18.薬師の里-4
集落の中心の広場につくと、多くの人が集まっていた。村長が言っていたとおり、ライアを他の何人かの女性が手伝って料理を作ったようだ。村人が皿から顔をあげてこちらを不思議そうに見るので、ペコリとお辞儀をしておいた。おそらく他の三人は村人ともう話しているのだろう。生産に集中してしまって全くそんなことは思いつきもしなかった。
「ライア、俺ももらえるか?」
鍋の所で主婦らしき女性たちと話しているライアに声をかける。
「おう!待ってろ」
ライアが鍋から木の椀にシチューを装ってくれている間に、女性たちがパンを載せた皿を手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「良いのよ。あんた門の所でずっと木いじってた子だよね。名前はなんていうんだい?」
ニコニコ笑いながら恰幅の良いおばちゃんが尋ねてくる。
「ムウです。はじめまして」
「固い子だねえ。もっと楽にいきゃあいいんだよ!別にとって食おうってわけじゃないんだ」
別のおばさんにバシン、と背中を叩かれた。陽気なおばさんたちだ。
「わかったよ。元気なお姉さんたちだ」
苦笑いしながら敬語をやめて言うと、おばさんたちは楽しそうに笑った。
「わかってんじゃないかい!さあ、冷める前に食べてしまいよ!」
ライアから皿を受け取って、離れた椅子の所へ行く。せっかくなので、他の村人とも話してみたいと思ったのだ。
「隣邪魔していいか?」
「おう、あんちゃんも村の外から来たんかい。まあゆっくりしてけや」
外に運び出したのだろう机で食事をしている男性の集団に声をかけると、ジョッキを手にして陽気に笑っていた初老の男性が答えてくれた。なかなか良いがたいをしている。樵だろうか。
「だからよ、俺は『それはやめといたほうが良い』って言ったんだぜ?なのにあのバカ息子ときたら『俺は薬師の道は歩まない』なんて言い出しやがってよ。商人共が来てた頃はあいつがうまくやってるか聞かせてもらったが今じゃあさっぱりだ」
「レースルよ、お前のその話はもう何回目じゃて。集まって飲むといつも話しとるじゃろう。いいかげん忘れんかい。あいつはわしらとは全く違うものが見えとったんじゃて」
まだ50代ほどだろうか。老人と言うほどの歳ではないように見える男性はレースルと言うらしい。酒を煽りながら愚痴をたれている。酒が入ると何度も同じことを繰り返すのはどこの世界でも同じか。
「あんちゃん、外から来たんだろ?こんな辺鄙なところになにしにきたんだい?」
レースルの話を遮るように、最初に答えてくれた初老の男性が話しかけてくる。他の二人の注意も俺に向いたようだ。俺はシチューを食べる手を止めて答える。
「モンスターの討伐依頼を受けて。おそらくこのあたりを縄張りにしているはずだろうからこのあたりを探索していた。ここを見つけたのは偶然だ。村長が今日は泊めてくれると言うから、ここを拠点に明日以降も探すつもりだ」
「ほお、このあたりのモンスターを討伐してくれるのか。そりゃあありがたい。うちは街のギルドに依頼を出すわけにも行かねえし、モンスターに困っってんだよ。なんなら、依頼されたモンスター以外にも倒してくれても良いんだぜ?」
初老の男性が興味深そうにそう言う。ギルド、か。この世界にも冒険者ギルドが存在するのか。俺たち冒険者も所属する必要があるのだろうか。街に戻ったらさがしてみよう。
「…俺たちの鍛錬も兼ねているから、モンスターもある程度は倒すつもりだ。ここが襲われることもあるのか?」
「ここにモンスターが入って来ることはないがな。外で子どもたちを鍛えたり遊ばせたりするときにあぶねえんだよ。大人連中でもこの辺の強いモンスターとは戦えねえやつが多いんでな」
「そういうあんたは、戦えるのか?」
「おうよ。若い頃は“鋼のバゼル”って名で売ってたからな。今は引退してここで鍛冶屋をやってるが、まだそこそこ戦えるぜ。モンスターをちゃんと倒してくれたら武器をうってやるぜ」
元冒険者か。道理で良い体格をしているわけだ。そこかしこに見える傷跡はその時の名残か。
「ありがたいが、俺は剣は使わないんだ。他の三人なら剣を使えるが、それもあそこで料理番をしているライアが鍛冶の腕を鍛えようとしているからな。そっちに頼むだろう」
