛冶師だろう。やはり鍛冶師はドワーフが多いのだろう。
「いや、戦闘職だ。今日は探索に出ないつもりだから全部しまってる。防具はこのままけどな」
露店主の方はすでに防具も初期の布服から変わっている。初期配布の布装備(服)は見た目もかっこよくないし早く変えたいものだ。
「なるほどねー。でも慣れちゃうとむしろ武器を付けてないほうが落ち着かないらしいよ?お兄さんがどうかはわからないけど」
「ああ。武器を背負っている方が確かにしっくり来る」
やはり後で装備しておこう。さすがに人と会話してる最中に装備の変更をするのは失礼だろうから今は自重しておく。
「じゃあ装備しときなよ。そっちのほうがファンタジーっぽくない?私は好きだけどな」
「ここで変更して構わないか?」
「別に服を脱いじゃうわけじゃないんでしょ?なら大丈夫だよ」
ニシシ、と露店主の女性が笑う。よく笑う女性だ。インベントリから弓と矢筒を取り出して装備する。
「へえ、弓を使ってるんだ。しかも初期のやつじゃないね。それなら戦闘職ってわかるよ」
「ああ。そうだな。ところで、売ってるアイテムを見せてもらいたいのといくつかいくらぐらいで売れるか確認してもらいたいアイテムがあるんだが」
「オッケー、じゃあアイテムを出してもらえるかな。売ってるアイテムは手にとって見てくれて大丈夫だよ」
ふむ。盗まれる対策などはしているのだろうか。インベントリの外に出して置いているアイテムは所有者が存在しないから盗もうと思えば盗むことも可能だとは思うが。なんなら《クイックチェンジ》が使えれば手元のアイテムとすり替えることもできるのではないだろうか。その事も後で聞いてみよう。
アイテムを渡す。どう反応するか試すためにソアウィーゼルやダンロンベアの皮や爪を混ぜてみた。
早速しゃがみこんで並べられているアイテムを見る。剣の方はそれを鑑定できるスキルを一切有していないので見ない。気にしても仕方ないしな。
アイテムの方では、薬草の一種らしきもので鑑定ができないものが一つと、何かわからない塊が一つ鑑定できなかった。
この世界では、モンスターから入手できるアイテムは基本的には誰でも情報を確認することができる。一方、地面などあちこちに存在する採取ポイントから入手できるアイテムは、一定のレベルを超えるとそれに対応するスキルや“鑑定眼”という鑑定に特化したスキルがなければ情報を見ることができない。例えば俺には、目の前にある薬草系のアイテムはすべて情報が?で表示されており、読み取ることができない。
薬草系のアイテムと、何かの塊らしきアイテムがなにか尋ねようと思い、手にとって、アルトの窓を操作しながらアイテムを見ている露店主を待つ。
しばらくすると、鑑定が終わったようでタリアが顔を上げる。“鑑定眼”スキルの仕様は詳しくないが、何かしら時間がかかるのだろう。
「ごめんね、またせちゃって。それで、このアイテムなんだけど、正直いくらの値をつけたらいいかわからない。今知り合いの皮革職人に聞いてみたんだけど、見たことがないって。爪の方はちょっと“魔物素材加工”持ちの知り合いに連絡がつかないけど。多分彼女も知らないと思うわ」
なるほど、独自のコミュニティーなどで互いの生産分野を補い合っているのか。
ちなみに“魔物素材加工”スキルというのは、文字通りモンスターのアイテムを加工するためのスキルだ。例えば、ダンロンベアの爪を短剣に加工したい、となったら、鍛冶師や木工職人では扱えないので、このスキルを持った生産職が扱うことになる。モンスターの素材を扱うという点から、“皮工”スキルの上位互換のように思えるが、あちらはより皮や革の扱いに特化しており、作った防具の性能も高くなりやすい。一方武器を作る場合においても、モンスターの素材をそのまま直剣などの大きな武器にするのは、大型のモンスターの出現していない現段階では困難であり、今は鍛冶師の手を借りなければならないため、それほど人気のないスキルのはずだ。俺も取得しようとは思っているが。弓を作るのに欠かせないからな。
「ねえ、えっと、何君だっけ?」
「ムウだ。あなたはタリアでいいのか?」
「そうそう、あってるよ。それでね、ムウくん。このアイテムだけど、昨日掲示板にあげられて問題になっていたやつだよね。なんで君が持ってるの?」
問題、か。掲示板にタクがあげておいてくれるという話だったが、その後どうなっていたかは見ていない。それがいつのまにか問題になっていたということか。
