第18話 配信のサポートをしているとアンチや荒らしから洗礼を受けました

「巫子、機材のチェックは済んでる?」

「はい。終わってます」

 事前に用意した原稿を手に、真白の部屋の配信用のパソコンの前に座る巫子が真白に返事する。


 金曜日の20時、僕が巫子たちと一緒に仕事するようになってから初めてのアマテラス司の配信の時間がやってきた。


「文人もいける?」

「オッケーだよ」

 僕もカメラに映らない場所でパソコンを開き、配信の画面が表示されている状態で待機する。


 僕は真白と一緒に「モデレーター」という、配信者である巫子をサポートする仕事を務めることになった。


 余談だが巫子は今、僕に告白した時のアマテラス司の衣装を着ている。


 本来VTuberには必要ないものだが、巫子が言うには衣装を着た方が司のキャラを演じやすいらしい。


「了解。じゃあ巫子、気持ちの準備ができたら始めて」

「分かりました。ああ何度やっても緊張するなあ。すーはー、すーはー」

 真白がゴーサインを出すと、巫子が何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせようとする。


 司の配信は毎回真白によって事前に日時が告知されていて、既に数千人の信者たちが画面の向こうで配信が始まるのを待っている。


 顔が見えないとはいえ硬くなるのも当然だろう。


「……はい。じゃあいきます!」

 気持ちの準備が整うと、巫子の顔つきが普段の穏やかなものからまるで別人になったような気迫に溢れたものになり、意を決して配信開始のボタンを押した。


「おーっす! 信者の諸君待たせたな! 1000年に1人の大天使! アマテラス司様の降臨だー!」


『司様こんばんは!』

『司様キターッ!』

『今日もお美しい!』

『お元気そうで何よりです!』


 配信が始まり司が画面に表示されると、前回と同様に信者たちが一斉にコメントで司に挨拶した。


「ご機嫌よう諸君! 今日も見にきてくれてありがとな♪ 今日も面白い小説をたくさん見つけてきたから楽しみにしてろよ♪」


「今さらだけど、巫子って本当に凄いな……」

 僕は司として信者たちに笑顔で挨拶を返していく、巫子の演技力に圧倒される。


 口調や声色だけでなく、オーラというか雰囲気まで変えて完全にアマテラス司という別人になりきっている。


 誰も司の中の人が巫子のような上品なお嬢さんだなんて夢にも思わないだろうな。


「それでは早速紹介を始める! 1つ目はカクヨムの――」


『やったああああっ! 紹介された! 夢だった小説家になれるううううっ!』

『お? 作者の人? おめー!』


『私、今その小説読んでます! 凄く面白いです! 応援してるのでこれからも頑張ってください!』

『皆さんありがとう!』


 司が紹介を始めるとコメント欄がまるで受験の合格発表のように、紹介された小説の作者が大喜びし、ファンや他の視聴者は祝福しながら次にどんな小説が紹介されるのか、自分の小説は紹介されるだろうかと期待で盛り上がる。


「今日の紹介は以上だ! 次はお悩み相談のコーナーだ!」

 小説の紹介が終わると巫子は持っていた原稿を手元に置いている「小説紹介」と書かれたクリアファイルに入れて脇に除け、今度は「お悩み相談」のクリアファイルから原稿を取り出した。


 こちらは事前にSNSで募集した相談内容に真白が回答を考え、作成した原稿を巫子が読み上げるというもの。


 男性からは小説の執筆に関する相談、女性からは恋愛に関する相談が多く寄せられ、真白の客観的で的確なアドバイスによる高い解決率が魅力で、小説紹介に並ぶ人気コーナーとなっていた。


「最初の相談は小説家を目指している30代男性から『読者を惹きつける冒頭が書けず悩んでいるのでアドバイスをお願いします』。えーっと、これはプロローグを使って――」


『おい! アマテラス司ふざけるな!』

「ん?」

 司が相談に答え始めると、僕はふとコメント欄で気になるコメントを見つけた。


『この前スパチャで依頼したのに、どうして俺の小説を紹介してくれないんだよ! あの名作をスルーするなんておかしいだろ!』


「きたな……」

 司の言動を批判する人間である「アンチ」が現れ、僕は緊張感を高めるとアンチのアカウント名を覚えて動向を伺う。


『ちゃんと読んだのか? 実は金だけ貰ってろくに読まず紹介してるんじゃないだろうな? この金の亡者め!』


「あー、これは完全にアウトだな……」

 するとそのアンチが何の根拠もない批判を書いたのを見て、僕は呆れながらコメントを削除した。


 モデレーターの主な仕事は、配信を健全かつ円滑に行うためのコメント管理。

 特に今のような暴言を吐く視聴者が現れた時の対応を務める。


 今日が初めてである僕はコメントの削除だけを行い、コメント欄でのアナウンスや悪質な視聴者の排除など、それ以外のことは真白が行うことになっていた。


 それにしてもこのアンチ、いい加減なことばかり言ってるなあ。


 司がちゃんと小説を読んでることは紹介した小説を読んでみたら分かるし、紹介された小説が高確率で書籍化してるんだから、厳正に審査されてることも少し考えれば分かるだろ。


