第14話 巫子とイチャイチャしていたら将来の夢が見つかりました
『いっくよー! 3……2……1……』
パシャッ!
音声アナウンスによるカウントダウンの後、フラッシュと共にシャッターが切られる。
僕と巫子はカフェを出ると雑貨屋でお揃いのマグカップ、薬局で衛生用品を買い、他に何か良さげな物がないかとショッピングモールの中を歩き回っていた。
すると3階の隅にあるゲームコーナーの奥にプリントシール機が置かれているのを見つけ、初デートの記念に撮りたいと巫子にお願いされて撮ることになった。
「ふう、久し振りに撮ったけど疲れるな……」
僕は設定など全ての操作を慣れている巫子に任せ、撮影が始まると次から次へとせわしなく巫子に指示されたポーズを取り続ける。
「次で終わりです。最後はキスの瞬間の写真を撮りましょう♪」
「いいよ。ちなみにどっちからするの?」
「そうですねえ。じゃあ文人さんが私にキスしてください♪」
「了解」
巫子が僕と向かい合わせに立ち、画面を見ながら中央付近に顔が写るように位置を調整すると目を閉じた。
「ん~」
うわ、かわいい……。
キスを待つ巫子の顔を見て僕はドキッとする。
改めてこうしてじっくり見ると、巫子って本当に綺麗な顔してるよなあ。
見ているだけで癒やされるし、それに色っぽい。
『いっくよー! 3……2……1……』
「……っと、いけないいけない。んっ」
パシャッ!
音声アナウンスのカウントダウンが聞こえ見とれていた僕は我に返り、シャッターが切られる瞬間に合わせて巫子にキスをする。
「ふう、終わった」
「文人さん、お疲れ様でした♪」
唇を離し気を緩める僕に巫子が労いの言葉をかけてくれる。
「後は加工と落書きだっけ? それも全部任せるから僕は自販機でジュースでも買って待ってるよ」
きゅっ
「ん?」
「あっ……」
僕が撮影ブースから出ようとすると、巫子に上着の裾を引っ張られた。
「何? 巫子」
「え、いや、その……」
無意識でやったのか、巫子がどう説明しようか困っているような顔をする。
「うう……」
「何だかよく分からないけど、とりあえず理由を言ってくれる? 別に怒ったりはしないから」
「は、はい」
言い辛そうにしている巫子を促すと、巫子はおずおずと口を開いた。
「私、文人さんとキスするの好きなんです」
「うん」
「さっきキスしてもらって唇を離した時に、もう一度してほしいなあと思って……」
「う、うん……」
「外って人の目があるからあまりイチャイチャできないじゃないですか? 今を逃すと家に帰るまでしてもらえないと思って、それでつい……」
「……」
「ごめんなさい。わがままなことを言って、迷惑ですよね?」
「迷惑じゃないよ。それに謝ることでもない。それくらい僕のことが好きってことなら僕は嬉しいよ」
申し訳なさそうに謝る巫子の頭を僕は励ますようにポンポンと触る。
「今は周りに人がいないみたいだし、いいよ巫子。おいで」
「は、はいっ!」
僕は耳をすませ撮影ブースの外に人の気配がないことを確認し、巫子に向けて腕を広げると巫子が満面の笑みで抱きついてきた。
「んん~っ♪」
「あはは、巫子はかわいいなあ」
さらに巫子は僕の胸に顔を埋めてベッタリと甘えてきて、僕は頬を緩め抱き返しながら優しく巫子の頭を撫でる。
「今のうちに家に帰るまでの分をしっかり充電しておきますね♪」
そして僕たちはキスをして巫子が満足するまでの数分間、撮影ブースの中でイチャイチャしたのだった。
◆◆◆
「えーっと鰻の蒲焼きに牡蠣と豚肉は揚げて、オクラと山芋……だけじゃ野菜が足りないからトマトとパプリカとブロッコリーでもう1種類サラダを作って、あとはドレッシングかなあ……」
プリントシールの印刷が終わった後、時刻を確認すると帰るにはまだ早いかという時間で、この後どうするか巫子と相談しているとメッセージアプリに真白からのメッセージが届いた。
内容は「今日の夕食に鰻が食べたい」というもので、僕たちは食料品売り場に行き夕食の買い物をして帰ることにした。
というか真白、本気で毎日の食事を僕の部屋で済ませようとしてるな……。
僕が買い物カゴを乗せたカートを押し、そこに巫子が献立を考えながら食材を入れていくが、何らかの意図を感じるのは気のせいだろうか?
