第19話 人気者の苦悩を知り僕と巫子の絆が揺るぎないものになりました

「お、終わった……」

 何とか大きなトラブルが起こることなく無事に配信が終わり、アンチや荒らしとの戦いで疲れた僕はパソコンの画面を閉じると机の上に突っ伏した。


「文人さん、お疲れ様でした。温かいお茶をどうぞ♪」

「あ、ありがとう。巫子もお疲れ様」

 すると司の衣装から普段着に着替えた巫子が労いの言葉と共にお茶を淹れてくれ、僕はコップを受け取って飲む。


「ふう……」

 お茶の温かさと水分が疲れた体に染み渡り、癒やされた僕はホッと息を吐いた。


「さて、帰りましょうか♪」

「うん」

「あ、文人、ちょっと待って」

 お茶を飲み終え巫子と一緒に帰ろうとすると、真白が僕を引き止める。


「ん? 何?」

「今日やったモデレーターの仕事の振り返りをしたいから少しだけ残ってくれない? 巫子は先に帰ってて」


「うん。いいよ」

「分かりました。それではお先に失礼します♪」

 僕たちは了承し、巫子がペコリと僕たちにお辞儀すると部屋を出て行った。


「それで真白、具体的に何の話をするの?」

「そうね……あ、その前にトイレに行ってくるからちょっと待ってて」


「え? う、うん……」

 僕は肩透かしをくらいながらトイレに入って行く真白を見送り、数分後戻ってくると話を再開した。


「さて文人、モデレーターの仕事をしてみてどう思った?」

「とにかく大変だったね。あんなに多くのアンチや荒らしがいるとは思わなかったから」


 たまに目立つくらい騒ぐ奴がいるけど、配信中はコメント欄よりも司を見ていることの方が多いから、それ以外はあまり目に入らず気づかなかったんだな。


「そうね。多くの人に好かれる人間は同時に多くの人に嫌われる。それを肌で感じてもらうことが今日仕事をお願いした目的の1つだったの」


「あ、そうなんだ? それであまりにも好き放題言うから、配信中ずっとムカつきっぱなしだったよ」


「まあ愛する彼女を貶されたんだから当然よね。でも文人がそれだけ嫌な思いをしたってことは、直接言われた巫子はもっと嫌な思いをしたでしょうね」


「あ……」

 真白に言われて僕は重大なことを見落としていたことに気づいた。


 僕とは違い、配信者である巫子は視聴者のコメントを拾うためにコメント欄を見続けている。


 僕がコメントを削除した数だけ、心無い誹謗中傷の言葉に巫子が傷つけられていたってことか……。


 今日だけじゃない。過去に僕が配信を楽しんでいる間もずっと……。


「ねえ文人、最近有名人が誹謗中傷により精神を病んで、活動休止や自殺したことが時々ニュースになっているのは知ってるわよね?」

「うん。知ってるよ」


「人間ってとても感受性が強い生き物で、小説のような作り話だと分かっているものでも感動して涙を流すの。文人だって経験あるでしょ?」


「もちろんあるよ。司がいい小説をたくさん紹介してくれるからね」


「だから他人への悪口やアンチと荒らしが軽い気持ちで書いた批判でも、まるで本気で憎んでいる人に直接言われたような気持ちになるの。1人や2人ならそこまで影響ないけど、有名人のアンチくらいの数になると人を壊す程の凶器になり得る」


「つ、つまり巫子も最悪そうなる可能性があると?」

 想像してゾッとした僕はおそるおそる真白に尋ねる。


「ええ。巫子がアマテラス司を演じているのも、誹謗中傷が自分ではなくアマテラス司へのものだと気を逸らすため。実際に私と一緒に仕事し始めたばかりの頃は、配信が終わると毎回『もう止める!』って泣いて落ち込むくらい精神的に不安定になってたから」


「そうだったんだ……」

 知らなかった。

 巫子が司として人気者になっていくその裏で、泣く程の辛い想いをしていたなんて……。


「可哀想よね。他人の夢を叶えるために、応援するために一生懸命頑張ってるのに酷いことを言われるんだから」

 そんな僕の気持ちを悟ったのか、真白が僕の同情を誘うように話してくる。


「まあでもお金と影響力は手に入ったし、その代償や有名税と思って割り切るしか――」


「ふざけるなよ!」

 やりきれない気持ちになった僕は急に配信の時の怒りがよみがえるのを感じ、我慢できなくなり大声で叫んだ。


「有名税? お金と影響力を手に入れた代償? 違うだろ! お金と影響力は巫子が頑張って人の役に立ったことに対するで、誹謗中傷していい理由には全くならない! 有名税だって自分のストレス発散のために気に入らない人間を攻撃する奴らが、自分を正当化するために作った卑怯な言葉じゃないか!」


「文人の気持ちは分かるけど、どうするつもり? 相手は悪いことをしている自覚がないどころか自分を正義だと思っている人間よ? 私たちが何を言っても絶対に耳を貸さないわ」


 許せないとばかりに強く拳を握り興奮する僕を見て、真白は単純な子供を嘲笑う大人のようにいやらしい笑みを浮かべる。


「誹謗中傷した人間を特定して裁判でもする? してもいいけど慰謝料が手に入るだけで、さっきの配信のようにすぐにまた新たな敵が現れる。状況は何も変わらず時間と労力を無駄にするだけよ」