「ほお、鍛冶師がいるのかい。じゃあそいつを鍛えてやる。連れてきな」
ライアはまだ全く鍛冶をしていないだろう。NPCに教えてもらえばレベルも上がりやすいだろうし技術も速く上達するだろう。早速声をかけてみよう。
「わかった。今呼んでこよう」
俺がそう言いながら席を立とうとすると、3人の中で一番年をとっているであろう老人が声をかけてくる。
「木工ができるやつを呼んできたらわしが鍛えてやるぞい」
「それは俺だ。一度ライアを呼んでくるから待っていてくれ」
「良かろう。ところで、お主の名はなんじゃ?」
「ムウだ。あなたは?」
「カッセルじゃ。お主は今日はわしの家に泊まっていけ」
気の早い老人である。一度ライアを呼んできてから話を聞こうというのに。
「わかった。呼んでくる」
料理を手伝ってくれた女性たちと談笑しながら食事をしているライアに声をかけて老人たちのところへと連れて行く。レンとシンはそれぞれ違う若者や女性たちの集団に入って話しているようだ。村人全員が広間に集まっているなら、この村には全部で30人程度しか人間がいないのだろう。それでも、外から見た感じと比べれば十分に広い空間ではあるが、村としては大変なこともあるに違いない。実際、まだ青年していなそうな少年少女やもっと小さな子供はそこそこいるが、20代から30代の働き盛りの人間はほとんどいない。先程聞いたように外に出ている人が多いのだろう。
「俺がライアだ。それで、誰が俺に鍛冶を教えてくれるんだ?」
「俺だ」
ライアとバゼルが向かい合う。
「俺は今日作りたいものがある。鍛冶の基礎から教えてくれるとか言うんなら残念ながらお断りさせてもらうが」
ライアがそう言うと、バゼルはガッハッハと笑ってから答える。
「基礎?そんなのが学びたかったら町の鍛冶屋にでも言って丁寧に教えてもらうんだな。俺が教えれんのは、とにかくうってうってうちまくって俺が気づいたことばっかりだ。お前に作りたいものがあるというなら構わん、その中で俺が俺の持っている技術を教えてやる」
「そう言う事なら…」
そう言いながらライアが握手を求めるように手を差し出す。
「是非お願いする。」
「おうよ」
ガシッと二人が握手をする。
「そんじゃあ、俺は準備があるから先に行っとくぜ。おいカルナァ!後でこいつうちにつれてきてやってくれ!みっちり鍛えてやるからよお!」
バゼルがでかい声で呼びかけると、ライアと一緒に料理をしていた女性が返事する。
「あいよお!でっかい声出すんじゃないよ!こどもたちがびびっちまうだろ!」
「じゃあ、そう言うことだ。あとから来い」
「わかった」
飲みかけのジョッキを飲みほすと、バゼルは家がある方向へと戻っていった。
「さて、ムウよ。わしらも行くかいの」
この老人はほんとに気が早い。俺の食事がまだ終わっていないのが見えていないのだろうか。
「少し待ってくれ。すぐに食べてあっちに置いてきた木工セットを回収してくる」
「はよせい」
再び席に座り込んだカッセルが、空を見上げながら何かを追っている。すでに気持ちは木工のほうへと行っているのだろう。速く食べてしまった方が良さそうだ隣を見ると、先程まで唸っていたレースルは机に突っ伏して眠っている。
「ライア、二人には先に寝床に行っていると伝えておいてくれ」
「あいよ」
すぐに鍛冶へ向かうことになっているライアは、料理したあとの片付けをするために去っていった。俺もすぐに食事を終えて門前の篝火の下から布や矢を回収すると、席で待っているカッセルの所へ行く。
「ようやく来たか。はよ行くぞい」
老人でありながら随分と健脚のようだ。ずんずんと進んでいく。
「いつも今日みたいにして食事をしているのか?」
「普段はあんなふうにはせんわい。祭りのときか、お前さんらみたいな客人が来たときだけじゃよ。他のときはそれぞれの家で食べとる」
そんな会話をしながら歩いていると、すぐに付く。
「待っとれ」
カッセロは家の前でそう言って俺を待たせておくと、ランタンに火を入れる。かなり明るい。どうやら純粋な火ではないようだ。
「それは?」
「これは蓄光石のランタンじゃ。街の商人から仕入れた貴重品じゃよ」
それを天井へ吊るすと、カッセルは家の奥へと入っていった。
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