8.異変-2

特に意識が途切れた感覚もなく、暗闇の中に立っていることを理解する。


「アルト・オープン」


アルトの窓が開かない。イベントの続きだろうか。


『愚者よ』


唐突に響いた声に振り返ると、弓を背負った男が立っていた。目深にかぶったフードで顔が見えない。身体が動かない。唯一動く口を開いて問を発する。


「誰だ」


『何の術も持たぬ愚かなる者よ』


『頂きを目指せ。深奥を目指せ。すべてを踏破し、高みを目指せ』


『すべてを手にした先に世界への道は開く』


「…どこの世界への?」


『この言葉の意味を理解、いやお前にとっては認めたとき、愚者による愚かならざる道は始まる』


『世界の全てはそこにある』


『このアルデシアの大地にて怠惰な安息を望むのか』


『頂きに挑み世界を望むのか』


『決断はその手のうちにある。無限の命が意思をつなぐ』


『この大地で存分に生きよ。愚者よ、冒険者よ』


「我らの高みに至ってみせよ。1000の頂きを超えた先で、我らは待つ」


エコーがかかったように響いていた声が、突如鮮明になる。


「お前は何者なのか聞いてもいいか?」


「それは至ってからのお楽しみだ」


クックックッと喉をならして笑う音が、視界とともに歪んでいく。次の瞬間、俺は武器屋の前にいた。


「今のはイベントか?」


「それにしては意味深すぎる気がしますが。もう少し明かしても良い気がしますね」


カナとタクがのんびり話している間にアルトの窓を操作する。想像していたとおり、アルトの窓のシステムメニューの欄には、《ログアウト》の項目がなかった。


「あーちょっと良いか二人とも。多分今のはイベントじゃない。いや、イベントではあるがゲームとしての演出ではない。ログアウトができなくなってる」


「まじで?…ほんとだ」


「ほんとですね。でもそういう演出じゃないですか?イベントとしてやりすぎかもしれませんが、私としてはゲームに閉じ込められることを演出するのは、ありのように思えます」


これが、カナやタクみたいなゲーム馬鹿と、俺のようなゲームを一つの現実として捉えるものの差だ。俺は、ゲームとしての演出がどうとかは興味ない。世界にそう告げられたらそう動く。だが、カナたちは違う。こいつらはゲームとしてどうであるかを考えている。これが現実になるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。俺は思っている。普通なら俺がずれているのだろう。ゲームが現実になるなんて、そうなってほしいなんて心の底から願っているのはごく少数だ。


「そう思うならそう思ってもかまわない。俺はこれをリアルと捉えて行動する。だからアドバイスだ。信頼できる仲間を集めろ」


「焦り過ぎじゃないか?ムウ。もう少し成り行きを見守ってみようぜ」


近頃、デスゲームや、ログアウトできないゲームを題材にした物語はありふれている。二人から、いや、一般の人からすれば、ログアウトできない程度のことは、見飽きた状況を演出しようとしているのに過ぎないのかもしれない。


「俺の心臓が騒いでる。本能が言ってる。あいつの言葉を聞いて。最高の世界が来たんだって。多分あいつのセリフからして、デスゲームじゃないんだろう。でもここから出ることはできないはずだ。信用できないならしなくていい」


俺はそう二人に伝えて背中を向ける。と同時に、耳元でベルの音がする。トビアからの念話だ。


『やあ、ムウ、さっきぶり』


「ああ。とりあえず集まりたい。みんな揃っているか?」


『君で最後だよ。みんなワクワクするって言ってる。最高だ』


「北門の内側でいいか?」


『急いでくれよ』


「わかった、すぐ行く」


後ろの二人になんと声をかけようか迷う。何も言わないで去ってしまおうか。いや、なにか言いたげな顔で念話している俺を見ている二人を無視はできない。


「最前線に来いよ。先にいってるぞ」


そう言って走り出す。道すがらはパニックにはなっていないもののざわついている。それだけだ。北門に向かって走る。


北門についた俺を11人の男を待っていた。


「すまん。待たせた」


「おせえよ」


遅れてやってきた俺に対して男の一人が辛辣な言葉を放つ。しばらく睨み合ったあと、互いににやりと笑う。


「久しぶりだ。ムウ」


「ああ、久しぶりだ、フォルク」


ガツン、と思い切り拳をぶつける。その後、後ろにいる他のプレイヤーとも拳をぶつけた。


「さて、又こうして全員集まったわけだが、とりあえず状況確認しとくぞ。トビア」


フォルクは俺たち12人のリーダーだ。リーダーといっても、俺たちはそれぞれ勝手に行きていくが、みんなで何かをするときに先頭に立つのはたいてい彼だ。ただ、いかんせん戦闘以外に関しては適当であるので、大抵は俺やトビアが計画を立てたりまとめたりすることを任される。好き勝手やるリーダーを補佐するというのも楽しいものだ。とはいえ、彼は常識も考えているし、細かい事をめんどくさがってしないだけだ。真面目になる必要が出れば真面目にしてくれる、はずだ。


「りょーかい。とりあえずみんなわかってると思うけど、俺たちはこの世界からおそらく出れなくなっている。ただしリスポーンは可能になっているはずだ。デスゲームにはなっていないということだね。だからまずは、戦力を確認しよう。それぞれに種族と、使える魔法、生産スキルを確認しようか」


「んじゃあ俺からな。種族はロストモア。生産スキルは“裁縫”と“皮工”だ」


「次は俺だね。種族は同じくロストモア。生産スキルは“鍛冶”と“細工”だよ」

軽く円形になっているので、その順に発表が続いていく。

「…種族はロストモア。生産は“料理”と“醸造”、“石工”だ。一つ聞きたいのだが、ロストモアは手を上げてくれ」


一人の聞いたその問いに、全員が手を上げた。案の定である。


「では誰も魔法は使えないということだな」


「みたいだな。じゃあメインの生産スキルごとに配置すんぞ。とりあえず生産スキルだけ言っちまえ」


「…“木工”“硝子工”」


「“木工”と“細工”だ。“絵画”もそのうち取るつもりだ」


「“鍛冶”と“研師”が使える」


「俺は“筆写”と“調薬”」


「俺は“錬金”と“合成”だ」


「わしは“伐採”と“農業”だ」


「俺あ“鍛冶”と“料理”ができるぜ」


「私は“農業”と“裁縫”だ」


「“煉瓦工”“石工”“料理”だ」


これが俺たちの強みだ。それぞれが持っている生産スキルで、大体のものを用意することができる。だから自分たちだけで生活していくことができる。


生産スキルが確認できた所で、互いにフレンド登録を行う。その後4人3組にわかれた。3組にわかれるか6人2組に分かれるかが問題だったが、“鍛冶”スキル持ちと“料理”スキル持ちがそれぞれ3人いたことから3組に分かれることができた。大体みんなの持っている武器は金属製であるため、修理するためには鍛冶師が必要になる。また、βテストの途中から、この世界でも腹が減るように、満腹度システムという、空腹になると体が思うように動かなくなり、HPが次第に減少するというシステムが実装されているので、料理人は必須である。そうでなくても、ログアウトが現状不可能であるのだ。しっかりと食事を取らなければ嘘というものだろう。


「じゃあ、各自で5日間情報収集兼レベル上げな。解散」


フォルクがそう号令をかけて、久しぶりの集会は終わった。

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