第35話 大きな挑戦を前に巫子との絆がさらに1つ深まりました
「ふう……」
その日の夜、風呂から上がりパジャマに着替えた僕はベッドの上で大きく息を吐いた。
「ベストセラー作家かあ……」
入れ替わりで風呂に入った巫子が上がってくるのを待つ間、僕はぼんやりと帰る前のことを振り返る。
以前から「僕が書いた小説を巫子が紹介してくれないかなあ」と思っていたけど、まさか巫子たちの方から紹介する小説を書いてほしいと頼まれるとは思わなかった。
しかもちょうど、久し振りに小説を書こうと思っていた時に。
タイミングが良過ぎると言うか、これが運命というものなのだろうか?
「でも、僕になれるのかなあ……」
僕は嬉しさと同時に不安も感じていた。
今までとは違い、これからは趣味ではなく仕事として小説を書くことになる。
結果が出なければ僕がガッカリするだけでは済まず、給料泥棒として会社に損害を与え、僕を拾ってくれた巫子と真白に恩を仇で返すことになるのだ。
さらに真白から提示された目標は10万部を超えるベストセラー。
アマテラス司の影響力が使え、真白に勝算と言うか何か考えがあるみたいだけど、書籍化どころか小説投稿サイトの人気作さえ書いたことがない僕には無理としか思えなかった。
「――さん。文人さん」
僕が物思いにふけっていると、いつの間にかパジャマ姿の巫子に声をかけられていた。
「あ、巫子。何?」
「お風呂から上がったんですけど……」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
ベッドの中央に座っていた僕は壁の方に身を寄せてスペースを空ける。
「いいよ。おいで」
「はい。失礼しますね♪」
そして巫子を呼ぶと巫子は嬉しそうにベッドに乗り、腕を組むように僕にくっついた。
「どうしたんですか? 何だかボーっとしていたみたいですけど?」
「うん。ちょっと考え事をね」
「考え事? ……ああ」
僕の言葉に巫子は首を傾げたが、すぐに納得したような顔になる。
「えいっ♪」
「わっ!?」
すると巫子はグッと僕の腕を引っ張り、僕の顔が巫子の大きな胸に埋もれるように僕を抱きしめた。
なでなで
「大丈夫、大丈夫ですよ♪」
「あう……」
そして安心させるように僕の頭を撫でると、僕の体から力が抜けていき口からだらしない声が漏れる。
ああ、気持ちいい……。
こうなると僕はもうダメだ。
風呂上がりのシャンプーとボディソープに加え、瑞々しさを感じる巫子の体の甘い匂い、心地良い声に頭と顔を包み込む優しい感触と温もり。
巫子からもたらされる様々な刺激により、僕の五感から甘美な快楽が怒涛の勢いで生み出されて脳に送り込まれる。
僕はその極楽のあまり、このまま母親に抱かれた赤ちゃんのように巫子に全てを委ねたくなった。
「小説を書くのは文人さんの仕事ですけど、人気作にするのは私たち3人の仕事です。仮に上手くいかなかったとしても文人さん1人が責任を感じる必要はありませんよ♪」
「うん。それは分かってるんだけどメインは僕だし、僕の力が足りなくて期待に応えられなかったらどうしようと思って……」
あっさりと巫子に心の中を見抜かれてしまった僕は、強がったりせず正直な気持ちを打ち明ける。
「それも大丈夫です。文人さんなら絶対に凄い小説が書けます♪」
すると巫子は何か確信があるかのように、はっきりと言い切って僕を励ました。
「だって文人さんは、私がVTuberなどの情報発信を始めるきっかけになる小説を書いた人ですから」
「……ええっ!? そ、そうなの!?」
思いもよらぬ巫子の言葉に、驚いた僕は巫子の胸に埋めていた顔を上げる。
巫子が僕に告白した時、VTuberになったのは小説投稿サイトで読んだ小説に心を打たれたからだと言っていたけど、その小説って僕の小説だったのか……。
「はい。文人さんの小説の登場人物たちの熱い言葉の数々が、私に今生きている世界が味気ない退屈なものではなく、小説の中と同じくらい面白くて素敵な世界だということを教えてくれたんです。私は読みながら人間としての視野が広がり人生が変わっていくのを感じました♪」
「……」
楽しそうに僕の小説の感想を言う巫子を見て、僕は頑張って小説を書いて良かったと努力が報われた充足感で胸がいっぱいになった。
僕は今まで自分の小説は最高に面白いけど、全く読まれず他人には何の価値のないものだと思っていた。
しかし実際は違った。
僕の知らないところで巫子を感動させていた。
後に人気VTuberとして世の中の多くの人を喜ばせる存在になる程の大きな影響を与えていた。
1人でもいいから「人生が変わりました!」と言われる小説を書きたい。
そんなささやかな僕の願いは、気づかないうちに既に叶っていたのだ。
「でもその時の私はまだ感想やレビューを書いたことがなくて、書くか迷っている間に文人さんが小説投稿サイトを退会して小説が削除されてしまいました。私は後悔しました。メッセージは伝えられる時に伝えないと、突然別れが訪れて届かなくなることがあるんだって」
すると巫子は突然、まるで仲の良かった友達が急に亡くなったことを聞いたような悲しそうな顔をした。
いつでも繋がれると思っていたのに、ひっそりと自分の前から姿を消して連絡が取れなくなる。
ネットの世界ではよくあることだけど、二度と会えないという意味では死別することと変わらない。
「私は小説紹介の活動を続けていれば、そのうちその小説と作者の人を見つけられると思って頑張りました。でも全く手がかりが掴めなくて、もう諦めようと思っていたところ文人さんの部屋の片づけをしている時に、押し入れからあのノートを見つけたんです」
「そうだったんだ……」
知らなかった。
巫子はVTuberになる前から、僕に思いを寄せ探し続けていたのか……。
当時の僕は、カナブンではなく別の名前で活動していた。
そのせいで、実はこんなにすぐ近くにいたのに長い間すれ違い続けた。
僕はそのことを申し訳なく思った。
「ノートにあの小説の設定とキャラクターの名前が書いてあるのを見た時、私は嬉しくて涙が出ました。やっと、やっと見つけた。これでやっと私の人生を変えてくれた人にお礼が言えて、さらに夢を叶えるお手伝いができるって」
巫子はその時の気持ちを思い出すように、胸に手を当てて感慨に浸る。
「文人さん、私、また文人さんが書いた小説を読みたいです。彼女として、一番のファンとして、できることは何でもするので頑張りましょう♪」
「……うん。ありがとう。頼りにしてるよ」
巫子の想いを聞いて気持ちが盛り上がった僕は、契りを交わすように巫子にキスをした。
そしてそのまま夜の営みを始め、大きな挑戦への決意を固めたことで一層絆を深めた僕たちは、いつもよりも情熱的に愛し合ったのだった。
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