第34話 僕の夢を叶えるために巫子と真白が協力してくれることになりました

「終わったああああっ!」

 500本目の動画を見終わり、タブレット端末の画面を閉じた僕は達成感のあまり叫びながら大きく伸びをする。


 5月7日の定時5分前、1ヶ月に渡るYouTubeでの研修が終わった。


「文人さん、お疲れ様でした♪」

「お疲れ様。予定より少し時間がかかったけど、よく頑張ったわね♪」


「ありがとう巫子、真白」

 既に今日の仕事を終えていた巫子と真白が僕を労う。


「長かったなあ……」

 僕はこの真白の部屋で平日の朝から夕方まで、毎日タブレット端末を片手に勉強漬けだった1ヶ月を振り返った。


 まだまだ終わりが見えず憂鬱になる時もあった。

 内容が今一つ理解できず、頭を悩ませながら何度も動画を巻き戻して見直す時もあった。


 疲れと退屈から、適当に聞き流して見たことにするズルをしようかと考えた時もあった。


 それでも気持ちを強く持ち、何とかやり遂げたことで僕はそれに見合う成長をした。


 ビジネスの勉強により、世の中や経済の仕組みというものが何となく分かった。


 コミュニケーションの勉強により、人間という生き物について理解を深めた。


 さらに自己啓発の動画で、何の取り柄のない僕にもできることがある、価値があることを論理的に説明してもらい自己肯定感とモチベーションを高めていった。


 半分を見終わった頃くらいから、僕の中に何かで自分の力を試したい気持ちが湧いてきた。


 巫子と真白が仕事している横で、何の戦力にもなれていない自分にもどかしさを感じていた。


 しかし、そんな日々は今日で終わり。


「さあ! 明日から研修で学んだことを活かしてバリバリ仕事するぞ! ……あ」

 僕がやる気に満ち溢れていると、あることに気づいた。


「そう言えばさ、僕って明日から何をすればいいの? 巫子や真白の仕事の手伝い?」


「いいえ。最初はそのつもりだったけど、予定を変更して文人には特別な仕事を任せることにしたの♪ 巫子、あれを持ってきて」


「はい♪ 少しだけ待っててくださいね♪」

 僕が尋ねると、真白の指示により何故か巫子が部屋を出て行った。


「お待たせしました♪」

「あ……」

 3分後、戻ってきた巫子を見て僕の口から声が漏れる。


「気づいてないとでも思ってましたか♪」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる巫子の手に、僕が押し入れにしまっていた小説のアイデアや設定などを書き留めた青いノートが握られていた。


「文人さん、小説家になりましょう♪」

「しょ、小説家!?」


「アマテラス司の影響力を今よりももっと高めるために、今、私たちが目指していることがあるの」

 突然のことに話が見えない僕が驚いていると真白が説明を始める。


「それは紹介した小説から10万部を超えるベストセラーを出すこと、これから文人にはそのベストセラーになる小説を書いてもらうわ♪」


「ベ、ベストセラー!? む、無理だよ! 確かに僕は過去に小説家を目指していたことがあるけど、夢のまた夢だと思うくらいの底辺だったんだよ!? なのにその上のベストセラーだなんて……」


「文人は不思議に思ったことない?」 

 あまりにも無謀過ぎる指示に僕は即座に断るが、真白は僕の反応を無視して話を進めた。


「自分が書いた最高の小説は全く評価されないのに、高校生や初心者が書いた平凡な小説が小説投稿サイトで高い評価を得ているのを」


「ま、まあ、あるけど……」

 素直に認めるのは何だか嫉妬しているみたいで、格好悪く思った僕は控えめに頷く。


「私も絶対に何かあると思ってそれらの小説を調べた。そしてある程度信頼できる人気作の法則を見つけ、それに基づいて巫子に小説を探してもらったら、紹介した小説が次々に書籍化してアマテラス司の躍進に繋がったの」


「そうだったんだ……」

 僕は戸惑いながらも、どこか納得した気持ちになる。


 何であんなに書籍化や人気作になる確率が高いのか疑問に思ってはいたけど、やっぱり巫子の見極める力だけではなく確かな根拠があったのか。


「でも理屈が分かったとはいえ、その法則に完全に当てはまる小説はなく、書籍化止まりでベストセラーにはならなかった。私は自分で書くしかないと思ったけど、日に日に仕事量が増えているせいで書く時間がない。どうしようかと悩んでいた時に、巫子がそのノートと小説のデータが入ったUSBメモリを持ってきたの」


「とりあえず話は分かった。でも僕に書けるのかな? ベストセラー小説なんて才能がある一部の人にしか書けないと思うけど……」


「大丈夫」

 不安に思う僕の問いかけに真白が力強く答えた。


「私は文人が書いた小説を読んで、文章力など十分な力があると判断した。それに人気作を書くだけなら


「な、何だって!?」

 真白の常識を覆す言葉に僕は衝撃を受ける。

 その話が本当なら、努力すれば誰でも書けることになるけど……。


「人気作を書くためにはね、才能ではなくが必要なの。そして文人はその能力において世間一般を大きく上回っている」


「そ、それって……」

 僕は自分でも知らない何か特別な能力があるのかと、ドキドキしながら真白に答えを促す。


よ。文人が持ち味である優しさを存分に活かして小説を書き、それを私の知恵で加工することで魅力を引き出し人気作にして、さらにアマテラス司の影響力を使ってベストセラーまで押し上げるつもりなの♪」


「……へ? や、優しさ?」

 真白の答えに僕は拍子抜けした。


 確かに僕は他人に優しいと言うか甘い自覚はあるけど、優しさと小説に何の関係があるんだ?


「まあ詳しいことは小説を書く過程で説明するし、文人に丸投げするわけじゃないから安心して」

 僕がポカンとしていると、真白は僕が尋ねる前に話題を変える。


「文人、夢というものは自分1人の力だけで叶えられるものじゃないの。もし叶うならそれは夢とは言わない。ただの目標よ。そして昔と違い文人は1人じゃない。私たち3人で力を合わせればきっとできると思うの。だから力を貸してちょうだい」


「……分かった。僕にできるか分からないけど、頑張ってみるよ」

「ありがとう。期待してるわ♪」

 僕は自分の力に見合わない大き過ぎる仕事に不安が残りながらも、真白の真剣で心強い言葉に背中を押され引き受けることにした。


「それでは文人さんがベストセラー作家になれるように、みんなで頑張りましょう♪オーッ!」

 巫子が意気揚々と右手で作った拳を高く上げ、僕たちの挑戦が始まった。

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