3.冒険の始まり-3

いつの間にか閉じていた目を開けると、そこは見慣れない街の一角だった。


「今のは、オープニング、なのか」


断片的に、様々な光景が流れ込んできた。神々であろう認識できない輪郭と、文明を発展させていく人間。最後には大きな戦争につながっていたが、人々の暮らしは、日々生きるのに全力な人間そのものだった。俺も、せめてこの世界でだけは、全力で、自然の中を駆け巡っていきたい。


目の前の、偽物であるはずの光景のあまりのリアルさについ見入っていると、後ろから声をかけられる。


「あの、もしかして兄さんですか?」


かけられた声に遠くをみやっていた視線を下ろすと、目の前でフヨフヨと獣耳が揺れている。


「おお…」


可愛らしいそれからさらに視線を下にずらすと、奏の顔がある。


「何だ奏か」


「何だじゃないです。あまり耳を見ないでください。恥ずかしいです」


見られたくなければ狼牙族にしなければよかっただろうに。獣耳は可愛いじゃないか。急に目の前に来たら見てしまうだろう。


「北門で待ってたんじゃなかったのか?」


話題をそらすと、知ってか知らずか乗ってくれる。


「そのつもりだったんですが、行く途中で兄さんらしき人を見かけましたから。声をかけてきたんです」


エヘン、と胸を張る。いつもはそんなことはあまりしないやつなのだが。テンションが上がっているのだろう。


「わかったわかった。奏は狼牙族にしたのか?」


「このゲームではカナですよ。もう忘れたんですかムウ兄さん?」


あなたは変えてませんけどね、と言いたげな奏、いやカナの言葉に、そうだったけなと思い出す。思い出してみれば、現実の名前をこっちで使わないと宣言していた気がする。それが普通なのだろう。


「そうだったか。悪いあんまり覚えてなくてな」


「兄さんは全くβテストのときは遊んでくれませんでしたからね。何やってたんですかずっと。誘っても誘っても話に乗ってくれないし。タクトさんにも…」


「静かに」


指を唇の前に立ててカナにしずかにするように促す。いまかすかに、呼ぶ声が聞こえた気がしたのだ。狼牙族になったカナよりも、今の俺のほうが聴覚は鋭いのかもしれない。


「カーナーちゃーん!」


大きな声でカナの名を呼びながら走ってくる人がいる。そちらに目を向けると、小さな女の子だった。…髪を短く揃えて鎧を着ているので見た目の判断はつかないが、声の高さからして女の子だろう。そしてその後ろをついてくる男。こちらは見知った顔だ。ある程度したら合う約束はしていたが、まさかこうも簡単に遭遇するとは。面白いものだ。


「マーヤさん!」


カナはおそらく俺よりも目が良くないのだろう、俺に数瞬遅れてその女の子を視認して走り出していく。俺もその後ろの男に用があるので、それについていく。


俺が早歩きで追いつく頃には、カナと、マーヤと呼ばれた少女は手を取り合ってはしゃいでいた。βテストの頃の仲間だとすると、4ヶ月は会っていないことになる。


「カナちゃんだ!うわあ、猫の耳生えてる!」


「ちょ、マーヤさん、私のは狼の耳です。そしてそんなに触らないで」


早速モフられている。俺もさっきは軽くモフりたくなったし、人間誰しもそうであるはずだ。きっと。


「カナ、知り合いか?」


はしゃいでるカナに、いつまでもはしゃいでも話が進まないので声をかける。


「そうです!βテストのときにパーティーを組んでたマーヤさんです。マーヤさん、こちらは私の兄のムウです。」


カナが紹介してくれたので、はじめましてと頭を下げる。のだが、顔を上げると、マーヤにじいっと見つめられている。短い金髪に幼い容姿、ヒューマンだろうか。


「えっと、マーヤさん、どうしたんですか?」


俺の方をじっと見ているマーヤに、カナが声をかけると、はっとしたように応える。


「あっ、となんでもないよ、ごめんなさい!」


ペコリと頭を下げるマーヤの隣では、男が楽しそうに笑っている。


「いやー、ムウが相変わらずそれ背負ってるからじゃないかな。それ使ってる人、βテストの終盤になったらほとんどいなかったよね」


「うるさいトビア。お前の得物が普通なのは今のうちだけだろ。どうせ生産技術が進んだら…」


「おっと、それ以上は秘密、だろ?」


わざとらしくチッチッチッと言うトビアに、少しイライラしながら俺は言葉の続きを飲み込む。


トビアはβテストの頃に一緒に鍛えた仲間だ。他のメンバー同様、彼も俺も、βテストが終われば消えてしまう、手抜きの世界での冒険は望まなかったのだ。


「えっと、兄さん知り合いですか?」


「お兄ちゃん、知り合い?」


二人で話していると、それぞれ妹に聞かれる。トビアにも妹がいたのか。βテストの頃は現実のことなんて全く話さなかったから少しも知らなかった。


「ムウ、勘違いしているかもしれないけど、マーヤは妹じゃなくて従兄妹だからね」


「そうか」


特にどちらでもいい。こっちとあっちは別の世界なのだ。


「マーヤと、それからカナちゃんでいいかな?」


笑いながらトビアが俺と彼の関係を説明し始める。説明するのなんて一言ですむが。


「俺とムウはβテストの頃は一緒に引きこもっててね、互いに切磋琢磨した仲さ」


へー、そうなんだ、とマーヤがうなずく一方、カナは興味深そうに俺の方を見上げてくる。


「兄さん、全く話してくれないと思ったらそんなことしてたんですね」


「ああ。大したことはしていないと言っただろ。それより、フレンド登録をしてしまって戦闘に行こう」


「そう、ですね。話は行きながらでもできますし」


そんなに俺のβテストの頃の話を聞いてみたいのだろうか。


俺がカナと話していると、マーヤが食いついてきた。


「ねえねえ、戦いに行くなら僕らもついていってもいいかな?」


「いいね、冒険はにぎやかな方が楽しいって言うし。僕も行くよ」


「お前、妹さんは丁寧に尋ねてくれてるのにお前は決定事項なんだな」


「ムウは断らないでしょ。俺の話ならともかく可愛い女の子の話なら」


トビアの言葉に、マーヤがえへへと照れた様子を見せる。


「別に断るつもりはないが語弊のある言い方をするな。カナもいいか?」


念の為カナに確認しておく。俺は構わないが、カナは俺とまだ冒険したことがないから嫌がるかもしれない。


「構いませんよ。人がいっぱいいたら楽しいですし。それじゃあ、フレンド登録をしちゃいましょう」


そういうカナと、マーヤからフレンド申請が届き、アルトの窓が眼前に浮かぶ。許可することで正式にフレンドに登録され、遠くにいても音声による連絡が可能になったはずだ。他の、画像の送信や、メッセージの送信は追加されないという話だったはずだから、使えるのは音声通話のみだろう。


さて、残るはトビアだが、


「ムウ」


そう言ってトビアが上げた拳に自分の拳を打ち付ける。これでフレンド登録完了だ。


フレンドの登録の仕方には何種類か合って、一つはマーヤやカナがしていたようにアルトの窓を用いてシステムによって行う方法。そして他には、親愛の情がこもった握手やハグ、今のような拳を打ち付ける動作によって行われる。ここはどのようなシステムになっているのかはわからないが、そこらへんの人や、ちょっと合ったばかりの人と握手をしてもフレンドに追加される子がない。


「じゃあ行こうか」


トビアが声をかけたことで全員動き出す。向かう先は北門だ。周りでも何人ものプレイヤーが動き出している。冒険が始まったのだ。


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