第30話 帰る直前に巫子へのプレゼントが決まり僕の気持ちを伝えました
「あちゃ~、次は20分後か」
駅で電車の時刻表を見ながら僕は頭を掻く。
その後イベントを最後まで見た僕たちは本屋に行き、反響チェックを済ませると17時になり家に帰ることにした。
しかし少し前に信号によるトラブルがあったらしく電車のダイヤが乱れ、僕たちが駅に着いた瞬間に乗ろうとしていた電車が出発してしまった。
「巫子、電車がくるまで時間があるから、ちょっとトイレに行ってくるよ」
「分かりました。じゃあ私は喉が渇いたので、近くの自販機で飲み物を買って待ってますね」
僕は巫子に一言伝えるとトイレに向かった。
◆◆◆
「はあ、結局巫子に何もプレゼントを買ってあげられなかったなあ」
トイレで用を足し、手を洗いながら僕はため息を吐く。
黒猫のコスプレセットのお金は僕が出したけど、あれは用途的にプレゼントと呼べるものではない。
「まあ僕が買ってあげたいと思ってるだけだから、別に焦る必要はないか?」
巫子に物欲がないわけじゃないし、そのうち欲しいものが出てきてプレゼントする機会がやってくるだろう。
僕はそう自分に言い聞かせると、ハンカチで洗った手を拭きながらトイレを出た。
◆◆◆
「だから、私には彼氏がいるのでダメって言ってるじゃないですか!」
「まあまあそう言わずに、彼氏以外の男と遊んでみるのもいい経験だよ?」
「そんな経験必要ありません!」
「ん? 何だ?」
元の場所に戻ると、巫子が大学生と思われる茶髪の男に声をかけられていた。
もしかしてナンパか?
「すみません。僕の彼女に何か用ですか?」
「あ、文人さん!」
巫子は僕を見つけると助けを求めるように駆け寄る。
チュッ
「んんっ!?」
「あむっ、んふっ♪」
すると巫子はまるで茶髪の男に見せつけるように、僕に抱きついて熱烈なキスをした。
僕は驚きで目を見開く。
「ぷはあ……見ての通り私たちはラブラブで付け入る隙なんかないので、諦めてどこかに行ってください♪」
「……ちっ」
唇を離し幸せそうな顔をする巫子を見た茶髪の男は、悔しそうに舌打ちして去って行った。
「ふう……文人さん、いきなりキスしてごめんなさい。あの人、何を言っても聞いてくれなくて……」
「いや、いいよ。僕の方こそごめん。なかなかトイレが見つからなくて戻るのが遅くなっちゃった」
巫子が安心したようにホッと息を吐くと申し訳なさそうに僕に謝り、僕も謝りながら巫子の頭を撫でる。
でも普通に考えて、巫子みたいな周囲の目を惹く程かわいい子が1人でいたら、ナンパされるのも当然なんだよなあ。
今後も同じようなことが起こるだろうし、今日みたいに僕がいるとは限らない。
さらに相手によっては複数人で有無を言わさず強引に連れて行かれる可能性もあるし、何か対策を考えないといけないな。
「ちょっとそこの2人!」
「はい。何でしょうか?」
僕が頭を悩ませていると、近くの建物の警備員と思われる50代くらいの太った男が声をかけてきた。
「あんたら、さっきここで人目もはばからずキスしてただろ? 困るねえ。仲が良いのは結構だが、ここは人通りが多いんだから自重してもらわないと、あんたらを見て不愉快に思う人もいるだろうからな」
警備員は「俺のように」と言わんばかりに嫌味たっぷりに注意してくる。
「す、すみません。僕がトイレに行ってる間に彼女がしつこくナンパされてたみたいで……」
「知ってるよ。俺も見てたからな。だからと言って何をやってもいいわけじゃないだろ?」
「そ、そうですね……」
僕は理解してもらおうと事情を説明したが、警備員は口答えされたと思ったのかムッとした顔で厳しく言い返してきた。
というか見てたなら、僕たちじゃなくてナンパしてきた男の方を注意しろよ。
「まあいい。どうせそんなのも今のうちだけだから、せいぜい楽しんでおくんだな。はあ、うちも昔は近所で有名なラブラブ夫婦だったのに……」
警備員は嘆くように左手薬指の結婚指輪を見ながら愚痴をこぼす。
どうやらこの警備員は大人としての使命感からではなく、ただ単に僕たちが羨ましくてムカついたから文句を言いにきただけのようだ。
「とにかくここは公共の場だ。守るべきマナーはしっかりと守れよ。いいな?」
「わ、分かりました……」
