23.北の森-5|ダイアウルフの縄張り-1

しばらく進んだあたりで、先頭を歩いていたレンが声をかける。


「そろそろ休憩にしよう。薬師の里から2キロ移動しているから、ダイアウルフの縄張りはおそらくこのあたりからだよ」


「警戒しておく」


この森では今の所奇襲をかけてくるモンスターは見つけていないので、休憩をするときは身体覚醒を遮断してMPを全快にするように心がけているが、ダイアウルフが縄張りを集回するモンスターであった場合には近づかれる前に事前に気づかなければならないため、身体覚醒を遮断することなく発動したままにしておく。


腰をおろしている状態では、MPの回復が非戦闘時で歩いているときよりも早くなるので、わずかずつではあるがMPは戻っていく。だが、このペースでは休憩の間には回復しきれないだろう。アーツは極力発動を控えていくことにする。


「ほらよ」


「ありがとう」


ライアが放ってくれた包を受け取る。開くとサンドウィッチだった。朝よりは量が多目になっている。


この世界では、空腹については満腹度というシステムで示されるものになっているが、ログアウトができなくなったときから感覚的にも腹がへるようになってきた。初日はまだその状態ではなかったが、昨日は明らかに空腹になっているのがわかった。


「うまい」


「だろ?」


俺がボソリと感想を言うと、ライアがにやりとこちらを見てくる。βテストのころはそこまで食事を気にせず保存食ばかり食べていたのでライアの料理はそこまで食べていないが、何回か食べたときは全部美味しかったことを思い出す。


「なあライア、俺に今度料理教えてくれよ」


「おん?別にいいぜ。街に戻って時間ができたらな」


サンドウィッチを頬張りながらシンがライアに声をかける。シンは今は“料理”スキルを持っていないが、取得するつもりだろうか。


「スキルを取るつもりか?」


気になったので尋ねる。


「おう。もうひとり料理できるやつがいたら2組に別れたときもそれぞれに二人料理人が行けるし、4人組じゃなくて3人組に分かれて探索の組を増やせるだろ?それに自分で料理できるってなんかいいじゃん」


個人的にやってみたいことに加えて、12人が別れる際に料理人がもうひとりいることで分かれるパターンが増すということか。


「料理に興味があるのは俺も同じだからいいと思うが、たとえお前がスキルをとったとしても3人組に分かれることはない」


「いや、俺が取れば料理人は4人になるわけだから、4組に分かれても料理人が足りなくなることはないだろ」


「シン、多分ムウが言ってるのはそういうことじゃないよ」


俺の答えに対してシンが納得していない様子で言い返すが、レンが間に入ってくれた。


「3人組は一番効率の良くない別れ方だって言うことだろ?ムウが言ってるのは。探索の数を増やしたいなら2人組に別れればいいし、危険なエリアを探索するなら4人組が安全だ。4人組ならそこからさらに2つに分かれることもできるしね。3人組に別れたり、はじめから2人組で探索をするっていうことは場合にもよるけどそれほどないと思うよ」


