24.北の森-6|ダイアウルフの縄張り-2
ダイアウルフの痕跡をたどりながら歩くことほんの数分。
「あれだな」
「ああ」
木々に囲まれる形で開けた空間が見えてきた。周りは普通に木が生えている中でここだけ光が差し込んでいる。あちらの世界では狼がどのような場所をねぐらにしているかわからないが、あの空間の広さから見て、巨大な痕跡を残していたダイアウルフの住む場所と考えて間違いないだろう。よく見ると、その空間はただ木が生えていないのではなく、中途からへし折られた切り株がそこかしこに見える。
「今挑むのか?これに?」
「ふざけろ」
俺以外の三人も、その空間の方から漂ってくるプレッシャーには気づいている。
だからこそ、これに戦いを挑むのか、と言葉をこぼしているのだろう。
俺はおそらく“気配”スキルのおかげで彼らよりもプレッシャーの質がわかっている。明らかに格上なのは事実。だが、勝てないとまでは感じない。絶望的な圧力ではない。立ち回りしだいではあるいは、といったところか。
こういうギャンブルは大好きだが、俺はいまソロではないし、負けてしまえばデスペナルティを受ける上に、もう一度街からここまで来なければいけない。だが、同時に挑みたいと思っている俺もいる。今日一日もう少しレベルを上げてから明日挑めば、いい戦いができるだろう。だが、今挑めば崖っぷちの戦いになる。
「引き返すぞ」
「了解」
「はいよ」
三人を促して引き返す。この縄張りに侵入したあたりまで戻ってから今日は縄張り沿いに探索範囲を広げよう。
三人の後を追いながら、軽くその空間を振り返る。ダイアウルフの姿はない。だが、プレッシャーがそこにいると言っている。必ず、明日は倒す。
******
「すげえプレッシャーだぜ。あんなもんがゲームに存在していいのかねまったく」
「ああ、すごい圧だった。今無理に挑んでも勝てなかっただろうね」
縄張りから出て一番近くのセーフティエリアで一息つく。ライアとレンが口々にこぼしていた。
「やっぱり無理そうだったのか?ムウ」
「“気配”スキルのおかげで三人よりは具体的なレベルが分かっていると思う。今挑めば全力で策を弄してなんとか、というレベルだ。正直場所がここじゃなくリスポーン地点がもっと近くにあれば挑んでいた。その程度の差しかない」
「んじゃあ今日一日全力で鍛えれば明日には行けそうってことかな」
「よほどの特殊能力を持っていなければ」
正直あのレベルのプレッシャーであれば、今まで経験したことはないが、心地よいと感じるだろうか。それほど絶望的な差はない。
「それじゃあ探索を続けよう。レベルアップを急ぎたいし、ライアに大声でモンスターを集めてもらおう」
「おう、りょーかりょーかい。こういうときに便利だかんな“大声”は」
“大声”スキルは、戦闘中にモンスターを挑発するタウントの効果の他に、モンスターをひるませて動きを止める効果や、相手の威圧を打ち消す効果、モンスターを呼び集める効果がある。どれも細かく操作可能な効果ではないが、戦闘中に相手の威圧に合わせて打ち消したり、モンスターを集めて一気に戦闘をしようとする際には全力で叫んでおけばいいので、使い勝手は悪くない。
「どこでやるんだ?このあたりでやるよりはもう少し進んだところでやったほうがモンスターのレベル的にも丁度いいと思うんだが」
「そうかな?このあたりのモンスターでも数が揃えば十分に脅威になるよ。俺はここでいいと思う」
「俺はシンに賛成だ。もう少し進んだ先で一気に敵の強さが増すとは限らない。それにここはまだプレイヤーが到達していない。やばくなったときには時間をかけて戦えばいいだろう」
「俺ももう少し先に進むのは賛成だぜ。このあたりだとまだぬるいからな。もう少しでも強いのがいれば楽しい」
三対一だ。
レンは基本的には常識枠。俺よりも彼が判断したほうが安全な場合が多いぐらいには常識的な判断をする。
それに対してシンとライアは完全にエンジョイ勢。効率や安全性など度外視して楽しそうな方を選ぶ。この場合は大量の強力な敵を相手にすれば楽しいという発想に至っているために効率的に見れば良い考えになっている。
そして、俺もどちらかといえばライアとシン近い。というより、俺の場合は純粋な安全に対する考えがまったくないと言っていい。もし負けた場合はどんな影響があるか、負けてもいいものか。危険を犯す価値があるか。そういう考えをしているため、可能性の危険がある今も、危険な方に賭けようとしている。
「…わかった。ただし、ここから先の撤退の判断は俺がするよ。いいよね、ムウ」
「当然だ」
俺が最も客観的な判断ができるから俺に選択の決定権があったが、俺がその判断を捨ていた以上次の判断は一番安全な意見を出しているレンがすべきだ。
基本的に俺たちは、決定権を持つ人の決定には逆らわないようにすると決めている。もちろん個人的に行動をするときは別だが、今のように複数人に分かれて探索をして、後で集合する場合にはある程度冷静な判断がなければならない。だから、よほどの理由がない限りは冷静な判断ができそうな人に決定権を託して従うのだ。そう自分たちで決めている。
「了解。それじゃあ縄張りに沿って進んでみようか。一体でも新しいモンスターが出現したらそれと戦ってみて、数集めても大丈夫そうか判断する。それでいいね」
「それが妥当だ」
「じゃあ行こう」
レンが特に反対することなく進むことをきめたので、後ろでライアとシンがガッツポーズをしている。レンとて、悪意があるわけではない。ただ、全員が同じ方向に向かって突っ走ったときの俺たちはかなり危うい。だからこそ、あえて反対意見を提示する側に行ったのだ。俺やレンはそちらの立場に立つことが多い。
「ムウ、地図を作りながら行くからさっきまで通りに教えてくれ」
「了解」
セーフティエリアから出て、縄張りの縁をなぞるように進む。縄張りにはモンスターは近寄りたがらないようで、少し離れて歩く必要があった。
出てくるのは、先程までと変わらずダオックスやダンロンベア、ソアウィーゼルの群ればかり。どれも個体がそれぞれ勝手に攻撃を仕掛けてくるだけで群れとして作戦を仕掛けてくるわけでもないため、数が多く倒すのに要する攻撃が多いとはいえ、特に苦労することなく倒すことができる。
しばらくはそうしたモンスターを倒しながら進んだ。
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