10.始まりの街ルクシア-1
一階に行くと良い匂いがした。他にも何人ものプレイヤーが食事をしに来ているようだ。中にはラナから鍵を受け取っている人がいるから、ここに宿泊しようという人もいるのだろう。宿主、そう言えばまだ名前を聞いてなかったが、彼は奥で忙しそうに鍋を振ってる。
「ラナちゃん、夕食もらえるかい?」
「あ、えっと、ライアさん、ですよね。みなさんも、食べれますよ。こっちです」
ラナに案内されて、席につく。俺たちが座ったのは厨房から一番近い席だ。夕食の料金も宿代に入っているためか、メニューから注文する形ではないようだ。4人で雑談しながら料理が来るのを待つ。
「ほい、持ってきたぞ」
宿主が自ら持ってきてくれた。器用に四人分の皿を同時に持っている。
「うまそ…」
机の上に置かれた皿を見てレンがそう声を上げる。皿の上には、うまそうな生姜焼きが乗っている。
「はい!」
後ろからラナが持ってきてくれたのは、かごに積まれたパンだ。
「パンはひとり2つまでがうちのルールだ。スープはもうしばらく待ってくれ」
「ありがとう、えー、名前を聞いてもいいか?俺はムウだ」
「俺はレン」
「シン」
「ライアだ。よろしく」
俺たちがそれぞれに自己紹介すると、宿主はすぐに名前を教えてくれた。
「俺はガロンだ。よろしく、坊主共。ひとりおっさんも混ざってるが」
ちらりとライアの方を見やる。たしかにそれはおっさんだ。
「おい、俺はおっさんじゃねえぞ。まだ20代だ」
「いや、僕らからしたら十分おっさんだろ」
「だな」
俺もレンとシンに合わせてうなずいておく。するとライアはまじかよ、と落ち込んで見せる。演技だろうが。たぶん。
「まあ冷める前に食っててくれ。すぐにスープも運ばせる」
そう言って厨房に戻っていく。ラナもこちらを向いてニコッと笑ったあとガロンについていく。ほんとにあたたまる笑顔を見せてくれる少女だ。
「さて、そんじゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
ゲームから抜け出せなくなるという異常事態なのに、ちゃんと、いただきます、を言ってしまうのは俺たちが日本人だからだろうか。
「うまいなこれ」
「ああ、けど」
「なんか違う、な」
少しばかりの違和感。それにここがいつもと違う現実であると思い出させれらた。
「こりゃあやっぱ自分で作るしかねえな。旨い料理は」
一人料理スキルを持つライアがそう楽しそうに言う。することが見つかったとでも言いたげだ。
「けどさ、醤油とか味噌とかあるのかな」
「確かに、ファンタジーだとその二つは特に技術が難しいからなかったりするよな」
「ないとなると、大豆の代替手段から探すことになる。気長にやることになりそうだ」
3人で調味料に関して考えを相談していると、ライアが答えてくれる。
「醤油と調味料は技術の方は良いんだが、特に味噌は発酵菌がいるんだよ。醤油の方はそれらしきものはすぐ作れると思うぜ、グレンなら」
「“醸造”か。酒作り用のスキルかと思ったが」
「へえ、面白いな。ほかにもあんのかな。そうやってちょっと変わったことに使えるスキル」
「シンの“錬金”とか“合成”とかはそういうのありそうだけどな」
「“錬金”と“合成”が一番どうなってるのかわかんねえ技術だろ。思いもよらん使い方があるだろうさ」
「そもそもこの世界のスキルは自由度が高いからな。“木工”スキル一つで木を扱うことであれば何だってできるし」
そうして、しばらくはスキルや、このあとの冒険のことについて、四人で話しながら食事をした。ライアは時々そばを通るラナに楽しそうに話しかけていたが。
周りでは入れ替わり立ち代わりプレイヤーが訪れては食事をしていく。誰も彼も暗い顔だ。みな現状を受け入れられず、もしくは受け入れられたとしても大きな衝撃を受けているのだろう。
「ごっそさん」
「「「ごちそうさまでした」」」
適当に言うライアとは違って、俺たち3人は丁寧に食材と料理人に感謝を伝える。その後、多くのプレイヤーは食器をおいたままにして去っていくが、俺たちは誰からともなく、みんなで食器を下げる。
「ラナちゃん、うまかったぜ!ガロンにも言っといてくれよ」
「あ、ライアさん。良かった、お父さん最近誰にも料理出してなかったから、腕が鈍ってないか心配だったんですよ」
そう話すラナの後ろに陰がさす。
「ラナ」
「あ、お父さ…」
振り返ろうとしたラナの頭にげんこつが落ちた。
「いったぁー」
ラナが頭を抑えてしゃがみこむ。
「おいおいガロン、いくら父親のお前とは言え、ラナちゃんに酷えことしやがったら俺が黙ってねえぞ?」
おっさん黙ってろよ。俺がシンとレンに目で合図を出すと、二人がライアを引きずって下がる。
「悪いなムウ。こいつはしばらく客に料理を出してないからって俺の腕が落ちるなんていらねえ心配しやがってな」
「あ、えっと、ムウさん、お願いがあります!」
ガロンの言葉が途切れるタイミングでラナが話しかけてくる。
「ラナ、お前は奥いってろ。悪いな、うちのが騒がしくって。ここんとこ忙しくて疲れてんだよ」
ラナは何かしら俺たちにお願いをしようとしたようだが、ガロンに遮られた。おかしい。
