第12話 巫子にお願いされて街へ買い物デートに出掛けることにしました

「ごちそう様」

「はい。お粗末様でした♪」

 寝起きドッキリの騒ぎが落ち着いた後、僕は巫子が作ってくれた朝食を食べた。


 今日はご飯と納豆にみそ汁、それに加えて卵焼きと鮭を焼いてくれた。


「ありがとう巫子。美味しかったわ。じゃあ仕事してくる」

「はーい。頑張ってくださいね♪」

 僕と一緒に朝食を食べていた真白が立ち上がり自分の部屋に帰っていく。


「それでは私もいただきます♪」

 そして自分の分の鮭を焼き終えた巫子がキッチンから出てきて、座卓テーブルの上に置いて僕の隣に座り朝食を食べ始めた。


「ねえ巫子、今日は何か予定ある?」

 手持ち無沙汰な僕は巫子に話しかける。


「何もありません♪ 文人さんは?」

「僕も、何もないからどうしようかなと思って」


「それなら、私と一緒にデートに出掛けませんか?」

「デートかあ。いいね!」

 巫子からの魅力的な提案に僕はすぐに乗っかる。


 一昨日の巫子からのお誘いは告白だけで終わったからなあ。

 というか僕たち、普通のカップルの進展の順序から完全に外れてるな。


「巫子はどこか行きたいところとかある?」

「文人さんさえ良ければ、街に出てお買い物がしたいです」


「いいよ。じゃあそうしようか?」

「やった! ありがとうございます♪」

 すると巫子が嬉しそうにギュッと胸の前でかわいく両手で拳を作る。


「すぐに食べて準備しますね♪」

「急がなくていいよ。まだ8時前だし今出掛けたところでどこの店も開いてないから」


「それもそうですね」

 こうして僕たちは初めてのデートに出掛けることにした。


◆◆◆


 ヒュゥゥゥゥッ!


「うわっ!? 寒っ!?」

「寒いですね……」

 9時過ぎになりマンションから出ると、吹きつけてくる冷たい風に僕と巫子は体を震わせる。


 もうすぐ4月になるというのに、この調子だと春の訪れはまだまだ先になりそうだ。


「手袋持ってきたら良かったなあ。でも今から部屋に取りに戻るのは面倒だし……」

「じゃあ、こうしましょう♪」


 ギュッ


「巫子?」

 僕が寒さに顔をしかめ両手を擦り合わせていると、突然巫子が僕の左半身にくっついてきた。


 そしてお互いの右手で恋人繋ぎをして、さらに左手で僕の手の甲を温めるように包み込む。


「こうすれば温かいです♪」

「確かに温かいし、それに嬉しいけど……」

 あまり密着すると歩きにくい上に何だか照れ臭いし、左腕に当たる巫子の胸の感触に僕は落ち着かず戸惑ってしまう。


「~♪」

「……まあいいか。じゃあ行こう」

「はい♪」

 でも巫子が機嫌良く鼻歌を歌うのを見て、巫子が喜んでるならいいかと僕は深く考えるのを止めて歩き出した。


「寒いのもたまには良いものですね。こうしてくっつく理由ができて心も体もぽっかぽかです♪」


「うん。そうだね」

 僕は巫子の無邪気な笑顔に癒やされながら、ふとこんなことを考える。


 巫子と一緒にいれば、寒い中でも笑顔になれる。

 今日のデートもきっと、どこに行っても何をやっても楽しくて充実したものになるだろう。


 そんな予感を抱きながら、街へ向かう電車に乗るために最寄りの駅へ向かった。


◆◆◆


「うーん、こっちの方が使いやすそうかなあ? でもこっちの方が丈夫で長持ちしそうだし……」

 巫子が左手に長財布、右手に二つ折りの財布を持ち見比べながら迷う。


 電車に乗った僕と巫子は、降りた駅の近くにあるショッピングモールに入った。


 うわあ、いい値段するなあ……。

 巫子の隣にいる僕は、その2つの財布についている数万円の値札を見て心の中で悲鳴を上げる。


 年上の彼氏として買ってあげたいところだけど、就職したばかりでまだ収入のない僕にはとても無理な金額だった。


 うう、情けない……。


「文人さん、文人さんはどっちの方がいいと思いますか?」

「え? そうだなあ。僕なら長財布かな? そっちの方が使いやすそうだし」


「分かりました。じゃあこっちにします。お金を払ってくるので文人さんはお店の入口で待っていてください♪」

 巫子は僕の意見を聞くと、値段に全く臆することなく長財布を手にレジに向かう。


「さ、さすが人気VTuber……」

 巫子の稼ぎならこの程度の金額どうってことないってことか……。


「お待たせしました♪ 文人さんこれ……」

 僕が唖然としているとレジから巫子が戻ってきて、買った財布が入った紙袋を僕に差し出した。


「あ、うん。荷物持つよ」

「違います。実はこれ、文人さんへのプレゼントなんです♪」


「え? 僕に?」

「はい♪」

 巫子からの思わぬ言葉に僕はキョトンとする。

 プレゼントするどころか逆にプレゼントされてしまった……。


「文人さんの財布かなり傷んでましたし、このまま放っておくと金運が下がってしまうのでプレゼントさせてください♪」


「よく見てるなあ」

 巫子と付き合ってまだ3日目、しかも他人の財布なんかそう目にするものじゃない。


 それだけ巫子は僕の細かいところまで気にかけてくれているんだと感心した。


「でも悪いよ。付き合ったばかりなのにこんな高いもの……」

「いいんですいいんです。これは私から文人さんへの就職祝いですから♪」


「いや就職祝いは普通、年上や身内の人がやるものだと思うけど……」

 気持ちは嬉しいものの僕が遠慮しようとすると、巫子が笑顔と強引な理屈で押し切ろうとする。


「それに私は既に、文人さんからたくさんのものを貰ってますから♪」

「え? 僕はまだ巫子に何もプレゼントしてないよ?」


「してますよ。プレゼントは物だけじゃありません。動画や配信を見てさらに感想まで書いてくれる、文人さんの大切な命の時間やスーパーチャット、高評価ボタンも毎回必ず押してくれてますし、VTuberを始めてから4年間ずっと私は文人さんからプレゼントを貰い続けているんですよ♪」


 その言葉に偽りはないのだろう。巫子が感謝の気持ちが籠もった表情を浮かべる。


「あと女性から男性への財布のプレゼントは、いつもあなたの側にいたいという意味があるんです。だから私の気持ちだと思って受け取ってもらえませんか?」


「……分かった。ありがとう。じゃあお言葉に甘えて大切に使わせてもらうよ」


「ありがとうございます♪ 財布には使い始める前にする作法がいろいろあるので、それが終わったら改めてプレゼントしますね♪」

 僕は巫子の気持ちを尊重して財布を受け取ると、巫子と一緒に店を出た。

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