第11話 早朝に真白さんが部屋にやってきてバズーカを撃ちました(巫子視点)
「それでは、ただ今から文人に寝起きドッキリを仕掛けたいと思いまーす。パチパチパチパチー」
「……」
玄関でパジャマ姿の私がポカンとする隣で、迷彩服を着た真白さんが場を盛り上げようとするように手を叩き、私もそれに合わせます。
今の時間は朝の6時、ことの発端は3分前。
私が文人さんと一緒に寝ていると、突然真白さんから電話がかかってきて起こされました。
寝ぼけながら電話に出ると「急ぎの用事があって今からそっちに行くから部屋の鍵を開けておいて。文人は起こさないように」と用件だけ言って私の返事を聞かずに電話を切りました。
私は訳が分からないまま、とりあえず言われた通りにするとすぐに真白さんがやってきて今に至ります。
「あの、真白さん?」
「何? 巫子?」
「……寝起きドッキリ?」
「そうよ? 聞いたことない?」
「いやありますけど……何でまた急に?」
「何でって……この前テレビで見て面白そうだと思ったからに決まってるじゃない?」
「これ以上ないシンプルな理由ですね……」
首を傾げる私の質問に、真白さんが当たり前のことのように答えます。
「ちなみにその鞄の中には何が入ってるんですか?」
真白さんは旅行にでも行くような大きな鞄を持ってきていました。
「気になる? 見てもいいわよ♪」
「はい」
真白さんに許可をもらった私は鞄を開けて中を見てみました。
「えーっと赤と黒のマジックに手鏡に『ドッキリ大成功!』の看板に、これは……馬の被り物ですか? それも2つ、こんなの何に使うんですか? ……って真白さん!」
すると私は朝の爽やかな空気に似合わない、物騒なものを見つけてしまいました。
「これ……バズーカじゃないですか!? 何でこんな物を持ってるんですか!?」
「だってほら、人間ってたまに無性にバズーカを撃ちたくなる時あるじゃない? だから以前一緒に仕事したテレビ局の知り合いに頼んで借りてきちゃった♪」
「ありませんよ! バズーカを撃ちたい時ってどんな時ですか……」
完全に危ない人の発言をする真白さんに私は呆れます。
「ま、まさかそれこの部屋の中で撃つつもりですか!? ダメですよ! 近所迷惑で管理人さんに怒られて私と文人さんがここに住めなくなっちゃいます!」
「大丈夫。今日は周りの全ての部屋が空室や帰省、旅行などで誰もいないことを確認済みだから♪」
「どうやって確認したんですか……」
もうどこから指摘していけばいいのか分からなくなった私は、好きにしてくださいと諦め気味にため息を吐きました。
「じゃあそろそろ始めるわよ。早くしないと文人が起きて全てが台無しになっちゃうから」
「は、はい……」
無駄話はそこまでとばかりに、真白さんが靴を脱いで部屋に上がります。
私は止めるべきか迷いましたが真白さんは言っても聞かない人ですし、私も少し面白そうだと思ったので後をついて行くことにしました。
「さーて、まずは何をしようかしら♪」
真白さんが楽しそうに部屋をキョロキョロしてから洗面所に入っていきます。
「おー、これは文人と巫子が使ってる歯ブラシね。……あむっ」
「ええっ!? ま、真白さん!? 何をやってるんですか!?」
すると真白さんは文人さんの歯ブラシを見るや否やいきなり口に咥えて歯を磨き始めました。
「え? だってお約束でしょ?」
「知りませんよ。歯ブラシといいバズーカといい、いつの時代のお約束ですか……」
「ふふっ、文人と間接キス♪」
唖然とする私をよそに、真白さんはなぜか少し嬉しそうに文人さんの歯ブラシで歯を磨き続けます。
「ふう、ごちそう様♪ じゃあ次は……」
しばらくすると気が済んだのか真白さんが文人さんの歯ブラシを元に戻し、今度は洗濯機の中に右手を突っ込んでゴソゴソと漁り始めました。