「じゃあ帰ろうか?」
「はい♪」
「うわあああん!」
「ん?」
買い物が終わりショッピングモールを出ようとすると、入口の前で5歳くらいの男の子が泣いているのが見えた。
「ママあああっ!」
「迷子でしょうか?」
「そうかも」
僕と巫子は男の子に近づき声をかける。
「ねえ君、どうしたの?」
「うああああっ!」
「迷子かな? 最後にどこでお母さんを見たか覚えてる?」
「ぐすっ、ひくっ、うわあああん!」
しかし男の子はそれどころじゃないと言わんばかりに僕を無視して泣き続けた。
「ダメだ。まずは泣き止ませないとどうにもならないな……」
「文人さん、すみませんが荷物を持っていてもらえますか? ここは私が何とかしますから♪」
「う、うん……」
巫子は困り果てている僕に荷物を渡すと、膝を折り男の子と目線の高さを合わせる。
「ママあああっ! どこに行っちゃったのおおおおっ!」
「うんうん。不安だよね。男の子でも泣きたい時は泣いていいんだよ♪」
そしてニッコリと微笑み、男の子を慰めるように優しく頭を撫で始めた。
「うわあああん!」
「大丈夫、大丈夫だからね♪」
巫子は男の子が泣き止まない、話を聞いてくれないことに全く動じることなく、笑顔で優しい言葉をかけ続ける。
「ううっ、ぐすっ、ママ……」
すると安心したのか泣き疲れてきたのか分からないが、男の子の泣く勢いが少しずつ弱くなっていった。
「文人さん、ちょっと失礼しますね♪」
「あ、うん」
それを見て巫子は僕が預かっているハンドバッグの中に手を入れてゴソゴソと何かを探し始める。
「ねえ僕、突然だけどこれ食べない?」
「えっ……」
そして普段から持ち歩いているのか、ハンドバッグの中から取り出したイチゴ味のアメを手の平の上に置き、男の子に見えるように目の前に差し出した。
「お姉ちゃん、このアメを食べきれなくて困ってて、もらってくれる人を探してるんだけど……いいかな?」
「う、うん。いいよ……」
男の子は状況を理解できずに戸惑うものの綺麗なお姉さんからのお願いを断ることができず、服の袖で涙を拭うとアメを受け取って口に含む。
「美味しい?」
「うん! 美味しい!」
「本当? よかった。お姉ちゃんもアメを食べてもらえて助かっちゃった。ありがとう♪」
「どういたしまして!」
巫子が嬉しそうな顔で男の子にお礼を言うと、男の子はさっきまで泣いていたとは思えないくらい得意げに笑った。
「ところで僕1人? お母さんか誰かと一緒にきてないの?」
「お母さんときてたんだけど人がいっぱいいるせいで、どこにいるか分からなくなっちゃったんだ……」
「そっかあ、困ったねえ。じゃあアメをもらってくれたお礼に、お姉ちゃんがお母さんを探してくれる人のところに連れて行ってあげる。だから一緒に行こう♪」
「うん!」
巫子がしょんぼりする男の子に向かって手を差し出すと、男の子は喜んでその手を取り2人は楽しそうに手を繋ぎながら迷子センターに向かって行った。
「ふふっ♪」
そして巫子は一瞬だけ顔を僕の方に向け「上手くいきましたよ♪」と言うように左目でウインクする。
「す、凄い。アメで一瞬気を逸らしたと思ったら、それを強引に仲良くきっかけに変えた……」
さらにお礼をする口実にして自分の狙い通りに動かすなんて……。
僕は誘拐犯顔負けの巫子の手際の良さに唖然としながら2人の後ろをついて行った。
◆◆◆
「本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
迷子センターに着くまでの間に巫子は男の子から名前を聞き、従業員の人にお願いして店内放送で呼び出してもらうと、すぐに男の子のお母さんが迎えにきてくれた。
そして僕たちに向かって何度も頭を下げる。
「お姉ちゃんありがとう! バイバイ!」
「バイバイ♪ 元気でね~」
