第39話 仕事中に巫子からの熱い視線を感じました
「うーん……」
朝食後、真白の部屋に出勤した僕はパソコンの画面とにらめっこする。
「とりあえず形にはなったけど、何か足りない気がするなあ……」
今日は金曜日、真白に提出する小説のプロットの締切を夕方に控えていた。
現時点で過去の僕なら「よし! これでいこう!」と思うくらいのものにはなっているけど、僕たちがこれから作ろうとしているのはベストセラー小説。
これでは不十分のように思えた。
「まあ完全なノンフィクション小説を書くわけじゃないし、巫子と真白にアドバイスを貰いながら書いていけば大丈夫かな?」
人気小説の秘訣を知り尽くす2人なら、きっと僕には思いつかないような展開や演出、作品のレベルを大きく上げる工夫を教えてくれるだろう。
凡人の僕1人ではなく、3人で戦っているという事実がとても心強かった。
「……ん?」
ふと視線を感じ、僕は右を向く。
「あ……」
すると「しまった」という顔をする巫子と目が合った。
「巫子? どうしたの? 僕の顔に何か付いてる?」
昨日事務的なミスを連発したことから、今日の巫子の仕事は終日タブレット端末で紹介依頼された小説を読むことになっている。
僕の顔を見る理由はないはずだけど……。
「え? い、いや何でもないですよ? さっき区切りのいいところまで読んだので、一息吐いて少しだけ『文人さんと真白さんも頑張ってるなあ』と眺めてただけです。あ、あはは……」
僕が尋ねると、巫子は後ろめたいことがあるかのように動揺して、手を振り取り繕いながら答えた。
「そうなんだ? ならいいけど……」
僕は不審に思ったけど、巫子がそう言うならと追及することなく作業を再開する。
「んん?」
「……」
しかし数分後、また巫子が僕を見ていることに気づいた。
チラッ
「っ!」
プイッ
チラッ
「っ!」
プイッ
チラッ
「っ!」
プイッ
「……」
僕が横目で巫子を見てまた目が合いそうになると、巫子はまるで見てませんよと言うように視線を僕からタブレットに戻し、しばらくするとまた僕を見始め、僕が巫子と目を合わせようとするとまたタブレットを見る。
「何だこれ?」と思うような攻防が何度か繰り返された。
かわいいけど、このままだと気になって仕事に集中できないな。
「巫子、やっぱり僕に何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「な、ないです! 本当に何もないですから!」
「でも、さっきから明らかに様子がおかしいし、何だか顔も赤いよ? 熱でもあるんじゃない?」
僕はまた巫子に話しかけ、巫子の顔をよく見ようと近づいてジーっと見つめる。
「そ、それは、あうう……」
すると巫子は恥ずかしいのか消え入るような声を出し、ただでさえ赤かった顔をさらに赤くした。
「そ、そうだ! 私、そろそろお昼ご飯の準備をしないと! ごめんなさい文人さん。私もう行きますね!」
「あっ!? 巫子!?」
すると巫子はこの雰囲気に耐えられなくなったのか、思いついたように適当な理由を言うと、タブレット端末を邪魔にならないところに置き、僕から逃げるように台所へ入って行った。
「行っちゃった……何だったんだろう?」
「あら、気づいてないの?」
僕が呆けていると、真白がニヤニヤしながら僕に話しかけてきた。
「巫子ったら、さっきからずっとあんな感じで文人に熱い視線を送ってたのよ。それはもう発情期を迎えたメスが魅力的なオスを見つけてメロメロになっているように♪」
「真白、表現が直球過ぎる」
まあ巫子は今禁欲中で欲求不満だから、実際そうなのかもしれないけど。
「それに気づいてたなら放置しないで注意しようよ」
「だって巫子のような一見上品な子が、実はエッチなことがしたくて堪らないのを必死で我慢して、さらに悟られないように振舞っているけど見るからに落ち着きがなくバレバレな様子って見てて萌えるじゃない♪」
「あのねえ、嗜好がピンポイント過ぎるよ……」
まさかとは思うけど、それが見たくて巫子に禁欲を提案したんじゃないだろうな?
「あ、そうだ。ねえ文人、小説のプロットの方はどんな感じ?」
愉快そうに笑う真白に僕が呆れていると、真白が話題を変えた。
「一応今すぐ提出してと言われても問題ないくらいにはできてるよ。もし今時間があるなら一度チェックしてくれる?」
「いいわよ。ふむふむ……」
真白は頷くと、パソコンの前に座りサッと僕が作ったプロットに目を通す。
「文人、各項目の下に補足説明を追加して、細かいところまで私が把握できるようにしてくれない?」
「補足説明?」
「うん。舞子が文人をフってからざまあされるまで、中心人物である文人は全ての現場に立ち会ってるけど、私はほとんど文人たちからの話でしか知らないから」
「ああ、そっか」
真白の説明に僕は納得する。
小説でも設定やキャラの関係性など、全てを熟知している作者には分かるけど、事前情報がなくさらに他の作品と並行して読んでいる読者には、状況がよく分からず「どういうことだったの?」とポカンとするのはよくあることだ。
「それに文人にとっては取るに足りないことでも、私や巫子がそれを見たら何か良いアイデアを閃くかもしれないでしょ?」
「そうだね。じゃあ思い出せる限り書くことにするよ」
「それと、多分このプロットで書いたら展開が速くて物語がバタバタすると思うから、メインストーリーの合間にいくつか日常のエピソードを挟んだ方がいいわね。例えば私が文人に仕掛けた寝起きバズーカドッキリとか」
「いいけど、補足説明を含めると結構な文量になるから、今日中には完成しないかもしれないよ?」
「別にいいわよ。小説作りの指揮を執るのは私だし、事実関係や視点を文人と一致させておくことの方が大事だから、それじゃあよろしく♪」
真白は僕に要望を伝え終えると立ち上がって自分の仕事に戻り、僕も座り直して執筆を再開した。
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