第29話 夢を追いかける女の子を見て僕も何かに挑戦したくなりました
「さて、これからどうしよう?」
コスプレショップを出た後、僕と巫子はまた当てもなく街中を歩いていた。
「巫子はどこか行きたいところある? なければこの前みたいに本屋に行って反響チェックでもいいけど?」
「そうですねえ……」
今の時刻は14時半、帰るにはまだ早い時間だ。
「みなさん、こんにちはーっ!」
「ん?」
僕と巫子が悩んでいると、駅前にある広場の方から誰かが大きな声で呼びかける声が聞こえてくる。
「
目を向けてみると広場の中心にステージが設置されていて、その上で高校生と思われる天真爛漫そうな女の子が左手にマイクを持って立ち、客席に向けて右手を振っていた。
そしてステージの周りには「〇〇市市民音楽フェス」と書かれたのぼりが立てられている。
どうやら市民参加型の音楽イベントのようだ。
「すずちゃん頑張ってー!」
「今日も楽しみにしてるよー!」
客席では女の子の友達やファンと思われる人たちが声援を送っていた。
しかも年齢層が小学生から高齢者まで幅広く、もしかすると普段からどこかで歌っているのかもしれない。
「文人さん。何だか楽しそうなので行ってみませんか?」
「うん。いいよ」
すると巫子も見ていたのか僕を誘い、僕は頷くと巫子と一緒に広場に入った。
「頑張って歌うので、最後まで聴いてください♪」
客席の最後列に立ったところで女の子の自己紹介が終わり、スピーカーから曲が流れる。
「~♪」
「っ!?」
女の子が歌い始めると僕は衝撃を受けた。
な、何だこの歌は!?
女の子が歌っている曲は去年大流行した曲で、僕もYouTube上の原曲や歌ってみた動画などで何度も聴いたことがある。
それだけに時々音程やリズムを外しているのが分かり、決して上手いと言えるものではなかった。
多分、カラオケの採点なら巫子の方が上だろう。
なのに何だ!? この引き込まれるような感覚は!?
こんなの上手いとか下手とかの次元を超えてるぞ!?
「凄い……」
巫子も僕と同じことを思ったのか圧倒されている。
「やっぱり、すずちゃんの歌は最高だなあ」
「うんうん。上手く歌おうとせずに自然体で、何より楽しそうなところがいいよね」
すると僕たちの前にいる、女の子のファンと思われる2人が惚れ惚れするような顔で良さを語るのが聞こえた。
確かに本当に歌うことが好きなんだと分かるくらい表情が活き活きとしていて、パフォーマンスではなく気持ちの昂りによって自然に体が動き表現する歌いっぷりは、パワフルで見ていてとても気持ちがいい。
この人たちは「上手い歌」だから聴いているのではなく「この子の歌」が好きだから聴いているのだろう。
でも、それだけか?
僕は女の子の歌を聴いて、どこかで感じたことがある気持ちを抱いていた。
「あ……」
そして記憶を辿り、その理由が分かると僕の口から声が漏れる。
そうだ! 小説投稿サイトの小説を読んだ時だ!
流行りや自分の立場なんか関係ない。
「これが自分だ!」という表現者としての熱い想いやメッセージが込められた小説を目の当たりにした、あの時の気持ちとそっくりなんだ!
「……」
僕は大切なことを忘れていたことに気づいた。
いつからだろう?
僕も元々は楽しいから、自己満足のために小説を書いていた。
なのに人気作と比べて自分の才能の無さに絶望した。
伸びないPVと評価を見て落ち込んだ。
流行りを気にして書きたいものが書けなくなった。
そのあげく批判コメントを貰い、傷ついて書くのを止めた。
そんな他人の目を意識して、小説を書くことが辛いと思うようになったのは?
しかし、この子の歌が僕の中にある鬱な気持ちを吹き飛ばした。
才能がなくても夢を追いかけていいじゃない!
歌詞や音程を間違えてもいいじゃない!
上手いだけの歌なら他の人でも歌える!
私が私らしく思いっきり歌うことに意味があるんだ!
少ないけど私の歌を好きと言ってくれる人がいて、歌う場所もある!
お金を貰ってない、認められてないだけで私も立派な歌手なんだ!
歌を通してそう言われているような気がして、僕は歌に聴き入りながら小説を書き始めた頃の気持ちが甦ってくるのを感じた。
「ありがとうございました♪」
パチパチパチパチパチ
「すずちゃんお疲れ様!」
「今日も最高だったよ!」
女の子が歌い終わり客席に向かってお辞儀をすると、広場全体から大きな歓声と拍手が贈られた。
「文人さん凄かったですね。私、感動しちゃいました♪」
「うん。歌で大事なのはテクニックじゃなくて気持ちだってことが改めて分かる歌だったよね」
僕も興奮冷めやらぬ様子の巫子と感想を言い合う。
……よし。今度久し振りに小説を書いてみるか。
そして夢を追いかける女の子の姿に触発された僕は、何か目標を決めて挑戦したくなった。
昔みたいに全然読まれないかもしれないけど、僕にしか書けない小説を書きたい。
あの子のように少ない人数でも誰かに夢や感動、頑張る力を与えたい。
何の取り柄のない僕だって、それくらいなら望んでも……いいよね?
「ねえ君、ちょっといいかな?」
「はい? 何ですか?」
女の子がステージを降りると、客席にいたスーツ姿の男が声をかける。
「いやあ素晴らしい歌だったよ。君、自己紹介の時に歌手になりたいと言ってたよね? 私はこういう者なんだが、もし良ければ少し話をする時間をくれないかな?」
男は褒めながらスーツのポケットから名刺のようなものを取り出して女の子に渡した。
「……っ!? はい! 喜んで!」
それを見た女の子はパアッと弾けたような笑顔を見せ、周りにいる人たちも湧き上がる。
スーツ姿の男の正体は芸能事務所の関係者だった。
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