エピローグ

公衆トイレで、天使が白骨化していた。

我ながら気持ち悪いとは思うが、この骨格は間違いなく天使の物だとわかった。


このまま放っておいたら、この遊園地の煩わしい人混みも消えるのだろうか。


「水姫~?どうしたの?」


そんな私の歪な考えを浄化する、かわいらしい声が聞こえてきた。


「入らないでください。宵華。」


私は一度トイレから出て、入口に立っている宵華と同じ目線にかがんだ。


「今、浦子がジェットコースターに並んでいてくれています。なので、このお金でポップコーンを買ってきてあげてください」

「いいのか?!」

「もちろん。宵華の好きな味を買ってよいですよ」

「わーい!ありがと水姫!」


宵華はパタパタと売店へ走っていた。上機嫌さがステップに浮き出ていて愛らしい。


「あんなに楽しそうな気分に水を差すわけにはいかないからな」


私は再び血まみれのトイレに脚を踏み入れた。

そして、時を止めて天使の死体を観察する。


どう考えても神子による犯行だ。

天使が、お花を摘みに行ってきますと言って私達とはぐれたのはたった十分前そんな時間でこんな状態にできるのは神の力意外に説明がつかないだろう。


それにしては、骨だけという極めて軽い状態であるのに、隠すどころかこれほどまでに堂々と置いてあるということは、逃げる時間が無かったのだろうか。つまり、近くにいる。


私はひとつひとつ、トイレの個室を透視する。


いた。


掃除用具入れか。


私は用具入れを破壊し、時を戻した


「!?!?」


40代ぐらいの女性だった。口元に血がついていることから、間違い無く天使から力を奪おうとして行った犯行だとわかった。


「冠堂会の神子か……!!」


女が握りしめたモップが朽ち果てた。そういう力なのか。あまり使い道はなさそうだ。


「もう遅いわよ、神の力なら私が手に入れたから。」


女は攻撃をするような動作をする。しかし、私はあっさりと女の首根っこを掴み、かなしばりに合わせた。


「っ!?神の血を吸ったというのに何故、力が……!?」

「馬鹿ですね。その女は神なんかじゃありません」

「そんなはずは無い!?ソイツは確かに冠堂会に属する神子の全ての力を持つ神であるはず…!?」

「冠堂会で、神と崇められ、聖人まがいの活動をしているから?」


私は女の首筋に爪を立てて血を舐めとった。


「これで貴方も普通の人間です。よかったですね」

「貴様っ!!もしや、あの女はダミー!?」

「正解です。後は家に帰って考えてくださいね。」


私は女を眠らせた。ついでに神子の力に関する記憶を全て抜いた。

最近手に入れた能力だが便利だな。


「起きてください。天使。」


私は天使の頬に手を添える。


天使はゆっくりと目をあけた。その命が芽吹く瞬間の美しさに目を奪われていると、もう元通りになっている。


「死んでしまいました!」


天使は舌をだしておどけてみせた。

私はため息をつく。


「さすが水姫さん、もう犯人を捕まえたのですね!」


天使は眠っている犯人を見て言った。


「はい。貴方を神と勘違いした哀れな神子です」

「もう!そんな言い方無いでしょう!」


あの日、私が宵華とした契約は「能力を全て私に譲渡する代わりに脚を与える。」「そして、天使を神のポジションに置く」と言ったものだった。


つまり、昔の宵華のポジションに天使がいる。


もちろんダミーであり、天使はごくごく普通の人間、いわば神様の影武者のようなものだ。

神の力は全て私が持っている。


天使には神の座にいてもらい善行を積み目立ってもらうことで、神子が集まるという算段だ。

こうして神子の力を少しずつ取り戻すことで私は神様になろうとしている。


天使にとっては今のポジションは神子に殺される痛みぐらいしか残らない。そんな提案を天使は受け入れた。二つ返事どころか五つ返事で。

実際、今のポジションになってからは毎週のように神子に殺されている。それなのに、大人しくなるどころか、冠堂会をより拡大させ、ボランティア、募金、と思いつく限りの善行を積みその存在感を大きくさせていた。いずれ本当に教祖になってしまうのではないかと思うほど。


「天使、痛くないのですか」


私の質問に天使は微笑んだ。


「痛いです。痛いけれど、私と神が繋がることができるのはこの痛みのおかげですから。」


天使は心臓に手を当てて笑った。


「なので、私はこの痛みが愛おしい」


その表情はどこか色っぽく、魅力的であったが同時に狂気も感じた。

清廉も行き過ぎると恐怖になるのだな。


「貴女が良いならいいです。……ここまでやっているなら神に”姿ぐらいは現せよ”とか文句の1つぐらいあるでしょうに」

「うふふ、それを言ったら水姫さんが神様に伝えてくれるのですか?」


もちろん天使に私が神であることは話していない。

なので天使の中では、天使が死んでいる間に私が犯人を見つけ、神様が犯人を倒してくれているというバディのような関係だと思われているらしい。ややこしい。同一人物だ。


「次に神様にお会いすることがあれば伝えてください。"恥ずかしがり屋なところも愛していますよ"と」


よく恥ずかし気もなくそんな台詞が吐けるな。げんなりだ。


「おや、水姫さん、照れているのですか?」

「そんなわけないでしょう。行きますよ。」


私は床に座り込んだままの天使に手を差し伸べる。天使は嬉しそうにその手を取った。


「水姫さんは王子様みたいですね」

「宵華みたいなことを言わないでください。」

「だって、いつでもこうやって手を引いて行きたい場所に連れて行ってくれます」


私達が歩くテンポは段々と早くなる。


「ありがとうございます。水姫さん。冠堂会の神の影武者という立場に置いてくれて」

「……お前が良いならそれでいいです」


実は、罪悪感を抱きながらも、それほどまでに天使は私を、髪を愛してくれているという優越感のようなものも感じているのだ。

いや、悔しい。本当に悔しい感情でいっぱいだが。


「……天使、袖に血がついていますよ」


私は天使と繋いでいる方の腕袖をまくり上げてやる。


「……何故されるがままなのですか。せっかく整った容姿なのだから身なりぐらい気を付けてください」

「はぇ」


私は再び天使の前を歩き出した。


「天使、何をニヤニヤしているのですか。気持ちの悪い」

「いえ、私は、やはり神に愛されてるなーというのを実感しまして」


――天使 富慈美あまつか ふじみは間違いなく”神”に愛された少女だ。


悪い神様に目をつけられているにも関わらず、自分は幸せだと信じて疑っていない。

馬鹿で哀れな女。解放してあげられたらどんなによかっただろうか。


今日も私は天使のしたいを無視できない。


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天使の死体を無視したい。できれば私が殺したい。 骨々ぼおん @bonebone800

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