9.日常の始まり

解散したところで、仲間の三人と話す。


「よし、それじゃあ行くか」


「まずは今日泊まるところだな」


「俺あ気持ちよく寝れればどこでも良いぜえ」


随分と好き勝手なメンツが集まってしまった。


まだ高校生ぐらいの容姿をしたレンとシンは、現実で双子の兄弟らしい。レンが大太刀、シンが双刀を扱う。


そしてだめなおっさんのようなセリフを吐いているのがライアだ。俺のパーティーは料理も鍛冶も彼に頼っている。見た目も多少は若く見えるがおっさんだ。彼は片手剣とバックラーを使う。


ただ、三人ともまだスキルのレベルが上がっていないため、刀やバックラーを扱っていない。刀やバックラーは作れば“剣”スキルや“盾”スキルでも扱えるが、特化した補正はかからない。“剣”スキルよりも“片手剣”スキルのほうが片手剣を使うときに与える攻撃補正は高いのだ。更にそれによる補正によって、武器を扱う技術も変わってくる。


「とりあえず今日は街中で宿を探そう。レベル上げと探索は明日からだ」


「なあムウ、生産系のアイテムは今日中に買えるだけ買っとかないか。明日売り切れてると困る」


シンの提案に、それもそうだなと言う話になり、四人でそれぞれの生産スキルに対応したNPCショップに行き、初級セットを買った。


戦闘系スキルのレベル上げをしなければならないので今すぐ本格的に使うことはできなかもしれないが、少なくとも矢を作るぐらいの時間はあるはずだ。


また、俺はマジック・バッグを持っているが3人は持っていなかったので、今日狩ったらしきモンスターのアイテムを売って購入していた。今日狩ったモンスターの素材は生産の練習に使うだろうし俺は売らなかった。


マジック・バッグは、ただアイテムの所持量を増やせるだけでなく、取り出したいアイテムを想像しながら手を突っ込めばそれを掴むことができるというものだ。だから、基本的にだれでも戦闘をする以上使うものだ。


マジック・バッグにはいろんな種類があり、大きな口のある布袋から、普通のリュック型、ウエストポーチ型など、様々な種類がある。それぞれに入るアイテムの重量には違いがあり、また口の大きさなどから入らないアイテムもあったりする。例えば建物を作ろうとしたとして、石材やあまりにも大きな丸太は運べないのだ。また、アイテムを取り出すのに一秒ぐらいの時間差がある。ポーションなどの戦闘中に使用するアイテムを取り出すのには最適だ。


マップで探した宿につくと、小さいがさっぱりとした宿だった。まだ宿泊客らしき人間はいない。他のプレイヤーは、まだ楽観視してログアウトが可能になるのを待っているか、そろそろ事態を認識し始めて騒ぎ始めているかのどちらかのようだ。


宿の入り口は小さなアーチのようになっていて、扉はついていない。入り口をくぐると、食堂らしき机が並んでいる場所の奥にカウンターがあり、宿主らしき男が椅子に座って本を読んでいる。宿に入っていった俺たちに気づくと、宿主は本を閉じて立ち上がる。


「いらっしゃい。宿泊かい?」


「とりあえず一晩頼む。それと今から飯を頼めるか?明日の朝も頼む」


「今からだと簡単なものしかできないが良いか?」


もう夜にかかるころだ。この時間帯に用意を始めてくれといっても、急にはできないだろう。


「構わない。よろしく頼む」


「あいよ、じゃあ一人150ゴールドだ。うちは二人部屋しかない。だから2部屋だ」


それぞれに150ゴールド出して、宿主に支払う。初期に持っていた金が1000ゴールドなので、かなり高額だろう。稼ぎに出ようとしないプレイヤーは、金が枯渇して路頭に迷いそうだ。


「おう。ラナ!お客さんを案内してくれ!」


「はーい!」

店の奥から可愛らしい声が聞こえて、一人の女の子が出てくる。年は15あるかないかぐらいだろう。


「うちの看板娘のラナだ。ほい」


宿主がラナに鍵を二つ放る。ラナは手慣れた様子でそれをキャッチすると、俺達の方を見てペコリとおじぎをした。


「ラナです!お部屋に案内します!」


明るい少女だ。心があたたまる。


「よろしく頼むぜ、じょうちゃん」


案内してくれるラナにライアがすぐついていく。俺は後ろで生産談義に華を咲かせているシンとレンを引きずってついていった。案内されたのは二階の一番奥とその手前の部屋だ。


「部屋割は俺とシン、ライアとムウでいいよな」


シンとレンは基本的にいっしょにいるので否やはない。


「料理はあと30分ぐらいで準備できるので、それ以降に下の食堂に来てくれたら食べれます」


「りょーかい。お父さん手伝うなんてラナちゃん良い子だな」


ライアが唐突に褒めたので、ラナが、えへへ、と嬉しそうに笑う。このおっさんはほんとにおっさんだな。


「じゃあまた後でな、ラナちゃん」


ラナから鍵を受け取って部屋に入る。


「鍵ここおいとくぞ。最後に出るときは持ってけよ」


「おうよ」


ライアはマジック・バッグをベッドの足元に放り出すと、早速ベッドにひっくり返っている。ライアは“革鎧”スキルを持っているようで、革鎧を着ているが、それを外さずに寝転んでいる。


「せめて革鎧ははずせよ」


「あいあい」


俺も弓と矢筒を肩からおろして壁に立てかけておいておく。


ちなみに、この世界では、鎧などの着脱方法がわからない装備をアルトの窓を用いて装備したり外すことはできるが、脱いだ際にはいきなりインベントリに収納されるのではなく、手に抱えられるか、重いものなら近くの床の上に置かれるので、それを自分でインベントリにしまう必要がある。剣などの武器を装備する際はメニューは使えず、取り出した剣を自分で装備する必要がある。


寝転がったまま革鎧を外したライアの体が一瞬光に包まれたあと、体の上には革鎧が乗っかっていた。つまり、こういうことが起きうるのだ。


「忘れてたぜ、インベントリにはしまわれないんだっけか」


「自業自得だ」


「うっせ」


ライアのことは放っておいて弓の調整をする。弦は摩耗していないか。弓にひびが入っていたりしないか。


一通り確認を終えたあとで矢を作ろうと思ったが、夕食の時間が近いので食後にすることにして、筋トレをする。鍛えるのは体幹だ。


この世界では攻撃力や敏捷度はステータスに大きく影響されるが、肉体をスキルに頼らず鍛えることでもその能力を少しずつ高めることができるのだ。ただ、βテストの頃に詳しく検証していたプレイヤーたちが言っていたが、どれぐらいの筋トレでどれぐらいの効果が現れるかは全く明らかにならなかったらしい。本当の肉体のように不確定な成長をするということだろう。俺は攻撃力が低いため必然筋力はステータスとして低いので、それを補うために体を鍛えなければならない。ちなみに疲労感もしっかりある。


「…59、60」


夕食の時間ギリギリまで筋トレを続けた。途中でライアもとなりで始めたので、競うようにした。流石に汗はかかないようで、後処理に困ることはなかった。


「おーい、ムウ、ライア、ご飯行こう…何やってんの」


ガチャリと戸が開く音がして、レンが顔を覗かせる。その向こうからはシンが興味をそそられたかのように顔を出した。


「筋トレ」


「見ればわかるけどさ」


呆れたようにレンがため息をつく。


「行くよ」


「あいよ」


ライアを最後にすると鍵を忘れやがる可能性があるので、俺が最後に出て鍵を締めポケットに入れて一階に向かった。

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