手を振りながらお母さんと一緒に迷子センターを出て行く男の子を、巫子も手を振って見送る。
「よかったですね。無事にお母さんが見つかって」
「うん。それにしても巫子、随分と小さな子の扱いに慣れてたね?」
2人が僕たちの視界から消えると僕は巫子に尋ねる。
「実は私、小学生の時に将来保育士さんになりたいと思っていたくらい子どもが好きで、親戚が集まる時にいつも年下の子たちの面倒を見ていたんです♪」
「そうなんだ? でも巫子なら似合いそうだなあ」
「ありがとうございます♪ 相手が小さい子だからって力で押さえつけて言うことを聞かせようとするのではなく、大人と同じように相手のペースに合わせ1人の人間として尊重することで、話を聞いてもらえるようにすることが大事なんです♪」
「へえ。そうなんだ」
だから「アメをあげるから言うことを聞いて」ではなく「アメをもらってほしい」とお願いしたのか。
「女の子に感謝された」と男の子を気分良くさせると同時に「助けてあげた」ことで仲間意識を芽生えさせ、自分の話に耳を傾けてもらう土台を作る。
確かハニートラップで使われる手口だって、司が紹介した小説の中に書いてあった気がする。
……ん? ということは巫子は子ども相手に本気で手玉に取りにいったってことか?
僕は計算され尽くされている巫子の対応に、感心を通り越して恐ろしさを感じた。
僕もあの男の子のように、知らぬ間に巫子の手の平の上で踊らされてるのだろうか?
……踊らされてるだろうなあ。後ろに真白という参謀もいるし。
まあ巫子なら悪いようにはしないだろうし、喜んで犬にならせてもらいますよワンワン。
「でも今はVTuberというライフワークがあるので、代わりに文人さんの子どもをいっぱい産みますね♪」
「あはは、まだ付き合って3日目なのに気が早いなあ。ちなみに巫子は何人くらいほしいの?」
「そうですねえ……できれば5、6人くらい♪」
「ご、5、6人か……」
かわいくおねだりする巫子の口から飛び出した数字に僕はギョッとする。
ま、まあ経済的な問題はあるけど巫子はまだ18歳。
それさえクリアできれば不可能な数じゃないし、巫子が望むなら応えてあげたいところだ。
「この前真白さんとお喋りしている時に、将来娘がたくさん生まれたら会社をアイドル事務所にしてプロデュースしてくれるって言ってくれたんです♪」
「え!? 娘だけで!? それは無理だよ! 確率的に10人くらい産まないといけないし、1人の女性で産める数じゃないから!」
「そうでもないですよ? ギネス記録によると1人で69人の子どもを産んだ女性がいるらしいので、それに比べると余裕ですね♪」
「マジで!? 人間凄えっ!? というかそれだと出産続きでずっとベッドの上にいることになるから、せっかくの子どもたちの晴れ姿が見れないよ!」
「冗談です♪ 子どもは天からの授かりものですから、温かくて幸せな家庭を築ければ何人でも構いませんよ♪」
「いや、あまり冗談に聞こえなかったんだけど……」
慌てたり驚いたりする僕の反応を巫子が面白がるように笑う。
でも実際のところ、巫子の子どもなら男の子でも女の子でも絶対かわいいと思う。
体の相性もいいし、結婚したら本当に10人くらい子どもが生まれる大家族になるかもしれない。
僕は巫子とは違い今のところ夢や目標みたいなものはないし「巫子の夢を叶えてあげること」を僕の夢にするのもいいかもしれない。
それがきっと、僕を拾ってくれた巫子のためにできる一番の恩返しだから。
「さて、私たちもそろそろ帰りましょうか♪」
「うん」
僕はほんの数日前まで全く想像できなかった、素敵な未来に思いを馳せながら巫子と手を繋いで家路についた。
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