第4話 巫子ちゃんの口から全てが語られ、4年に渡る巫子ちゃんの初恋が叶いました
「それじゃあ行きましょう」
「うん」
昼食を食べ終え洗い物を済ませると、僕と巫子ちゃんはデートに出発することにした。
「すぐ近くなので私についてきてください」
「分かった」
僕が部屋の鍵をかけたのを見て巫子ちゃんが歩き出す。
「着きました♪」
「……へ?」
すると僅か3秒で目的地に到着した。
「え? 巫子ちゃん? 僕のことからかってる?」
「からかってないですよ? ここが私の文人さんと一緒に行きたかった場所です」
「でもここ、隣の部屋だよ?」
「まあまあ、理由はすぐに分かりますから♪」
「は、はあ……」
ピンポーン♪
キョトンとする僕をよそに巫子ちゃんは部屋のインターホンを押す。
ガチャッ
「きたわね。いらっしゃい」
「真白さん。こんにちは」
すると中から小柄で白髪の女の子が現れた。
「チャオ♪ 今のところどこまで話してる?」
「まだ何も、着いてから説明した方がいいと思いまして」
「そうね。まあ玄関で立ち話も何だからまずは上がって」
「はい。じゃあ文人さん。中に入りましょう」
「う、うん……」
既に2人の間で話が通っているのか、僕は巫子ちゃんに言われるまま部屋の中に案内された。
◆◆◆
「はあ、やっぱりお茶は日本茶ねえ」
「……」
中に入ると、まずは巫子ちゃんがお茶を淹れてもてなしてくれた。
そして話を始める前に準備があると言って一度退席し、僕は真白さんと2人きりになる。
真白さんがお茶をすすり和んでいる座卓テーブルの向かい側で、僕は初対面の気まずさを感じながらどうすればいいか困っていた。
何気なく僕は部屋の中を見回す。
女性の部屋とは思えないくらい飾り気のない部屋。
部屋の隅にある机の上に仕事用と思われる立派なパソコンと何に使うのか分からない機材がいくつかあるが、それ以外は生活に必要な最低限の物しかない。
しかも個性のないシンプルなデザインのものばかりで、僕はまるで会社の宿直室にそのまま住んでいるような印象を受けた。
とりあえず真白さんと何か喋ってみるか?
このままだと居づらいし。
「あの……真白さん」
「何? 下着ならそこのタンスの上から2番目の引き出しよ」
「いや聞いてないですけど、というか何で下着なんですか?」
僕が声をかけてみると、真白さんから明後日の方向の答えが返ってきた。
「え? 男って女性の部屋に入るとまずはタンスの中の下着を確認して『この子、見た目によらずエロい下着を持ってるな。これはヤれるぞグヘヘ……』とするのが普通でしょ?」
「それどこの世界の普通ですか? 初対面の女性の部屋でそんなことしませんよ」
真白さんは男性と接した経験が全くないのだろうか?
あまりにも酷い先入観に僕は呆れる。
「じゃあ顔見知りの巫子の部屋ならするの?」
「……しません」
多分だけど。
「あ、少し考えた。じゃあ巫子に気を付けるように言っておくわ♪」
「ちょっ!? 止めてくださいよ! 巫子ちゃんに変態だと思われて警戒されたら困ります!」
「冗談よ♪」
「本当ですかあ?」
僕が慌てるのを見て真白さんが愉快そうに笑う。
どうやら、からかわれていただけのようだ。
「あ、そうそう。私のことは真白って呼んで。喋り方もタメ口でいいわ。巫子によると同い年らしいから。その代わり私も文人って呼ぶけど」
「は、はい。じゃあ真白、巫子ちゃんとはどういう関係?」
「一言で言えば仕事仲間ね。でも詳しいことは巫子の説明が終わるまで言えないわ」
「ああそう……」
僕は話を本題に戻したが、真白の方は特に何か話をする気はないらしい。
巫子ちゃん、早く戻ってきて……。
というかこの人、僕と同い年だったのか。
童顔だから年下だと思ってた。
ダッダッダッダッダ!
「ん?」
すると突然誰かが走ってくるような足音が聞こえてきた。
「おーっす! カナブン! 待たせたな! 1000年に1人の大天使アマテラス司様の降臨だー!」
そして次の瞬間、僕たちの前にアマテラス司のコスプレとモノマネをした巫子ちゃんが現れた。
「……」
え!? 巫子ちゃん!? 何やってるの!?
