26.北の森-8|蟻の領域-2

「レン!」


「もらった!」


(《クイックショット》)


今度は先程と反対に、シンが蟻を飛び上がらせて、着地地点で待ち伏せしたレンが下から剣を突き立てる。一撃では倒れないが、つなぎ目を貫いた剣をレンがそのまま振り抜いたことで蟻のHPはゼロになり、光になって消える。


一方俺のはなった《クイックショット》は一撃だけがつなぎ目を命中し、もう一発は腹部の甲殻に弾かれる。やはり《クイックショット》を二発とも完全な位置に当てるのは難しい。先程までよりも距離を詰めたことで、今度は蟻は俺の攻撃に気づく。そこまで予定通りだ。


(《鎧通し》)


普通には射るなら腹部のつなぎ目に当てればいい。だが、《鎧通し》は甲殻を貫通するのだからわざわざそこを狙わなくても、蟻にも頭というものがある。予想通り、攻撃が通りさえすれば頭は急所になっているようだ。腹部のつなぎ目ほどではないが、蟻のHPを二割ほど削り、蟻を硬直させる。レンにはその隙で十分だった。


「ライアの方に行くぞ!」


俺たちが蟻四体を倒すのにかかったのはおよそ3分。そのあいだに次の群れは到着している。さらに、俺達が戦っていた側からは次の群れが来ている。まずはライアが相手をしている群れを倒す。そう決めた俺達はライアの戦っている場所に向かう。三対一でも負けることはないと思うが…。そして俺たちが目にしたのは



「遅え遅え!そんな動きじゃ当たらんぜえ!」


三体の蟻相手に暴れまくっているライアだった。


「…めちゃくちゃ楽しそうなんだが、あれを邪魔するのか?」


「え~、なんであんなテンション高いんだよ…。どうすんの?」


「俺たちもHPはまだほぼ満タンだしMPにも余裕あるから、もう少し近づいてくる蟻を倒そうか」


「ああ」


ライアが予想外に楽しそうに暴れまくっていたので、放置しておいて俺たちは反対側からくる蟻を相手することにする。あの様子ならば蟻が多少増えたって問題ないだろう。



俺たちは先程戦っていたあたりに戻ると、迫っていた五匹の群れを相手にする。先程の戦いで蟻と戦うことには慣れていたので、酸を吐き出す蟻が多くても苦にはならなかった。


俺たちが一群倒しきってもライアの方からは戦闘の音が聞こえてきたので、また別の方から接近してきている蟻の方に向かっては倒し、また別の蟻の方に向かっては倒し、を繰り返す。ときどきライアの方を確認してHPに余裕があるかを確認しながら、近づいてくる蟻を始末していく。


「シンとムウはあっちの群れに行っててくれ。この群れは俺が倒す」


そのうちレンもライアのようなことを言って一人で戦い始め、更にシンも離脱して四人がすぐ近くで別々に戦うという状況になった。


控えめに言っても一番困るのは俺じゃないだろうか。他の三人は蟻に囲まれたとしても暴れることはできるが、俺だけは近距離戦闘がまだ殆どできないために囲まれると困ったことになる。“剣”スキルと鉈は装備しているが、まだスキルのレベルは上がっていない。蟻にはほとんどダメージが与えられないだろう。


ただ、蟻はそれほど足が早くないので下がり続ければ距離を詰められることはない上に、木の上に上がってしまえば蟻が登ってくるまでの間は一方的に射ち続けることができる。“登り”スキルがあるために枝のついている木であれば登るのは容易だ。


「これが狩人の動きだな」


ひたすら木の上を移動しながら足元に群れてくる蟻を射下ろす。戦闘ごとに矢は回収していたが、一人で動き始めてからは回収できていない。一匹倒すのに必要な矢は、作ったばかりの強力な矢で三発必要になる。使ってみた感じとして、数値上の攻撃力は一昨日作った貧弱な矢と、昨日作ったしっかりした矢は攻撃力が1しか違わないが、衝撃などの面でかなり差があるように感じた。とすると、今使っている矢が尽きて弱い方の矢を使うと、更に必要な本数が増えるうえに、距離を詰められやすくなる。残りの矢は、強力な矢が15本に、貧弱な矢が60本だ。


更にそこから30分ほど打ち続ける。MPの消費を抑えるために身体覚醒は切ってある。ただ、弓の強化や背筋の強化は攻撃力を維持するのに欠かせない。結果、アーツの使用を極力控えた上で現在の俺のMPは残り二割だ。普段の戦闘ではアーツを発動することを考えると、今の俺の継戦能力はその程度といったところか。


「そろそろ潮時か」


残りのMPは木の上を飛んで回るために使用するため、これ以上の戦闘継続は厳しいだろう。身体覚醒よりは、武具覚醒のほうがMPの消費が激しい。弓を使わなければまだ移動はもつ。


足元に集まっている蟻に向かって、矢筒に収まっている5本の矢を射ち切ってから移動を始める。足元にいる蟻はおよそ6体だが、のんびり動いていると追いかけてくるだろう。


「よっ」


近くにある木へは普通に飛び移り、よほど遠いときだけ《ジャンプ》を使用して移動する。身体覚醒は背筋を止めた代わりに、聴覚の強化を再び発動した。三人の位置を探すためだ。


