第13話 巫子の小説紹介に対する想いを聞き、これからも応援しようと決めました
「あ! 半年前に紹介した小説が書籍化されてます! 1年前に紹介した小説は第2巻が出てます! ……ええっ!? このお店、アマテラス司が紹介した小説の特設コーナーを設置してくれてます! 嬉しいなあ♪」
巫子が店内を歩き回り、自分が紹介した小説を見つける度に大喜びする。
次に僕たちがやってきたのは、先程財布を買った店よりも1つ上の階にある本屋。
巫子によると過去に紹介した小説の反響チェックのために、街に出た時は必ず本屋に寄っているらしい。
「凄いな……」
僕は圧倒されながら巫子の後ろを歩く。
4年前はどこにでもいる普通の女の子だった司が、今では人気が出て社会に認められ、インターネット上だけでなく現実世界にも影響を与える人物になった。
そして僕はその司の彼氏と仕事仲間として隣にいる。
光栄に思う一方で、本当にいいのだろうかと思ってしまった。
「文人さん見てください」
すると巫子が僕の手を引いて特設コーナーの中央に立たせた。
「文人さんが司を応援し続けてくれたおかげで、こんなにたくさんの人が小説家になることができました。間接的にですが、文人さんも司と一緒にこの人たちの夢を叶えるお手伝いをしたんですよ♪」
「……うん。そうだね」
巫子は僕を称えたつもりだろうけど、僕の心の中は複雑だった。
僕だって以前はこの人たちと同じように、小説家になりたいという夢があった。
でも僕には才能がなく絶望して諦めて、この人たちには才能があってチャンスにも恵まれて夢を叶えた。
僕は知らぬ間にライバルたちを応援して、その一方で自分は報われることなく取り残される。
そんな現実に嫉妬していたのだ。
「……」
この時僕はふとこう思った。
もし巫子にお願いして、僕が昔書いた小説を紹介してもらったらどうなるだろう?
司の影響力があればすぐに人気が出て、もしかすると書籍化なんてことも……。
いや、止めておこう。
しかし僕はすぐにそのズルい考えを胸の内にしまった。
司に人気がある理由は、忖度せず本当に面白い小説だけを紹介するところにある。
知り合いが書いた小説だから紹介したなんてことを世に知られたら、せっかく今まで積み上げてきた信頼を失ってしまう。
巫子は優しいからそれでもいいと言ってくれるかもしれないけど、おそらく真白は許してくれないだろう。
それに紹介してもらったのに結果が出なかったら、僕には本当に才能がないことが分かってしまうし、巫子の前で恥をかくことにもなる。
そんなの……耐えられない。
「文人さん? どうかしましたか?」
すると思っていることが顔に出ていたのか、巫子が僕の顔を見て不思議そうに聞いてきた。
「いや、何でもないよ。司って本当に凄いなあって驚いてただけ。ところで他に何かここですることはある?」
「えっと、今どんな小説が出版されているか、人気があるのかを調べたいです」
「分かった。じゃあ僕も手伝うよ」
「ありがとうございます♪ 私は新刊と話題書のコーナーを見てくるので、文人さんはライトノベルのコーナーを見てきてもらえますか?」
「了解」
僕は適当なことを言いながら話題を変え、巫子にチェックするポイントを教えてもらうと二手に分かれて調査を開始した。
◆◆◆
「お待たせいたしましたー。特製オムライスに海鮮パスタ、ホットコーヒーとミルクティーでございます」
「お? きたきた。じゃあ食べようか? いただきます」
「いただきます♪」
注文した料理が運ばれてきて、僕と巫子は手を合わせる。
調査が終わり本屋を出ると時刻は12時を過ぎていて、僕たちは同じ階にあるカフェに入り昼食を食べることにした。
「文人さん、ライトノベルコーナーにはどんなものが多かったですか?」
「そうだなあ、やっぱり異世界転生や悪役令嬢、学園もののラブコメが多かったかな?」
「まだまだ流行りのジャンルが強い感じですねえ」
僕はオムライスを食べながら巫子に調査結果を伝える。
それにしても仕事仲間とはいえ、デート中にも仕事の話をするなんて巫子は仕事熱心だなあ。
何か使命に燃えてるって感じがする。
まあそれくらいじゃないと、ここまでの地位に辿り着けないか。
この流れで今後のVTuberの活動について聞いてみよう。
