17.薬師の里-3|生産-2

森から集落に戻ってくると、時刻は午後三時過ぎだった。


今から夜までで加工する時間は六時間といったところか。昨日は黒曜石がほとんどなかったから矢を作るのにも時間がかからなかったが、今日はそれなりの数の黒曜石が揃っている。矢を作る時間も考えなければならないだろう。


「まずは試作だな」


木工セットを広げ、使う木材を積み上げる。上質化してもらった際に余ったトネリコを使って、弓を試作する。今回作るのは、単一の部品でできる単弓と呼ばれる種類の弓だ。


より様々な性質を持つ木材やモンスターの素材が集まってくれば複合弓を作ったほうが威力が出るのだが、現状ではそれを作る技術力もない上に、復号弓にした所であまり性能が上がらないだろう。


木材から弓の形を削り出し、ヤスリなどで削って形を整える。中心部は太く、両端に行くにつれて細くする。


作る形状は四種類。まずは、弓のハンドルの部分をリムの部分と明確に区別するように細工を行ったもの。そしてもう一方は、全体がなめらかなロングボウだ。


ハンドルの部分とリムの部分を区別した方は、見た目だけで言えば複合弓のような感じだ。そして、握りの違う二種類の弓それぞれに弦を張らない状態で若干逆反りするものと、直線になるものを作った。逆反りがあることによって、弦を張った段階ですでに弓が引かれた状態になる。これによって、弓の威力が上がるはずだ。逆反りのものと直線のものに分けたのは、俺が逆反りの弓を引けるのか、という問題と、実際にどちらが強いかわからない、という理由からだ。



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トネリコの弓(湾曲試作型握りあり) Atk +9

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トネリコの弓(湾曲試作型握りなし) Atk +8

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トネリコの弓(直線試作型握りあり) Atk +8

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トネリコの弓(直線試作型握りなし) Atk +7

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数値上の攻撃力は湾曲型、つまり逆反りのほうが上。

握りに関しては取り回しの問題なので攻撃力1程度の差は気にしない。


出来上がった弓を森の外で早速射ってみた。

やはり、逆反りの方が手応えは重い。だが、今は弓の太さもそれほど考慮して作っていないし、本製作をするときは少し細くすれば何ら問題なく引くことができるようになるだろう。


直線型の方も射ってみて、やはり逆反りありのほうが調子が良さそうだったので、そちらを製作することにした。

ハンドルは明確に作っておいたほうが持ち心地が良いため作ることにする。儀礼用の弓でもないし、またレベルが上がれば新たな弓を作るので、必要以上の彫り込みなどは行わない。なめらかに作り上げて、ハンドルの部分だけ他とは違う凹凸にして握りやすく調整すれば良い。

ミズメで作るかトネリコで作るかだが、重量的にトネリコの方が好みだ。


村に戻って本制作を行う。


まずは《上質なトネリコ》を大まかに弓の形に削る。削った所で、更にどこまで削るかを浅く線でほり、その後削り出して丁寧に磨く。


ハンドルの部分はリムから一段段差をつけて弓の弧と反対向きに曲がった形状にする。両端、弦を張るところは棒状のまま細くするのではなく、次第に板のように薄くして弦をかける溝を掘る。弦を張る前は、本来描く弧とは反対側に曲がっている。弦を張る前に防腐剤を塗って一時間ほど乾かす。ほんとはもっと乾燥した所で時間をかけてするべきだが、それは自分の拠点を持ててからだろう。


弓を乾かしている間は矢の製作だ。


昨日同様に丸棒を量産する。これで矢の軸は完成だ。


あちらの世界であれば矢軸の太さの種類で矢の飛び方や威力は変わるのだが、こちらではどうかわからない。それを確かめるために、二本だけ、少し中央部を太めに作った。太めといってもなんとなく太いかどうか、程度の差にした。顕著に太いと飛距離に問題が出そうだからだ。


矢軸が出来上がったので、それをおいておいて今度は鏃の作成に移る。


昨日作ったのはウルフの爪を用いた鏃と黒曜石の鏃だ。金属の加工技術があれば他にも、鈍器のような矢や鉄の鏃も作ってみるのだが、俺はまだ炉を持っていないのでそれはまた後日だ。ちなみに、“鍛冶”スキルだけでなく“細工”スキルでも金属の鉱石をインゴットにすることができる。これは、“細工”スキルの領域に金属アクセサリーがあるからだ。


