第36話 真白が面白い小説とは何かを教えてくれました
「それでは今から、金野文人ベストセラー作家成り上がり計画を開始します」
翌日の9時、真白の部屋で僕、巫子、真白の3人は座卓テーブルを囲むように座り、真白の宣言によって1回目の会議が始まった。
「まずは文人の前作と実績の確認から、タイトル『浪人生で滝沢塾塾生の僕は今日も仮想世界で青春を謳歌します!』。これは学習塾とVRゲームを融合させた仮想世界、滝沢塾を舞台に浪人生である主人公たちが異能力バトルと青春を楽しむVRMMO小説で間違いないわね?」
「うん。それで間違いないよ」
真白が事前に作った資料を手に持ち、見ながら僕に尋ねていく。
「そしてカクヨムでの評価は作者以外ほぼ0、PVが多いことで有名な他サイトでは毎日更新したにも関わらず完結時のブクマがたったの1、1日の平均PVも10以下と目も当てられない数字に心が折れて退会した」
「う、うん……」
「さらにコンテストの最高成績は2次選考落選。ファンも巫子1人だけと誰の目から見ても底辺中の底辺作家ね」
「真白、現実をしっかり受け止めることが大事なのは分かるけど、もう少し言葉を選ぼうか?」
「ま、まあまあ文人さん。私は最高に面白いと思ってますから……」
辛辣な言葉で容赦なく僕の心を抉ってくる真白に、渋い顔をする僕を巫子が宥めた。
「まず最初に聞きたいんだけど、どうしてこの小説を書こうと思ったの?」
「そ、それはテレビで芸能人たちが大掛かりな鬼ごっこをしている番組を見て、身近な遊びでもスケールを大きくしたらこんなに面白くなるんだと思って、それで設定次第で何でもありにできる仮想世界と、学校生活に縛られない浪人生を組み合わせたら面白い青春小説になると思ったんだよ……」
「はあ……とりあえず1つ大きな問題が見つかったわね」
真白の追及に僕が言い訳のように説明すると、真白が呆れたようにため息を吐く。
「文人、あなたは面白い小説がどういうものかを分かってない」
「いや、それは分かってるよ。読んだ人を楽しませたり感動させたりする小説でしょ?」
失礼なことを言う真白に僕は言い返すように答えた。
「残念。その答えだと50点。正解はたくさんの人に読まれた小説よ」
「え? 何が違うの? 読んで楽しかったり感動したりする面白い小説だから読まれるんでしょ?」
「じゃあ巫子が最高に面白いと言ってる文人の小説が読まれなかったのは何故?」
「そ、それは……」
屁理屈だと思った僕は反論したが、あっさりと真白に論破され言葉に詰まってしまう。
「ねえ文人、よくスポーツやバトルものの作品で『強い者が勝つんじゃない。勝った者が強いんだ』という言葉が出てくるわよね?」
「うん。まさに真理を突いた言葉だよね。強い者でも油断したら負けるし、弱い者でも上手く戦えば勝てる。『それは違う!』と言う人はいないんじゃないかな?」
「そうね。じゃあ面白いけど読まれない文人の小説は、負けた強い者と勝った弱い者のどちらに当てはまるのかしら?」
「あ……」
真白が言いたいことに気づき、僕の口から声が漏れた。
「分かったようね。面白い小説が読まれるんじゃない。読まれた小説が面白いと評価されるのよ。文人の小説が読まれなかったのは、面白いけど『読まれる小説』じゃなかったから。そして実力がない初心者に面白い小説は書けなくても、エロ釣りや出オチのような『読まれる』小説ならワンチャン書けると思わない?」
「た、確かに……」
「さらに小説投稿サイトの小説の評価は『質ではなく量』。読まれない名作が負けて読まれる凡作が勝つのは当然のことなの。本屋でも不朽の名作より話題のライトノベルの方が売れるでしょ? それと同じよ」
「そ、そうだったのか……」
特別なことは言ってないけど、的確に核心を突く真白の話に僕は愕然とする。
つまり読まれない小説を書く僕は、最初から負けることが決まっている勝負に挑んでいたのだ。
だから昨日、人気作を書くのに才能は必要ないと言ったのか。
「さて、読まれることの重要性が分かったところで、文人に書いてもらう小説の内容を発表するわ」
「ああ、そう言えばまだジャンルさえ聞いてなかったね」
「まず最初に結論を言うわ。文人が舞子にフラれてから、この前の舞子が彼氏に浮気されて別れるまでの話を書いてちょうだい」
「ええっ!? な、何で!?」
本題に入っていきなり、訳が分からないことを言う真白に僕は驚く。
「偶然だけど、それが今多くの読者が読みたいと思っている『流行りの小説』と合っていたの。多くの読者に読まれるには、読者が求めている小説を書くことが一番でしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「それにこの『流行りの小説』には、高校生や初心者が人気作を書けた重要なポイントが隠されてるの♪」
真白がとっておきの話をする子供のようにニヤリと笑った。
「文人が初めて小説を書いた時、どんな小説を書こうと思った?」
「そうだなあ……初めてだし書き方とか分からないから、今まで読んだ小説を参考にして最後まで『書けそうな』小説を書こうと思ったかな?」
僕は当時のことを思い出しながら答える。
「そうね。人気作を書いた高校生や初心者も、きっと文人と同じように『最近読んだテンプレや流行りの小説』を参考に小説を書き始めたはず。その結果文章は多少拙くても読者が求めている小説に近いものを書いているから、多くの人に読まれて人気が出るのよ」
「な、なるほど!」
長年の疑問が解決され、僕は思わず声を上げた。
「ちなみに文人、『これはいける!』と思った新作が1作目よりも評価が低かったという経験はない?」
「あるよ。というか作者ならほぼ全員が経験してるんじゃないかな?」
1作目を書いた時よりも確実に実力は上がっているのに『小説の質と評価が一致しない』。
当時の僕はそれが不思議で仕方なかった。
「それは1作目とは違うもの、具体的には凝った設定や自分らしい小説を書こうと思うから、残念ながらその気持ちが強くなればなる程、読者が求めているテンプレや流行りの小説から離れていき読まれなくなるのよ」
「そういうことか……。でもさ真白」
「何?」
僕は真白の話に納得するものの、頭に引っ掛かりを感じ尋ねてみる。
「テンプレや流行りの小説が読者にとって取っ付きやすくて読まれるのは分かるけど、あまり寄せ過ぎると他の小説と似たり寄ったりの個性がない小説になっちゃうんじゃないかな?」
ベストセラーになるような小説には必ずと言っていい程、他の小説にはない斬新な設定や圧倒的な世界観のような強い個性がある。
今真白が言っていることはそれと真逆だし、読者が魅力を感じないように思えた。
「今は読まれる小説についての話をしてるし、一度にいろいろ話すと頭の中が整理できないだろうから、それについてはまた別の機会に説明するわ」
しかし真白は話す必要がないとばかりに話を切り上げた。
「というわけで今からザックリとしたものでいいから、小説のプロットを作成して私に提出してちょうだい。締め切りは今週いっぱいでよろしく」
「う、うん。分かった」
僕は仕方なく引き下がり、パソコンを開いて執筆に取りかかった。
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