「掲示板を見てないので問題というのがよくわからないが、なにかあったのか?」
あくまで憶測でしかなく詳しいことはわからないので一応尋ねる。
「昨日の夜にね、今まで誰も見つけてないモンスターとアイテムの情報が上がったのよ。進んだ先のエリアで見つかるらしいんだけど。情報源は結構有名なプレイヤーだから信憑性は高いわ。それでね、そのプレイヤーも知人から聞いたって話だったんだけど、そのアイテムが原因で騒動が巻き起こってね」
「あまり何故揉めたのかわからないんだが。何かしらおかしな点があったのか?」
その程度なら誰かが先に進んだというだけに過ぎない。おおかた、性能云々、他の人にも、とかだろうが。
「その知り合いが誰か、とか、新しいアイテムが見つかったならそれを融通する必要はないが情報の公表はすべきじゃないか、とか。さすがにアイテムを皆に配るべきだ、とかいう過激派は少数だったけど」
「なるほど」
やはり案の定の反応か。タクにも迷惑をかけるものだ。なぜ俺たちが見つけたものにとやかく言われなければいけないのか。独占だと言われればそうなのだが。別にこちらは自分たちだけ利益を得ようとしているわけでもあるまいに。
「それで、君なの?…いえ、それは別に聞かない。そのアイテムを流通させてくれない?流通源が君だって言うのは伏せるから。そのプレイヤーの話だと、他の人がそのアイテムが手に入るエリアに到達するにはあと3日はかかるだろうって言ってるのよ。その前にそのアイテムが流通して性能や特性がわかってればとりあえず騒動は収まると思うの。独占とか言っている人たちも結構いるし、今のままだと危ないと思う。どう?」
問題というか新しいアイテムが見つかったことで騒ぎになっているのだろう。それを大騒ぎしたプレイヤーたちが、好き勝手に言いたいことを言っているのだ。
「俺たちだけでそのアイテムを使ってれば他のプレイヤーに問題はないし、独占とか言う考えも出ないんじゃないのか?」
「そうはならないと思うわ。だってもうそういうアイテムがあるというのはみんな知ってるもの。そしたら誰が使ってるかなんて関係ないわ。誰かが自分たちだけしか知らないアイテムを持っているのが嫌なのよ。だから、できたらそのアイテムを売ってくれない?」
資金のためにももともと少しばかり売るつもりであったが、気に食わない。なぜそんなことで他人のことを慮らなければいけないのか。モンスターの素材ぐらい自分たちでたどり着けばいいじゃないか。メンドクサエリアの仕組みなどがあれば共有しようという気も起きるが。めんどくさいことだ。これ以上温存すればタクにも迷惑がかかりかねないし、一応出しておくことにしよう。
「一応資金のために売ろうとは思っている。だが、あまりうるさいようなら俺達から今後情報もアイテムを一切引き出せないと思ってくれ。掲示板にもそう書いておいてくれ」
俺の言葉に、タリアは苦笑いしながら首を振る。
「それはできないわ。それを言ったらむしろ燃えちゃうから。仲間内でも相談したいけど、ムウくん、と、仲間がいるわよね?君たちに新しいアイテムを一定量流通させて貰う代わりに、何かしらの報酬を払うっていうのが一番いいとは思うけどね。私個人でそれをしちゃうと、今度はその関係を疑われたりするから」
そういうのもありではあるのだろう。ようするに生産職に雇われ、新しいアイテムが発見されたら提供する代わりに生産職に優遇してもらうということだ。だが、そもそも俺達は自分でアイテムを使いたいし、自分たちで生産の大部分を行うので生産職と懇意になっていてもそれほど利点はない。せいぜいが、今後このような状況になったときもこうやって対策ができることぐらいだろうか。
「そういうのは考えてない。とりあえず、それぞれいくらで売れるか教えてくれ。ほしいアイテムが買えるだけの金が手に入ればいいから、それに必要な分だけだす」
そう言うと、タリアは困ったような顔をした。
「えーっとね、実は、私じゃあ判断できないんだよ。私は鍛冶師だからさ。よかったら革系統に詳しい人を呼びたいんだけど、10分くらい待ってもらっていいかな」
「わかった」
新たに発見されたアイテムを売るというのは予想以上に厄介なことのようだ。
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