2.冒険の始まり-2

翌日、朝食や掃除などを済ませて、ゲーム機のセッティングにかかる。サービス開始は午前九時。その瞬間からキャラクター作成が可能になる。おそらく、攻略をメインとするプレイヤーたちは、開始と同時にログインして、スタートダッシュを切るつもりだろう。俺も勿論混ざるつもりだ。誰よりも早く、誰も見たことのない景色を見る。道中じっくり様々なことを楽しんで生きていくつもりだが、同時に、全力で生きていくのだ。とはいえ、今日は奏次第なのだが。


「じゃあ奏、集合場所なんだが、どうする?」


今は、一緒に居間でくつろいでいる奏にそう尋ねる。

彼女も、俺、というよりは匠同様攻略の最前線にたとうとする以上、いくら俺と冒険すると言っても、しっかりレベル上げなどは行いたいだろう。俺との集合に手間取ったりすることは避けたいはずだ。


「そう、ですね。私は外観はこのままで行こうと思ってます。そして、おそらく街が開始地点となるでしょうから、いずれかの門にいようと思うんですが、、一応、北側にある門にいることにします。絶対来てくださいよ」


奏はじろりとこちらを見ながら言う。口の端が僅かに上がってるので、楽しんいるのが丸わかりだ。


「わかってるって。今日だけだぞ。俺は俺の道でやりたいことがあるんだから」


「わかってますけど…たまには可愛い妹と遊んでくれたって良いじゃないですか…」


今度はしょげたふりをする。いや、もしかしたら素でしょげてるのかもしれないが。大したこともできない兄なのに、なぜか慕ってくれるのだ。


「わかったわかった。取り敢えず今日はしっかり遊んでやるから、それでいいだろ。その後はまたその後だ」


そう言うと半分むくれた顔で言う。


「えーえーわかりましたよ。兄さんは結局妹よりも自分のワクワクが大事なんでしょ」


あ、これは本当にふてくされてるのかもしれない。でも仕方ないじゃないか。見たことない世界、見たことない景色。それを想像するときの心の疼きと、それを探そうとするときのワクワクは何者にも耐え難いのだ。でも、奏は一つ勘違いしている。


「別にそんなこと言ってないだろ。仲間と冒険するのだって、俺の中ではワクワクの一つだ。奏は攻略がメインになるだろうから俺と合わないことが多いかもしれないし、そんなに一緒に冒険できないだろ」


「兄弟と遊ぶ時間のほうが大事です」


真顔で恥ずかしいことを言ってくれるやつだ。


「わかった。わかったから、今ははじめる準備をしよう」


「そ、そうですね」


もうあと15分しかない。


自分の部屋に入った俺は、ゲーム機を頭にかぶる。これで、視界の端の時計が9時を指した瞬間に、起動の言葉を言えば、ゲームに接続され、俺の意識は向こうの世界に旅立つ。


そして、9時になった。


「“オープン・ザ・ワールド”」


その魔法の言葉によって、視界が暗くなり、すぐに新しい景色が出現する。目の前に現れたのは、部屋。紺色の壁に、ところどころ水色の燐光が見える。


『アルデシアの大地へようこそ。新たな探求者よ。あなたの名前を聞かせてください』


βテストのときはこんな凝った演出はなく、ただキーボードに名前を打ち込んで容姿の設定をした後に、初期獲得スキルを選べばゲームが始まっていたのだが。目の前にキーボードが浮かぶことはない。とすると、この声の主は俺たちを次の世界へと導くものということだろうか。


「ムウだ」


『かしこまりました。ムウ、まずは新たな世界に旅立つあなたの容姿を決めます。アルトの窓を用いて、細かい設定を行ってください』


すると今度は、目の前にウィンドウが開く。アルトの窓とはどうやらこれのようだ。これも、βテストのときの無骨なウィンドウとは違って、細かい装飾のあるものになっている。


俺は容姿をほとんどいじるつもりはない、のだが、見ると一番最初から面白いことになっている。


《種族》

・ヒューマン

・エルフ

・ドワーフ

・狼牙族

・ドラゴニュート

・ハーフアルヴ

・ロストモア

・猫人族

・狐尾族


βテストのときは種族の選択なんてなかった。すべてのプレイヤーが普通の人間の姿をしていたのだ。それぞれの種族をクリックすると説明が表示される。

《ヒューマン》

アルデシアに一番最初に生まれた人族3種のうち光の神に創られた種。あらゆることに適正を示すがそれぞれの分野を得意とする種族には劣る傾向がある。魔法適性は幻と光、魔法陣術を得意とする。


《エルフ》

アルデシアに一番最初に生まれた人族3種のうち風の神と水の神に創られた種。自然と関わることに適正を示し、俊敏性に優れる。一方、力は弱い。魔法適性は水と風、妖精魔法に優れる。


