25.北の森-7|蟻の領域-1

様子が変わったのは、縄張りを中心に円形で回っておよそ90度回ったとき、つまりはじめの位置から見て縄張りの円の真横のあたりに到達したときだった。


「新しいモンスターだ。全長1~1.5メートルの蟻型モンスター。数は4周辺に敵影はなし」


「新しいモンスター、ね。どう見ても硬そうなんだよな、あれ」


「かなり頑丈な装甲を持っているだろうね。その分レベル上げにはなるんじゃない?」


「そうなんだけどよ、こう…」


ライアとレンは、新しいモンスターと戦いたいと話していた以上、新しいモンスターが見つかったのだから文句を言うわけにはいかない。戦って楽しそうではない鈍重そうな相手だが、我慢するしかない。


「まずは警戒態勢で入ろう。ライアが先頭でタウントを使用。俺とシンは少し遅らせて背面から攻撃。ムウはとにかくダメージをだして。戦場の操作は任せる」


「了解」


初見のモンスター相手に、まずは戦い方を探ろうと言うレンの言葉に全員がうなずく。


「行くよ、3,2,1 ゴッ」


レンの合図で三人が突っ込んでいく。索敵能力に関しては現状ではおそらくトップである俺がいるために、俺達は突発的な戦闘や至近距離から始まる戦闘をほとんど経験していないが、他のプレイヤーたちはおそらく、あのような初見のあいてでも至近距離で気づくか先に相手の索敵範囲に入ってしまって先制攻撃を受けるか、という状態に陥るだろう。その点俺達は恵まれていて、普段はめったにしないタイミングの合図までしている。



(《パワーショット》)(《クイックショット》)


連続してアーツを発動して先制する。先制攻撃はとくにヘイトの蓄積量が高く、最初に俺が攻撃してしまうと一気に俺の方に向かってくる可能性もあるが、ライアがいる以上心配はないだろう。通常のタウントに加えて、“大声”スキルも持っている。今俺が懸念すべきなのは、ヘイトをどう動かすか、ではない。三人げ戦闘を整えてしまう前にできるだけ多くのダメージを出しておくことだ。


ライアが飛びかかってくる蟻をバックラーでかち上げ、武器の都合上まだ居合の放てないレンが、腰の横に剣をためることで擬似的に居合を行い、シンが連続していくども斬りつける。

三人とも適当に思い思いの敵に攻撃しているように見えて、最終的に三匹すべてのヘイトがライアに向かうように誘導している。だからこの段階で俺が下手に大きな攻撃を当ててヘイトを稼いでしまっても問題ない。遠慮せずにいかせてもらう。


(《鎧通し》)


レベル15で取得したアーツ。相手の防御力を低くすることで、目の前にいる蟻のように強固なモンスターの装甲を貫き、大きなダメージを与えるアーツ。このタイミングで取得しているのは偶然なのか、それともレベル的にここに到達していることが予想されていたのか。なんにせよ丁度いい。


《鎧通し》を最初に放ち、クールタイムの間は普通に矢を放つ。《鎧通し》は蟻の甲殻を貫通して腹部に突き刺さり、ライアのバックラーによる攻撃やレンの居合よりも高いダメージを与えている。しかし、普通にはなった矢は甲殻に弾かれてしまっている。《鎧通し》は、アーツによって動きが補助されるだけでなく特殊な効果が付与されているので、他のスキルの補助なしには再現できない。


「こいつら硬いぞ!」


「脚の関節か胴体のつなぎ目なら剣が通るよ!」


「なるほどな!」


関節につなぎ目か。確かに、あの甲殻に地道に当てるぐらいなら、多少ペースは落ちるもののそこを狙ったほうがいいだろう。


(《鎧通し》)


再び《鎧通し》を放っておいて、今度はしっかり狙って、こちらから側面が見えている蟻の胴体部の繋ぎ目部分に当てる。


「ギシィッ!?」


蟻が、鳴き声のような音を立てる。一撃でHPが半分近く消えた。


「クリティカルか」


おそらくあの部位がこのモンスターの急所だろう。レンとシンもそこを狙っているはずだが、俺だけクリティカルになるのはなぜか。後で確かめてみないといけない。


「ふん!」


レンとシンが、ダメージの通りそうな部位を狙って斬撃を放っているのに、ライアはバックラーと分厚い剣の側面を鈍器として扱ってボコボコに殴っている。斬撃のダメージの通りは悪いようだが、打撃の通りは良いようで、ライアの攻撃でどんどん蟻のHPが削れている。