「そういうことだ。だからシンがやりたいならやればいいが、周りのために取得するなら他のスキルを取得したほうがいい」


俺とレンが二人がかりで説明すると、シンは笑いながら答える。


「じゃあ取得する。結局別れ方なんて言うのは建前だしな。一人で探索するときに自分で食べ物作れたら便利だし楽しいだろうし、ってことよ」


「そういうことなら大歓迎だぜ、俺は。ムウもそのうち取得するつもりらしいし、時間があるときに教えてやるよ」


「ムウもかよ」


ライアの暴露にシンがじとーっとこちらを見てくる。シンが“料理”スキルを取得するのを止めるような言い方をしておいて自分は取得しようとしているのだから当然か。


「俺は一人で探索をすることが多いからな。一人で潜った山のてっぺんや洞窟のそこで飯を作って食らう。最高じゃないか」


一応俺が取得しようと考えている理由を説明しておく。俺の場合は単純に自分のために料理をしたいからだ。


「俺もそんなもんだよ。だから料理ができるようになりたいんだって。全くしたことないけど」


「なら俺の一歩リードだ。俺は料理自体はすでにできるからな。あとはこの世界の仕組みになれるだけだ」


「へっ、そのうち追い抜いてやる」


べーっと舌を出すシンに俺を含めた三人が笑う。


おそらく現時点での最前線を探索しているというのに、心地良い穏やかな空気だ。探索をしているときは張り詰めた探索に全神経を集中しているような空気のほうが心地良いが、休憩の間はこういう空気が心地いい。思えば、俺がこんな世界に来たいと願っていたのは、こういう空気のようなものが好きだからだ。本当にこの場で生きているのだと思えるそんな空気が。


「よし、そろそろ再開すんぞ」


ライアが号令をかけて立ち上がったので、他の三人も話すのをやめて立ち上がる。レンは話しながらも整理した地図を再び用意している。


思えば、あの地図は戦闘の間はどこにしまっているのだろうか。大体は俺が先にモンスターを見つけてこちらから襲うことが多いものの。まれに岩の向こうから敵がひょっこり顔を出したり、俺がレンと地図について話いる間に近づかれていたりして突発的に戦闘になることもよくあるのだが、そのたび慌てることなく戦闘に移行している。手慣れているものだ。



あるき始めてほんの数分。俺の“発見”スキルが反応を示す。木の幹の俺達の目線の高さのあたりに、大きな引っかき傷。


「こいつはでけえな。あたりか?」


「確証はないがそう考えて間違いないだろう。もしくはこの先は俺たちにはまだ早い領域か、だ」


「この先は戦闘の際に大きな音をたてないように気をつけよう。ライアは叫ぶの禁止ね」


「う~い」


コクリとシンがうなずく。いよいよダイアウルフの縄張りに入ったようだ。


そこから先に進んでいる間は、一切モンスターとは遭遇しなかった。その代わりに見つかるのは、いくつものダイアウルフの痕跡や排泄物などだ。固形化した排泄物はアイテムとして収集が可能であった。


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ダイアウルフの排泄物 レア度:クエスト


ダイアウルフの縄張りを示す排泄物。薬に使用できる可能性がある

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どうやらダイアウルフの領域で間違いないようだ。今の俺の“弓”スキルのレベルは19、他はほとんど15あたりである。他の三人は俺に比べて戦闘用のスキルがいくつかありそれも武器スキルと同じぐらいまでレベルアップしているだろうが、それでもどうだろうか。


「見つけたらどうする?ムウ」


「そのときに判断する」


こういう場合のゴーサインはこのメンバーなら俺がだすことになっている。理由は2つあって、一つは俺が一番後衛であるためみんなの動きや戦力が把握できている点。そしてもう一つは、俺がこの中では一番冷静に判断ができると考えられているからだ。ただこれはみんなの誤解であって、俺は単一の戦闘レベルのことや一日の探索の行程を考えることなら冷静にできるが、圧倒的に強い敵や見たい景色を目前にしたときにはブレーキが効かなくなることがある。その場合においてはレンのほうが冷静だろう。だが、今回は仲間もいるので特に気をつけることにする。。


「おーけい。それじゃあもう少し探索しますか」


「そうだね。どんな形で現れるかわからないけど慎重に行こう。他のモンスターと遭遇してないことから考えてもここは完全に縄張りの中だろうしね」


「だな」


そこからは全員口をつぐんで歩く。普段は俺とレンに索敵を任せて小さな声で話していたりするライアとシンでさえ今は完全に音を殺して周囲に気を払っている。みんな口には出していないが、周囲の空気が進むごとに重くなっていることに気づいているのだ。この先に、いる。


“気配”スキルがあるためかそれともこの世界では本当に殺気、プレッシャーの類が体感できるのか。


警戒しながら、俺たちは探索を進めた。

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