12.始まりの街ルクシア-3

朝6:30には起きて、トレーニングをする。昼間の探索に響くと良くないのであまりきついトレーニングはせず、体幹と、腹筋背筋腕立てを一セットずつしてやめる。

俺が15分程度で軽くトレーニングを済ませた所で、ライアが起きてきた。


「おいっす」


「おはよう」


トレーニングをしたので体が少し火照っている。汗をかくことはないが、水を浴びるのは心地良いので水浴びぐらいはしたい。川でもあればしておきたい。宿では難しいだろうな。


「弓はオッケー、矢も万端、と。よし、準備万端だ」


俺は鎧系統のスキルを持っておらず布装備もまだ初期装備しか持っていないので、着ている服は寝るときも起きているときも変わらない。上も下も無地の服。防御力も皆無であり、俺の初期装備の明るめの色は森の中で微妙に目立つから、早く装備を変えたい。俺のパーティーには“裁縫”持ちはいないので、用意できるとしたら5日後に再集合したときだ。


「おいムウ、そろそろ行こうぜ」


まだ7時すぎだが、鎧まできっちり装備したライアがそう言うので、俺も弓と矢筒を背負い、残りの矢を20本単位で紐でゆるくまとめてマジック・バッグに放り込んでおく。矢の補充を効率的に行うためだ。矢筒の方にも手を加えて、すぐに取り外しやすくしている。


本来なら矢筒はベルトで体に固定されているので、金具を少しいじり、矢筒とベルトを着脱可能にしたのだ。戦闘中に矢筒を取り外して、マジック・バッグから取り出した矢を放り込み、戦闘を継続できるようにした。マジック・バッグはアイテムを取り出すのにわずかとはいえ時間がかかるので、戦闘中に矢を取り出すことには向いていないための対策だ。


さらに、昨夜生産キットを取り出したときにわかったのだが、どうやら連続してアイテムを取り出そうとすると、取り出すのに必要な時間が少し増加するようだ。それもあって、矢筒に矢を補充するシステムを作っておいたのだ。


一度装着した矢筒をベルトから取り外す。右手で矢筒を外し、左手で腰のマジック・バックから矢束を引き抜き、地面においた矢筒に突っ込む。もちろん今はすでに矢が入っているのでフリだけだ。


「へえ、それが矢の補充方法か。“早業”はつかわねえの」


俺の動作を見ていたライアが興味深げに言う。


「まだ持っていない。レベルをあげないとスキルレベルが足りないんだ」


階段を降りながらライアと話す。


「なるほどね。ああー、早く盾変えてえぜ」


「やっぱり重いか?」


ライアが背中にかけている盾を見ながら尋ねる。ちなみに、スキルによって初期配布される盾は木の盾のようだ。


「重いのもあるし邪魔だぜほんと。これ左手ふさがってっからな戦うとき。何よりいちいちしまうのがしちめんどくせえ」


「バックラーだったら手に縛ってるのか。正直普通の盾でも戦えるだろ」


「バックラーだったら格闘ねじこめるんだよ。手に持っても腕に装着してもな。普通の盾じゃあ振り回すのがだるいんだって」


βテストのころのライアの戦い方を思い出す。確かに、盾すらも武器のようにして敵を殴ったり攻撃的な戦闘をしていた。


「そう言えば、剣も短めのを使ってなかったか?」


「あーまあな。とりあえず今日狩場で休憩中に作りたいぜ。さすがに宿の中で火いたくのはな」


食堂に行くと、すでにレンとシンは来ていた。他には3人の集団が一つだけだ。


「おはよう」

「おっす」


「おはよう、二人とも」

「おはよう」


「お二人とも、おはようございます!。すぐに朝食をお持ちしますね!」


「おう、ありがとな」


「おはよう」


ラナが気づいて朝食を用意してくれるのを、席について待つ。


「二人とも生産スキルは試してみたか」


食事をしている二人に話しかける。


「俺の方はいつもどおりのことだ。とりあえず薬草を下位互換して種作った。あとはレベル上げ用に木材と石を合成して矢を作ったぐらい。使うか?。」


「いや、俺は自分で作った矢以外は使わない」



せっかくの申し出だが、自分の命を預ける武器は自分の手で使ったものしか認めない。俺の信念だ。自分の持っていないスキルでしか作られないものなら他の人が作ったものを使うが、自分で作れるなら自分で作ったものを使うのだ。