「ぐっ……」

 そして僕はあっさりと真白に言い負かされ、どうすればいいのか分からず言葉を詰まらせながら悔しさで歯を食いしばった。


「ねえ文人、私から頼みがあるんだけど聞いてくれる?」

「何?」

 すると真白の表情が真剣なものに戻る。


「もし今日みたいに巫子がブスと言われたら、その2倍かわいいと言ってあげて。辛い思いをしたら、その2倍愛して幸せな気持ちにしてあげて。それが巫子のためにできる唯一のことで、彼氏である文人にしかできないことなの。やってくれる?」


「もちろんだよ! 言っておくけど僕は心の底から巫子のことが好きなんだ! 2倍どころか3倍、いや10倍幸せにしてあげるよ!」


 この前のデートの時に巫子に誓ったんだ。

 僕にできることなら何でもやるって。


 これは彼氏の使命感からじゃない。

 僕自身がそうしたいから。

 アンチや荒らしに巫子を壊されてたまるものか!


「ありがとう文人。じゃあ頼んだわね。巫子は賢い子だし、その気持ちを忘れなければきっと大丈夫よ♪」

 任せろと僕が力強く宣言すると、真白は安心したように表情を柔らげた。


「しかし予想はしていたけど、文人がここまでハッキリ言い切るとは思わなかったなあ。少しだけど巫子が羨ましいわ♪」


「う……」

 これで話は終わりなのか、からかうようにニヤニヤする真白を見て僕はしまったと少し後悔する。


 怒っていた勢いとはいえ、随分と恥ずかしいことを言ってしまったな。


 真白のことだ。今言った言葉をそのうち絶対からかうネタに使ってくる。


 まさかとは思うけど、この前みたいにICレコーダーを隠し持って今の会話を録音したりしてないだろうな?


 こんなの巫子に聞かれたら、照れ臭くて巫子の顔を見れなくなるよ。


♪」


『はい♪』


「……は!!?」

 すると突然、真白の呼びかけに応えるように、どこかから巫子の声が聞こえてきた。


 バタン!


「文人さああああん!!」

「え!? ええっ!? み、巫子!? うわっ!?」

 何が起こったのか分からず僕が固まっていると、部屋のドアが開き満面の笑みを浮かべた巫子が入ってきて僕に飛びついてきた。


 チュッ


「はむっ、れうっ、んふっ」

「んんんっ!?」

 そして勢いそのまま僕に口づけすると、舌を入れて激しく絡め深い繋がりを求めてきて、受け入れる体勢ができていない僕は目を見開く。


「ぶはっ! はあっ、はあっ……」

 しばらくして巫子が唇を離し解放されると、息苦しかった僕は呼吸を整えた。


 ガシッ!


「文人さん! 私、嬉しいです! 文人さんがこんなに私のことを大切に想ってくれていたなんて!」


「え、えっと……ごめん、何が何だかサッパリ分からないんだけど?」

「これよ」

 両手でガッチリと僕の手を握り熱い眼差しで見つめてくる巫子に、状況が全く理解できない僕が戸惑いながら尋ねると、真白が服の胸元のポケットからスマートフォンを取り出して僕に見せる。


「んんっ?」

 その画面には「神野巫子 通話中」と表示されていて、不審に思った僕は眉をひそめた。


「さっきトイレに入った時に巫子に電話をかけて、通話状態のままポケットに入れて戻り巫子に私たちの会話を聞いてもらってたのよ♪」


「何だってええええっ!? ど、どうしてそんなことを?」


「だって巫子が文人の本当の気持ちを知りたいって言うから。そんなの普段のイチャつき具合を考えたら確認するまでもないのに」

 真白がやれやれと呆れるように肩をすくめる。


「文人さん、私決めました! この先何があろうとも一生文人さんについていきます!」


「え!? それプロポーズ!? いくら何でも早過ぎだよ! 僕たち付き合ってまだ1ヶ月も経ってないのに!」


「愛の深さに時間なんて関係ありません! 文人さんよりも私を愛してくれる男性なんていませんし、文人さんと一緒になれるなら私は不幸になっても構いません!」


 僕は感激のあまり暴走している巫子を窘めるが、巫子はこの気持ちは止められないとばかりに押し切ろうとしてきた。


「さあ文人さん! 永遠の愛を誓うための第一歩として、まずは部屋に帰って子どもを作りましょう! 私は朝まででもオッケーです!」


「えええ……」

 僕は巫子の愛が大き過ぎて受け止めきれず尻込みする。


「もちろん巫子の想いに応えてあげるわよね? さっき10倍幸せにしてあげるって言ったばかりだし♪」


「くっ……」

 しかし真白が面白がるように、さっきのことを引き合いに出して逃げ道を塞いできた。

 これはもう腹を括るしかないな……。


「よし! いいだろう! 僕だって男だ! 巫子がその気なら僕も全力で相手してやる! 今夜は寝かせないから覚悟しろよおおおおっ!」


「きゃっ♡ 文人さん素敵です♪」

「お幸せにー」

 こうして僕はヤケクソ気味に巫子の腕を引っ張り、手を振る真白に見送られながら僕の部屋に帰ると、次の日1人では起き上がれないくらい精も根も尽き果てるまで巫子を愛したのだった。

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