《ドワーフ》

アルデシアに一番最初に生まれた人族3種のうち火の神と土の神に創られた種。力に優れるが、俊敏性に劣る。火の神の恩恵と類まれな力により鍛冶に秀でる。魔法適性は火と土に秀でている。


《狼牙族》

太古の大戦において、神々の尖兵として生み出された5種のうち1種。狼とヒューマンを起源とする。身体能力に優れる反面、多種族より魔法の行使において劣っているが魔力の扱いに秀でる。魔法適性は闇と風に秀でる。


《ドラゴニュート》

太古の大戦において神々の尖兵として生み出された5種のうち1種。竜とヒューマンを起源とする。身体能力に優れるが、魔法に関する能力は低い。竜に準ずる特殊能力を用いる。魔法適性は火と闇を得意とする。


《ハーフアルヴ》

ヒューマンとエルフの間に生まれたもののうち、どちらにも属さないもの。ヒューマンとエルフ双方の力を持ち、身体能力に劣る分魔法全体に秀でている。魔法適性は全属性に適正を示す。


《ロストモア》

神々の尖兵として創られたもののうち、起源を持たない1種。魔法の行使に対する適正はない。一方、様々な武器の扱いに優れた戦士となり、魔力の扱いにも秀でる。魔法の代わりに独自の特殊能力を備え、ときに武器の隠された力を引き出す。


《猫人族》

太古の大戦において神々の尖兵として創られた5種のうち猫とヒューマンを起源とする1種。全種族中最も感覚が鋭い。力より俊敏性に高い適性を持つ。魔法適性は水と光、土を得意とする。


《狐尾族》

太古の大戦において神々の尖兵として創られた5種のうち狐とヒューマンを起源とする1種。探索能力に優れるが力はあまり強くない。魔法適性は幻と風を得意とするが、特に幻属性には強い適性を持つ。





あまり細かい説明ではないが、それぞれのプレースタイルや好みに合わせて種族の選択をするのだろう。俺はまず選択肢からエルフ、ドワーフ、ドラゴニュートを外した。前者はありきたりな上にそこまで好きではなく、後者2つは前衛に出るつもりのない俺には向かないからだ。次に猫人族と狐尾族も外そう。獣耳は俺にはファンシーすぎる気がする。選択して見ると、アルトの窓に表示される俺の頭の上に耳が付き、尻尾が生えたのだ。狐尾族は能力的には俺の目標に合致しているように思えるが今回はやめておく。おそらく他種族に劣っている、またはより優れているという説明も、そこまで大きなものとはなっていないだろう。ならば、他の種族でも、感覚の鋭さは十分にまかなえるはずだ。ハーフアルヴは論外。魔法にはそんなに興味がない。残ったのは狼牙族とロストモアであるが、、、ここはロストモアにしよう。単純な好みだ。魔法を扱えないということは、単純な武器を極めるには向いているだろう。


種族をロストモアに決定し、髪を短めにする。ロストモアは種族特徴として、体に入れ墨のような文様が走るようだ。目立つところにはあまり走らないので、そこまで気にならないだろう。決定を選択すると、


『ロストモアの特殊能力・身体覚醒により、強化する部位を指定することができます』

『ロストモアは特殊能力・武器覚醒により、武器に熟練するに連れ他種族では扱えない特殊な技術を武器を用いて発動することができるようになります』


と声に言われた。これが、説明文に書かれていた特殊な力だろうか。


「強化する部位というのは、具体的にはどうなるんだ?」


試しに質問を返してみると、ちゃんと返事があった。


『強化された部位にはロストモア固有の魔紋が集中し、他種族よりその部位の能力が向上します。腕や足ならばその部位の筋力及び耐久力が、感覚器官ならば感覚が鋭敏になります』


割と丁寧な説明だ。部分的に身体能力を高める種族特性。魔法が使えないゆえの特性だろう。それにしても、一つの部位しか強化できないのか。


「一つとは、どれぐらいだ?腕といえば肩から先全てになるのか?」


『詳しいことはアルトの窓で参照することができます。強化したい部位に触れてください』


言われたとおりに窓の腕の部分に触れる。すると、腕の部分が拡大され、いくつかの部分に分けられる。肩、肩の上から背中にかけて、肩から肘まで、肘から手首まで、そして手首から先。


「こんなに細かいのか…」


これでは腕を一箇所強化しても意味がない気がする。それに、握力を強化するには、手首から先と肘から手首、どっちを強化すればいいのだろうか。すると、俺の考えていることに気づいたのか、補足がある。