「だろうな。後で店で売っとくわ。あとは、上位互換できるアイテムは数が揃ってない。昨日売ってしまったから。」


シンが話し終えると今度はレンが話し出す。


「俺の方はとりあえずポーションを20個作っといた。そんなに効果は高くないけどね。ただ、今日あたりシンの手を借りれば、数は少ないけどもっと効果の高いポーションは作れる」


「そう言えば“錬金”と“合成”でポーション作れたな。昨日言えば手かしたのに」


「夜遅かったからな」


「現状で言えば多少効果の高いポーションよりも普通のポーションが数合ったほうが良い。レベル上げという観点なら構わないけどな。効果の高いポーションは露店を開いているプレイヤーに売ってゴールドに変えたほうが良い」


ゲーム開始初期では、少しでも効果の高いポーションを、と攻略組、つまり攻略を最優先として行動するプレイヤーたちは考えているだろう。その需要にハマれば、そこそこの価格で売れるはずだ。


「そうだね。素材に余裕がありそうだったらそうするよ」


「俺たちの採取した薬草は全部いったんレンに預けてからポーション化でいいんじゃね。ポーション作ってもらう対価として十分だろ?」


仲間内でもしっかり金銭関係をしよう、ということでもあるし、一番効率が良い手段を取る、という話でもある。薬草を薬草のまま売るよりは、ポーションにした方が確実に稼ぎが良い。ゆくゆくは仲間内だけで拠点を築き、アイテムの供給体勢も整える予定だが、すべてのアイテムを自給することはおそらく不可能であう。アイテムを作る技術がたりないとかいう問題ではなく、製法そのものが秘密のアイテムで、一部の開発者だけが知っているアイテムや、NPC関係のクエストで入手可能な特殊な製法と言ったものも存在するだろう。そもそも攻略が進むとともに作れるアイテムも増えるだろうし、新たな生産物も増えるだろう。それら全てに対応した生産スキルを取得するのは難しいだろう。それを考えるとゴールドは貯めれるだけためておいたほうが良い。


「まーな。俺は異論ねえぜ。もともと売っても大した金になんねえしな。ポーションが高騰するにしろ、レンに預けときゃあ問題ないだろ。ポーション系のノウハウは販売含めてレンに任せとこうや」


「賛成だ。一人ですべての分野に精通することはできないだろうし、ポーション系はレンに任せとけばいい。その代わり、レンはポーションに関しては露店などで情報を仕入れておいてくれ」


そこでラナが朝食を順に運んできてくれたので、礼を言って受け取り食べ始める。朝食は大きめのサンドイッチが2つ。レタスらしき野菜とカツが入っている。ソース、はかかっていないようだ。味付けは塩コショウか。なかなかうまい。


「ムウ、ポーションの件に関しては任せてくれ。現状うちのポーション担当は俺だからね」


「オーケイ。なら、今日の探索の方針について話そう」


食事をしながら、探索先と、どの程度を目安に探索を行うか決める。といっても探索を行う先は、3パーティーに別れた際にある程度は決めてある。


俺たちは、先日俺が行った北側に広がる森方面を探索し、攻略範囲を広げることになっている。あとはどの程度のペースで探索を行うかだが、今日は普通に一度戻ってくることになった。まだキャンプできるような道具が整っていないのと、種族レベルが低い都合上運べるアイテムが少なくなるからだ。