「とおっ! 巫子の使用済みパンツゲットー♪」
「ちょっ!? ちょっと真白さん!?」
そして私が昨日履いていたパンツを手に取り、武将の首を獲った武士のように高々と掲げました。
「巫子の勝負パンツはピンクかあ……クンクン、微かにツンと酸っぱい匂いがする」
「きゃああああっ!? 止めてください! 匂いを嗅がないでください! 感想を口に出して言わないでください!」
その直後、私のパンツを鼻に押し当てるのを見て私は悲鳴を上げてしまいます。
「もう! デリカシーが無いにも程がありますよ! 返してください!」
「あっ!?」
私は慌てて真白さんからパンツを奪い取り洗濯機の中に戻しました。
「ちぇっ、巫子のケチ。減るもんじゃないのに」
「減りませんけど、私が恥ずかしくて嫌な思いをするので止めてください!」
「ふうん? じゃあ巫子のじゃなくて文人のにする」
「……はい?」
すると真白さんが今度は文人さんのパンツを洗濯機の中から取り出します。
「はふう……フェロモンなのか何なのか分からないけどクセになりそうな匂いがする……」
そしてまた鼻に押し当て、味わうように匂いを嗅ぎながら目を細めました。
「……」
「巫子? なーに羨ましそうに見てるのかなあ?」
「べ、別に羨ましいなんて思ってないですよ!」
私がその様子を無言で見つめていると、真白さんがニヤニヤしながら尋ねてきました。
ほ、本当は少しだけ……羨ましいです。
私、文人さんの匂いが大好きで、抱きついている時に体の匂いを嗅ぐことがあります。
そしてシャツとパンツには体とは違う趣があり、洗濯の時にこっそり嗅いでみようかと思ったことはありますが、もし文人さんに見られたら引かれてしまうと思って実行に移せずにいたのです。
「せっかくだし巫子も一緒に嗅ぐ?」
「嗅ぎません! 真白さんと一緒にしないでください!」
でも今ここで誘惑に負けてうんと言ってしまうと、真白さんに弱みを握られ後で何をされるか分かったものじゃないので、私は必死に自制心を働かせて首を横に振りました。
「ふふっ、無理しちゃって♪」
「無理なんかしてません! というか真白さん寝起きドッキリをしにきたんですよね? こんなところで寄り道しないでさっさと文人さんのところへ行きましょう!」
「はいはい♪」
私は誤魔化すように強引に話題を変え、真白さんに文人さんのパンツを洗濯機の中に戻させると、玄関に置いてある鞄を手に文人さんが寝ているベッドに向かわせました。
「その前にゴミ箱チェック。昨夜文人と巫子が愛し合った残骸が1、2、3……」
「真白さん! もういい加減にしてください! これ以上余計なことするなら帰ってもらいますよ!」
やりたい放題の真白さんに私は語気を強めて牽制します。
この人、いったいどこまで他人のプライベートに土足で踏み込むつもりなんですか……。
「おーこわ、冗談冗談。今からはちゃんとするから怒っちゃやーよ♪」
真白さんが私をおちょくるように宥めながら文人さんが寝ているベッドの前に立ちます。
「ぐう……ぐう……」
「さて、バズーカを撃つ前に寝ている文人の顔にマジックで落書きしよう♪」
「ええっ!? そんなことして文人さん怒りませんか?」
「大丈夫。巫子が『ごめんなさい(・ω<) テヘペロ』ってかわいく謝ったら、文人は何でも許してくれるから」
「謝るの私なんですね……」
「とりあえず、もっとキリッと男前な顔にしたいからまずは眉を太くして……」
「え、ええ……」
真白さんが全く躊躇することなく、黒のマジックで文人さんの眉毛を太くなるように描いていきます。
「ふむ、どうせなら極太1本眉毛にしよう♪」
「ぶはっ!?」
真白さんが思いついたように2本の眉毛を繋げ、私は文人さんに失礼だと分かっていながら思わず吹き出してしまいました。
た、確かに男前だけど、同じくらい間抜けに見えておかしいいいいっ!