警備員は言いたいことだけ言うと自分の持ち場に戻って行った。
「失礼な人でしたね。注意するにしても言い方というものがあるのに」
「確かに腹いせ的な感じはあったけど、僕たちが悪いのは事実だし言ってることも正論だから仕方ないかな?」
声が聞こえない距離まで警備員が離れると、僕は災難続きでご機嫌斜めの巫子を宥める。
それに同情の余地もあるし、僕に対する戒めでもあると思った。
結婚して子供が産まれたら、子育てが忙しくて奥さんが旦那に冷たくなるというのはよくある話。
僕も巫子に愛想を尽かされないように気をつけないと。
まあ、子供以前にまだ結婚もしてないんだけど。
「……ん?」
すると僕の頭に何かが引っ掛かるのを感じた。
何だろう? 今、僕が探しているもののヒントを見つけたような気が……。
「これだ!」
「きゃっ!?」
そして僕はついに巫子へのプレゼントを思いつき、思わず叫ぶと驚いた巫子が小さく悲鳴を上げる。
「巫子ごめん! 悪いけど急用を思い出したから一緒にきて!」
「ふ、文人さん!? どこに行くんですか!? 今からだと次の電車に間に合いませんよ!?」
僕は面食らう巫子の手を取り、引っ張ってあるところへ向かった。
◆◆◆
「え、えっと……文人さん?」
「いいから、すみませーん」
僕は何が何だか分からないという顔をする巫子を制して、店の入口で店員さんを呼んだ。
「いらっしゃいませ。お伺いいたします♪」
「女性用の指輪を探しにきたんですけど」
「え、ええっ!? ゆ、指輪!?」
僕から何も知らされていない巫子は、指輪という言葉を聞いて驚きの声を上げる。
僕が巫子を連れてきたのは、ショッピングモールの中にある宝飾品店だった。
「指輪でございますね。ちなみにご予算の方は?」
「そうですねえ……」
店員さんに尋ねられ僕は考え込む。
あまり高いと巫子が負い目を感じるかもしれないし、この前僕にプレゼントしてくれた財布と同じくらいがいいかな?
「3万円前後で」
「3万円でございますね。それでしたら……この辺りが大変お買い求めやすくなっております♪」
店員さんは僕の要望を聞くと僕たちを店の中央付近にある指輪コーナーに案内し、その中の1つのショーケースを手で示した。
「何か気になるものはございますか?」
「うーん……」
「あ、あの……」
僕は何か言いたそうにする巫子を無視してショーケースの中を覗き込む。
「じゃあ、これを出してみてもらえますか?」
「かしこまりました♪」
僕は少し悩んだ後、装飾がほとんど施されていないシンプルなデザインのプラチナリングを店員さんに頼んでショーケースから取り出してもらった。
「ありがとうございます。巫子、左手を出して」
「は、はい……」
僕は店員さんから指輪を受け取ると、戸惑う巫子の左手薬指にはめる。
「サイズは合う?」
「は、はい。ちょうどいい感じです……」
「分かった。じゃあこれください」
「ありがとうございます♪」
「え、ええっ!? ふ、文人さん!?」
サイズの確認が済むと僕は購入を即決し、驚く巫子をおいて店員さんとレジに向かい指輪の代金を支払った。
「指輪はこのまま着けて帰るので、箱と袋は別でください。あとハサミ貸してもらえますか?」
「かしこまりました♪」
僕は店員さんが箱と袋を準備している間にハサミを借り、買った指輪に付いている値札を切る。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております♪」
「あ、あの文人さん、本当にいいんですか? こんな高い物を……」
「巫子」
袋を受け取り店を出た僕は、呆然とする巫子を真剣な目で見つめた。
「僕、いつか必ず巫子に相応しい男になって、これよりももっといい指輪をプレゼントするから、今はこれで我慢して。これを着けていれば今日のようなナンパに遭うことはないと思うから」
「……はい。ありがとうございます。いつまでも待つので絶対にプレゼントしてくださいね♪」
僕の意図が伝わったのか巫子は目にうっすらと涙を浮かべ、指輪を着けた左手をまるで宝物のように右手で優しく包み込み、嬉しそうに微笑んだ。
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