料理人の腕がそうそう落ちるだろうか。ほんの数日でだ。ラナが心配したのは、伝えたかったのは、そういうことではないはずだ。そもそも、客に料理を出していないのに、忙しいなんてことはありえないだろう。
「ガロンさん、なにか困っていることがあるなら俺たちが力になりますよ」
「おう。俺たちで解決できることなら、だけどな」
レンとシンの言葉に、ガロンが悩んだ様子を見せる。何か困っていることがあるのは確かだろう。ここで一歩を踏み出せなくては男ではない。
「ガロン、相談がある。俺たちは実は明日の晩飯分の金がなくてな。できることなら、俺たちがお前の頼みをきく代わりにただにしてはくれないか?」
俺がそう持ちかけると、観念したかのようにガロンがため息をついて話し出す。
「そんな嘘はつかないで良い。こんな仕事をしてるんだ、その日の食い扶持を稼げるやつかそうでないかぐらい簡単に見分けがつく。そこまで言うならわかった。ついてこい」
そう言ってあごをしゃくったガロンは、俺たちを厨房の奥の控室らしきところに連れて行く。
「俺からお前たちに正式に依頼を出したい。内容は、ここに北にある街から荷物を配送してくれていた商人たちの探索、いや、はっきり言おう。商人たちを足止めしている、もしくは殺したモンスターの討伐だ。アイツらは良いやつでな。こんな街に届けに来ても儲けなんてでねえだろうによ。頼む力を貸してくれ」
「依頼であるからには報酬の話をしたい。報酬は夕食何回分だ?」
北であるなら俺たちが探索する方角だ。ちょうどよかった。同時に、北に街があることもわかったが、それについて考えるのはあとだ。今は依頼について交渉しなければならない。依頼を受けるからには、報酬を請求する権利と義務がある。報酬のことを考えず、同情だけで受けることはできない。依頼の対価として金をもらうとき、人は同時に責任も背負っているのだ。
「報酬は晩飯とは別に考えている。信頼できそうなやつが見つかったら依頼したいと思っていたからな」
ちょっと待ってろ、と言い残してガロンは、更に奥の扉を入っていく。
ガロンがいなくなった所で、ずっと黙っていたラナが近づいてきた。
「どした、ラナちゃん」
「ライアさん、商人の皆さんはほんとに優しくて良い人たちで…それなのに、なんで…」
涙をこらえるようにうつむいてしまった。ガロンは遠回しに言おうとしていたが、おそらく商人たちはもうこの世にいないのだろう。いるなら、何らかの手段で連絡をしているはずだ。それがないということはそういうことだ。
うつむいたラナの頭をポンポンとなでながらライアが言う。俺たち3人は何も声をかけることができない。
「わかった。ラナちゃんの頼みはおじさんが引き受けた。おじさんと仲間たちはとても強いんだ。だからラナちゃんはいつもどおりに待ってろ。絶対仇は討ってやるから」
ライアがそう優しく声をかけたものだから、ラナちゃんはライアにしがみついて泣き出してしまった。恐るべきはライナの社交力だ。つい先程合ったばかりだと言うのに、食事の間に幾度も話しかけることで、もう親しみを持たれている。俺には無理な芸当だ。
「わるい、待たせた…」
奥の扉から剣を武器を片手に出てきたガロンは、泣いてるラナを見て困ったように口を閉ざしてしまった。俺は少し離れたところにガロンを引っ張っていって細かい説明を利く。
「これが報酬の武器だ。おれが若い頃に使ってたものでな。中古ではあるが、そこそこの業物だ」
そう言って武器を渡そうとしてくるが、俺は受け取らない。
「報酬の受け取りは依頼達成後だと相場が決まっている。前金はいらない。そのかわり、そのモンスターに関する情報をくれ」
俺の意思がわかったのか、ガロンは上げていた武器をおろした。
「情報と言ってもな。わかることは全くない。ただ、あいつらにはそこそこ腕の立つ護衛がいたはずだ。それを殺ったということは、かなり強力なモンスターに違いない。お前たちなら稼げると言ったが、それでも、護衛の二人を倒すほどのモンスターをすぐ倒せるほどは強くない。一日で依頼を達成しないでいいから、無事に帰ってきてくれ」
ガロンが頭を下げる前に、俺は依頼を受けると宣言する。そのタイミングで、視界の片隅にアルトの窓が浮かび、文章が表示された。
クエスト:商いを阻むモンスターを討伐せよ ??? 0/1
正式なクエストとして認められたようだ。ただ、商いを阻む、ではない。商人の命を奪い、ラナを泣かせた、モンスターだ。
俺とガロンがみんなのところに戻ると、ラナはだいぶ落ち着いていた。
「ラナ、坊主共は明日から冒険に出る。離さないと迷惑になるぞ」
ガロンの優しい言葉で、ラナはライアから離れる。
「おやすみ、ラナちゃん」
「おやすみなさい、ライアさん。みなさんも」
必死に泣くのをこらえているラナをおいて、俺たちは部屋に戻る。
「明日は7:30に食堂集合だ。朝食を食べてから出る」
「あいよ」
「了解」
「おやすみ」
アルトの窓には、俺たちの時間感覚を補助するためか、時計がついている。今は午後9:30を回ったところだ。俺はまだ寝ない。明日のために用意しなければならないものがある。部屋に戻ったら準備をしよう。
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