第33話 文人の代わりに舞子にざまあしました(真白視点)
「こんばんは舞子さん。奇遇ですね♪」
文人や巫子と違い、街で舞子と会っていない私は逃げずに偶然を装い声をかけた。
何てったって文人を捨てた元カノで、さらに巫子の義理の姉だからね。
どういう人間なのか興味があり、一度話してみたかったのだ。
「あら? あなた確か……巫子と文人が働いてる会社の社長さんでしたっけ?」
「そうよ。真白って呼んで。それとお互い気を遣わずにタメ口で話しましょ。前会った時にも言ったけど私とあなたは同い年だから」
「そうね。じゃあそうさせてもらうわ」
舞子も堅苦しいことが嫌いなのか、私の提案にすんなりと応じた。
「というか1人? 誰かと一緒にきてないの?」
「1人よ。ここは小さい頃からの私のお気に入りの場所でね。気分転換や考え事をするために時々くるの」
「ふうん? まあ社長だし、いろいろあるんでしょうね」
舞子は私が適当に言った嘘を疑うことなく信じる。
私の身元が分かっているからか警戒している様子はなかった。
「それでここに上がってきたところで、お取込み中のところを見ちゃったってわけ♪」
「なるほど。偶然とはいえ見苦しいところを見せて悪かったわね。彼氏が浮気してたから、ぶっとばして別れてやったのよ」
「気にしないで、私こういうドロドロしたの大好きだし、なかなか痛快だったわよ♪」
話したことで苛立ちが甦ったのか、舞子は申し訳なさを全く感じない不機嫌な顔で私に謝る。
さて、様子見はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろう。
私は舞子に気づかれない程度に口元をニヤリとさせた。
「ということは舞子って今フリーなのよね? それなら私の知り合いに将来性のあるいい男がいるんだけど、もし良ければ紹介しようか?」
「え? いいの? じゃあ話だけでも聞いてみようかしら?」
渡りに船とばかりに舞子が私の話に食いつく。
「その人は普段は穏やかで優しいんだけど熱い心を持っていて、いざという時に男らしいところを見せてくれるの♪」
「へえ、いいじゃない? ちなみに名前は?」
「文人♪」
「はあ!? あんたふざけてるの! 文人は今巫子と付き合ってるし、あたしの元彼ってことも知ってるわよね!」
そして私にからかわれていることに気づき怒りを顕わにする。
「あら? 何を怒ってるのかしら? 私は別に嘘を言ってないし、彼女がいないとも言ってないわよ♪」
私は舞子の反応を面白がりながら白々しい顔をした。
「それに将来性があることも事実よ。先月の文人の給料は30万、今後の頑張り次第では年収500万を超えることもあり得るわ♪」
「ご、500万!? う、嘘よ! 文人から就職したことを聞いた時は確か月15万って……」
「それは基本給ね。うちはそれに加えて上限無しの成果給があるから。文人が入社してからうちの業績が爆伸びしてるの♪ さらに私の見立てだけど、文人はこれから大きく飛躍できるだけの素質がある。まだ文人には伝えてないけど、休み明けには私が数年かけて準備してきたプロジェクトを任せるつもりよ♪」
信じられないと愕然とする舞子を見て、私は勝ち誇った顔をする。
「惜しいことをしたわね。もう少しだけ文人を信じてあげれば舞子の男のままだったのに、まああの店長も浮気してたし人を見る目がなかったってことね♪」
「そ、そんなことない! あたしは文人と3年も付き合ってたのよ! あんたよりも遥かに文人がどんな人間なのか分かってる! たまたまの結果論よ!」
痛いところを突かれたからか、舞子がムキになって言い返してきた。
「人間はとても欲深い生き物でね、欲しいものを手に入れて満足したとしても、すぐに慣れて不満を感じもっと良いものが欲しくなるの。だから見た目や経済力のような『条件』ばかりに目を向けるのは止めなさい。切りがない上に視野が狭くなって、それ以外のもの、具体的には愛や幸せといった『本当に大切なもの』を見えなくなるわよ♪」
「う、うるさい! 余計なお世話よ! あんたさっきから何なのよ偉そうに! 説教するためにあたしに声をかけたの!? それならもう付き合ってらんない! 帰らせてもらうわ!」