「今日はとりあえずできるだけ奥に進んで、できるだけレベルをあげて戻ってくるってことでいいよね」


「ああ。今日のレベルの上がり具合で明日以降は考える」


「具体的には?」


「キャンプが張れるレベルになって道具が揃ったらキャンプでできるだけ狩りを続ける」


森の奥までの往復で一時間はかかるだろう。その時間がもったいない。


「俺は鍛冶ができたらどっちでも良いぜえ。なんなら戻ってきてから街中の工房にいってもいいし街の外で打ってきてもいい」


ライアは早く鍛冶をしたいといっていた。昨日鍛冶工房の前を通ったときはなかなかに立派な工房だと思った。初級の鍛冶セットには携帯用炉があるため、工房にいく必要がないだろう。ある程度の腕がないとお断りみたいな感じではないだろうか。


「じゃあその方針で早く出発しようぜ」


ひと足早く食事を終えたシンが皿を持って立ち上がる。あとからラナが届けてくれた牛乳もいつの間にか飲み干している。


「わかった」


残りの3人もすぐに食べ終え、皿を厨房の方に持っていく。ガロンとラナに声をかけて出立しようと宿から出たあたりでレンに声をかけられる。


「ムウ、相談があるんだけど」


「なんだ?」


先を歩くシンとライアのあとについていきながら、レンの話を聞く。


「今日からの探索なんだけど、俺は“筆写”を持ってるから、大まかな地図を作ろうと思ってるんだ」


「なるほど。何かしらが存在した場合それの場所がわかっているといいというわけか。わかった」


「ムウには大まかでいいから、どれぐらいの距離動いたかを教えてほしい。ムウはメートル単位で距離把握してるだろ?」


「いいが、お前もできるんじゃないのか?」


俺がそう言うとレンは苦笑いしながら応える。


「普通の近接職は武器の間合いと踏み込みの間合いしかわからないよ。よほどわかってる攻撃職でも、到達して攻撃するまでにどれぐらいかかるかわかるぐらい。それに魔法使いでも5メートルの射程ラインでしか見えてない。ムウぐらいだ、距離を把握できるのは」


そんなものか。俺は弓を使ううちに射程と当たるまでの時間を把握するために距離を目測できるように訓練をしたが、よく考えれば普通は使わない能力だ。魔法使いにしても、魔法は認識した対象に対してかなり誘導してくれるから、細かい距離を図る必要はないのかもしれない。当たるか当たらないかさえわかれば問題がないのだろう。


「わかった。何メートル単位で報告するか。あと、“方向感覚”スキルはまだ持ってないから、正確な方角はわからない」


「50メートル単位で頼む。それと、“方向感覚”は俺が持ってる。探索向けのスキルはムウの専売特許じゃないよ」


俺は別に探索担当と名乗ったつもりはない。だが、スキル構成的にも、戦闘スタイル的にも、俺は偵察を行うトレジャーハンターだ。探索スキルは俺が主に取得する感じが合ったのも事実である。だが、少なくともうちにおいてはそんなことは関係ない。


「全員が単独で探索が行えるのがうちの方針だ。そのためのスキルを持つのは当然だろ」


「そうだね。だから今日は俺に任せてくれ。できればこの5日間で、森がどこまで広がっているか、森の中になにかしら特別な場所が存在しないか確かめて地図に残したい」


“筆写”というスキルを取得した以上すべきことであるだろうし、きっとレンのしたいことでもあるのだろう。


「わかった」


周りを見ると、他のプレイヤーも少しずつではあるが活動を始めているようだ。中には俺達と同じようにフィールドに出て戦闘なり探索なりをしようとしているプレイヤーの集団もちらほら見受けられる。他にも、武器を装備していないことから生産職にみえるプレイヤーも行動を始めようとしていた。さすがはゲーマーたち。今目の前にすることがあればすぐに行動を起こすことができる。状況に適応できないものは常においていかれるのみなのだ。

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