僕は驚きのあまり時間が止まったようにその場に固まる。
「あ、あのー文人さん? さすがにノーリアクションだとこの後どうすればいいのか分からなくて困っちゃうんですけど……」
唖然とする僕を見て、巫子ちゃんはちょっと恥ずかしそうに照れるような仕草をした。
「いや、だってさ……」
僕は混乱しながら必死に頭を働かせて状況を理解しようとする。
何で巫子ちゃんがこんな訳の分からないことをしてるんだ?
まさかとは思うけど、僕にこの奇行を見せるために呼んだわけじゃないよな?
「……ん!? 待てよ」
すると僕の頭にある疑問が浮かんだ。
どうして巫子ちゃんが僕がカナブンであることを知っている!?
僕が舞子の家で巫子ちゃんと喋った時、アマテラス司の大ファンであることは言ったが、ハンドルネームがカナブンであることは言ってない。
「も、もしかして……」
そして僕はある答えに辿り着いた。
「司の中の人って……巫子ちゃん!?」
「正解です。カナブンさん。ようやく会うことができましたね♪ 驚きました?」
「そ、そりゃあ驚くよ。普段の巫子ちゃんと全然キャラが違うし」
僕は嬉しそうにパチパチと拍手する巫子ちゃんを半信半疑で見つめる。
「そうですよね。それにはいろいろと訳がありまして、今日はそれも含めて文人さんに聞いてもらいたいことがあってここにきてもらいました。聞いてくれますか?」
「う、うん」
巫子ちゃんから真剣な雰囲気を感じた僕は、巫子ちゃんの方を向いて正座し背筋を伸ばす。
「まず最初に結論を言います。文人さん、私はあなたのことが大好きです♪」
そして巫子ちゃんの告白が始まった。
「小さい頃、私は人見知りで本だけが友達でした。自分は友達になる魅力も価値もない人間。そう思っていたところに中学生の時に出逢った小説投稿サイトの小説が私を変えてくれました。年齢や性別、社会的地位なんか関係無い、自分の心に従い書きたい物語を書いて伝えたい言葉を届ける。そんな作者たちのひたむきな姿に私は心を打たれ、自分も何か発信したいと思うようになりました」
巫子ちゃんは胸に手を当ててその時のことを懐かしむように話す。
「でも人前に出て喋る勇気がなかった私は、その後VTuberの存在を知りアマテラス司という仮面を被りました。でも誰も私の言葉に耳を傾けてくれなくて、私はあの人たちとは違う。誰にも力を与えられない人間なんだと落ち込み虚しさを感じました。今日はもう止めようかと思ったその時です。カナブンさんがきてくれたのは」
「……うん。僕もよく覚えてるよ」
あの時の司は黙ったまま俯き今にも泣き出しそうな顔をしていて、その姿が頑張って小説を書いても読まれずに苦しんでいる過去の自分と重なった。
このままだとこの子は僕と同じように挫折して、熱い想いを抱く心に蓋をしてしまう。
そうなってはいけない、放っておけないと思ってコメントを送ったんだ。
「カナブンさんは毎回必ず配信を見にきてくれて『この前紹介してた小説面白かったよ』『次も楽しみにしてるね』と褒めてくれて、投稿した動画には全部コメントを書いてくれて、私も誰かの役に立てている、生きているんだと実感することができました。すると『今日も見にきてくれるかなあ』『この前の動画を見て喜んでくれたかなあ』とカナブンさんのことばかり考えるようになって、いつの間にか好きになっちゃいました」
「そうだったんだ……」
当時の僕はそんな大層なことをしている意識はなかった。
配信や投稿された動画を見る時にまず最初に高評価ボタンを押して、見終わったらその時に感じている良かったところを1つか2つ書く。
誰にでもできる、代わりが務まるささやかな応援だ。
なかなか書くことが思い浮かばなかった時は「上手く言葉にできないけど最高!」と雑過ぎる感想を書くこともあった。
でもそれが「反応」として司の存在と価値を示すものとなり、後に登録者100万人を突破する原動力になっているとは思わなかった。
「どんな人なのか会ってみたい気持ちはありましたけど、乱暴されたり正体を言いふらされたりするのが怖くてできませんでした。でもまさかその後お姉ちゃんの彼氏として会うことになるとは思いませんでした」
「どうして僕がカナブンだと分かったの?」
「文人さんが『実は僕がアマテラス司の1人目のファンなんだよ』と誇らしげに言っていたことと、過去の配信と動画の中に書いてあるカナブンさんのコメントと文人さんの言葉が一致していたことですね」
「なるほど」
「文人さんがカナブンさんだと気づいた時、驚くと同時にとても後悔しました。あの時に勇気を出して、お姉ちゃんよりも先に文人さんと出逢っていればお付き合いすることができたかもしれないのに、こうして私の初恋は初めましてを言う前に終わってしまいました」