ライアは2体相手に暴れていた。HPは残り3割ほど。蟻の攻撃力がどれほどのものなのかわかっていないが、おそらくかなり激しく戦ったのだろう。樹上からライアと蟻の間に矢を打ち込み、距離をおいたライアに話しかける。


「そろそろ撤退するぞ」


「あいよ。もうMPが空っぽだわ」


「片付けて残り二人のところへ向かうぞ」


「あいあい」


二人で蟻を倒しきって、俺が耳で捉えた二人のいる場所へと向かう。



レンは、蟻相手にうまく立ち回りながら、居合をあてていた。アーツを持っていないというのに、相当な速度が出ている。すごいものだ。


「レン、そろそろ撤退だ。支援する」


「了解。」


レンが相手していたのは4匹だったが、3人でかかれば多方向から攻撃ができるのですぐに片付いた。ライアは、俺の“ステップ”スキルとはまた違ったスキルを使って、飛びさがった蟻が着地する前に追いつき仕留めていた。“ステップ”スキルは武器を振りながらできるものではないのだ。


戦闘を終えた二人に、木の上から飛び降りて話しかける。


「シンを回収してくる。二人は待っていろ」


「了解」


「一人で大丈夫かよ」


「一人のほうが早い」


心配してくれるライアにそれだけ言い残して木の上に上がる。俺一人なら木の上を飛び回って素早く移動できる。二人がついてきた場合は撤退が遅れて更に蟻を引っ掛けないとも限らない。それに、一人でいいと言ったのにはもう一つ理由がある。もしかするとレンはそれに気づいて何も言わなかったのかもしれない。


さっきまで戦闘の音がしていたあたりを探してシンを見つける。


「シン、撤退だ。二人はもう集まっている」


「あいよ。流石にきつかったんだよね、そろそろ」


「こっちだ」


木の上に上がったままシンを先導する。樹上のほうが周りの状況が把握しやすいのだ。


すぐに二人の待っているあたりにたどり着いた。距離にしてほんの30メートル。それぐらいの距離でちらばって戦うだけで、互いの戦闘は全く目に入らないし、音も殆ど聞こえない。


「薬師の里に戻るぞ」


「了解」


蟻の出現する領域から脱出して、薬師の里へ向かって歩く。俺とレンは戻りながらおよそのマップについて書き込みを行った。雑に書き込んだ分を、レンが後で整理して書き込むようだ。


「一体一体はそれほどでもないけど、数がやばいな」


「うん。蟻同士がリンクしているのかもしれないね」


「リンク型ねえ。あの一体引っかけると次々集まって来るやつな」


やはり話題は、今戦っていた蟻についてだ。あれはなかなか異常であった。主に数が。


「そうそう。それなら、あの数もうなずける」


「いや、単純に周回してる蟻の数が尋常ではなく多い。蟻の中には三人が戦闘している場所に直接むかわずに俺たちそれぞれが戦っていた場所の間を通り抜けていったのもいる」


最初の余裕があった頃は周囲で動いている蟻を索敵しながら戦い続けていた。それに、蟻の中には、頭上にいる俺に気づかないまま通り抜けていこうとした群れもいた。


「へえ。ムウがそう言うならおそらくそうなんだろうけど、あの数で周回っていうのはなかなかにやばくない?」


「俺たちが入った場所が奴らの領域の入り口だと考えると、奥まで進めば大変なことになりそうだな」


「数多くても楽しくないんだよね。ぜんぜん激しくないしあいつら」


「そうだね」


今考えてみてもリンクなしであの数との接敵は異常だ。リンクとは、あるモンスターと戦っていると、同種のモンスターや、近くにいるモンスターが近寄ってきて参戦するシステムのことだ。モンスターによっては音を聞きつけると近づいてくるものもいるし、逆に音で同種を呼び寄せるものもいる。そういったモンスターのことを、リンク型のモンスターという。


リンク型のモンスターであれば、あれだけ集まってきたのも、全て戦闘しているモンスターに呼び寄せられたからだとわかる。だが、その場合はさっき行ったようにすべて戦闘している場所へと集まっていくはずだ。そうなっていない個体もいたということは、リンク型ではない、と考えて良い。そうすると、普段からあの密度、いや、あれ以上の密度でモンスターが存在していることになる。おそらくこの世界でもモンスターは自分の領域から出てくることはないと思うのでそれほど危険はないと思うが、多くのプレイヤーがここに来た場合はトレインといった非マナー的行為が多発しそうだ。


そして、そういった懸念以前に、あの先には何かがある。そう考えることもできる。


「でも、レベルはすごいスピードで上がったよね。あいつら硬いから上がりやすかっただろうけど」


武器系スキルのレベルは、『どの程度の強さの相手に使われたか』『どれぐらいダメージを与えたか』『その相手はその武器によってダメージを受けやすい相手だったか』『どれくらいの頻度で使われたか』などを参考にしてレベルが上っていると考えられている。


少なくともβテストの頃はそうだった。それを考えると今回は『現状のレベルでは進むのが厳しい場所にいる強さの』『非常に硬い』モンスターに対して、『相当なダメージを一撃で与えた』という判定になり、レベルもかなり上昇したのではないだろうか。今は薬師の里に戻るのが最優先であるので確認していないが、後で確認するのが楽しみだ。


まだ午後5:00すぎだが、日が暮れていく。俺たちは先程の蟻の領域を攻略するならどうするか相談しながら薬師の里へと向かった。

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