『前々から思ってたが、その偉そうな態度も気にくわねえ! 自分で書いたこともないくせに上から目線で語るなよ! 何様のつもりだ!』


「うるさいなあ。小説の目利きで重要なのは読者目線だろ? 執筆経験や態度は関係ないって」


 アンチは相当怒っているのか今度は司の態度について文句を言い、僕はうっとおしく思いながらまたコメントを削除する。


 それに司のキャラにはちゃんとした理由がある。

 ああやって自信満々に喋る方が、視聴者がカリスマ性を感じて影響力が高まると真白がこの前教えてくれた。


 あんたが司に小説紹介を依頼したのも、その影響力を借りたいからだろ?

 何も知らないくせに批判するなよ。


『テメエ! 俺のコメント削除しやがったな! 都合の悪いこと言われたからって無視するんじゃねえ! 配信者なら視聴者の声にちゃんと耳を傾けろ!』


 するとアンチがコメントを削除されたことに気づいて激昂する。


「違うよ。あんたがルール違反の発言をしたから削除したんだよ」

 そもそも司は配信の概要欄で小説紹介のルールをちゃんと視聴者に告知して、それに従い行っている。


 依頼するということはそのルールに同意したということで、紹介されなかったのは単なる自分の実力不足だろ?


 都合の悪いことを無視してるのはそっちだよ。

 自己中心的なことばかり書くアンチに、僕は次第にイライラしてきた。


「えー次の相談は20代女性の、3年間付き合っている彼氏との関係について――」


『おい聞いてんのかよブス! どうせVTuberやってるのも、顔出しできないくらい酷い見た目をしてるからだろ!』


 ……は? お前いい加減にしろよ!


 自分が全く相手にされないことで、さらに腹を立てたアンチがもはや批判でもない悪口を書き、それを見た僕はカチンとした。


 巫子がVTuberをやってるのは身バレ防止と安全上の問題からだよ!

 くそっ! 巫子の姿を見せることができたら黙らせることができるのに!


 僕はもどかしさを感じながら必死でアンチに反論したい衝動を抑える。


『おいお前、さっきからうるせえぞ! 目障りだから消えろ!』

『あ? 何だよテメエ? やんのかコラ!』


「うわっ!? アンチと信者がケンカを始めちゃったよ!」

 すると不快な思いをしていたのは僕だけではなかったらしく、司の信者の1人がアンチに絡んできた。


『ここは司様のファンが配信を楽しむための場所で、お前みたいなアンチが好き勝手言うための場所じゃねえんだよ!』


『うるせえ! 人間には言論の自由が保障されている! 俺にはアマテラス司に金を騙し取られたことに対する文句を言う権利があるんだよ!』


『アホか! お前配信の最初に出る、暴言や迷惑行為を禁止するYouTubeのガイドラインを守れって表示を読んでるだろ! なのに理解できず暴言を吐くお前の書いた小説を司様が面白いと思うわけないだろ!』


『黙れ! お前さっきから何なんだよ! アマテラス司の犬のくせに偉そうに指図してくるんじゃねえよ! このゴミが!』


『ゴミはお前だろ! こんなところで暴言を吐かないと誰にも相手してもらえないくせに!』


「お、おい信者の人煽るなよ。司を応援したいなら大人しくしててよ……」

 そしてアンチの怒りの矛先が信者の方を向くと、2人は感情的になり汚い言葉を浴びせ合う。


『おいアンチどうした? 急に黙りやがって?』

 僕がどうすればいいのか困っていると真白が対応してくれたのか、突然アンチの発言が途絶えた。


『ちっ、逃げやがったか』

 ケンカしていた信者も諦めたのかコメント欄から姿を消す。


「よかった。とりあえずこれで一安心――」

『アマテラス司死ね死ね死ね死ね死ね!』


「うわっ!? 今度は荒らしかよ……」

 しかしそれから1分も経たないうちに有名人にひたすら暴言を吐く「荒らし」が現れた。


『こんな宗教みたいなことして一般人から金を巻き上げるとか恥ずかしくないのか! このクソ乞食!』

「ああもう、勘弁してくれよ……」


 僕は荒らしがいなくなるまでコメントを削除し続けたが、次から次へと新たなアンチや荒らしが現れる切りがない状況にげんなりしたのだった。

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