『なお、あなたが力をつけるにつれて、新たに魔紋を刻む部位を選択することができます』


レベルのことだろうか。それならばゆくゆくは腕全体を強化することもできるのか。それにしても、左右の腕に両足、背中や胸、頭部の感覚器官。それらすべてのことを考えると、凄まじい数になる。これは、全てに魔紋を刻むことを目指すというよりは、それぞれに個性が現れるようになっているのだろう。


「ここがいいだろう」


結局、選んだのは感覚器官になった。腕力などはいずれつくだろうし、スキルによっては補うことができたが、この感覚を強化するスキルはなかったはずだ。俺の目指す戦闘スタイルには、感覚の鋭さも必要だから、猫人族にしなかった分を補うことができたことは嬉しいことだ。


『容姿を決定しました。続いて、初期に装備するスキルを10個選んでください。冒険の中、新たなスキルを得ることもありますが、これらのスキルが、あなたの旅の始まりを支えるものとなります』


アルトの窓が更新されてスキル一覧が表示される。武器や格闘系と言った戦闘用スキル、魔法適性や魔力の強化と言った魔法系スキル、釣りや乗馬と言った日常に関わるであろうスキル、そして木工や鍛冶といった生産に関わるスキルがある。これはβテストのときから変わっていないようだ。しかし、これも後々は新しいものが出てきそうな予感がある。βテストのときも思ったが、存在するスキルがあまりに基本的なものすぎる。特殊なスキルが全く存在しないのだ。


メインとして使う武器スキルに、それに必要な感覚を強化するスキル、その他に必要となるスキルを取り余った枠には好みでスキルを入れて、決定を選択する。


『選択した武器スキルのうち一つを、ロストモアの武具覚醒によって強化することができます』


武器強化?これもロストモアの特殊能力のひとつなのだろう。今度はすぐに尋ねることはせず、アルトの窓を操作してみる。すると、選択した武器の強化方法がいくつか現れる。これは、今後武器を今持っている弓から別の弓に変更しても適応されるようだ。とりあえず、どれを選んでも良さそうな感じはしたので、一番わかり易いのを選んでおいた。


『以上で、旅立つ用意は整いました。私が導くのはここまでです。心の準備ができましたら、そちらの扉をくぐってください。あなたの道に、輝きがあらんことを』


そう声が聞こえると、目の前に光る扉が出現する。俺は、迷いなく扉をくぐった。視界が光りに包まれる。



******



『世界は無から始まった』

『無だけの世界に、外の世界から何かが訪れ、そして死んだ』


巨大な輪郭を持つ何かが、なにもない空間に倒れ込む。


『強大な力を持つそれの体から、始原の神が生まれた』

『神は、それの体からさらなる神々を生んだ』


先程の存在より確かな輪郭を持った存在がいくつも立ち上がる。それぞれに、鎧や法衣など様々なものをまとっている。


『神々は、力を合わせて、アシデルアという世界を生み出した。神々はそこに、それぞれ、自然、動物、光。あらゆるものを生み出して、世界を作った』


なにもない空間に大地が現れ、自然が生まれ、木々が育つ。遥か彼方の空には星がまたたき、日が沈み、月が昇る。


『そして神々は、人族を生み出した。人族は他の獣たちの持たない知恵を武器に、文明を築き、発展した』


何も持たずに生まれた人類が、木々を使い、石を使い、日を使って道具を作る。そうして、文明が生まれた。人の数は増え、いくつもの国が生まれる。


『多くを得た人族は、やがて国家に分かれ、神を信仰し、異なる者たちを敵視するようになった』


広がる国々でついに争いが始まる。木の棒から始まった武器が、やがて剣に、弓に、魔法になる。そして、魔法の力を持った武器が生まれた。


『魔法の強大な力を意のままに操るようになった人族は、それぞれに神の支えを受けて、より争いは大規模なものとなった』


多くの血が流れ、人々が死に、国家が滅ぶ。けれど、戦いは止まらない。


『神々はやがてすべてを生み出したその力を、神々同士の争いに使うようになった』


人の扱う魔法以上の威力を誇る神々の攻撃に、人の城は消し飛び、街は崩壊する。


『ほとんどの人族が死に絶えたあとも神々の争いは終わらない。やがて神々は、人族の作った魔法に手を出した』


『力と力のぶつかり合いだった戦いが、制御された破壊と破壊のぶつかり合いとなった。』


破壊の規模が一層まし、町や村が消えていた攻撃で、山や、大地そのものが消滅する。


やがて、すべての神が倒れたあとには、無の世界が残っていた。


『無の世界に、大戦の中隠れ潜んでいた弱い神々が再び大地を生み出した。世界は再び創られ、様々な種族が生まれた。そして神々は眠りにつき、人の世が始まった』


視界が、再び光に包まれる。


******



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