第10話 巫子の部屋を出て帰ろうとすると元カノと鉢合わせしました
「じゃあ、帰ろうか?」
「はい♪」
荷物の準備が終わり部屋の外に運び出し、巫子が部屋の戸締まりをする。
「え!? 文人!?」
そして荷物を手に持ち歩き出そうとすると、誰かの驚くような声が聞こえた。
「舞子……」
声がした方を向くと、そこにはセミロングの茶髪にキリッとした目が特徴的で気の強そうな印象を受ける美人。
巫子の姉であり僕の元カノでもある舞子が立っていた。
舞子は僕と付き合っている時には見たことがない、明らかに気合いが入った大人っぽい装いをしていてメイクもバッチリと決めている。
どこかに出掛けて帰ってきたところなのだろうか?
「あんた、何でこんなところにいるの? まさかあたしとよりを戻しにきたんじゃないでしょうね? 二度と近づかないでって言ったはずだけど?」
「お、お姉ちゃん違います! これには訳があって……」
僕に強い敵意を向ける舞子を見て、巫子が慌てて僕の前に出てフォローに入る。
「巫子? ……んん!?」
そして舞子は僕たちが持つ大量の荷物を見ると、表情をさらに険しくした。
「文人あんた、あたしにフラれたからって今度は巫子に手を出したの? どれだけ節操無しなのよ? それにその荷物は何? ないとは思うけど、夜逃げや駆け落ちだったら承知しないわよ!」
「違います! 私が文人さんにお願いしてお付き合いすることになったんです!」
「巫子の方から?」
「はい。ずっと前から文人さんのこといいなあって思ってたので♪」
「ふうん?」
巫子が必死に説明しても舞子は僕を疑いの目で見続ける。
「ちなみにその荷物は?」
「これはですね。朝に文人さんがいいよって言ってくれたので一緒に暮らすことになったんです♪」
「つまり同棲ってこと?」
「はい♪」
巫子が舞子に幸せですとアピールするかのように、満面の笑みで僕の左腕に抱きつきベッタリとくっつく。
「それに聞いてください。文人さん、私のために就職を決めてくれたんです!」
「へえ? 良かったじゃない? でもこの時期に残ってる会社なんてろくなところじゃないと思うけど? 給料は月いくら?」
「じゅ、15万……」
不思議そうに聞いてくる舞子に僕は引け目を感じながら答える。
「休日や残業などの条件は?」
「一応日勤で、休日や残業はその時の仕事の状況次第……」
「あっはっは! 何よそのアルバイトみたいな酷い条件? 個人経営の店か何かなの? あたしなら絶対に入らないわ」
舞子がそういうことかと納得すると、僕をバカにするように笑う。
真白から提示された条件は、月給15万円だけど成果によって上限無しの上乗せがあるというもの。
仕事はまだ何をするか具体的には決まっていないが、おそらく高校生のアルバイトでもできる仕事になると思われることから、舞子の言っていることはあながち間違いではない。
それでも僕にとっては十分優遇されていると感じる条件で、他に当てもなく断る理由がないと思える程だった。
「巫子も物好きねえ? あんたならその気になればもっといい男を捕まえられるのに、こんな甲斐性なしのどこがいいのよ?」
「だって文人さん優しいですし、それにきっと将来凄い人になりますから♪」
「そうは思えないけどねえ。3年間付き合ってたけど才能とか大化けする可能性は一切感じなかったし、頼りない男をパートナーに選ぶと将来苦労するわよ?」
「大丈夫です。私が頑張って支えます♪」
「はあ、あんたって本当に変なところ頑固よね? 普段はあたしの言うことを何でも聞くくらい素直なのに、譲らないと決めたことは絶対に譲らないんだから」
何を言っても幸せそうな表情を崩さない巫子に、舞子は呆れながらため息を吐いた。
「そう言えばあんたも大学へ行かずに、知り合いの何だかよく分からない小さな会社に入ったのよね? バカね。偏差値の高い大学か大きな会社に入って、そこで将来出世しそうな男を捕まえないと負け組になるのに、まあそういう意味では、あんたたち2人はお似合いなのかもねえ」
そして巫子のためを思って言ったのに、自分の言う通りにしなかったことを後悔しろと言わんばかりに嫌味を言う。
「……痛っ!?」
すると突然、僕の左腕に痛みが走った。
「……」
ギリギリギリ……
「み、巫子力入り過ぎ、痛いって」
左腕を見ると巫子が微かに震えながら、僕の腕を砕こうとするかのように力一杯抱き締めている。
顔は笑っているけれども、心の中は舞子の言葉に完全に怒っていた。
「まあ巫子はまだ18だし、思い通りにいかない厳しい現実を知るのも人生のいい勉強になるんじゃないかしら? あんたももう社会に出て働く大人だから、自分の好きなように生きなさい。でも望まない妊娠をしたり面倒事を起こしたりして、あたしに迷惑をかけることだけはないようにしなさいよ?」
しかし舞子はそのことに気づかず、諦めたように話を切り上げる。
「あたしはあたしのやり方で幸せを掴む、あんたたちもせいぜい頑張って幸せになりなさい。じゃあね」
バタン!