「巫子ってさ、今何か夢や目標にしていることとかあるの?」
「ありますよ。アマテラス司のライバルを誕生させることです」
「ライバル?」
思いもよらぬ巫子の答えに、僕のオムライスを食べる手が止まる。
「ライバルが現れたら、ファンが奪われて司の地位が脅かされるんじゃないの?」
僕の知る限り、ビジネス書や有名な小説の紹介や解説をする配信者はいるけど、無名の作者の小説を紹介する配信者は司以外にいない。
それが司の個性であり、ライバルが現れることは司にとってマイナスにしかならないはずだ。
「そうなんですけど、私がVTuberをしている目的は有名になることやお金を稼ぐことじゃないので」
「え!? そうなの!? じゃあ何のためにやってるの?」
「ただでさえ小説家は才能と努力だけでなく、運も必要でなるのが大変な職業なのに、なれたとしてもお金を稼げる人ってほんの一部じゃないですか?」
「うん。そうだね」
近年は小説投稿サイトの発達により、書籍化しなくても広告収入でお金を得られるようにはなったけど、それだけでは生活できず小説家のほとんどが兼業。
費やす労力に見合わないことから才能があっても書くのを止めたり、動画配信者など他の表現者を目指したりする人も多い。
僕の経験上、文字だけだから始めるハードルが低いという魅力はあるんだけどなあ。
「真白さんに一緒に仕事をしようと声をかけられた時に言われたんです。世の中には才能がある人はたくさんいるけど、才能がある人を世に出す、有名にする人は圧倒的に少ない。だから私がそれをすることによって特別な存在になれるって」
「なるほど……」
驚いたな。
初めて会った時から真白に策略家のような雰囲気を感じていたけど、偶然ではなく司が近々大物になることを見抜いていたのか。
「そして私みたいに小説を紹介することでお金を稼ぐ人間が現れたら、必ずマネする人が現れる。すると今までよりももっと多くの埋もれている名作が発掘されて、小説家になる夢が叶う人が増えるじゃないですか?」
「確かに……」
「それだけじゃないです。埋もれていた名作が次々に書籍化されて本の売り上げが上がれば小説家の収入が増える。すると専業や小説家を目指す人が増えてまた新たな名作が生まれて読者が喜ぶ。そんな幸せな循環を作るための手段として、私は小説紹介でお金を稼ぎ成功する。それが私の役目で素敵な物語によって私の人生を変えてくれた人たちへの恩返しなんです♪」
「……」
僕は巫子の志の高さに言葉が出なかった。
4つ年上の僕なんかよりも全然大人で、正直見ている世界が違うと思った。
これがきっと才能がある、夢を追いかけることができるだけの力がある人間の姿なのだろう。
僕なんかとは……全然違う。
その姿を見て、僕はどうする?
「へえ」とただ適当に頷き、その事実から目を背けて終わるのか?
それとも本屋の時と同じように無言で嫉妬するのか?
……いや、どちらも違う。
「巫子」
「ふ、文人さん?」
僕は自問自答した後、前のめりになり両手で巫子の手を取り真剣な目で見つめた。
「頑張ろう。何か上手く言えないけど感動した。僕にできることなら何でもするから遠慮無く言って」
才能がないからと言って何もできないわけじゃない。
応援することができる。
隣に立ち一緒に夢を見ることができる。
今までだって司を応援することで、僕にできないことをたくさんしてくれた。
これからもそうすればいいのだ。
夢を追いかけることも諦めることも、嫉妬することも応援することも。
僕は好きな行動を選ぶことができるのだから。
「……はい。ありがとうございます。文人さんがいてくれたら100人力です♪」
すると巫子は嬉しそうな顔をして目にうっすらと涙を浮かべた。
「……っと、ごめんなさい。つい熱くなって長々と喋ってしまいました。せっかくの料理が冷めてしまうと勿体ないので食べましょう♪」
「あ、うん。そうだね」
そしてその涙を誤魔化すように僕に促すと、僕は冷静になり巫子の手を離してまたオムライスを食べ始める。
僕たちはこの後も他愛のない話をしながら、楽しい食事の時間を過ごしたのだった。
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