さらに私が口撃すると、舞子は我慢ならないとばかりに怒りながら話を切り上げる。
「見てなさい。必ず文人よりもいい男を捕まえて幸せになって、あたしの選択が間違ってなかったことを証明してみせるから!」
そして悔しそうに負け惜しみを言い、私の脇を抜けて去って行った。
「ふふっ、ちょっと意地悪なことを言い過ぎちゃったかしらね♪」
舞子が見えなくなると、私はしてやったりと満足した気持ちになる。
「文人、感謝しなさい。文人の代わりに舞子に仕返ししてあげたわよ♪」
実はこの舞子の破局は、私の用意周到な準備により仕組まれたもの。
こう見えて私はとても仲間想いで、傷つけた相手に仕返ししたくなるの♪
文人の入社が決まった直後、私は過去に仕事をした知り合いから「別れさせ屋」を紹介してもらい、舞子の彼氏である店長の好みの女を調べさせた。
その好みの女があのギャルで、私はギャルと連絡を取り進捗を聞きながら指示を出し、店長を誘惑させ浮気して別れるように仕向けた。
本当は隠密に行動して、別れた後に巫子からの噂で文人に伝える予定だった。
「まさか途中で感づいた舞子が、ギャルに店長を奪わせる当日に尾行し、さらに直前で文人たちと会い破局の現場に立ち会わせることができるとはねえ」
予想外だったけど、それが当初予定していた以上の結果に繋がる嬉しい誤算となった。
役目を果たしたあのギャルは、今日を最後に店長の前から姿を消して音信不通になる。
店長には気の毒だけど、あれは夢だったんだと諦めてもらうしかないわね。
舞子に浮気された人間の痛みを知ってもらうためには、浮気される立場になってもらうしか方法がなかったから。
「でも浮気されたのに落ち込むどころか、店長を張り倒して自分からフるなんて」
そのメンタルの強さに私は感服した。
さすが義理でも巫子の姉といったところかしら?
「でも、そんな強気でいられるのも今のうちよ」
これで終わりと思ったら大間違いなんだから♪
何事においても、情報を制した者が物事を有利に進めることができる。
既に私はとある筋から、近々舞子が窮地に陥るだろうという情報を手に入れていた。
しかも私が手を下すことなく、周りから追い詰められる形で。
その時にどんな顔をしているか楽しみだわ♪
「ふふっ♪」
ピロン♪
私がほくそ笑んでいると、メッセージアプリの着信音が鳴った。
「あら? 誰かしら? ……文人?」
服のポケットからスマートフォンを取り出しアプリを開くと、文人から【今どこにいるの?】【ケガとかしてない? 大丈夫?】と私を心配するメッセージが届いていた。
「文人は本当に優しいなあ……」
どれだけ振り回し迷惑をかけても許してくれて、さらに心配までしてくれる。
文人の底無しと言ってもいい優しさに思わず私の頬が緩む。
「……あれ?」
そしてふと、私の頭にある疑問が浮かんだ。
この仕返しをしたことで文人は喜んでくれたのだろうか?
舞子が浮気されていることを知った時、嬉しそうにしている様子はなかった。
文人は優しいし、もしかすると見返したいとは思っていたけど仕返ししたいとは思ってなかったんじゃないだろうか?
「もしそうなら……虚しいわね」
それだと文人のためではなく、舞子を懲らしめたい私の願望を正当化するために文人を利用したことになる。
今更ながら私は自分の性格の悪さが嫌になると共に、仕返ししたことを少し後悔した。
「……まあいいわ」
どんなに悔やんでも過去を変えることはできない。
毒親に育てられたことで、そのことをよく知っている私は自分次第でいくらでも変えることができる未来に目を向けることにした。
とにかく次に訪れる舞子のピンチは、私の意思に関係なく起こる。
それまでに、どのようにでも動けるようにしておこう。
それが私に心からの優しさを向けてくれる、文人のためにできることだから。
「さて、私も帰りますか♪」
私はそう自己完結すると【大丈夫よ。私は逃げる必要なかったし、文人たちが逃げる時間を稼ぐために巫子の姉と喋ってたの】【だから先に帰ってて。お疲れ様♪】とメッセージを返し、歩きながら見える夜景を楽しみながら山を降りていった。
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