するとこれまで僕に対する親愛の籠もった穏やかな笑みを浮かべていた巫子ちゃんの表情が曇る。
「私は何度も諦めようと自分に言い聞かせました。でも、できませんでした。だって私は文人さんが素敵な男性だから好きになったわけじゃないんです。まだ何者でもなかった私を1人の人間として認めてくれて、嬉しい時は一緒に喜び辛い時は励ましてくれた。誰よりも近くで応援し続けてくれた文人さんだからこそ好きになったんです。他の人に代わりが務まるわけないじゃないですか!」
「巫子ちゃん……」
「私はお姉ちゃんが羨ましかった。そして文人さんにお姉ちゃんとの仲について相談されることも辛かった。何でケンカするくらい不満があるのに、頑張って仲直りしてでも一緒にいようとするの? 私と付き合えばきっとケンカすることはないし、お姉ちゃんの何倍も文人さんを喜ばせてあげることができるのに!」
「……」
今まで溜め込んでいた想いを吐き出すかのように感情を爆発させ、悔しそうにする巫子ちゃんを僕は黙って見つめる。
ああ、僕はこの子に残酷なことをしていたんだな。
パソコンの画面の向こうの人だったとはいえ、舞子と付き合っていたとはいえ、司がこんなに僕のことを想ってくれていたなんて夢にも思わなかった。
僕はそんな鈍感な自分に腹が立ち殴りたくなった。
「私は悪い子です。何度も別れちゃえと他人の不幸を願って、昨日の配信なんか別れたことを知った瞬間に大喜びしちゃったんですから」
「巫子ちゃん、そんなに自分を責めちゃダメだよ。口には出さないだけで、きっと世の中の人みんな同じことを考えてると思うよ」
「ありがとうございます。ふふっ、文人さんはこんな時でも優しいですね♪」
自己嫌悪する巫子ちゃんを擁護すると、巫子ちゃんは救われたようにまた笑顔になる。
「何はともあれ私は神様に感謝しました。3年も待たされてしまいましたけど、文人さんが傷つくことになってしまいましたけど、こうしてまた私にチャンスを与えてくれました。そして今日、ようやく私の気持ちを伝えることができます」
巫子ちゃんはここで改めて決意を固めようとしているかのように、目を閉じて一度深呼吸する。
「文人さん、大好きです。あなたに出逢えて本当によかった。文人さんがいなければ今の私はなかったと思います。私にできることなら何でもするので、これからはパソコン越しの友達ではなく彼女として隣にいさせてください♪」
そして愛に溢れた、神々しささえ感じる程の美しい笑顔で僕に告白した。
「……」
い、いいの?
何の取り柄のない、何もできない僕が司の隣にいてこれからも応援していいの?
僕は夢でも見ているのではないかと思った。
配信を始めたばかりの頃の司は、気さくに話せる友達のような存在だったけど、応援する人が増えていくにつれ少しずつ遠い存在になっていった。
少し前からはもう僕の応援なんか必要ない、手の届かないところに行ってしまったと思っていた。
でもこうして隣にいたいと言ってくれて、必要としてくれていることを僕は堪らなく嬉しく思った。
そのお願いを断る男なんているか?
……いるわけないだろ。
「よ、よろしくお願いします」
「っ! 文人さん!」
「うわっ!?」
僕がゆっくりと頷くと、巫子ちゃんは嬉しさのあまり僕に抱きついてきた。
「うわああああん! ひくっ、嬉しいですう。私、断られたらどうしようと不安で、昨日の夜も全然眠れなくっ、てえ……」
そして安堵して緊張の糸が切れたのか、巫子ちゃんが僕の胸の中で大声で泣き始めた。
「うん、うん。よく頑張ったね。勇気を出して告白してくれてありがとう。僕も凄く嬉しいよ」
「うあああうううっ!」
僕は巫子ちゃんの背中に腕を回して抱き締め返すと、愛おしむように優しく頭を撫でる。
「めでたしめでたし。さて、まだお昼も食べてないことだし邪魔者は退散しますかね? じゃあ二人共お幸せに♪」
すると真白は気を利かせてくれたのか、僕たちに向けてウインクすると外へ出て行った。
「文人さん……」
しばらくすると巫子ちゃんは泣き止み、目を潤ませて僕にキスを求めてきた。
「うん」
僕はそれに応え、目を閉じて巫子ちゃんにキスをする。
僕と巫子ちゃんの初めてのキスの味は、甘くて少ししょっぱい嬉し涙の味だった。
「文人さん、これから2人で力を合わせて幸せになりましょうね♪」
こうして巫子ちゃんの4年に渡る初恋が叶い、僕たちの甘々な恋人生活が始まったのだった。
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