第15話 初出勤の最初の5分で真白に人生を変えられました

「というわけで、今日からよろしくお願いします!」


 パチパチパチパチ……。


 4月1日の9時、初出勤した僕は真白の部屋で巫子と真白に向かってお辞儀をし、2人が僕に拍手を送る。


「文人さん、頑張りましょうね♪」

「うん。よろしくね巫子」


「ふふっ、ビシバシと鍛えてあげるから覚悟しなさい♪」

「あはは、お手柔らかに……」

 笑顔で歓迎してくれる巫子と、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる真白。


 僕の職場である登録者100万人のVTuberの仕事場には、いつもと変わらない和やかな空気が流れていた。


「じゃあ文人、まずは研修としてこれを渡しておくわ♪」

「研修?」

 そう言って真白が僕に差し出したのは、タブレット端末と新品のイヤホン。


「そう。これから文人には約1ヶ月、YouTubeで動画を見てもらうわ」

「ゆ、YouTube!? しかも1ヶ月!? ど、どうしてまた……」

 真白の意図が分からず、僕はからかっているんじゃないかと疑うが、真白は本気らしくそのまま話を続ける。


「ねえ文人、今から私とクイズで勝負しない?」

「クイズ?」


「ええ、もし正解できたらこの研修は免除、さらにその1ヶ月間丸々休みにしてあげるわ♪」

「え!? 本当に!?」


「その代わり不正解なら、文句を言わずに研修を受けてもらうけど」

「もちろんだよ! やるやる! やらせてもらいます!」

 真白からの思わぬ申し出に僕は即座に食いつく。


 だって実質ノーリスクで、正解したらゴールデンウィークくらいまで仕事せずに給料を貰えるってことだろ?


 どんな裏があるのか分からないけど、これは受けなきゃ損だろ!


「オッケー、じゃあまずは例題ね♪」

 すると真白は計画通りとばかりにニヤリと笑った。


「文人はプロ野球選手になりたい高校生です。プロになるためには何をすればいいでしょうか?」


「何って……監督やコーチみたいな野球が上手いか詳しい人に教えてもらいながら一生懸命練習するしかないよね?」

 僕は何でこんな当たり前のことを聞くのかと不思議に思いながら答える。


「そうね。じゃあここからが問題。文人はお金持ちになりたい大学生です。お金持ちになるためには何をすればいいでしょうか?」


「え、えっと……」

 一見例題と似ている問題だが、答えが浮かばず僕は考え込む。


「まずは大きな会社に入って……」

「残念」

 僕が答えを捻り出そうとしていると真白が途中で遮った。


「正解は『お金の稼ぎ方を学ぶ』ことよ」

「お金の……稼ぎ方?」

 全く予想していなかった答えに、僕は理解が追いつかずポカンとする。


「簡単な理屈よ。さっきの野球の例題に当てはめると、大きな会社に入ることは『強い高校に入る』ことに過ぎない。それだけじゃプロになれないわよね?」

「う、うん……」


「文人、さっき監督やコーチみたいな野球が上手いか詳しい人に教えてもらいながら練習するって言ったでしょ? それなら『お金持ちからお金の稼ぎ方を学び』自分でビジネスを始めるが正解になるでしょ?」


「た、確かに……」

 僕は何でそんな簡単なことが分からなかったのかと愕然とする。


「文人のことだから、きっと大学の勉強や就職活動を一生懸命頑張ってきたはず。でも報われなかった。その原因は文人が無能だからじゃない。。どんなにサッカーの練習を頑張ってもプロ野球選手にはなれないのよ」


「そ、そんな……」

 そして真白の言葉にバッサリと斬られた僕は、ショックを受けその場に膝から崩れ落ちた。


 じゃあ今まで僕がやってきたことは全て無駄だったのか……。


「まあそう気を落とさないで、世の中のほとんどの人はこのことに気づいていない。22歳なら今からでも十分間に合う。むしろ早いくらいで運がいいと言えるわ♪」


 すると真白は僕を慰めるように、肩にポンと優しく左手を置く。


「さて、お金持ちになりたいならお金の稼ぎ方を学べとは言うものの、誰からどうやって学べばいいか分からないわよね? そこでYouTubeの出番なの。これを見て」


 真白はタブレットの画面を僕に見せながら操作し、YouTubeにアクセスすると「研修用」というアカウントでログインした。


「YouTubeには面白い動画を投稿するエンタメ系YouTuber以外に、ビジネスや各業界の最新情報を発信するビジネス系YouTuberという人たちがいるの」


 次に再生リストのタブをタップすると「ビジネス」「コミュニケーション」「自己啓発」など、中に入っていると思われる動画のジャンル名が付けられた再生リストが表示され、真白はその中の1つをタップする。