「さらにワイルドさを出すために顎髭とネコっぽい髭を描いて、額に『肉』とでも書いておくか」
「ぷ、くくくく……」
文人さんのかわいらしい寝顔がどんどん酷いことになっていき、私は必死に笑いを堪えます。
「さらに赤のマジックでほっぺたに渦巻きを描いてお茶目な感じを出して、口は口裂け女みたいに横にビローンと」
「ま、真白さん、これ以上は止めてください。おかし過ぎてお腹痛い……」
「最後にまぶたに目を描いて……はい完成♪」
「あはははは! 寝てるのに起きてるみたいになってるううううっ!」
ついに笑いを堪えられなくなった私は、文人さんが起きてしまうかもしれないことなどお構いなしで大声で笑ってしまいます。
文人さんには悪いですが、真白さんが悪戯を止められない理由が少し分かった気がしました。
「はあっ、はあっ、わ、笑い過ぎて涙が……」
「これは傑作ね。記念に写真を撮っておこう♪」
私が手で涙を拭う隣で、真白さんがスマートフォンを取り出して変わり果てた文人さんの寝顔の写真を撮ります。
「これでよし。じゃあそろそろ文人を起こすわよ。巫子、馬の被り物を被って」
「は、はい!」
真白さんの指示で私たちは馬の被り物を被りました。
「よいしょっと」
次に真白さんがバズーカを担ぎ、文人さんの顔の上1メートル付近に狙いを定めます。
これ、傍から見たらなかなか凄い絵面ですね……。
「じゃあカウントダウンいくわよ。5秒前」
そして発射を目前に私たちは緊張感を高めます。
「5……4……3……2……1……fire♪」
ドォォォォォン!!
「きゃっ!?」
「うわあああっ!? な、何だ!?」
真白さんがバズーカを発射した瞬間、予想以上の大きな音が部屋に響いて私は驚きの声を上げ、文人さんも何事かと飛び起きました。
「おはよう文人♪」
「へっ!? うわあああっ!?」
そこにすかさず真白さんが声をかけ、文人さんは馬の被り物を被った私たち2人を見て悲鳴を上げます。
ドサッ!
「あ痛あっ!?」
「きゃっ!? 文人さん大丈夫ですか!?」
文人さんは驚きのあまりベッドから落ち、私は慌てて馬の被り物を脱いで文人さんに駆け寄りました。
「痛た……」
「ふふっ、大成功ね♪」
床に打ち付けた顔を擦る文人さんに、馬の被り物を脱いだ真白さんが愉快そうな顔をして近づきます。
「ま、真白? こんな朝早くから何やってるんだよ?」
「これよ」
何が何だか分からない様子の文人さんに、真白さんは鞄から『ドッキリ大成功!』の看板を取り出して見せました。
「ド、ドッキリ? ま、また子どもみたいなくだらないことを……」
「ちなみにまだ終わってないわよ? ほら、鏡で自分の顔を見てみて♪」
ようやく状況を理解してホッとすると同時に、呆れた顔をする文人さんに真白さんが手鏡を渡します。
「自分の顔? ……うわあああっ!? 何かメチャクチャ落書きされてるううううっ!?」
「それだけじゃないわ。今度は片目を瞑りながら見てみて♪」
「片目? ……うわっ!? まぶたにも目が描かれてるううううっ!?」
「あははははっ! さすが文人、いいリアクションするわね。ここまで見事に驚いてくれると私も企画した甲斐があったというものだわ♪」
次から次へと思惑通りに驚く文人さんに真白さんが満足そうな顔をします。
「しかもこれ油性じゃん!? このまま取れなかったら外に出られないじゃないか! どうしてくれるんだよプンプン!」
「あはははは! 文人さん目を閉じながら怒るの反則です! わ、笑い過ぎて息が苦しい……」
すると文人さんがお返しとばかりに、悪ノリして私たちを笑わせようとしてきます。
「ええいっ! もうヤケクソだ! 2人共このまま笑い死にさせてやるううううっ!」
「あはは♪」
ああ、楽しいなあ。
こんなにお腹の底から大声で笑ったのはいつ以来だろう?
寝起きドッキリが成功して部屋が笑いに包まれる中、私はふと過去を振り返りました。
もしかするとVTuberになってからは初めてかもしれません。
なかなか登録者数が伸びなかったり、批判や心ないコメントがきたらどうしようと常に悩みや不安を抱えていましたから。
でも文人さんとお付き合いしてから、まだ3日目ですけど一緒にいる間はそんなことなど全て忘れてしまうくらい、楽しくて幸せな時間を過ごせています。
きっとこれからも、私と文人さんと真白さんの3人で面白おかしくやっていくんだろうなあ。
何となくですけど、私はこれから楽しい日々が始まる予感がして期待に胸を膨らませていました。
これも全部、文人さんのおかげです。
今まで応援してくれた恩返しがしたいと思ってお付き合いさせてもらったのに、一緒にいればいる程返す恩が大きくなっていくばかり。
文人さん、本当にありがとうございます。大好きです♪
この恩はそのうち必ずお返ししますね♪
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