第15話 復讐の狼煙





 田所クリーニング店は築30年は経っているであろう、よくある昔ながらの店舗権住居の2階建てだ。



 うれしそうに出迎えてくれた田所とともに美弥は2階に上がった。いつも店に出ている時よりも、田所の服装に気合が入っているように見えるのは気のせいではないだろう。



 居間には壁一面を占める大きな本棚があった。

「すごいですね」と美弥が言うと、

田所は照れくさそうに、「女房も死んじまったし、本読むぐらいしか趣味がなくて……」と頭をかき、「コーヒー淹れますね」と言って台所に消えた。



 田所が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、好きな作家や本について話した。人との会話が苦手な美弥も、本についてなら話せる。田所はミステリーや歴史が好きなようだ。

 世の人々がすべて本好きであったら、私も人と話すことが苦手でなくなるかもしれない――美弥はちらりと、そう思った。




「本、見せてもらっていいですか」

「どうぞどうぞ、ゆっくりと見てください」




 立ち上がって、本棚の前に立つ。




 美弥は本を眺めながらも、背後から田所の視線がねばりつくのを感じていた。

 セックスには感じないクセに、そういうことには人一倍敏感だ。それはきっといつも男の欲情にアンテナを張り、おびえた少女時代を送ってきたことからだろう。


 

 横に田所が並んだ、その目がときおり美弥の胸に走る。

 


 美弥は男の目を引かない女だが、胸だけは多少あった。


 時折思ってきた――。女というのは、魅力がなくとも少々顔がまずくとも、胸さえ多少あれば男の性の対象になり得るのではないか……と。

 男の欲情の対象になるというのは、誰かには自分の魅力を確認するものとなり、誰かには不快極まりないものに……、また、どんな男に欲情を抱かれるかで如何様にでも変わってしまう。



 自分のセックスに対する考え方は、途方もなく歪んだものだ、と美弥はわかっていた―――。


 


 知らぬ間に田所の腕が美弥の腕に密着している。

 美弥はそれを知らぬふりで受け止めている。

  



 田所が密着していた体をふいに離し、美弥の後ろにまわった。

 おそるおそるといった感じで後ろから美弥の両腕を抱いた。

 美弥の反応をうかがいたいのだろう。拒絶すれば照れ笑いを浮かべながら、そっと離れる。


 でももし―――。



 田所が美弥の腕を上下にかすかに揺すりはじめた。


 もっと触れたいところがあるというのが、ひしひしと伝わってくる。田所の欲情が急速に激烈に高まってきているのがわかる――。

 そのタイミングで美弥は無言のまま片方の手を、田所の手に重ねた……。



 田所が、びくっとなった。



 そして、数秒の沈黙の後、田所は「あっあ……」と微かにうめきながら、美弥を抱きしめ、胸に手を這わした。



 美弥は抗わず、わざと吐息を漏らした。



 それに勇気付けられたかのように、田所は美弥に体重をかけ、共々に床になだれこんだ―――。




 美弥の体を夢中でまさぐる田所の下で、恥じらいながらも感じてしまう女のふりをしながら美弥は思った―――。



 これは始まりだ―――。







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