そして僕たちに向けて挑戦的な言葉を吐くと、巫子の部屋の隣である自分の部屋に入ってドアを閉めた。
◆◆◆
「あむっ、はふっ、んふっ」
「んあう、ふむう……」
その日の夜、夕食を食べ風呂に入った後、僕と巫子は今日もベッドの上でイチャイチャしていた。
昨日数え切れないくらいしたのに、僕たちは全く飽きることなくキスを楽しむ。
そうすることが自然で心が落ち着くように感じる程だった。
「ふう……ふふっ、幸せですね♪」
「そうだね」
しばらくして唇を離すと、僕と巫子は見つめ合い愛し合える喜びを分かち合う。
「文人さん、今日はごめんなさい」
そして僕の機嫌がいいのを見て、巫子が突然僕に謝ってきた。
「ん? 何が?」
「お姉ちゃんのことです。文人さんに失礼なことを言って」
「ああ、巫子が謝ることじゃないよ。というか僕が悪い。ごめん。言いたい放題言わせちゃって、悔しかったよね?」
僕は巫子を慰めるように頭を撫でる。
「それにしても舞子の奴、どうしちゃったんだろうなあ? 以前はあんな……何と言うか必死な感じじゃなかったのに……」
僕は舞子と付き合い始めた頃のことを振り返る。
当時の舞子は毎日を楽しく生きることを大事にしていて、まっすぐで自分の心に従い行動し、僕は子分その1みたいな感じで付き合わされ振り回されていた。
でも就職活動が始まった頃から雰囲気が変わった。
日に日に舞子の表情が重く追い詰められたようなものになっていき、僕の目にとても苦しそうに見えるようになったのだ。
さらに僕の就職活動が上手くいかないことで不安が増したのか、イライラすることが多くなりケンカが増え、こうして破局を迎えたのだ。
「文人さん。今まで内緒にしていたんですけど……」
「うん?」
僕が首を傾げていると、巫子が少し悩むような仕草をしてから口を開いた。
「実は私とお姉ちゃん、血が繋がっていないんです」
「えっ!? そうなの!? 知らなかった……」
「後ろめたいことはないんですけど、話すと訳ありだと思われて周りの人に気を遣わせてしまうので敢えて言わなかったんです」
思いもよらぬ巫子の告白に僕は衝撃を受ける。
「私はパパの連れ子で、お姉ちゃんはママの連れ子、私たちが義理の姉妹になったのは私が中学生の時で、姉妹なのに別々の部屋に住んでいるのも、気が合わなかったり1人になりたくなったりした時のことを考えたパパの配慮によるものなんですよ♪」
「そうだったんだ……」
僕は呆然としながら巫子の話に相槌を打つ。
「お姉ちゃんの生みの両親は幼い頃に離婚して、母子家庭で育ったことから経済的に大変な思いをしていたみたいです」
「なるほど……」
だからあんなに経済的な安定を重要視していたのか。
将来生まれてくる子どもに、過去の自分と同じ苦労をさせないように。
推測だけど、僕と付き合い始めた頃は経済的な問題が解消されていて忘れていたが、就職活動を始めたことで生きていく大変さを思い出したというところだろうか?
「ちなみに巫子の生みのお母さんは?」
「私が小学校高学年の時に病気で亡くなりました。パパが経営者なので経済的に何一つ不自由のない生活をさせてもらいましたが、仕事が忙しく滅多に家に帰ってこなくて、毎日一人で淋しくお留守番をしていました」
「舞子とはまるで正反対だな」
お金がない苦しみを知っている舞子と、お金があっても満たされないことを知っている巫子。
二人の育った環境の違いが、そのまま考え方の違いになっているわけだ。
これはちょっとやそっと話し合ったくらいでは分かり合えないかもしれない。
「それにしても、お姉ちゃんは男性というものを分かってませんね。素敵な男性は探して見つけるものじゃないのに」
巫子が呆れたようにため息を吐く。
確かに巫子が僕と付き合うために3年も待ったように、男女問わず理想と言えるくらい魅力的な人には必ずと言っていい程恋人がいて、仮にいない場合でも数多くの競争相手がいる。
さらに僕のように巫子みたいな子に彼氏がおらず、告白までしてもらえることなんか、例外中の例外で宝くじに当たるようなものだ。
「まあ、そのおかげで今こうして文人さんとイチャイチャできるんですけどね♪」
「わっ!?」
巫子がその幸せを噛みしめるように、僕に抱きついてスリスリと甘え出す。
「本の受け売りですけど、素敵な男性は捕まえるものではなく育てるもの。夫は妻にとって1人目の子どもらしいですよ。だから文人さんがアマテラス司を育ててくれたように、今度は私が文人さんを立派な男性に育てますね♪」
「あはは、ありがとう。頑張るよ」
僕は巫子の言葉に頼もしさを感じる一方、その期待に応えられるだろうかと不安を感じた。
「さて、そろそろ着替えますね」
「うん。よろしく」
話が一区切りついたところで巫子が僕から離れる。
この後巫子に家から持ってきてくれた制服を着てもらうことになっているのだ。
18歳なのに既に大人の色気がある巫子と、淡い青春の記憶を呼び起こさせてくれる制服のコンビネーションに、僕は想像するだけで鼻血が出そうなくらい興奮していた。
「設定はどうしましょう? 先生と生徒? それとも部活の先輩と後輩の方がいいですか?」
「いや、兄と義理の妹というのはどうかな? 一緒に暮らしてるし、僕と巫子の関係だとそれが一番しっくりくる気がする」
「あ、いいですね。私、昔から優しいお兄ちゃんというものに憧れてたんです♪」
僕の提案に巫子がニッコリと笑顔で了承してベッドから降りる。
「お兄ちゃん。だーい好きです♪」
そして巫子は既になりきっているのか、愛情の籠もった決めゼリフを言って脱衣所へ向かい、制服に着替え僕と義理の兄妹プレイを楽しんだのだった。
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