「あ、この人の名前聞いたことある」

 そして再生リストの中の動画の投稿者名を見てみると、メディアでよく話題に上がる有名な会社の社長や各業界のご意見番、逆に最近全く取り上げられず何をやっているのか分からないタレントなどの名前が並んでいた。


「この人たちは動画の中でお金を稼ぐコツや人生の成功法則について喋ってるの。文人にはこれから平日に毎日8時間、タイトルを見て気になったものからでいいから私が厳選した動画を見てビジネスの基礎を学んでもらう。動画の数は500本、1本の動画の長さの平均は20分だから1ヶ月くらいで終わるわ」


「ご、500本!?」

 つまりこれから1ヶ月、朝から夕方までガッツリとビジネスの授業を受けろってことか?


 まあ仕事だからやるけど、辛そうだな……。


「ちなみに巫子もこの研修を受けてるのよ」

「そうなの?」


「はい。大変でしたけど今のVTuberの活動に凄く役立ってるので、受けてよかったと思ってます♪」

 僕が気が重く感じながら尋ねると、巫子が微笑みながら頷く。


「技術の進歩は生活を便利にしただけではなく、情報が伝わるスピードを上げ頭の良い人たちの知恵がすぐに安く手に入るようになった。後はその知恵を使い行動すれば、高校生でも大人より多くのお金を稼げる。今はそういう時代なのよ♪」


 真白がとっておきの秘密を話す子どものように楽しげに話す。


「巫子は今私が言ったことをしたことで、時間や会社、お金の不安にほとんど縛られることがない、やりたい時にやりたいことができる環境と好きな男を手に入れた。次は文人、あなたの番よ。ほしいものを全て手に入れて文人を捨てた巫子の姉を見返してやりなさい♪」


 そして一緒に悪巧みしようと誘うように僕をそそのかした。


「……」

 今の話……本当なのか?

 舞子にフラれた時、人生は自分1人の力だけでは生き残れないデスゲームだと言われ、僕もその通りだと思っていた。


 でも本当は攻略法があり、その通りに動けばクリアできるものだったなんて……。


 僕は自分の中の常識を根底からひっくり返された動揺で言葉を失っていた。


 でも僕は4年間、巫子がVTuberアマテラス司として成功していく過程を、それが正しいことの証明をこの目で見てきている。


 そんなバカなことがあるかと思う一方で、信じてみたい気持ちも生まれていた。


「まあ信じるか信じないかは文人に任せるけど、クイズに正解できなかったから約束通り研修を受けてもらうわ。というわけで今日の仕事を始めましょ♪」


「う、うん」

「はーい。頑張りましょうね♪」

 すると真白はこれで終わりだとばかりに僕にタブレットを渡して話を切り上げ、僕たちはそれぞれの仕事に取りかかる。


「……」

 僕はタブレットの画面を見つめながら自分が高揚していることに気づいた。

 ついこの間までは就職に失敗して人生詰んだと絶望していた。


 仮に就職できていたとしても街を歩く大人たちのように、仕事のことを考えるだけで憂鬱になる、辛くてつまらない日々が待っていると思っていた。


 でもYouTubeという僕の日常の中に、全く知らない別世界があることを知った。


 状況は何も変わっていないのにその事実をで、僕はまるで人生が変わったような、自分の未来が開けたような希望を抱いた。


 魔王の恐怖に怯える世界の村人が、勇者が現れたという噂を聞いた時のように。


 今から僕が向かう先に何があるのだろう?


 僕はそれを知りたくなり、今から冒険に出発しようとしている子どものようにワクワクしていた。


「よし、やるぞ!」

 僕はこれからこの人たちが知っていることを片っ端から吸収して、生まれ変わったと思うくらい成長して人生逆転してやる!


 僕は気合いと共にイヤホンを耳に刺し、真白が開いた再生リストの一番上にある動画をタップして再生した。

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