「っ!蟻追加で4、更に反対側からも3接近中!エンカウントまで30秒!」


ライアの戦いを見ていてわずかに反応が遅れてしまった。


「まじかよ。次は俺がタゲ取るぞ!」


「オーケイ、後ろから仕掛ける!」


俺が一気にHPを削った蟻も倒れ、ライアが相手している蟻が、最初の四体のうちでは最後になったので、それをライアに押し付けてレンとシンは次の4体へと向かっていく。蟻は地を這っているので4体同時に牽制するのは困難であり、二人で戦っても後ろをとられる可能性がある。だから二人は、普段の間合いよりも少し外側に位置取り、常に4体を正面に捉える形をとっている。


「ムウ、ダメージ頼むぞ!」


「わかってる!」


蟻はそれほど動きが早くはないが、その分重たく、同時に飛びかかってこられると距離を取る以外に対処ができない。幸いこのあたりの木の密度は高くないのである程度なら距離を取れるが、あまり悠長にしていられない。


「シッ」


先程までは《鎧通し》で安定してダメージを与えていたが、すぐに殲滅しないと次が来てしまう今は、《パワーショット》で胴体のつなぎ目を狙う。


「ギッ!?」


今度は7割ぐらいダメージを与えた。凄まじいクリティカルヒットだ。二人も同様につなぎ目を狙って上から剣を振り下ろしているのに俺のようなダメージを与えられていない。なぜだろうか。


単純に弓がきく相手である、とは考えられない。弓の特性のいずれかがプラスに作用していて、それを再現できるなら他の武器でも似たダメージを与えられると考えるのが妥当だ。上からがまずいのか、斬撃がまずいのか。それとも両方か。見た目上は俺の矢があたっている側面と上の面では違いはない。となれば


「レン、シン!つなぎ目を突きで狙え!上がだめなら横からだ!」


「なるほどね。了解」


「わかった!」


レンとシンが斬りつけるのをやめて、上から飛びかかって急所であるつなぎ目に突きを入れようとする。


バタバタッ!


突きが当たる直前で、蟻が急に速いスピードで飛び下がる。


「羽が使えるのか」


「やっかいだね。シン、俺のあとに追撃頼む」


「おう!」


俺の攻撃が特に気づかれずにあたったのは遠距離からの攻撃だったからか。どの程度の距離なら気づかれないのかわかれば他のプレイヤーの攻略も楽になるかもしれない。わざわざ自分で調べるつもりはないが。


「はっ!」


レンが蟻の噛みつきを開始しながら上から剣を突き立てようとする。それに気づいた蟻が2メートル近く飛んで逃げる。


「もらい!」


先程の打ち合わせ通りシンが蟻の逃げた先に待ち構えていて、着地でわずかに硬直した蟻の側面から連続で突きを放つ。その二撃で蟻は力尽きた。


「っと、あぶねっ!」


今度は他の蟻が何かをシンに向けて吐き出す。かなり広範囲に散らばったが、シンとその蟻との間に距離がある程度あったため避けることができたようだ。


「気を付けろ、酸を吐くぞ!」


「わかった、どんどん行くよ!」


「おう!」


二人が連携して動く。俺は二人がターゲットにしている蟻は放置して、シンの動く先に最も近い蟻に狙いを定めて矢を放つ。今度は蟻がこちら側を向いていたので胴体のつなぎ目には当たらなかったが牽制だ。続けて矢を放ち、蟻をその場に釘付けにする。蟻の体に当てても弾かれてしまうので、狙うのは足元だ。足場に矢を突き立てることで移動を阻害する。


だが、この場所からいつまでも牽制というのも良くない。場所を変えよう。


“ステップ”スキルのパッシブ効果で俺の一歩は他の人の一歩よりも長くなっている。“ステップ”スキルにはそのまま《ステップ》というアーツも存在するが、これは走りながら思考で発動するのが困難であるのに加えて着地後に硬直が入るので、移動距離はかなり長いものの今のように立ち位置を変える際には使用していない。


レンとシン、そして残り3体の蟻を中心にして弧を描くように移動する。蟻の側面が突ける位置まで来たら再び矢をつがえ、放つ。


「ナイスムウ!」


放った矢は先程、《パワーショット》を当てた蟻にあたり、更に一匹の蟻が倒れる。現在の彼我の距離は15メートルほどであり俺の射程の内側であるとはいえ、動いている相手に今の所百発百中だ。のっているのが自分でもわかる。


「一体は任せるぞ」


「おう!」


ライアのいる方から更に激しい戦闘の音が聞こえている。目の前のモンスターを倒すのを急がなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る