第40話 欲求不満による巫子の能力低下により事件が起きました
「ぶはあああっ!?」
事件が起きたのは、僕がお昼ご飯である親子丼の一口目を食べた時だった。
「きゃっ!? 文人さんどうしたんですか!?」
「けほっ、けほっ、な、何だこれ辛いっ!? み、水っ!」
「は、はい!」
むせながら苦しむ僕を見て台所にいた巫子が何事かと驚き、慌ててコップに水をくんで僕に渡す。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
「ふう……あービックリした」
「文人さん大丈夫ですか? いったい何が……んんっ!?」
僕が落ち着いたのを見て、巫子は首を傾げながら自分が作った親子丼を食べると、吐き出しそうになったのか両手で口を押さえ、綺麗な顔を歪めながら必死に飲み込んだ。
「文人さんごめんなさい! 味付けに使う砂糖を塩と間違えました!」
「ええっ!? マジで!?」
巫子は僕の前に正座して深々と頭を下げて謝る。
料理上手の巫子がそんな漫画みたいなミスをするなんて……。
欲求不満による巫子の能力低下は、仕事だけでなく日常生活にまで影響が出る程になっていた。
「……ああっ!?」
僕が唖然としていると、巫子が何かに気づいたように声を上げる。
「ということは、今作ってる私と真白さんの分も間違えてるううううっ!?」
「うそお……」
そしてさらなる事実が発覚して僕は愕然とした。
「文人さん、本当にごめんなさい! これは捨ててすぐに新しいものを作ります!」
「いや、食べるよ」
「文人さん!? ダ、ダメです! こんな美味しくない失敗作、文人さんにはとても食べさせられません!」
「でも失敗作とはいえ巫子が一生懸命作ってくれたんだよ? 美味しくないからって食べずに捨てるなんて僕にはできないよ」
「文人さん……」
「文人、よく言ったわ!」
僕が動揺しながら親子丼を下げようとする巫子を止めると、今まで黙って様子を見ていた真白が話に入ってきた。
「いい巫子? 確かに料理において味は重要だけど、胃の中に入ればみんな同じ! たとえ味付けに失敗しても、完食したら料理として失敗したことにはならないのよ!」
真白が熱弁しながら「さっきの言葉に二言はないわね?」と尋ねるような目で僕を見る。
「そして巫子のことを心から愛している文人なら、3人分くらい余裕で完食できるわ!」
「ごめん。勝手に僕が食べる量を増やさないでくれる? というか自分が食べたくないから僕に押し付けようとしてるだけだよね?」
勢いで押し切ろうとする真白に、僕は冷静にツッコミを入れた。
しかも真白は普通の人よりもたくさん食べるから、数としては3人分だけど量としては5人前くらいあるんだよ。
「あ、バレた? だって巫子が新しいのを作るって言ってるし、どうせ食べるなら美味しいものを食べたいじゃない?」
「いやまあそうだけどさ……」
これはこれ、それはそれと完全に他人事の真白に僕は呆れる。
「で、どうするの? 食べるの?」
「……食べるよ。量的に全部は無理かもしれないけどね」
結局僕は真白のペースに乗せられ全部食べることになった。
「うう……」
親子丼を前に、僕は憂鬱な気持ちになりながら唸る。
格好つけて巫子のために食べるとは言ったものの、美味しくない上に体に悪いことが分かっているものを食べるという、自ら辛い目に遭いに行く勇気がなかなか出なかった。
「ふ、文人さん、別に無理して食べなくても……」
「む、無理なんかしてないよ! 行くぞ! うおおおおっ!!」
不安そうに見守る巫子を心配させまいと、僕は気迫を前面に出しながら丼を持ち、箸で勢い良く親子丼を掻き込んでいく。
さっき真白が言ったように、美味しかろうが不味かろうが胃の中に入ってしまえば全て同じ。
味を感じる前に飲み込めば、味に苦しむことなく完食できるはずだ!
「ぐふっ!?」
しかしそう上手くはいかず舌が味を認識した瞬間、醤油を一気飲みしたような衝撃が僕の体を襲い、拒絶するように体がビクンと跳ねて親子丼を食べる手が止まる。
「が、はあ……」
「ふ、文人さん!? やっぱり止めた方が……」
「だ、大丈夫だよ巫子、止めないでくれ……」
悶絶する僕を見て巫子が止めようとするが、僕は巫子を制して再び親子丼と向き合う。
いいか金野文人。僕は巫子の彼氏だ。
彼女の失敗をフォローするのは彼氏として当然の務め。
きっとこれは神様が僕に与えた、巫子への愛を確かめるための試練なんだ。
僕が食べずに、他に誰が食べるって言うんだ!
「見てて巫子、これが僕の気持ちだああああっ!!」
バクバクバクバクバクッ!
「うぎゃあああああっ!?」
バターン!
「ふ、文人さん!? 文人さあああああん!?」
僕が再び親子丼を掻き込むと、視界が暗転してその場に倒れ巫子が悲鳴を上げる。
その後僕は不屈の精神で何とか親子丼を完食したが、満腹と胃もたれによりダウンしてしばらくの間仕事ができなくなったのだった。
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