今日も今日とて黒曜石を削るのだが、今日は昨日よりも一回り大きく黒曜石の塊を削っていく。昨日作った鏃は、なるべく細くして射程を伸ばしモンスターに刺さりやすくしたものだ。それにたいして今日作っているのは、あたった際のダメージを大きくするものだ。昨日までなら、小さい鏃のままで十分だった。だが、今日出会ったソアウィーゼルや、ダンロンベア、ダオックスは、鏃の小さな矢ではびくともしなかったのだ。一発の矢では大して敵のHPも削ることはできないが、例えばウルフの顔に矢を放ったときはあたった衝撃で体勢を崩したり勢いがそれていたりした。少しでも大きな衝撃を与えれるように鏃を大きなものにしたのだ。


先端を金属の塊にした鈍器の矢も作ろうと思っているが、それは完全に衝撃を与えるための矢であり、これはダメージを与えるための矢なので全くの別物だ。


ピックで黒曜石を削り落として形を整え、最後にヤスリで丁寧に削って凹凸を減らす。できた鏃は昨日と同様に矢軸の取り付けて糸で固定した。木の先端に穴を開けて鏃を固定するのは、金属製の鏃を作るようになってからだ。


黒曜石を削るだけで一時間半以上かかってしまった。一度に矢筒に入る本数の30本づつしか鏃を作ってないが、すでに時間は午後6:30を回っている。弓もそろそろ防腐剤がかわいて良い頃だろうが、黒曜石の矢だけでも作り上げてしまおう。


昨日は矢羽をつけて完成だったが、今日は矢の表面にも防腐剤を塗っていく。矢は消耗品だが、塗ったほうが見栄えもいいし防腐剤はまた買えばいいので、塗っても構わないだろう。それに、防腐剤を全面に塗ることで矢の表面の凹凸がなくなるようで、矢の精度が上がるのだ。弓を新調したことで矢の射程は大幅に上がっているし、矢の精度も必要だ。


先程つくった、中央部が太くなっている矢も同様に仕上げる。すべて、およそ30本を塗りあげるころには午後7:00を過ぎていた。矢羽は防腐剤がかわいたあとに取り付けるので、矢を布の上に広げておいて乾燥させる。


次は弓の仕上げだ。下の端に弦をかけて、そちらを足で抑える。そして反対側が逆反りになっているので、そこを持って力で曲げる。かなり固いが、体重をかければ十分に曲げられる。曲げた所で弦のもう一端を結びつけきつく縛る。これで弓は完成だ。


作るときに寸法に気をつけたのと、幸いにも木材の性質がそれほど荒ぶらなかったので、弦をつけたときに曲がり方に不具合が出ることはなかったようだ。残っている矢を使って試射をする。今日作った矢は新しい弓に合わせて少し太く長くしているので、残った矢は少しばかり細く感じる。


初心者用の弓は大きさが90センチほど。それに対して今日作った弓は130センチほど。かなり大きな弓になっている。さらにハンドルもリムも初心者用より太いので、重厚感は桁違いだ。


足を肩幅に広げ、矢をつがえて引絞る。まだすこし筋肉が足りないか。思い切り引絞り、35メートル先の木に狙いを定めて放つ。


カコンッ


固い音がして矢が木に突き刺さる。目標よりも少し下にさがった。これは距離に対して矢が軽いからだろう。今日作った重い矢なら十分にこの距離でも当てられるはずだ。飛距離で言えば、まだ全然飛ばすことができる。



矢を回収に行くと。木の枝に深く刺さっていた。木は並のモンスターの肉体よりも頑丈だから、木にこれだけ深くさされば戦闘でもかなり使えるだろう。完成した弓を抱えて集落に戻る。今日はもう集落の外に出ることはないのでロープを上にあげておく。


出来上がった弓に銘をほる。これはこだわりだ。俺の名前をムウ、と。そして武器の名前はβテストの頃から決めていた。初めて自分で作る弓の名は、『始原の弓』にすると。やっとスタートラインだ。


彫ったところに墨をいれて銘を残す。


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始原の弓 Atk +13

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特殊効果も何もないただの弓。俺がこの世界で初めて作った弓。ワクワクするじゃないか。


試作の四張りよりも丁寧に寸法を取り、大きな型で丁寧に作り込んだので、攻撃力が試作の弓よりかなり高くなっている。


完成した弓を壁に立て掛け、更に矢の製作を続ける。


「おいムウ!もう晩飯始まってるぞ!」


次の矢を作り始めた所でシンが呼びに来た。おれは入り口の門の下の篝火の根本で製作を行っていたが、よく気づいたものだ。


「わかった。すぐ行く」


仮に人が通っても踏まれないように矢を壁際に寄せ、布をかけておく。弓は一旦アイテムインベントリにしまっておいた。食事の場でも武器を背負っていても良いかもしれないが、相手はNPC、いや、大地人だ。失礼があってはいけない。


生産活動の片付けがすむと俺は、集落の中心に向かった。

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